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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第七章 ~ On the Real Road.~
49/110

第一話 『疑惑 〜再会〜』 

ここから、第七章になります。


長いですが、最後までお付き合い頂けると嬉しいです。


最終章は八章になりました。

よろしくお願いします。


プロローグ


 ────世界が、赤く染まっていた。


 阿鼻叫喚という言葉すら生ぬるい、完全なる虐殺だった。

 子供も。女性も。老人も。そして若者も。肉片ひとつにまで切り裂かれ、潰され、焼かれ、蒸発させられていく。

 土は血を吸い黒く変わり、空気は人だったものの欠片を辺り一面に漂わせていた。

 町の外を包む森の緑の静けさだけが恐ろしいほどの皮肉だった。

 建物は崩され、圧縮されて、その場所が町だった痕跡の一切が消えていく。

 消えてゆく、全てが消されてゆく……生きていた人々の笑顔の記憶が。笑っていた者たちの、泣いていた者たちの、怒り叫び喜び。幸せの総てが。営みと感情の全てが。

 赤い霧だけをわずかに残し、初めから無かったのだと踏みしだかれて潰されていた。

 大男は丘の上で眼下の景色を見下ろしていた。どうしようもない怒りに身体を震わせながら見開いていた。

 男は生まれた国とその周辺を回っていた。機械体の群れから人々を守り、力のある者に敵の弱点を教え、大切なものの守り方を教えながら。

 そこに確かにある、温かいだけの小さな力をそれでも摘まれないように。

 仲間たちと別れてから三週間余りが過ぎていた。当初は二週間で準備が整うという話だったが、どうやら遅れているようだ。

 その間、大まかにだが大小様々な町を巡った。大勢の人々がいた。色々な人たち。彼が国を追われたことを知っている者もいた。石を投げられた。それでも、受け入れてくれた人もいた。守ることができた時は嬉しかった。誰かの笑顔。知らない顔。だが、それが見たくて、それが誇りだった昔の自分が、そこにいた。しかし、一巡して最初に訪れた町に戻った時。彼を迎えたのは、静寂と、命亡き者たちによる喧騒だった。

 大量の見たこともない形の機械体たちが町を燃やしていた。人々を燃やしていた。

 町を、消し去ろうとしていた。ただ単純にそこにあることが邪魔だとでも云う様に。

 最後の遺体が燃やされて、蒸発した。

 男が戦い方を教えた若者だった。たった一日だった。けれど、守りたいと、そう言っていた。最高の笑顔で。

 唇から血がしたたっていた。痛かった。噛み切った唇よりも、心が。

 涙すら流れなかった。今の自分に流してやる資格は無かった。

 すべてが終わった後、まだ生きていられたら、その時こそ……。

 喉の奥から血の味と共に破れた怒号がこだました。

 背中の大剣を抜き取る。自身の身長ほどもある大剣を振り上げ、

 大男、デュランは雄叫びを挙げながら眼下の町へと駆け下りていった。



『  G r a n d   R o a d  Ⅶ (最終章)  』

         ~ グ ・ ラ ・ ン ・ ロ ・ ー ・ ド ~

     On The  Real  Road 



 第一章  疑惑〜再会〜



 長い間一人きりだった。

 ずっと誰もいない部屋の中で、何も無い果てのような暗いだけの窓を見ていた。

 ガラスの嵌め込まれただけの真っ黒な穴を。瞳孔の開いた瞼のような奥の黒を。

 ときおり届けられる計算式や小さく響く異常アラーム。それらを計算しなおし、指示を出し、そしてまた一人。僕はその場所で、ただ窓を見ていた。何も映らない闇の窓。

 孤独ではなかった。孤独の意味を知らなかった。

 だから何の感情も湧かなかった。感情そのものが僕には無かった。

 あの時、君が現れるまでは。

 それまで自分が一人だなんて、意識すらしなかった。でも。

 気づいてしまったんだ、僕は。

 それまで自分が【独り】だったんだってことに――――――――――――


『なぜ、泣く?』

────悲しいから……。仲間が死んだからだよ。

 少年は夢を見ていた。

 真っ暗な世界だった。その漆黒の世界の所々で、クリスタルの様な輝きがひとつ、またひとつと瞬いていた。大きな部屋。空虚な匂い。薄い灯りに包まれた円筒だけが浮いている、味気の無い空調だけが効いている闇。

 流れるもののない狭間の(よど)み。色調の無い淡い色の壁だけの、湿度ゼロに近い乾いた空気。それでいて小さな塵の埃も無い。聞こえる音はただ一つ。ジージーと鳴く、薄く漂う微かな電源の震えの音。

 そこは果ての部屋だった。生きるものも感情も無い、そこまでしかない突き当たりの壁。

 綺麗で、そしてただ、それだけの世界。

 これは、夢。それは分かっていた。分かったまま、彼はそこに立っていた。そして、いつとも、どことも知れぬその場所で、彼は誰かと話していた。


『なぜ、悲しい?』

────人が……仲間が死んだら悲しいよ。当たり前じゃないか。

『死。死んだら悲しいのか?』

────そうだよ。

『────解らない。死とは何だ? 壊れることか?

 壊れたら悲しいのか? なら直せばいい。直らなければ取り替えればいい。

 取り替えても効かないなら破棄するだけだ。

 ゼロかイチだ。無くなるということはイチがゼロになるだけだ。それだけのこと。

 何が悲しい? 死んだ人間は悲しむのか?

 理解不能……わからない(エラー)……わからない(エラー)……』

────ちがうよ。全然ちがう。死とは無さ。居なくなってしまうことだ。

 死んだ人間は悲しまない。もう居ないから。もう、無いから。

 悲しむのはいつも、残された方だけなんだ……。

『────なぜ?』

────それはね。大切なものが……永遠に失われるからだよ……。


 点滅するランプの灯る薄暗い部屋の中で、少年が一人、泣き崩れていた。

 泣き崩れながら静かに、スピーカーから流れる声と話していた。


       ◆ ◆ ◆


 目が覚めた。まぶたはまだ上げていない。目が覚めたと気づいただけだ。

 何か、夢を見ていた気がする。懐かしい夢。

 いつとも、どことも知れぬその場所で少年は誰かと話していた。

 けれど。思い出せなかった。こびりついた印象の欠片も、淡いままこぼれ落ち、消える。

 目の周りが濡れているのが分かったが、無意識に手でぬぐって無視した。

 テントの外で声がする。誰かが誰かと話している。

《……またひとつ、町がやられた。全滅だ……》

 小さな声、遠くから話している伝わる声。

《そっ、か……。とうとう、犠牲者の数が十万の単位にのっちゃったね……、クソッ!また……人が、死んだ……ッ》

 ナハトが吐き捨てた言葉が聞こえた。

 十万……、この時代の人口から換算すれば、大陸全体の数%に相当する。膨大な数だ。

 しかも、その大半が普通の民間人。闘う術は持たないが、世界を真に動かしている者たちだ。その損失は計り知れない。

 だが、彼は何を怒っているんだろう?

 【死】? 【死】に対して? 

 ヒトが死んだことが悲しいのだろうか? なぜ? どうして悲しいのか解らない。

 【死】とは、何?

 壊れてしまうこと。もう元には戻らないということ。

 もったいないとは思う。けれど、なぜ怒るの? なぜ悲しむの?

 なぜ、憤るのかな? 身体全体を震わせてまで。

 【死】。失われること。それは、イチがゼロに変わっただけ。数学的に云えばそれだけのこと。ただ、それだけの。

 なぜ悲しいの?

 わからない……わからないよ……、君はなぜ悲しいの? わからない。僕には、分からないんだよ……。だって、

 いつかは壊れてしまうものが、早めに壊れただけじゃないか―――――――――



 ガバッ

 身体が勢いよく起き上がる。砂漠の夜明けの寒さの中でなお、冷たい汗が背中を伝った。

(また……、だ……っ)

 ぎりッ。かみしめた奥歯が鳴った。両手で顔を覆う。寒さでなく体が震えた。

(今、……今僕は何を考えてた!?)

 人が、死んだ。それがなぜ悲しいかだって!? なんでそんなことに疑問を持たなくちゃいけないんだよ、僕は!

 両腕で身体を覆う。……さむい。僕はいったいどうしてしまったんだろうか。

 最近、おかしなことばかり考えてしまう。無意識のままいつの間にか時が経っていることに気づく回数も、以前より多くなった気がする。

 自分が、怖い。自分の感情が理解できない。制御できない。自分が、自分でないみたいに。

 どこか、壊れてしまったのだろうか?

 メンテナンスが必要だろうか?

「だから、メンテナンスって何なのさ……っ!?」

 知らない単語にまた身体が震えた。それは多分、生き物には使わない、そんな言葉。

《あ……ごめん! 違うよそんな意味じゃない! ごめんね、ディー。ごめん……。

あの、それで、シェリアークの手がかりは、何か……? ……そう、わかった。いいよ。大丈夫……大丈夫さ。ありがと、ディー。そっちこそ、大丈夫? 元気、だしてね。気を落としちゃ駄目だよ。うん、アベルにはそっちから連絡入れといて。うん、それじゃあ》

 ナハトが何か謝っている。さっきの責めるような言い方で、デュランが少し落ち込んだかしたのだろう。

 声が途絶え、足音が近づいてくる。そしておもむろにテントの入り口の布が持ち上げられた。

「あ……ファング、起きたんだ? お早う。今日も、暑くなりそうだよ。色々とさ……」

 手をかざし、しゃがんで布をくぐりながらナハトは僕に声を掛けた。

「……また村が襲われたの?」

 ナハトの指先がかすかに揺れる。

「……聞いてたんだ。うん、ディーの生まれた国の、小さな町。新型の奴が現れて……全滅、だってさ。ディー、間に合わなかったって……」

 自嘲気味につぶやく少年は、どこか儚げだった。遠くを見つめた瞳は、彼方にいる大男の心情を(おもんばか)っているのだろうか。ドキリとした。強いのに、少年はその一瞬だけ途轍(とてつ)も無く弱く、儚く見えた。

 僕は、慰めの言葉をしばらく探した。でも。

「落ち込んでる暇なんて無いよ、ナハト。こうしてる間にも同じことが起こっているかもしれない。今は、動くしかないんだよ。ただひたすら、がむしゃらに」

 不器用な僕にできたのは、そういう風に言うことだけだった。

 そう。あの機械体たちは、この三週間の間無数に湧いてきていた。毎日、とどまること無く。

 いくらなんでも多すぎる。すべて足せば人間全ての数より多いかもしれないなんて……!

 なにか、秘密があるんだ絶対。

 感傷に浸っている時間は多分もう、無い。

 どんなカラクリかは分からない。けれど、それを何とかしない限り、僕らはあの【月】に、敵の本拠地に乗り込むことさえできない。たとえ、行く手段があったとしても。

「うん……そうだね。その通りだ。頑張ろう、ファング。オレたちには、これくらいしか出来ないんだから」

 少しだけ長めにまぶたを閉じたナハトが、目を開けて答えを返した。

 僕は頷いた。ほんの僅かの不安を、胸の奥に抱いたままで。

 


────あれほど隆盛を誇っていたこの星の文明は、黄昏を迎えていた。

 僕たちが眠りについてからすでに五百年の刻が経っているらしい。

 ただ一人眠りから覚めた僕は、仲間のすべてと、それまでの記憶を失っていた。

 たった独りで。

 その時僕を拾ってくれた人がいた。僕はその人とともに旅をして、失われた記憶を探していた。そして、二年。

 新生暦500年、風の月。僕らの暦で云えば、新星暦4776年7月となる、現在。

 今僕は、ほとんどの記憶を取り戻していた。わずかに取り戻せない記憶もいくつかあるけど、それは宇宙船の中の記憶なのであまり急ぐことも無いだろう。

 それよりも、今僕らにはもっと重要な問題が迫っていた。

 そう。僕らは今、有史始まって以来のとてつもない危機的状況の中にいた。


 その日も、アベルやラーサを通じて、あちこちに散った仲間から続々と情報が入ってきた。

 アリアムさんたちはアルヘナ国の再建に忙しいみたいだ。その合間を縫って、国に参加している村や町、オアシスなんかを見回っているらしい。

 師匠はまだ意気消沈しているみたいだけど、それでも生き残った影たちをまとめて、情報収集や敵の掃討に奮闘している。

 ラーサも今はそちらにいて、レーダーの役割だとかであっちこっちに引っ張りだこらしい。彼女のお陰で、この国の敵は地面から出てくる前からその場所が分かるようになった。 お陰でほぼ完全な撃破に成功している。たった三週間で、ラーサはすでにこの国には無くてはならない人物となっていた。

 ルシアさんは敵への対処の仕方や身の守り方を教えて回っているみたいだ。驚いたのは、ムハマドさんが意外な才能を発揮し、新しくルシアさんが開発した高性能炸薬付きの弓矢を使って、彼女の行動を助けていることだ。お茶だけじゃなかったんだ、あの人。

 カルロスとリーブスさんは、自分の街に戻っている。

 大きな街だとかで、昔の不良仲間なんかを集めて自警団を組織したりしているみたい。それよりなにより、どうやらカルロスは妹さんの方が心配だったみたいだけど。色々な意味で。

 ただ、カルロスが転送される寸前に見せた心残りな表情が、今でも少し気になってる。

 そういやリーブスさんはなぜか帰りたがっていなかったな。なんでだろう? 怯えていたようにも見えたけど……まさか、あの人がねえ?

 クローノさんも忙しいって聞いた。それはそうだろうなあ……。あのイェナを襲った人たちはみんな、クローノさんの国の人みたいだし。その後始末とか。対外折衝も大変だろうと思う。襲ってきたことそのものについては、当時の隊長の暴走でかたがつくみたいだけど、それでも補償は必要だし。

 しかもそれだけでなく、傷ついたカルナ君の治療も自分でやっているみたい。あと、見回り部隊の編成と指示、訓練まで監督して、さらには自分でも機械体相手に戦ってるらしい。書類を持ち歩いて道中で処理しながら。

 ……人間技じゃないね。天才って聞いてたけど、いるんだなあ、ああいう人。

 ナーガさんが帝国に戻ってからの連絡は、一度だけあった。

 その後連絡がつかないけど、けれどあの人に何かあるとは思えないし、きっと忙しいんだろうな。頭の固い老人がいっぱいいると言ってたから。

 蓮姫さんとアーシアさんの二人からは、まったく音沙汰が無い。

 アベル(さんをつけると怒る)が言ってた通り、転送されて戻ってこない限り、通信はできないらしい。でもアベルの話だと、死んだり大怪我したりすれば分かるという話だったから、きっと無事なんだろうと思う。

 でもアベルはアベルで皆の連絡係をこなしながら何かこそこそやってるみたいだし。

 あんまりまとまりの良いチームじゃないよね。仕方ないけど。

 ちなみにナハトは、長老さんたちにこってり絞られて反省してた。でも、皆許してくれて、嬉しかった。ナハトも、みんなの厳しい優しさに打たれていたようだった。

 その後は、時期が熟すまでデュランさんが世界を回りながら現状把握をしていたんだけど……結果は惨憺たるものだった。酷すぎるよっ酷すぎる……。

 少ない仲間で何ができるか分からない。けど、それでも何かしたかった。したかったんだ。仲間は少ない。闘える人も今の世の中僅かしかいない。

 だけど、そんな中でも、世界中で腕に覚えのある人たちがこぞって立ち上がってくれている。中にはカルロスの師匠さんや、デュランさんの昔の騎士仲間もいるらしいし、見通しは暗くないと、僕は信じてる。

 そう……信じてた。信じてたんだよ……。



 通信鏡の呼び出し音が当てた耳に響いている。

 もう一度集合時期を確認して置こうというナハトの提案で、僕は今、アベルに何度目かの連絡を取っていた。

『はい。こちら地下基地、アベルや。誰やか知らんが何や用か?』

「あ、アベル、ファングです。こんにちは。今喋っても大丈夫ですか?」

『おう、ファングかい。お前ええかげんその堅っ苦しい喋り方やめぇや。なんやら背中がだんだん痒ぅなってくるわぃ』

「ご、ごめんなさい」

『いやいやいや、そこで謝られても……まあええわ。それで、何の用や?』

 僕は今朝の話と、集合時期がいつになるかという質問を尋ねた。

『……ん、その話はデュランからも聞いた。残念やったな、ホンマ。集合時期のことやが、今のところはもうすぐとしか言えへんのんや。すまんな』

「いえ、……仕方ないです」

『そう気ぃ落とすなや。ええこと教えたる。多分、集合するエナジーを溜めるだけならあと三日あれば何とかなりそうといったところや』

「本当ですか!?」

 飛びあがった。かなりの朗報だった。これで皆の負担も減るだろう。守れなくて泣く事もきっと少なくなるだろう。

『まあな。予定より時間かかってもうたが、なんとかな。ただ、その後のことがうまく決まっとらんのや。月へ行く船はある。燃料も確保した。せやけど、そのままじゃ飛び立てん。狙い撃ちされるからな。地上にいる敵だけでもできるだけ減らしとかんと。少なくとも、今現在出張ってきてる機械体(やつら)の本拠地だけでも叩かん限り、動かれへん。

だから、すまんな、その見通しが立つまでは呼び戻しもでけへんのや』

 少しだけ落胆した。でも……仕方ないよね。

「本拠地……。そうですよね。数日で終わると思っていた機械体の出現も、いまだに続いていますものね。確かに、どこかに製造工場があるって考える方が理にかなってる。その場所はもう、見つけたんですか? アベル」

 その質問の答えには、少しだけ間があった。けど、その時の僕にはそれを気にする余裕は無かったんだ。

『あ? ……いや、まだや。探してはいるんやが、な』

 鏡に映るアベルに向けて、顔を上げて決意を伝えた。

「そうですか……。あ、あの……アベル。基地の場所、見つけたら僕にも教えてください。色々、お役に立てることもあると思いますから」

『お前……そうか、お前は、この星がまだ繁栄してた頃の生まれやったな。その頃の記憶、完全に戻ったんか?』

「はい。といっても、ところどころ曖昧な部分もまだあるんですけどね」

『そうか……。なら少し、頼みたいことがある』

「なんですか?」

『その村のはずれに、お前らの乗ってきた飛行機械がまだあるはずやな? それを、もう一度調べてきてもらいたいんや。宇宙(そら)へ行く船はこちらにもある。せやけど、最悪その船を使う羽目になるってこともありうるんや。せやから、一番知識のあるお前に、もう一度動かせるかどうか、調べてきて欲しいんや』

 どうや? と訊かれて、僕はその頼み事を間髪いれずに引き受けていた。

 役に立ちたい。今の僕に出来ることなら何でもしたい。

 そう思ったから。


       ◇ ◇ ◇


 静かだった。薄暗い部屋に、ただ、空気を循環させる為の音だけが響く。

 通信を終えたアベルは、能面の様に表情を消していた。

 眼前のモニターに映っているのは、どこかの地下の工場群。その場所の行き方さえ判れば彼の望みの大半が完結する。その探索も上手くいけば数日のうちに終わるだろう。

(俺の心は変わってしまいよった)

 嘆息。だがその行為は、自嘲にすらなっていない。ただの確認、それだけでしかなった。

(機械の様な心の俺には、お似合いなやりクチや)

 仮面の顔に笑みを張り付かせ、背もたれにもたれてモニターに視線を投げかけた。

 しばらくそうした後、おもむろにもう一度どこかへと通信をかける。

「俺や。ああ。あんたの心配事、確かめてみることにしたで。丁度うまいことあっちから通信を掛けてきてくれたんでな。……せやけど、ホンマなんか? あいつが人間やあらへんなんて。どう見ても人間そのものやぞあれは?」

 何の、話だろうか? 小さく音量を落とした通信は、本人たち以外にはほとんど聞きとれない。

「……まあ、言いたいことは理解したで。報告はしたるから心配せんでええよ。それよりそっちこそ、国の復興頑張りや。灌漑(かんがい)工事順調やて? おめでとさん。ほなな、また掛けるわ」

 通信を終えて、巨大なモニターの光のみの薄暗い室内でアベルは小さく嘆息する。

(光の繭、ねえ。……仮にそれがホンマやったとして、それがどないしたっちゅうんやろう? 人間やなかったらすべて敵か? ……まあ、気持ちは解るで。俺も人間以外は嫌いや。せやけどな……)

 いま味方を減らすのも効率が悪い。今はまだ、な。

「仮に本当に人外だったとしても、すぐに排除する必要はあらへんよ」

 くすくすくす。小さな子供のような笑い声が筋肉質の若者の喉からこだました。何度も、何度も。灯りの消えた部屋の中絶えることなく。

「使って使って使い尽くして、その後で殺してやるさ。もし、万が一あいつが、ファングが機械なんやったとしたらなあ……ふふ、ふふふ、くっくっく……」

 くすくすくす。

「ぜんぶ、利用したるわ。すべては俺の目的の為の駒にしか過ぎひんのや」

 下を向いたアベルの瞳は、見えない。ただ口元が歪んでいるだけだった。

 それは、歪み。笑みとすら云えない、ただの空洞に過ぎなかった。


       ◆ ◆ ◆


「確か、この辺りだったよね」

 その日の午後、アベルの依頼をうけた僕は、ナハトにことわって村を出た。そのまま飛行機械の隠してある岩場まで砂漠を走る。

 普通に歩けば半日の距離だけど、師匠に鍛えられた今の僕なら三十分で着くことが出来た。そして、岩場の色に似た植物で編んだシートを退ける。

 その行為に意外に時間がかかったけど、仕方ないよね。全長が80m近い大きさがあるんだから。

 ハシゴで上まで上がり入り口が出てくるまでシートを退けると、ハッチを開けて中に入る。

 二重になったエアロックを抜けると、中は久し振りのせいか、かなり埃っぽかった。この間体の埃を落とさないまま乗り込んで使用したせいなのかな。あれから空気は遮断されていたはずだけど、もしかしたら中に小さな虫でも入り込んだのかもしれない。

(使うとき困らないように、早めに掃除とか消毒しておかなくちゃいけないかも)

 ケホケホと咳き込みながら点検を始める。

 あの時、逃げる直前かなり調査はしたはずだけど、急いでいたから不審なものがあるかどうかとか飛ぶためにどうすればいいかとかいう事ばかり調べていて、この機械の(いわ)れとか飛ぶこと以外の性能とか、今思えばそういうものは全然調べていなかった気がする。

 調べる事は多そうだ。

 ナハトには二日ほど村を空けることを伝えてきた。気をつけてって言ってくれた。少しだけ不安そうだったけど、村に異変が起きたら必ず戻るから。敵が来たらわかるように警報装置はつけておいたよ。そう言ったら、そういう事じゃないんだけどねと小さくつぶやいた後、頼んだよとそういって苦笑いしていた。どういう意味だろ。

 それを見てやっぱり心配になったけど、大丈夫。もし敵が襲ってきても、ラーサの占いもある。そっちなら一時間前までには知らせてくれるはずだから、装置よりさらに早い。それならここからならギリギリ間に合うことができるはずだ。

「食料も二日分持ってきたし。準備万端! さて、始めよっと」

 まずは、以前一度途中まで読んだマニュアルを最後まで読んでみることにした。電子マニュアルはすべてイカれてしまっていたけれど、不時着したあと椅子下の空洞からセラミック型マニュアルが見つかった。よく残っていたものだと驚いたし、もっと早くこれを見つけていたらと心底思ったけど、それでもあると無いとでは違うから。

 だから、良い方に考えることにした。過去を仮定して悔やんでも何も変わりはしないから。

 あの時のまま、無造作に荷物棚の中に放り込まれていたマニュアルを手に取り、開く。

 文字が目に入り込んでくる。スムーズに先まで読みすすめてゆく。基本的な部分を記憶し、咀嚼して動かし方を取り込んでゆく。

 以前読んだところまですぐにたどり着いた。順調だ。このまま行けば今日中に何か掴めるかも知れない。そんな楽観ムードでその先まで読みすすめようとした矢先だった。

 そのページをめくった途端、何故かいきなり腕が重くなった。マニュアルがごとりと床に落ちる。手に力が入らない。伸ばそうとした腕が意に反して、止まっていた。

(あ、あれ? なんで……?)

 どうしても動かない。

(い、痛た……!?)

 きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ………ん………ん…ん

 いきなり耳鳴りが始まった。強烈だ。どんどん強くなる。そして、声が。どこかから声が聞こえた。

────だめだよ。見てはいけない。

「だ、誰!?」

 薄暗い飛行機械の中で僕は硬直して叫ぶ。その声は、優しい声だった。親しげだった。どこか懐かしい、そして聞いていると嬉しくなる声だった。けれど、怖かった。なのに無性に怖かった。なぜだろう? 理由なんて無い。ただ怖かった。その優しいのに悲しげな声がとてつも無く恐ろしかった。根源的な恐怖がほんのわずかの間に全身を、隙間を埋めて覆っていく。

────見てはいけないんだ、君はそれを。それ以上見ては、いけない。

「誰なの? 誰なんですか!?」

 体をひねりながら周りを見回す。誰もいない。居ないはずだ。居ないに決まってる。居るはずが無い。なのに、どうして声が聞こえたんだろう?

「ナーガさんですか!? お、脅かさないで下さいよ、出てきてください! ナ、ナーガさん……なんでしょう?!」

 幽霊とかいるはずないし精霊体もナーガさんを見てるから怖いはず無い。

 精霊体なら分かるはずだし、隠れる意味なんてないし、今の地上にナーガさん以外の精霊体はいない、はずだ。だから、幻聴だ、これは。幻聴なんだ。なのに、なぜ? なぜだかとてつもなく怖かった。心臓が音を立てて逆流していた。ガタガタと震えが止まらない。手足はまったく動いてくれないのに、震えだけがどこまでも。いつまでも止まる気配を見せないでいた。

「な、なんとか言ってくださいよ、なんで何も言ってくれないんですか? 出てきてください誰!?誰なのさ!? 何とか言って、誰かなんとか言ってよ、出てきてなんとか言ってくださいよ!」

 その二言を最後にもう声は聞こえない。当たり前だ。幻聴なんだから。でも、だけど。どうしてだろう? 声がどうしても頭から消えてくれない。聞こえないのに。もう聴こえないっていうのに。二度と、聞こえないはずの声なのに、なぜ。

 涙が流れた。感情が制御できない。どうして、聞こえてしまったんだろう。どうしてもう聞こえてくれないんだろう?!

 あれから声は完全に途絶えていた。けれど、どうしてだろう。なんでだろう。聞こえないことがさらに自分のどこかの混乱に拍車をかけてしまっていた。

「なんで……なんでですか、ナンデ、何で誰も答えてくれないの、どうして、僕はどうしてこんな? こんな所にいるの?いるんですか!? 一人で、なんで?!! なんで? なんで誰もいないのに声が、どうして? なんで出てきてくれないんですか? なんでもう一度聞かせてくれない? お願いです、お願いです何でもいい、もう一度、一度だけ君の声を……なんで、なんでこんなこと僕は……どうして僕は、僕は、どうして泣いてなんて……いるんですか、応えてよ! どうして?……なんでえっっ!!」

 たぶん、僕は生まれて初めてパニックというものを経験していた。どうしてなのか分からなかった。どうすればいいかも分からなかった。分からないから余計不安になった。理由が無いまま感情だけが暴走していた。自分が自分でない気がした。自分が自分でなくなった気がした。声も本当に聞こえたのかどうかすら分からなくなった。定かでなくなった。自分の妄想だったのだろうか? どこか壊れてしまったのか。どこが壊れた? どの回路? どの配線? 回路の入力データか体のどこかの部分なのか、もし思考回路がパンクしたならどうしようもうおしまい。直せない、直せない。もう役に立てない。誰の役に立てないのか。わからない分からない判らない解らない。約束が果たせない。まだ何も果たしてもいないのに。果たすって何を?立てなくなってしまった、役に。本当に? 立てなくなってしまったのか彼の役に? もう自分はみんなの役に立てないのか。みんなって何?彼の役に立てないのか。彼って誰?思考がループして矛盾していく。回路が閉じて加熱してゆく。そこまで僕は、壊れてしまったというのだろうか?? 

 自分を修理できる者も場所も、いまの地上にはもうどこにも存在し無いというのに!

(なん、だ? なんで僕はこんなことを考えているんだ……?)

 おかしかった。知らない知識でものを考えている自分が居た。知らない単語でさらにオカシクなっていく自分がいた。

 この場所にいてはいけない!!

 なぜかそう強く感じていた。きっと、それは正しい。体が横倒しになりそうだった。平衡機関がショートしていた。自己保存。自己を保存しなければ。それでも、だけど、

────頼みがあるんや。

 アベルのセリフがこだました。

 頼まれたんだ、僕は。だから、まだ僕はここを離れるワケにはいなかいんだよ……!


 ……どのくらい時が経っただろう。じっと目をつむって通路の中に立っていた。いつの間にか耳鳴りが止んでいた。パニックも収まっているようだ。声ももう聞こえない。

 僕はおそるおそる身体を動かす。良かった……大丈夫、ちゃんと動く。

 もう一度マニュアルに手を伸ばす。

(見てはいけない────)

「……」

 一瞬だけ聞こえた声を思い出し、止まる。だが、僕は軽く頭を振ると手に取り、意を決して表紙を開くともう一度読み始めた。幻聴も体の震えも、それからは現れないまま過ぎていった。


「これは……!?」

 時間を忘れて読みふけっていた僕は、あるページに目を向けたとたん動きが止まった。

 息が止まる。

 マニュアルの最後の方。そこにはちゃんと確かに、この機体が宇宙も飛べることが書いてあった。そしてその方法も。最初から幸先がいい。あとは、機体の内部機構を点検して、どこを直せば飛べるかを調べるだけだ。朗報だった。

 でも、マニュアルに書かれていたのは、それだけじゃなかった。最後の最後の方に書かれていた内容に目を向けたとき、視界が空白となった。思考が、止まった。

 また、いきなり震えがきて止まらなくなった。

 まただ。でもなぜ? どうしてなんだ?

────見てはいけない。

 この事だったのか?

────見てはいけない。

 ただ僕は読んだだけだ。そこに書かれていたことを。内容と文章を。

────見てはいけない。

 人間に模した機械人形。それが宇宙を行く船の、制御装置だと書いてあっただけ。

 それだけだ。それだけのこと。それだけの言葉、それだけの文字。そう、たったそれだけのことなのに……!

 奉仕する部品と注釈が添えてある、小さな挿絵を見た。

 ただそれだけだったはずなのに……!!

 究極的に進歩した科学技術、その最先端工学において、人と人に似た【もの】の思考と、命。それが、何よりのエナジー源だということを。そんなこと、僕は知っていたはずなのに!

 なぜだ、なぜ……。なぜなんだ! なぜ僕、は

 な  ぜ  ────ッ!!

 ドクン!

 心臓が大きく強く跳ねていた。

 あれ? 心臓? そんなもの僕にあったかな? あれは、君。君の中にあったもの。君が最後に託したもの。僕の身体に入れたもの。僕の中を流れるもの。

 僕が、僕の、僕に。

(じゃあ、記憶をあげるよ)

「う……うぅ……だ、だめだ……」

 あ、頭が痛い。壊れてしまいそうだ。

(僕が居なくなっても、君が寂しくないように。君が、心を持てるように)

 駄目だ! 思い出しちゃいけない! だめなんだ、これ以上は! だめだだめだだめだだめ だ、だめなんだ!

(ごめんね、これからは君が)

 やめろ、やめてくれ! 僕は思い出したくなんかない、ないんだ【そんなこと】は!!

「やめろ……やめてくれ……思い出させるな……僕は、僕はそんな【記憶(もの)】思い出したくなんて無いんだ、いったのに! そう言ったのに、なんで、なんでだよぉぉアアァァァァァァァァァ!!」

 怖い、恐い、怖い、こわい、コワイ恐い恐い怖いこわいこわいこわ────

(僕の代わりに、みんなと)

「やめろやめ、やめてやめてやめてやめてやだやだやだやだやだヤダヤダヤダ……や、め、……やめ、ろぉ─────────っ!!!」

(後を頼む。これからは君が、〇〇〇〇……だよ────)

 ありがとう、と。【それ】は言って、そして居なくなった。

 そう、【彼】は居なくなったんだ。だったんだった……。

(な、んで…………思い出したくなんて、無かった……のに…………)

 無くなった。この世界から。僕の前から。永久に、もう二度と。

 そして大切なものが、永遠に……失われた。


『うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!! 』


 誰も居ない飛行機械の中、薄闇の静寂の中で。ファングだった【もの】が、叫んでいた。



 

           第七章 「The Real Road」   

                  第一話 『疑惑 〜再会〜』    了.


                  第二話 『疑惑 〜気配〜』      

                      へ続く・・・・・・・・・・・・。

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