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Grand Road ~グランロ-ド~  作者: てんもん
第六章 ~ Open the Cross Road.~ 
48/110

第二十四話 『束の間の夜明け』 [NC.500、火月6日]

『ハはハハハ、いいぞ、そのまま消滅してしまえ』

 ラーサの指先寸前まで闇が迫っていた。もはや誰の目にも、押し負けるのは時間の問題かに思われた。

「くっ、ラーサ───ッ!!」

 真下からナハトの叫びが上がったその直後。

 ぶわん!

 いきなりラーサの水晶球が光を増した。まるで、どこかから力が注ぎ込まれたかの様だった。目を開けていられない。あまりの眩しさに誰もが目を閉じ顔を背けた。

 ただ一人だけ、この成り行きを信じられない者が一人、押し戻される闇を前に目を見開いて叫んでいた。目の前で、確信した勝利が手の平から落ちてゆく。

『ば、馬鹿なぁぁあ! こんな馬鹿な! あんな小娘になぜこれほどの力がある!? しかも、【水晶の民】、だと!? 百年も前に我が滅ぼした亡霊ではないか! 馬鹿な、馬鹿な! なぜこの我が生き残りの存在を知り得なかった!?』

 そう。ナニールは、気づいていなかった。彼の探知の網から、長い間ラーサと彼女の一族を隠し通した者たちの存在に。そしてそれが、【ガイア】内部に封じ込めたはずの、大昔の敵たちの仕業だということを。

 この闇の水晶球を使えば、完膚なきまでに地上を掃き清めることができるはずだった。この美しい星の上に、真の静寂を訪れさすことができるはずだった。麗しい虚無。

 何人もの人間を操り、友を、仲間を裏切らせ、国を興させた。

 貪欲な人間たちを洗脳し、幾百万もの生命エナジーやマイナスエナジーを集めさせた。

 そのために力ある一族を怨みの残る方法で滅ぼし、その怨念を熟成させたのだ。

 そんなはずは無い。そんなはずは無いのだ。この我の百年の策があのようなただの小娘などに!

『馬鹿なああああああああああ!!』

 ラーサから溢れた光が闇の領域を包んでゆく。

 まさに今、百年をかけたナニール最大の計画が、破られようとしていた。


        ◇ ◇ ◇

 

 蒼い光が薄れてゆく。暗い。あまりの明るさだったので、朝の光さえ暗く思える。

 次第に目が朝の明るさに慣れてくる。

 アリアムは腕をかざし、目を細めて空を見上げた。

 視界の中で、無事に役目を終えた少女がゆっくりと降りてくる。闇の塊はどこにもない。

(勝った、……のか?)

 ラーサがナハトに抱きとめられ、嬉しそうに褒められている。

 後ろを見ると、クローノとアーシアが笑いあっていた。

 ファングもデュランも笑っている。

 蓮姫と目が合った。アリアムも微笑みを返す。

 王宮の中に目をやると、街の人間たちもどうやら無事のようだった。

 歓声があがった。次第に大きくなってゆく。

 だが、うつむくコールヌイを目にした途端、アリアムもまた重苦しい気持ちになる。

(そうだ、シェリアークは……。あいつも、無事に解放されたんだろうか……)

 先ほどシェリアークを操っていた奴が言っていた事は、本当のことなのだろうか?

 信じたくない。信じたくはないが、今までの弟の言動など、考えれば考えるほど、しっくりと胸に収まってくる。確かに、そう考えればすべてにうまく説明がつくのだ。

(シェリアーク……)

 いつも、自分の後をついてきていた小さな弟。

 どこまでも深い憎悪を込めて、自分を見つめていた少年。

「あいつは、いつから気づいていたんだろうな。自分の、体の事に」

 口の中でつぶやく。

 哀れだった。そして、自分の馬鹿さ加減を心底呪った。

(俺は、どうやら自分で思っていた以上に、いつも自分のことしか考えていなかったらしいな。あいつの言ったとおり、あいつ自身を見てもいなかったってことなのか。本当の、あいつを……)

 あいつが俺を憎むのも、当然かもしれない。……けれど。

「シェリアーク……」

 コールヌイと視線が合う。同時に頷き、二人は闇の消えた地点に向かって走り出した。

 

「この辺りのはずだが……」

 アリアムとコールヌイは、シェリアークの姿を捜していた。

 捜してどうするかとかは、考えていない。かける言葉も思いつかない。

 だが、捜していた。それでも、このまま終わりにしてしまう訳には絶対にいかない。

「くそっ、どこだ、シェリアーク!」

 大きな瓦礫を持ち上げて覗き込んだその時、

「陛下っ!!」

 切羽詰ったコールヌイの声。とっさに瓦礫を放り投げて横に転がる。

 その刹那、今までアリアムのいた空間を電撃が走り抜けた。

『ちッ』

 振り向くと、建物の瓦礫の上にシェリアークが立っていた。いや、……まだナニールか。

 怪我をしている。それと同時に、身体の各部が薄くなりかけていた。まるで、激しく消耗した時の、ナーガの様に。

「なぜだ? 貴様がシェリアークを操っているのは分かる。だが、なぜシェリアークまで、ダメージを負ってる!? なぜ怪我だけでなく身体まで薄まってるんだ!?」

『フ……知らぬな、クク』

 ナニールにも解らない事だった。先ほどから、乗っ取っているだけのはずのこの身体が、まるで自分自身の身体のように感じる。

 なぜだ。

 そして唐突に気づく。その事実に。

『フ、クク、成る程。どうやらお前の弟は、余程お前たちと会いたくないとみえるな』

 ふ、ふはは、あはははははは。

 ひとしきり笑った後、ナニールは宣言する。

『丁度良い。ならばこの身体、この先も使わせてもらおうではないか。相性もいいらしい。そう、思考まで混ざるくらいだからな』

「な、何だと!?」

 そう、ナニールも先ほどからおかしいと感じていたのだ。どうやら、ナニールとシェリアークとの意識の一部が融合してしまったらしい。

 その証拠に、笑い方がよりシェリアーク寄りだ。非人間的な響きが無くなっている。

『完璧に操っていたつもりだったのだがな。意志の強さだけは、この我以上だったという訳だ。誇ってもいいぞ、アリアム。お前の、弟のことだ』

「黙れ!! 冗談じゃねえぞ! せっかく長年の誤解が解けるかも知れねえって時に、部外者が邪魔するんじゃねえ! こういう事は家族の問題なんだよ、分かったらさっさとその身体から出て行きやがれ糞亡霊! おい、コールヌイ!」

 云うまでもなく、コールヌイは相手の後ろを取っていた。

『誤解なのかな、それは? くくく』

「うるせえ! 逃がしゃしねーぜ下衆(ゲス)野郎ッ」

 飛びかかる。もはや相手も重症だ。捕まえてしまえばこっちのもののはずだ。だが。

『甘いな、兄上』

 捕まえたと思ったナニールが、アリアムの腕の中から消える。そのまま、間髪いれず離れた場所に浮かび上がる。

「貴様がその呼び方をするんじゃねえッ!!」

『フフフフフ、フハハハハハハ』

(畜生、どうする!? このまま消えて逃げられちまったら、もう……、そうだ!!)

 奴は意識の一部がシェリアークと混ざっていると言っていた。ならば、シェリアークに語りかけるつもりでやれば……。

(一か八かだ!)

 深呼吸をし、アリアムは、笑い続けるナニール=シェリアークの正面に立った。

「シェリアーク」

『!?』

「帰ってこい、シェリアーク。お前が今、どういう状況かは、聞いたよ。……済まなかったとか、安易に言うつもりはねえ。お前、言ってくれなかったんだもんな。言ってくれりゃあ俺たちだって、少しは……。けど、今更何を言ったところで、どうしようもねえよな。言い訳はしねえ。お前がずっとどういう気持ちでいたかも、残念ながら、全部分かるとはいえねえよ。せいぜいかすかに想像がつくくらいだ。

けどな、これからは違う! もう俺は……いや、ここにいるコールヌイも、お前の状況を知った。知ってるんだ! 一緒に、考えていこうぜ。な? これからは一緒に考えることができるんだ! それは、今までとは違う。きっと違う! 一緒に、どうしたらいいか考えよう。

 それにな、見ろよ。この国の有様を。もう今までの国はおしまいだ。だが、人はいる。人さえ残っていれば、また創れる! これから忙しくなるぜ! 国を創るんだ。新しい国を! それには、俺やコールヌイだけじゃ足りねえ。お前が必要なんだ、シェリアーク! お前の力が!

 街の再建計画が必要だ。詳しい図面も。新しい城壁の造りも考えなきゃならん。運河も壊れた。その修理は一番最初に必要だな。法律も作り直さなくちゃならねえ。もうこれからは、奴隷制は廃止だ。その整備と人員の配置、人々の意識改革だけで、一仕事だぜ。並大抵じゃ収まらん。なにせ百年だ。だがな。

……やり甲斐は、あるぜ。一緒に、創っていこうじゃねえか、俺たちと」

 右手を差し出す。

「来いよ、お前が、シェリアークが俺には必要なんだ」

『…………』

 少年は、何も言わずに差し出された手を見つめていた。

 次第に、その顔に汗が浮かび上がる。脂汗だ。

 ゆっくりと苦悶の表情が広がってゆく。

 そのまましばし目の前で眺めていた自分の両手を、頭に当てる。握りこみ目を覆った。

 苦しそうだ。痛いのだろうか?

「シェリアーク……!」

 ばしっ。

 伸ばした手を振り払われた。そのまま宙に浮かび上がる。

「シェリアーク!」

『う、うおおおおああああおおおおおおおおおおおおおお!!』

 顔を押さえた指の間から、憎々しげな燃えるような瞳が覗く。

『解かるものか、お前などに解かるものかお前などに』

「シェリアーク!!」

 伸ばした手が、届かない。

 唐突に、少年のうなり声が止んだ。両手を下ろしたその顔は、最初に見たナニールの顔。

『フ、クククククアハハハハハ。アリアム、恐ろしい男だな。混ざっているとはいえ、危うくこの我が取り込まれそうになったぞ……。だが、残念だったな。貴様の説得は失敗した。シェリアークの奴は奥で眠りについたぞ、ハハハ。感謝するぞアリアム! これでもう我を邪魔する者は誰もおらぬ!』

「シェリアークッ!!」

 新しい声。ナハトだった。走ってきたナハトが怒鳴りつける。

「戻ってくるんだシェリアーク! 違うだろ、本当にやりたかったことはそんなことじゃないだろ!? そんなモンじゃないはずだろう、あんたはッ!」

『五月蝿いぞ役立たず。消え失せろ、もはや貴様に用などないわ』

「シェリアーク!! オレたちが同じだといったのはあんただろう!」

 無言で向けられた杖から、一条の電撃が放たれた。傷のせいでとっさに足が動かない!ナハトの身体を貫いたかに見えたそれは、横から走りこんだ巨体によって阻まれる。

「ディー!!?」

 デュランだった。地面に突き立てられた大剣が電撃を大地に逃がす。

「無事か、ナハト!」

「あ……、ああ……、ディー。けど、けど……オレは」

 ナニールを見上げるナハトの身体から、力が抜ける。それを見て、ナニールの顔に薄笑いが浮いた。髪に隠れた瞳は見えない。

『同じ? どこがだ?』

 ナニールの身体が上昇する。次第に上昇する速度が上がってゆく。同時にその身体が薄まり始めた。

「待て、……待ってくれ! 行くな、行くなシェリア────クッ!!」

 アリアムの伸ばした手の先、空中高く、見知った顔が消えていった。

 

        ◇ ◇ ◇


 アリアムはいつまでも、その手を下ろすことができなかった。

 気づくと太陽が位置を変えていた。もう、明け方ではない。

 いつの間にか、周りに他の人間の顔が加わっていた。視線を動かすと、蓮姫や少女、ファングらも集まってきている。本当なら、ここで喜ぶべきなんだろう。だが、残念ながら、今は笑うことができる状態ではなかった。

 周りを皆が囲んでいた。誰もが何かを言いたそうで、誰も、何も言えなかった。

「……陛下」

 コールヌイだった。

「……済まねえ……俺は……」

 それしか口から出てこなかった。

(何が話術なら誰にも負けねえだ! 三年前も、今も、肝心なときに誰も、誰も止められねえで……、くそおッ!!)

 アリアムはもはや己れを許すことができそうになかった。

「いえ……、他の誰だったとしても、あれ以上の言葉をかけることは……できなかったでしょう」

「…………」

 それが、どうした。コールヌイを見る目がそう言っていた。コールヌイも目を伏せる。

 クローノが前に出てきた。

「これから、どうなされるおつもりですか?」

「……判らねえ」

「……」

「どうしたらいいかなんて検討もつかねえよ。決められねーんだ! 俺は、ふさわしいとは思っちゃいねえが、それでも、国王だ。こうなっちまった国や民を見捨てて、たった一人を捜しにいくことはできねえ……!」

 ドカッ!

 元は壁だった瓦礫を思い切り殴りつける。何度も、何度も。

 細かい血の煙が舞った。

「けどなあ! けど、シェリアークを放って置くことだってできねえよ! 出来る訳ねえだろーが!!」

 次第に赤に染まってゆくこぶしと瓦礫。誰も、それを止めることができない。

 ドンッ!!

 どうすりゃいいってんだよ……。呟きが風に流れた。

「オレが捜すよ」

 ナハトだった。

「…………君が……? なぜ……?」

「オレも、あいつに言わなくちゃならない事があるんだ。もう一度、話さなきゃならないんだ……」

 しばらくナハトを眺めた後、そうか、とアリアムは小さくつぶやいた。

 そして、さらに小さく。頼む……そう聞こえた。

 そう云って下を向くアリアムを眺めていたクローノは、ふところから呼び出しがかかっていることに気づく。緊急通信だ。

 通信鏡を取り出す。

『クローノか? 気ぃつけぇ! 地下のエナジーレベルが臨界に達した! ナニールの野郎が【ガイア】を動かしてしまいよったんや! リミットまでもう時間が』

 唐突に切れた。そして、それが合図だったかのように、地面がぼこぼことあちこちで盛り上がり始める。

「な、なんだ?」

 誰かが疑問のつぶやきを発したその直後。

 ボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコボコ

 すべての地面から無数の機械の骸骨が飛び出してきた。


        ◆ ◆ ◆


 ……凄絶な光景だった。

 誰一人怪我をしていない人物はいなかった。

 限界どころの騒ぎではない。街中と街の近くに出現した機械体どもをかたづけた時、誰ひとり、すぐに立ち上がれる者はいなかったのだ。

 遅れて到着した兵士たちが加勢してくれなければ、本当に危うかった。

 夕日の中、瓦礫に背を預け座り込み、みな喘いでいる。仰向けになり起き上がれない人物もいた。

 普段ならここまで苦戦することはなかっただろう。万全の状態ならば、怪我すら負わなかった可能性すらある。だが消耗しつくした彼らでは、自分たちの身を守ることすらできなかった。

 それほど数が多かったのだ。そいつらが見境い無く、突然襲ってきたのだ。

 敵を倒すことはできた。しばらくはこの街は安全だろう。しかし、ナニールとの闘いを生き残った者たちのうちでも、多くの犠牲者が出てしまっていた。

 さらに数を減らした人々は、へたり込んだまま、街のあちこちで夕日を眺めて転がっていた。


 ピピッ。通信鏡が着信を知らせる。

 クローノはのろのろと腕を動かし、通話に出る。

「……はい、こちら……クローノ…………」

『……生きとったか、クローノ』

「ええ、……何とか。でも、もうこれ以上は、何があったとしても、動けませんよ……」

『分ぁっとる。スマンかったな……、知らせるのが遅かった』

「いえ、……」

 抗議する気力も無い。

『それで、今、他の人間も近くにおるか? 例の王様とかその関係者たちのことやけど』

「ええ、いては、いけませんか? なんなら、どこかへ移動、しますが……?」

 セリフが繋げて話せない。さすがのクローノも息が途切れて言葉を続けられないでいた。

『いや、ええよ。それより逆に全員に聞いてもらいたいことがあんのや。動けるようなら、その場にいる人間全員集めたってくれ。……スマンな、疲れてるトコ』

 クローノは何とか横に転がり両手をついた。のろのろと起き上がり、全員を集める。

 集まったのは、10人。

 クローノ、アーシア、ナハト、デュラン、ラーサ、ファング、コールヌイ、蓮姫、アリアム、ナーガ、の順だ。カルナはいまだ例の地下道で眠っている。だが、あそこは四方とも岩盤だから無事のはずだ。

 皆、転がり火花を放つ機械の骸骨の横を幽鬼の様な足取りで集まり、腰を下ろして寝転がった。

『すまんな。クローノ、掲げてくれ』

 クローノは座り込み瓦礫に寄りかかりながら、腕を上げて皆に通信鏡を向けた。

『ほとんどの人間にはお初にお目にかかる。俺はアベルっちゅう者や。ここにいるクローノの友達で、発掘屋をやっとる。つまり、古代の品物やら発掘して生活しとる訳や。この通信鏡もその一つやな。大きいのだと秘密の地下基地とか発掘しとって、今はそこから話しとる。お? ようやく驚いてくれたな。でな、今から全員に聴いてもらいたいことがあるんや。皆疲れてるトコスマンけど、最後まで話ィ聞いて欲しい』

 誰もが驚きの顔で身体を起こしていた。震える腕で上半身を支えている。

「彼は、怪しい者ではありません。確かに私の友の……アベルという、者です。数年前、発掘の旅の途中、500年前の地下基地を、発見し、それを復活させた男なのも、確か……です」

 クローノの疲れた声の説明に、驚きの声がまた上がる。

 それが事実なら、とてつもなく恐ろしいことだ。それだけで、この世界を支配することなど造作も無い。だが逆に、今の状況を考えればすばらしく貴重な戦力となる。

 味方につけることができさえすれば。

「それで、何の用だ、俺たちに。今は少々取り込み中だ。疲れてもいる。また後で、というわけにはいかないのか?」

『そちらの事情は存じとる。しかしな、一刻を争うことなんや、堪忍な』

 アベルは続ける。

『単刀直入に言う。さっき出よった機械人形どもが現れたんは、そこだけやない。この星全土や。西大陸中の街や国で人々が今も襲われとる。東大陸は衛星がもはや存在せんから詳しくは分からんけどな。だがまあ、おんなじやろ。まあ、それぞれの地域で腕に覚えのある者らがちゃんと助けに回っとるようやから、すぐに全滅ってことはないと思う。闘ったとおり、そんなに強い奴らとちゃうからな。ただ、一部はものごっつう強い機械体もおるらしいから、できる限り急ぐで』

 誰もが驚いて身を乗り出す。皆、それぞれ故郷を離れているのだ。あんなものが残してきた仲間を襲っていると考えただけで、気が気ではない。どうなっているのか心配で、いてもたってもいられない。

 ただ、アリアムの視線の向いた先だけが違っていた。ただ一人の人物にその視線を注いでいる。

 それは、何か不審な点があれば、すぐにでも動き出そうとでもしているかのようだった。

『そこでや! あんたたちを故郷まで送ったろ思うてな。感謝はせんでええよ。後で返してもらうさかいな』

「それは、有難いが……なぜだ? それにどうやって!?」

 代表して、アリアムが質問する。

『なぜかというのは、つまり俺らもナニールをなんとかしたい思うとるからや。後で手伝ってもらいたいのはそっち方面やから、皆断ったりせんやろと思うとる。どうやっての答えやが、さっき水晶球にどっかから力が加えられたっちゅう感じ、せーへんかったか?』

「! つまり、あれは君が?」

『そういうことや。俺ひとりの力やあらへんけどな……、て、ちょお静かに待っとれ。いま替わるさかい』

「? おい?」

『こりゃ失礼、申し訳ありません。いえ、ここにおるもう一人があんたたちにご挨拶がしたい言うもんでしてね。後でちゃんと替わる言うて聞かせているんやけど』

「そこに、まだほかに人がいるのか?」

『ああ、あと4人ほどな。その内の3人は、あんたもご存知の人間やと思いますよ?』

「誰だそれは?」

 アベルがため息をつく。

『仕方ないのぉ。では、さきに彼に話をしてもらいましょか。おい、カルロス!』

「な、何だとぉっ!?」

 あまりに意外な名前に、アリアムが素っ頓狂な声を上げた。疲れが一瞬吹っ飛ぶ。

 すぐに画面に見知った顔の少年が映る。

『久しぶりだな! アリアムさん』

「……驚いたぜ。本当にカルロスじゃねーか……」

『ハハ、他にもいるぜ?』

「お前がいるって事は、どうせあの執事も一緒だろ?」

『当りさ。でも、もう一人、アンタが驚く相手がいるゼ?』

「……っておい、そりゃまさか」

『なんでェ、もう気づいたのかよ隠し甲斐ねえの。そう、おれたちが捜してた、例の婆さんさ』

「本当かよ!」

『本名はルシアっつーんだとよ。しかも、ナニールの野郎のことも良く知ってるんだぜ? クローノも知ってんだけどアイツから聞いてないのか? 聞いた話によるとさァ……』

 カルロスの話を聞いた一堂は、また驚かされた。いったい何度驚けばいいのか。

「ちょっと待て。つまりだ、あの月にナニールの本拠地があるって……のか?」

 どうすりゃいいってんだよあんな遠くじゃ……。見回すと、皆、そんな顔をしていた。

クローノたちとコールヌイだけは、それほど驚いてはいなかったが。

『そういうこったね。でも行くことはできるらしいゼ? アベルの話だとさ。準備に時間がかかるらしいけどな。あと一人はそこのクローノも会ってる、ムハマドって奴だな。人のいい兄さんだよ、お茶好きな。他にも、この星の地面中にヤローの手下の機械人形が埋まってて、ってのはもう現物見たんだっけ? 闘ったとおり強さはそれほどでもねーんだけど、メチャクチャ大量なんで、みんな一度自分の国に戻ったほうがいいと思うぜ? そこにいる全員な』

「だ、そうだが……」

 見回して皆の顔を見る。誰もが軽い困惑を示していた。

(……だろうな)

 それでも、国が危ないと聞いて、次第に不安が込み上げてきているようだ。どの顔にも焦りの表情が浮かんでいる。

『おいカルロス、もうええやろ、もう。急ぎなんやから今度はこっちが話ィする番やで。っと、えらいすんません』

 通信鏡に目を戻す。

『それじゃ説明を急がせてもらいます。さっきの続きやが、今からこちらで合成した通信鏡の量産タイプを人数分送るよって、それぞれ皆、これから肌身離さず持っとって欲しいんや』

「……どういうことだ?」

『これはそれとおんなじように、他の通信鏡やこの基地と話ィできる。そして、それだけやなく、これはマーカーの役割も持っとるんや』

「マーカー……?」

『これから転送装置で皆が一番行かなあかんと思う場所へ転送したろう思うんやが、実は、それにはものごっつうエナジーを食うんや。つぎに皆でまた集合できる程度にエナジーが溜まるには、多分二週間くらい要するやろ。それまでにこちらも準備を整えておくつもりなんやけど、その時、通信鏡の位置を目印に人一人分の質量を転送せなならんのや。でないと位置が分からへんからな。つまり、通信鏡を持っとれば、位置も分かるし通信できるし後で連れ戻すのにも便利っちゅうハナシな訳』

「なるほど、な」

『ま、不本意な人もおるかも知れんけどな。まあこれからここにいる人間と俺ら全部合わせて15? いやあの後輩君合わせて16人やな、仲間っちゅうことで頼んますわ。ええですか?』

 皆、うなずく。仕方ないという感じの者もいたようだが。

『そんじゃあ、説明が済んだ所で、さっそく転送開始するで? 最初の転送マーカーには、【水晶の民】のお嬢ちゃんの水晶球を使わせてもらう。もともとそういう用途のもんやからなあれは』

 ラーサが驚いて顔を上げた。手の中の水晶球を凝視する。

「!? ……そうなの?」

『ほないくで嬢ちゃん。地面に置いてや』

 ラーサが地面に置くとすぐに水晶球が輝き始めた。

 ぶ……ん。そして、何かがぶれる音とともに、人数分の開閉式手鏡が現れていた。


        ◇ ◇ ◇


 数分後。

 次々に希望の場所に転送されていく皆を見ながら、アリアムはアベルと話していた。

 それぞれの転送先は、

 クローノと、今ここにいないカルナという少年が、セレンシア神聖国。

 ファングとナハト、ラーサは、ハムアの民が世話になっている村。デュランは驚くことに、自分の生まれた国を指定した。ナハトは少し心配そうだったが、デュランの「大丈夫だ」という言葉を信じることにしたようだ。

 コールヌイには、アリアムが革命組織の拠点の村に行ってくれるように頼んだ。その後はアリアムと交代でアルヘナ中を回ることになっている。

 ナーガは、力が戻り次第、自分で帝国に帰ると言っていた。あんな所でも、まだ死ぬべきじゃない人間もいる、と。

 カルロスとリーブスは勿論シェスカの港町。

 ルシアには帰る場所がないらしかったが、カルロスが、今まで立ち寄った村々を守ってくれるように頼んだらしかった。まずはムハマドという青年と、彼の村に行くようだ。ほとんどの力は失ったが、それでも機械体への対処の仕方くらいは教えて回れる。そういうことらしい。

 カルロスは何だか基地に心残りがありそうだったが、二週間のことだと己に言い聞かせ、妹たちのいる街へ帰る決心をしたようだ。

 一番驚いたのは、蓮姫の一言だった。彼女は、東大陸に行きたいと言ったのだ。

 誰もが止めた。アリアムも。アベルも、そちらにはちゃんとした衛星が残っていないから、転送はできても充分な通信すらできないと、考えの撤回をすすめた。

 だが、蓮姫は考えを変えなかった。

 今まで心の中で逃げ続けてきた。そんな自分にできることがあるのなら、ちゃんとやってみたい。そう云って全員の顔を眺めた。あの場所が、自分にとっての故郷なのだと。

 ここで、アーシアまでが自分もついていくと言い出し、しばらくもめたが、最終的にそういうことになった。クローノもしぶしぶだが納得したようだ。

 しばらく離れて彼女たち二人で話していた様だが、きっと、上手くいったということなのだろう。

 アリアムは、良かった。と、そう思った。心から。

『残念やで、本当はもっとあんたらと話ィしたかったんやけどな。ま、しゃーない。それと、今からはルシアが王様に話がある言うてんで、繋ぎますわ。そっからはお二人で話ィしてや。そんじゃカルロス、悪いがちょこっと向こうに行っといてんか? すまんな。俺もすぐに行くさかい。お前も後からちゃんと送ったるかんな。支度しとけよ』

「おい、どういうことだ? そりゃ」

『ルシアが王様とだけ話ィしたい言うんでな』

「なぜだ?」

『知る訳あるかい俺が。大方こっちに知られちゃ困ることでもあるんやろ。……ま、見当はなんとなく付くけどな。それじゃ、繋ぐで。俺は皆を転送するんが忙しいんで、そっち行っとくわ。ほなまた後で。気張りや』

「おいっ待てっ」

 アベルの姿が鏡から消える。周りでは、一人、また一人と転送の準備を始めていた。話の聞こえる位置に人がいるのは不味そうなので、仕方なくアリアムはふらつく身体に鞭打って、離れた場所で鏡を開いた。

『久し振りだね、魂の王。元気そうだ』

 そこには、先ほどとは別の人間が映っていた。確かに、あの婆さんだった。

「……その呼び方はやめてくれ。今はそんな気分じゃない」

『そうかい。だいぶ落ち込んじまっているようだね。アンタらしくないじゃないか。え?』

「そんなことを言う為に俺を名指しで呼んだのか? そういう訳じゃないだろうが。さっさと用件を言いやがれ」

『おやおや、腐ってるねえ。あの時の威勢はどこにいったのかねえ』

「……切るぞ」

 心底憮然とした声がでた。

『まったく。せっかちな奴等だよ。アンタにしたい話というのはね、ナニールという化け物を倒す為の方法についてさ』

「なん……!!」

 アリアムは大声を上げそうになり、慌てて口に手を当て飲み込んだ。


        ◆ ◆ ◆


 その数時間前。

 空間の狭間。そこは、袋小路。どこにも通り抜ける先の無い、折りたたまれた時空の隙間。

 その場所に、少年の姿をしたナニールが浮いていた。

 無言で、エナジーの回復に専念している。

 それが、静かに起き上がった。

 まだ、身体の所々が薄いままだ。ほとんど回復してはいない。

『おのれ……、青二才どもにしてやられるなど……。この、我が……』

 ぎりっ、噛み合わせた歯のどこかが鳴った。こぶしを思い切り握りしめる。

『あんな小僧どもなどに遅れを取るとは……おのれぇ』

 見開いた目が血走っていた。シェリアークと融合したせいで半分実体となった身体に、赤黒い何かが流れていた。

『くくくくく、ははははは! いいだろう、もはや楽をしようなどとは思わんッ。全力を以って貴様ら人間どもを刈り取ってやろう。たとえその為に我が力、尽きようともな!』

 血走った目で虚空を見上げる。頭上で大きく杖を回す。その場の空間に穴が開く。空間に出現した時空の通路。その向こうは、真白き大地へと繋がっていた。どこまでも広がる、虚無の大地。黒と白のコントラスト。

『すぐだ。もうすぐだぞ……ふふふ。わが眷属よ、貴様らもすぐに目覚めさせてやるぞ』

 意味の分からぬ言葉を発し、少年の身体は向こうへ消える。

 少年が消えていった時空の狭間。その開かれた通路が次第に小さくなり、消えた。

 その場所には、もはや、何者も存在してはいなかった。

 何者も、存在した証すら、ありはしなかった。そう、なにひとつ。

 そして主を失った自然には有り得ない無理な空間は、音もなく狭まり静かに閉じた。


 それは、惑星【アーデイル】上に無数の機械体が現れる、数分前のことだった。


        ◆ ◆ ◆

 

「つまり、婆さん───ルシアがガラスの小瓶を配って回っていたのは、ナニールと月にある機械の怪物に対抗できる人間を見つけるためだった、という訳なんだな」

 長かった【思念の小瓶】に関する説明を聞き終えて、アリアムが確認する。

『そういうことになるね。瓶に【真実の涙】を注げる人間ってのが、真に一番重要な人間なんだ。けどね、あたしにはそれを見つける能力がなかったのさ』

「その為の小瓶、か。なるほどな。だが、なぜだ。なぜそんな話を俺だけに聞かせる?」

 アリアムが訝しげな口調で詰問する。

『当の本人が、“自分がそうだ”と知ってしまうと効果が無くなってしまうんだよ。大変なのさ、この、切り札は』

 その一言で気づいてしまった。

「……つまり、あの中にいるってことだな? 何人か、切り札となるはずの人間が」

『その候補、なんだけどね。だけど、何人かじゃないんだよ』

「……おい、まさか」

『そうだね。最低5人が必要十分条件なんだけど、全員合わせるとそれを充分超えちまいそうだね。恐ろしいことに』

「……何年もかけてあんたが捜して全然見つからなかったと、さっき言わなかったか?」

 唖然としてアリアムはつぶやく。

『正確にいうなら延べで数十年だよ。だからこっちも驚いてるのさ。実際、条件に会う人間なんて、この砂漠の時代には殆どいやしないからね。その条件っていうのが、簡単に説明すれば

【強い感情を持ち、自分以外の誰かのために怒り、泣き、笑うことができ、そして過去に大事なものを失っていながら、それでいてまだ何かを守ろうとしている人間】

っていう、凄まじく限定された範囲の狭い人物像ってせいもあるけどね。なんせこんな世の中だ。辛い目に遭ってもなおまだ正の感情を失わない人間なんて、乾いてしまわない人間なんて、いったいどれだけいるってんだい? みんな生きるので精一杯さ。誰もがそれ以外の感情なんて忘れてゆく。誰もが空なんて見なくなる、誰もが……他の誰かの為に気持ちを動かすことなんてできなくなっていくんだ。当たり前さ。哀しいけど、それが生きていくって事、なのかもしれないね』

 ルシアが遠くに視線を投げる。目を細め、

『それでも、それでもね……【怒り】や【喜び】を忘れた人間には、何も変えられないのさ、絶対に。世界どころか、何も……ね』

 ルシアの小さな呟きを、アリアムだけが聞いていた。

『ま、それにしたって、それがなんでこうも立て続けに現れたのか。しかもそれぞれが連動するかのように絡み合い、知り合いになっていったってのはね……。完璧に理解を超えてるよ。確かに何かの思惑を感じる気持ちも分かる。けど、今しかない。今が好機だってのも、確かなことなんだよ。……まあ候補だし、全員がそうだと限らないけどね。それに選定に使ったこの基地のコンピューター自体が、そこまで完璧に信用できる訳でもないもんでねえ……』

 ルシアが頭を振る。確かに今の時代、諦めや渇きと無縁な人間など、それでも熱さを忘れていない人間など皆無だろう。皆、生きるのに、それだけで必死なのだ。涙など枯れ果て忘れてしまった者がほとんどだろう。

「で……誰と誰だ、それは?」

『クローノ、その後輩、ナハトとファングの少年二人、少女とお姫さん。そして、カルロスさ』

「……まるでご都合主義だな、おい」

 しかしアリアムは、ふと疑問符を頭に浮かべる。不審な考えが頭に浮かぶ。

(候補。切り札。……それは、人間……だよな? 全員……)

 転送の途中でまだこちらに残っている新しい仲間たち。その一角に彼の視線は注がれる。

 その場所に座っている、ひとりの、少年に。

『まだいるよ』

 ルシアの言葉に疑惑を残したまま、視線を戻す。

「だれだ?」

『アンタの良く知ってる人物さ。アンタの助けた小娘とそして、今は、家出中の人物……』

「おい……まさか……」

 予想外の名前に驚く暇もなく、アリアムはさらに驚愕の真実を知る。

『シェリアークさ』

 アリアムは、自分がどんなリアクションを取ればいいのかまるで分からなかった。


        ◇ ◇ ◇


「どうしていきなりこれだけの人間が出現し、それもほぼ一箇所に集まったのか。それはあたしにも分からない。けど、今回のあたしらの目覚めの十五回目というのが、すべての決着をつけるべき天の時なんじゃないだろうか、という感じはしているよ」

 コンソールの前で、ルシアは話を続けている。通信鏡の向こう、アリアムは無言だ。

「本当はね、他にも何人かいたんだよ。けど、条件から外れちまった。残念だよ」

『他にも……?』

「アンタが知るようなことじゃないさ。そいつらは外れちまっているんだからね、候補から」

(言ったって、どうにもならない事だしね)

 候補から外れる条件は、二つ。

 一つ目は、両方の資質を持っている者が【思念の小瓶】を使ってしまったとき。

 目の前の人物を含め、何人かの顔がルシアの脳裏に思い浮かぶ。振り払ってかぶりを振った。

 そしてもう一つの条件が、心が壊れて感情が失われてしまったとき、だ。

(だから、シェリアークの資質が、いまだに存在するのかどうかは、分からないのさ。あたしとしては、無くなっていて欲しくないとは思うけど、ね)

 不思議なものだ。三年前のあの時には、あの我儘殿下がそうだなどと、まるで思いもしなかったものだが。

 けれど、無くなっていて欲しくないと思うのは嘘ではない。感情を無くすということは、つまりは、もはや誰もその心に入り込むことができなくなるということなのだから。

(あの、アベルみたいにね……)

 無くしてしまったまま、感情のあるフリをし続ける青年をルシアは思う。

 表面的な感情はある。だが、奥の方では穴が開き、そこから心が漏れ続けている。

 地獄だろう、あれは。それはあの執事も同じだ。

 だが、アベルの方がずっと酷い。アベルには誰も、誰も傍にいないのだから。

 そして、

「あたしもね」

 そんな状態は、知らないなら知らないままの方がいいのだ。

 その時ふと、候補たちの顔を思い浮かべる。気になる人物がいた。

 ……似ている。似すぎている。顔はそれほどでもないが、雰囲気が彼女の知っている彼そのものだった。記憶の中よりも多少成長しているが、……まさか!?

 思わずつぶやいた言葉にアリアムが聞き返してきたが、なんでもないと答えておいた。

 その時、また身体が揺れた。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 いきなりまた、大地が揺れだし始めた。

 またどこかに、新たな機械体の群れが出現したのだろう。

 ルシアの顔に不快な表情が浮かぶ。

 あまりにも大量の機械の敵。そのすべてが地上に出尽くすまで、まだ、あと数日はかかりそうであった。


        ◆ ◆ ◆


 巨大なモニター画面は、この星の上で、世界中の大地が割れだしている様を映し出し続けていた。

 証明の落ちた地下基地は、暗い。

 すべての仲間たちを転送し終えたアベルは、ただひとり、広い制御室の椅子に腰掛けていた。

 仲間……? 自分で言い出した言葉なのに、どうしても違和感が消えてくれない。

 何人かの、今はいない顔が心のどこかで浮かび上がり、また消えてゆく。

 彼には分かっていた。

 自分が、誰かのため、そう思っているのは多分言い訳に過ぎないのだと。そう思っていた方がやりやすい。それだけの事なのだ。

 もしかしたら、死にたがっているのかもしれない。

 そうでないのかもしれない。

 自分で自分がよく分からなかった。

 一人でいると、しばしばそういう気分に襲われる時がある。

 すべてがどうでもよくなる様な……。

 頭を振る。

 今は考えている時ではない。やるべきことがたくさんある。

 そのまま虚ろな目を閉じる。開けたときには、もう、いつもの彼の目に戻っていた。

 背もたれから身体を起こす。

 コンソールを走る指。巨大な画面にその場所が映し出される。

「これが、……そうなんやな」

 画面の中では、天井のある広大な空間に、機械体たちが所狭しと並べられていた。その、 起動前のそれらを移動させてゆくのも機械体たちだ。そして画面の奥に見えるのは、ベルトコンベア方式の、流れ作業で作られ続ける奴等の群れ。

 いつの間にこれだけのものを……。

 それは、なぜかこの基地の記憶層に含まれていた情報だった。きっとこの何年かの間に自分とヘイムダルが集めた雑多な整理されない情報の中に、紛れ込んでいたものなのだろう。その場所がどこにあるのかはまだ分からない。この星の大深度地下のどこかだろうが……。

 この工場も多分、この基地同様、過去の遺物なのだろう。誰にも気づかれず、秘密裏にあの大戦時に造られたものだろうが……。それでもそれも、この500年間眠りについていたはずだ。だが、きっとこの状況下で動き出してしまったに違いない。だから、この映像が確かなら、これから現れる敵は、大戦終了時に眠りについた奴らだけではないということだ。

 それはつまり、この工場がある限り、あの機械体どもの供給には際限がないということでもあった。

「にしても……なんとか、間に合うたようやで……」

 ようやく手がかりを掴むことが出来た。

 危うかった。たぶん、タイミングとしてはギリギリだったろう。

 何にしても、この数年間の準備が、無駄にならなくて済んだようだ。

 手間取ったが、一番の懸念だった中枢の発見も目処がついた。

 これでようやく【動く】ことができる。

(俺は未だ、望んでいるんか……?)

 アベルは自嘲し自問する。

「せやな……たぶん、そうなんやろう……」

 そして、独りで納得して頷いた。

 このことはまだ誰にも知らせていない。

 ルシアにすらも。ヘイムダルが去ってから見つけたものだから、ナーガすらも知らないことだ。

 自分がやるしかないな。

 つぶやいてコンソールを弄ぶ彼は、気づいているだろうか。

 自分の顔に、いつもとは違う、薄ら寒い笑顔が浮かんでいるということに。

 薄暗い画面の明かりのもと、誰にも見られることの無いままに、彼はいつまでもその工場の位置を捜す作業を続けていた。

 まるで、何かにとり憑かれでもしたかの様に。

 そう。いつまでも────────。





       第六章 第二十四話 『束の間の夜明け』 了.


                『グランロード第六章』 終.


  To Be Continuad to

            『Grand Road Ⅶ. 』       




     presented by  TENMONSYOUNEN.


第六章、終了です。

次の章ですが。

たぶん、これまでの全てよりも長くなります。

この物語には、テーマがあり。

裏テーマは、「人は、変われる」です。

人は本当に変わる事ができる存在なのか。

本当に全ての登場人物が成長できるのか。

全力を尽くします。

ご期待下さい。


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