第29話 燃え上がる野望
『その昔、魔族、魔法使い、人間の区別はなく世界は一つで、二人の魔王が存在した。
一人は光の王と呼ばれ、魔族や人間、分け隔てなく誰からも愛され、もう一人は闇の王と呼ばれ、絶大な魔力に魔族はひれ伏した。
二人の魔王は仲が良く共に助け合い力を合わせて世界の均衡を守っていた。
だがいつの頃からか、人間は魔力を信じなくなった。魔力を信じなければ、そこにある魔界も魔族の姿も見えない。人間の無情さに絶望した魔族は、魔力の源である月影石のある場所に魔界を築き、人々の前から姿を消した。
魔法使いと魔女は人間と共に人間界で暮らすことを選び、魔法使い達だけが、魔族の存在を知るものとなった。
それでも世界は変わらず廻り、魔界と人間界の均衡は保たれていた』
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それはまるで平和なお伽話。
だけど、そんな平和な話など存在するのだろうか――?
一人思考にふけっていたメフィストセレスは苦々しげな笑みをもらす。
暗闇に包まれた室内。明かりなどないが、開かれた窓の外からまがまがしい黒くて眩い光が差し込み、完全な黒ではない。
その室内の一人掛けのソファーに深く腰掛けた黒髪の美青年が深い吐息をもらす。その口元には、うっすらと笑みすら浮かんでいる。
「生まれたのも一緒ならば、分かち合った力も一緒。それなのになぜ、こんなにもお前が憎らしくてたまらないのだろうか……」
嬉々とした口調、だがメフィストセレスの漆黒の瞳には一瞬やりきれない光がきらめいて消えていった。
廻り続けていく世界。何も変わらないと信じているのは誰だろうか――?
※
『それでも世界は変わらず廻り、魔界と人間界の均衡は保たれていた。が――
闇の王はずっと光の王が妬ましかった。なにもしなくても誰からも愛され、自分の前にひれ伏す魔族でさえ光の王には逆らおうとはしない。魔力を信じなくなった人間達をいまだ愛し、人間界との共存を図る光の王が憎らしく、目障りだった。
王は一人で十分だ――
いつしかそう考えるようになった闇の王は、光の王の隙を常に狙っていた。
闇の王の方が絶大な魔力を持ってはいるが、光の王には魔力以外にたくさんの力の源がある。世界に散らばる世界の根源たる八つの宝珠。それぞれに意志を持った宝珠のうち、風と水と土と時の宝珠は光の魔王に力を与えて、人間界を選んだ魔法使い達さえ光の王を信仰し、信仰心がその力を増幅させていた。
闇の王、光の王、二人の力は同等のものだった。
だから闇の王は、光の王の力が弱まるのをただひたすらに待っていた――
光の王の弱点をつき、世界の均衡を破られるその時を――
世界をすべて自分のものにするために――』
※
メフィストセレスは手に持った漆黒の液体の入ったグラスを傾けながら、視線はソファーの横に置かれた小卓の上の鏡から外されることはない。
その鏡には、魔界の存在を知らずのうのうと暮らしている人間界の様子。賑わう街から外れた森深き場所に映る一人の青年を見て、メフィストセレスの漆黒の瞳がギラっと光を反射して鋭く光った。




