第九話 『Interlude(インタールード) ~老婆~』 [NC.500、葉月 20-25日]
「……なんという、威力なのですか……。これほどの力をいまだに誰かが、人間が持っているなんて……」
地平線から止めるもの無く届いた吹き荒ぶ風が、消えた景色を寒々と照らし出していた。
風の中、消滅し、クレ-タ-になったオアシスを見下ろしてその青年は独りごちる。
長く明るい金髪をなびかせる青年。……クロ-ノだった。
あの爆発の日から今日で、丸4日が経つ。彼は、アベルに車を借りて一人でその場所まで走って来ていた。
もう我慢できない!行かなくてはならない所があるのです、これ以上待つことなどできません!! そう言うと、アベルは無言で車を高速砂漠走行用に改造しクロ-ノに貸してくれたのだ。ボタン一つでタイヤの下に出るソリや屋根に出てくる帆は、普通なら立ち往生してしまうだろう砂漠の中心付近でも、風さえあればかなりのスピ-ドでクロ-ノを運んでくれた。そして風の無い時用に、簡単に取り付けられるエンジン直結のプロペラとタイヤにはめるキャタピラも。それにしても、この辺りまでは国の極秘倉庫の奥で見たことはあったものの、燃料にと【ただの水】をもらった時はさすがに驚いたものだ。
しかも量はほんの少し。ラクダの胃袋で作った水筒で5個分。
なんでも水を分解した気体を燃やして走るからだそうで、燃えてできるものも水だから、循環して使えるから量はあまり多くは必要無いらしい。古代種の基地からの発掘品とはいえ、その技術力は凄まじいものがあった。
勿論、いくつか約束させられた。
「必ず返せよ」というのもその一つだが、爆発の跡を見に行って報告してくれ、とも。 渡された通信鏡は改造され、ヘイムダルとも話ができるようになっていた。
そしてもう一つは……。
「私の血液など、一体何に使うのでしょうね?」
最後にアベルは、クロ-ノの血液を注射器に何本か取ってもいいかと聞いてきたのだ。必要だと言って。
断る理由は無いので取らせたが、理由は教えてくれなかった。
気にすることでもないのだろう。そう思っておく。
「それにしても、……何が直径290mですか。半径でも1kmくらいありますよ!」
『いエ。完全消滅半径ハ、予測通り290mの様デす。穴が大きいのは、直後の爆風のセイでしょウ。そして、放射能は予想通リ観測できマセん。やはり超核融合弾でも反陽子対消滅弾でもナク、空間点爆縮弾の様でス。クロ-ノさん、モット近付いて底の方ヲ映して頂けマセンか』
腕に固定した通信鏡、揺らめく鏡の枠部分から伸びた付属のスピーカーから、ヘイムダルの声が聞こえてきた。
言われた通り、クロ-ノは数歩だけ前に出て腕ごと通信鏡を穴に向けて傾けた。
「他の二つはまだ分かりますが、その空間点爆縮弾というのは、一体何なのです?」
『ふム、y軸方向ハせいぜい100m程しかアリませんネ。やはり惑星上デスカらコリオリ力と重力変動にヨって効果が制限されたのでショウ。【空間点爆縮弾】ですか? 500年前の大戦時に宇宙で大量に使わレた爆弾で、円形ノ空間に重力子をバラ撒いて超重力で空間ゴト爆発的に押し縮め潰しタ後、空間が高温状態のままバネの様ニ戻る反動を利用して爆発させる爆弾のことデス。超小型のビックバンと同じ原理でスね。範囲内の消失質量が大きすギると擬似空間断裂を引き起こす事モアり得まスのでス。その場合、生成された小型のブラックホ-ルが時空流に重大な損傷を……。
……あの、理解サレできマシたデしょウか?』
「質問の答えについては一応は。原理や仕組みは解りませんが……成程、地上で大気が濃かったせいで反動の爆発の規模が大きかったのですね。ここが砂漠であったから、まだそれ以外の質量そのものは少なくすんで助かった、と……」
クローノの言葉にヘイムダルは感嘆の声を上げた。そちらこそとことん機械とは思えない反応をする擬似知性だ、とクローノの方も思っているのだが。
『素晴らシイ。マスタ-アベルにも見習ってもらいたいデス。アの方は一応会話が理解できるまでニなられるノに、半年ホドかかられマシ…………ガガっウウッ、マスタ-ゴメンナさいカンベンしてもう口を滑らせマセ…………ピポッ』
本体に何かされたようだ。
それきり沈黙したヘイムダルに苦笑して、クロ-ノは車に戻る。
最後にもう一度だけ振り返る。
熱で溶かされた砂の底の中心から、一度は蒸発した水脈の流れがもう一度わずかに染み出し始めていた。いつかここは、巨大な枯れない湖になるのかもしれない。
いつの日か。
(ここにも人が居たはずです。例え何人でもいいから、無事でいるといいのですが……)
もう二度と来ることの無いだろう地の過去と未来を想像し、一人ごちる。
何故ここだったのだろう? ここに何があったのだろう?
見知らぬ犠牲者たちに黙祷を捧げると、クロ-ノは静かに車を発進させた。
†
†
†
さらにそれから4日が過ぎた。クロ-ノは、アルヘナ運河沿いに広がる小さな町に到着していた。食料の補給のためだ。風の予測変動の為予定より少し遅れている。が、それでも、すでに首都イェナまでの残りの道のりは3分の1を切っているはずだ。
近くの岩場に車を隠すと、金と手荷物だけ持って町に入る。
しばらく雑貨屋と肉屋と果物屋を行き来したクロ-ノが満足して町を出ようとした時、その言葉が耳に入った。
「よぉムハマド、あのみすぼらしい婆さんはどうしたね? まだ生きてるんか?」
ふと気になってクロ-ノは耳を澄ます。首を回すと、中年の男と気の弱そうな青年が道の隅で話し込んでいるのが見えた。
「勝手に殺さないであげて下さいよ村長。可哀相じゃないですかあんなに弱っている人に」
「いや悪い悪い。これでも心配しとるんよ。この村に旅人以外の客人が来たのは久し振りだからなあ。旅人なんてせいぜい一晩泊まっただけで行っちまうだろ? あの婆さんはもう半月くらいはいるし……。だからなあ、なんか村の人間みたいでなあ。でも治ったらすぐに出て行っちまうんだろうなあ……いい話し相手だったんだがなぁ……」
肩を落として寂しそうにつぶやく
「そうですね……。でも、寝たきりを願うような事言ったら駄目ですよ? 多分、もうそろそろ目が覚めると思いますから」
「おお、そうかそうか。ここ何日かはずっと眠ったまま意識不明みたいな状態だったからな。心配しとったんだ。気分が良くなったら、何か面白い話でもしてくれるといいなあ」
「頼んでみますよ。そういう事くらいなら、してくれるかもしれませんからね」
頼んだぞ-、と手を振る村長と別れて歩いていった青年を、クロ-ノは無意識に追いかけた。何か、気になった。虫の知らせのようなものがクロ-ノの足を動かしていた。
寝たきりだという。ならば、あり得ない。そんな筈はない。そんな事になる筈がない。あの無敵に近い存在である、彼女が………。
だが頭とは裏腹に、クロ-ノは青年に声をかけていた。
「あの、突然済みませんが……。そのお婆さんは、今どちらにおられるのでしょうか?」
「お邪魔致します」
青年に案内され、クロ-ノは彼の家に入った。小さな家だ。だが、見た目からは信じられないほど、清潔な家だった。掃除好きなのだろうか。
「病人が居るからね」
クロ-ノの表情を見たのだろう、タ-バンを外した青年がはにかんで笑った。クロ-ノは赤くなって謝る。青年、ムハマドはこれも笑って許す。クロ-ノは感心した。
見た目の頼りなさとは裏腹に、思ったより精神の大きな青年らしい。よく気もつき気も回る。誰かの世話をするのにこれ程うってつけの人間はそうはいまい。
人の魅力は外側だけではない。その当たり前の事を、クロ-ノは再度心に刻む。
「その辺に座っていて下さい。今、お茶を出します。こんな家でも、お茶だけは凝ってるんですよ。自慢の一つです」
「有り難うございます、突然押しかけてしまい申し訳ありません。それでは、折角ですので頂かせていただきます」
お茶が入るまで、クロ-ノは部屋の中を見ていた。思ったよりすぐにお茶が出てきたが、一番旨く飲むために少しだけ蒸らして待つというので、その間に話を始めることにした。
「この家で寝込んでいるお婆さんを、知っているかも、ということでしたね」
「はい。まだ顔を見ていないのではっきりとは言えませんが、知っている可能性が高いと思います」
「……今、知っている可能性と言われましたけど、「あなたが」一方的に知っているだけという事ですか?」
「その通りです」
その答えに、ムハマドは考え込む。やはり、頭の回転も良い。クローノはまたも感心した。
「知り合いでも無い人間を会わせても良いのだろうかと悩まれるのは、ご理解できます。でしたら、まずはドアの隙間から覗かせては頂くという訳にはいかないでしょうか? そこで判断をさせて頂いてそれ以上のことはその後、ということでどうでしょう。私にとって、重要な、とても重要な相手かもしれないのです。信用して、お許し頂ければ幸いです」
頭を下げ、ムハマドを見る。ムハマドもクローノの目をじっと見た。ため息をつき、表情を緩める。
「……分かりました。おいらの全責任をもって、信用しましょう」
クロ-ノの真摯な態度と瞳の深さに、ムハマドの警戒心も緩んだのだろう。それならという事で、直接会わせてもらえる事となった。
前を歩いていたムハマドがドアに手を掛け、振り向いて頷く。
クロ-ノが頷き返すと、ドアを開ける。中に入るムハマドの後ろについて、クロ-ノも奥へと入っていく。ムハマドは横に退き、クローノはそのまま人が横たわっているベッドに近づいて、声をかけた。
「お休みの所、失礼致します。始めまして。あの、初対面の方に不躾な質問をお許し下さい。貴女のお名前はもしかして……ルシア、というのではないでしょうか?」
ぴくり。目を詰むっていた老婆の体が、軽く反応する。もう一度声をかけようと口を開いた時、うっすらと、老婆のまぶたが静かに開いた。
「……誰だいアンタ」
背後のムハマドに視線で頷いてから、クロ-ノは会話を開始した。
「私はクロ-ノと申します。訳有って今は国を離れ旅をしている最中で……」
「クロ-ノ……。もしかしてセレンの……かい?」
クロ-ノはルシアかもしれない老婆が自分を知っていたことに驚いた。そして、確信する。
「はい。ゆえ有って今は国を離れていますが。やはり……貴女はルシア、なのですね?」
老婆が頷く。目が開かれ顔が青年を向く。
「何故、そう思ったんだい?」
「解りません。ただ、この村に怪我をした老婆が居ると聞いた途端、頭の中に貴女の名前が浮かんだのです」
老婆が苦笑する。力の無い笑いだ。
「……そうか、あいつらかい。心配症め。まだ地上に干渉するだけの力が戻って無いと思っていたけど、……どうやら少しはあたしも役に立ってたってことのようだね……」
「? ……いったい何のことでしょう?」
噛み合わない会話に、クロ-ノが訝しむ。しかしすぐに老婆は口をつぐむ。仕方がないのでクロ-ノもそれ以上の追求は諦める。
それにそれよりも、老婆に聞かなければならない事が有る事を思い出した。
「ルシア。貴女に質問があります。女性に対して不躾で失礼な質問だとは思いますが、答えて頂けますか?」
返ってきたのは、怪我人とは思えない強い視線。二人の視線がぶつかる。
「………なんだい?」
「貴女のお歳はお幾つなのですか? ……貴女が、この500年間生き続けているというのは、真実なのでしょうか?」
後ろでムハマドが息を吸い込むのが聞こえた。老婆がムハマドを見遣る。
「……おいらがここに居てもいいんでしょうか?」
ムハマドが自分から訊いてくる。クロ-ノは微笑んだ。本当に良い人だ。
「居ておくれ。世話になってるんだ、あんたにも知る権利があるさ」
老婆の言葉に、ムハマドも中に入り、クロ-ノの横に並んだ。
老婆は、ゆっくりと二人を眺めてから、口を開いた。
「そうさね、あたしはルシアさ。それにしても、同胞以外に年を訊かれたのは、一体何百年振りかねえ。残念だけど、自分でも正確な年は忘れちまったよ。ま、500年どころか、生まれた日から数えてみれば、この星の暦の上では800歳は軽く超えてるはずさ」
ムハマドは目を丸めて上を向いた。覚悟していたクロ-ノですら、その答えに驚く。
「ずっと……、ずっと過ごしておられたのですか、800年もの間!? いくら古代種とはいえ人間が、それほど生きられるものなのですか!? 保つというのですか、体の事もですが……心も……」
体を起こし、ルシアはしっかりと首を振る。
「いいや、さすがに無理だね。古代種、それらはそのままの状態でも長命なメトセラ人種だったんだけど、あたしらは同意の上で更に長生きできるように細胞を変質させられてる。長い長い計画の最後まで生き残って、ちゃんと戻ってこられるようにね。けどそれでも本来なら400年が限界さ。まあ普通のネアンデルタなら───ああ、あんたらが古代種と呼んでいるあたしらのことさ。とあるヤツラの言葉だけど、便利なんで使ってるんだ────そう、普通のネアンデルタなら200年ってところだから、倍といったところだね。大したこた無いよ」
(それでも充分大したことなのですが……)
心の中でツッコミをしてから、クロ-ノは会話を再開する。
「変質させても限界が400年……ならば、どうやって800年も?」
「冷凍睡眠……と云っても、解らないだろうね。要するに、人工的に人間を冬眠させる機械を使ったのさ。ほら、いるだろ? 寒冷地のネズミみたいにさ、冬の間食べも飲みもせず排泄もしないで春まで生き続ける生き物が。あれを人間で再現したのさ。だから800年と言ってもずっと起きていた訳じゃない。知らない年代も結構あるさね」
クローノは目に手を当て軽く頭を振った。現実離れが壮大すぎてクラクラする。発想もだが、それを可能とした、技術にも。
「それが事実……ならば、貴女ならご存じのはずです。我々の現在の状況を。お願いです、貴女のお力をお貸しください。我々を助けて頂けないでしょうか!?」
老婆はいきなり興味を失ったように目をつむった。口調もぞんざいになる。
「助ける? 何をだい。アンタらはいつもそうだ。昔にもアンタみたいなのが居たよ。自分たちよりも力の優る存在に出会うと、自分たちでは何もせず、ただ、助けて下さいってすがり付く馬鹿共がね。ハッ、人ってのは、いつの時代もおんなじだねえ……」
ルシアは冷笑したままもう一度クロ-ノを見遣る。顔の影が濃くなった。
「それにね、あたしは訳あってもう寿命以外の力を失っちまったのさ。どうだい? 助けてもらう気もすべて失せたろ?」
クロ-ノは視線を外さずに答える。
「いいえ。それが本当だとしても、まだ、貴女にも出来ることがあります。貴女の知識を我々にお貸し下さい」
「嫌だね。だいたいそんな物で何をするつもりだい、あんた」
クロ-ノは淀みなく答えた。
「ナニ-ルを止めます」
「!!?」
老婆が驚いて起き上がった。痛みで顔をしかめるが、構わずクロ-ノを凝視する。
「おそらく、貴女が力を失ったというのも、彼の仕業なのでしょう?」
「なんで………あんた…………」
クロ-ノは笑いを消して真剣な表情になった。
そう、彼はナニ-ルの名前を知っていた。多分、ナ-ガも知っているだろう。だが、アベルは知らないはずだ。この事は、セレンシア神聖国の中でも上層部のみに代々知らされ伝えられてきたことだからだ。
(再会した時に、アベルに言っても良かったんですけどね)
色々あって言う機会というものがなかった。だが、後で言っておくべきだろう、この状況であるならば。国のルールは大切だ。だが、本当に必要なときに縛られず破ることのできる意思も必要だ。まあ、後で罰は受けなくてはならないが。
(アベルには怒られるでしょうね、絶対……。黙っていたこと……)
だが、身に付いた習慣というものはそうそう変えられるものではない。それに、国で教えられ伝えられてきたものは知識だけなのだ。それも、長年の間に記憶の薄れた虫食いだらけの。
だからこそ先程は何度も驚かされてしまったが。
……今更ながらに悔しいものがある。少しはアベルにも驚いてもらわないと面白くない。だが、アベルの追っている相手もおそらく(名前は知らなくても)ナニ-ルである以上、それぞれの知識の交換は不可欠だ。
(おそらく、あの兵器を使ったのはナニ-ルかそれに連なる人間でしょう。つまり、とうとう悪夢が目覚めてしまったということです。ですが……)
アベルの話にも、まだまだ穴があった。彼の【真実の歴史の話】を聞いていて思ったが、技術史などの分野においては、彼よりも自分のほうが詳しい場合も多かったのだ。
その上、彼の話には重要な部分がまったく欠けていた。
(そうです。その欠けていた部分とはすなわち、ナニ-ルやルシア達『帰還者』側の視点です。アベルの話にはその部分だけ完全に公平性に欠けていた。それでは本当の真実を知ることはできません……。そう……確かめる必要があるのです)
「我々セレンシア神聖国とは、表向き発掘品を収集・管理する国と思われています。外の人間だけでなく、国民ですらもそう思っていることでしょう。しかし真実のセレンとは、500年前に起こった真の悪夢の再来を回避する事を目的とした集団なのです。大戦の事ではありません。大戦も含めてですが、それ以上に大戦が終わった後に生まれた真の悪夢、たった一人の悪魔と人類との闘いを……」
顔を上げると、ムハマドだけでなく、ルシアも口を開けてぽかんとしていた。
「……お、驚いたね……そうだったのかい。知らなかったよ……」
クロ-ノは微笑した。
(貴女が示してくれた生き方ですよ。そう、500年前の、あの時に……)
彼女が救ってくれた命たちの末裔が、今のセレンの街の民なのだから。
「しかし、問題もあります。それは……間に横たわる500年という時間そのものにあるのです」
「知識が、薄れたんだね?」
ルシアの顔付きが真剣さを帯びる。
「その通りです。500年前の時点ですら、長く続いた戦争で幾らかの知識は失われ始めていました。それからさらに500年、ですから。さらにそれだけでなく、お恥ずかしいことに、わずかに残った知識ですらも自らの欲望のために使い始める輩が出てくる始末でして。最近になってようやくそれらの人間をできるだけ排除して新しく国を再編することができたのですが……いかんせん若く経験の少ない人間が多く、膨大な資料から知識を発掘するのに手一杯で、後に続く者に真実を教えられる教師すら満足にいない状態です。なのに、よりにもよってそんな時に悪魔の復活が起こってしまった……」
「……なるほどね、そういうことだったのかい」
「それと、ご存じですか? この国の端で大戦時の兵器と思われる代物が使われ、オアシスが一つ消滅しました。……8日前の事です」
「何だって!!? その、オアシスの名前は!?」
ルシアの剣幕に驚く。理由は分からないが、それだけ重要な場所だったという事だろうか?
「い、いえ、名前までは分かりませんが、サバンナの近くの比較的大きなオアシスです」
ルシアはそれを聞いて愕然とする。ワナワナと震えこぶしをベッドに叩きつけた。
「何てこった……やられたね……。あそこには、ナニ-ルと直接戦うのに必要なものがあったってのに……」
「何ですって!!?」
今度声を上げたのは、クロ-ノだった。
「それは一体どの様なものだったのですか!?」
「足だよ……あの場所へ行くために残された、わずかな足の一つ、だったよ……それ以外にも理由はあるけどね」
「そんな……それでは……」
「クロ-ノとか言ったね? どんな兵器が使われたのか、分かるかい?」
「アベル……仲間の話だと、……空間点爆縮弾という名前の爆弾だと……」
「く、空間ごと消滅させるための兵器じゃないか! それじゃあやっぱり何も、残らなかったろうね……」
「……はい、直径で二キロ近いクレーターができていました。垂直方向は100mくらいでしたが」
二人して黙り込みうなだれるルシアとクロ-ノに、ムハマドが遠慮がちに声をかけた。
「あの、二人とも、のど乾きませんか? ……お茶、入れましょうか?」
◇◇◇
それより少しだけ遡った時刻。
運河沿いのその町に、二人連れの旅人が近づいていた。片方は銀髪で背が高く190cmはありそうだ。もう一人は、顔が見えないので幾つかは分からないが、年の割には背が低そうだった。
砂で汚れた外套にくるまりながら、二人は黙々とその町に向かって歩き続けていた。
◇◇◇
お茶に使うお湯を沸かしながら、ムハマドはさっきの話について考えていた。
(………めちゃくちゃ大変そうな話だったな……。半分くらいしか分からなかったけど。でも、本当にそんな悪魔みたいな人間がいるんなら、やっぱり何とかしなくちゃ。でも、何をすればいいんだろう? 首都でもなんか大事が起こっているらしいしなあ)
今年は大変な年になりそうだ。
沸いた湯を茶葉を入れた土瓶に注いで[蒸らし]に入る。あと少し。
「お茶が入りました。お二人とも、どうぞ」
ルシアとクロ-ノは、無言で頭を下げ湯飲みを取る。が、そのまま飲まずに湯の中を見つめ続けた。
「あの……」
重苦しい空気に、ムハマドが口を出した。
「よく分からないんですが、苦しい時に黙っていてはさらに苦しくなるものです。どうせなら、何か話をされたらどうでしょうか? これ、死んだ父さんの受け売りなんです」
二人はムハマドを見て、互いに顔を見合わせた。
「……そうだね。何か話をしようか……。もしかしたら、何か突破口が見つかるかもしれないからね」
頷いてクローノは口を開ける。
「そうですね……。では、貴女の話をして下さい、ルシア」
「あたしの、かい?」
「そうです。貴女の、です。貴女がた【帰還者】たちの話を。そして、この世界へ貴女がたが帰ってきた後に、真実何があったのかという事を……」
「………………いいだろうさ。数百年前、そして、今。この星に何が起こり今何が起ころうとしているか。話してやろう。何が起こり、どのような結末を迎え……そして、なぜあたしが冷凍睡眠にまで頼り瓶を携えて大陸中を回っているかを、全てね」
「お願いします」、そう、クロ-ノが返事をしたその時だった。
「面白そうな話だなァおい?」
部屋の入口から四人目の声が聞こえた。まだ年若い少年の声。
「その話、おれたちにも聞かせてもらおうか、婆サン」
3人が驚いて視線を投げる。その目に映ったのは、腕組みをし扉に片足をかけ壁に背をもたれかけた、長く黒い前髪をバンダナで立たせた少年。そして、その後ろに控えた黒いス-ツを着た銀髪で長身の男、の二人の姿だった。
「誰だい、アンタたちは」
ルシアのその質問が束の間の静寂を破る。少年が一歩前に出た。
「テメ-が小瓶の老婆だな? ……会いたかったぜ。本当にな……」
小刻みに怒りで震えるその少年へ後ろの男が耳打ちする。
「坊っちゃん。今度はちゃんと見つかったんですから、今までの空振りは全て[無し]ということにして下さいね? お願いしますよ。あ、それからいきなり柄が悪いですよ、常に商人は冷静に。はした無いです」
「……リ-ブス、空気を読め。いいから少し黙ってろ」
うるさそうに腕を振る。
「質問に答えて下さい。いったい、君たちはどなたなのですか?」
「あのう、一応ここはおいらの家なんで、勝手に入られると困るんですが……」
クローノが苛立ちを、ムハマドが戸惑いを声に乗せて送る。その時、少年が何か言おうとするのを遮って、青年が前についと出た。
「勝手に家に入ってしまい申し訳ありませんでした。お初にお目に掛かります、我々はシェスカのロ-エン商会の者です。こちらはカルロス様、商会の当主代行を務めておられます。そしてわたくしは執事のリ-ブス。以後、お見知りおきを。結果的にご自宅に侵入してしまった件についてはお詫び申し上げます。大切な用件があって伺ったのですが、返事がなかったのに奥で話し声が聞こえたものですから。我々もそのまま帰る訳にはいかなかったのですよ」
「おれたちはある人間を捜していたのさ、ずっと。とあるビンを使う老婆をな。……アンタのことだろ?」
少年の言葉とともに彼の体から鋭い烈気が波打った。気迫が部屋にあふれ出る。
なんという強さだろうか。それだけに、一種、危ういものすら感じさせる程だ。
「そうですか、それはまたご丁寧にどうも……」
ムハマドがピントのずれた返事をして、カルロスを脱力させる。が、そのムハマドも、さらに挨拶を返そうとするのを腕で遮られて、黙る。クロ-ノだった。
「ローエン商会……! 世界有数の大商人が、この方に何の用なのですか? すみませんが今は取り込み中です。また後から来てもらえるととてもとても助かるのですが」
「そういう訳にもいかね-んだよ、美人の兄さん。さっきの会話を聞いちまった以上はな。あんたが誰かは知らないが、邪魔すると怪我が酷いぜ?」
クローノの無表情に冷笑が薄く浮く。
「ほう、怪我ね。当主代行ならば、もう少し品を良くされたらいかがですか?」
「うるせえよ。人が名乗ってるのに名乗り返しもしね-人間に云われたくねェな」
「………。そうですね、失礼致しました。私はクロ-ノ・アス・フォ-ス。セレンシア神聖国の者です」
この名乗りに、リ-ブスがハッと表情を変える。
「クロ-ノ……! 坊っちゃん! セレンの現役大神官ですよその人!」
これにはカルロスも仰天する。しかし、
「……ヘッ、商売敵かよ……。いつもいつも狙ってた遺跡を事前に出し抜いてくれてるよな。スパイでもあちこちに潜りこませているんじゃないかってもっぱらの噂だぜ?」
「盗人は貴方がたの方でしょう! 我々は小汚い商売で発掘をしているわけではありませんので。……それより今は大事な話の途中です。お引き取り願いたいですね」
「ハ、小汚いときたかよ。どの口が品を語るんだか。だがルセ-な……、こっちも用があると言ってンだろッ!?」
カルロスの手が懐に伸びて鞭をつかむ。どうやらこの二人、精神的に天敵のようだ。
「なんなら今ここで白黒つけてもいいんだゼ? 色男」
「それはそれは、面白いお誘いですね?」
クロ-ノの棍をもつ手にも力がこもった。
「や、止めて下さい二人とも! 病人がいるんですよ!」
「その通りだよガキ共。おや怒ったかい? 云われたくなけりゃ、男が簡単にカッカするんじゃないよまったく煩いったらありゃしない。いいから二人ともこっちに来な。全員聞かせたげるから、耳かっぽじって喧嘩なら話が終わった後にしておくれ」
「誰がガキだ、誰が!!」 「ガ、……ガキ……?」
ガキと云われてしまった二人は、しぶしぶと、顔を伏せたりうなり声を上げたりしながら椅子を引き、腰を下ろした。クロ-ノの方がショックが大きかったようだ。
「いいから静かにお聞きよ、まったく。このあたしが昔の話をするなんて滅多に無いってのにさ。いいかい、質問は受け付けないからね!」
布団に座り直したルシアは、一度だけ深く呼吸するとそのまま静かに話し出した。
第九話 『Interlude ~老婆~』 了。
第十話 『Interlude2 ~証言~』に続く。




