第30話 破られた誓い
『君は南の国で、私は北の地で。共に生きよう。離れていても心はずっと側にいます』
それが二人に出来る最後の約束だった――
『君を見つけるために私は生まれ、君に出会って幸せでした。添い遂げることは叶わないけれど、生涯愛しているのは君だけです。遠く離れようと、死して時を廻ろうとも――私の心は君だけのものです。君の心も、私だけのものだと誓ってくれますか――?』
窓にふきつける吹雪がやみ、空には黄金に輝く月が寂しげに浮かんでいた。
ただ、生きてほしい――
君には幸せになってほしい――
いつまでも光り輝く笑顔を途絶えさせてほしくない――
それだけが私の願い。
君に逃げると言ってほしかったから言った言葉だったけど、本当は私自身がその言葉を支えにしていた。
それがどんなに儚い願いかなんて、誰よりも一番知っていたのは私なのに――
※
兄の謀略に気付かず故国を守れなかった自分の愚かさを呪い、愛しい人さえ側で守ることのできない自分の無力さを呪い、ドルデスハンテ国に来たばかりのルードウィヒは魂が抜けおちた虚ろな瞳をしていることが多かった。
だが、魔導師候補一期生としてルードウィヒに魔術の教わるニクラウスの提案でバノーファへ行き――
何もかも希望を失って、見えない明日を背負って、ただ使命感だけに突き動かされて、帰る場所もなければ、愛しい人に会うことも出来ない。自分には何も残っていない――そう思っていたのが、自分の身勝手な考えだと思い知る。
国が滅んだことを惜しみつつも民が前を向き、明日を待ち望んで生きているのを見て、自分だけがあの時から一歩も進めていないことに気づく。
ずっと過去を囚われたままだった――
優しく包み込む風、温かな大地、爽やかな花の香り、すべてを洗い流す水、何度も生まれ変わる炎――
以前よりもはっきりと聞こえる精霊の声に、南の暖かな土地でティルラの息づく音さえ聞こえ、交わした約束を思い出す。
『共に生きよう――』
生きることが、ティルラを愛し続けることにだといまさら思い知る。
決して戻ることのできないと思っていた故国があった場所に立ち、精霊の声を強く感じて、戦火の傷跡を残しつつも土を耕し復興していく民を見て、すべてが燃え尽きたと思っていた森に新芽が生えているのを見て、ふっと気持ちが軽くなった。
それからというもの、王城よりも自然あふれる森の方が精霊の声を聞きやすいというニクラウスの提案にのって、たびたび砦の森で魔術の指南が行われた。
といっても、ルードウィヒが手取り足取り教えるわけではない。
「体で感じろ。全身で精霊の声を聞け――」
実地あるのみ。
手段は何でもいいから、ひたすら自然の声が聞こえるようになれと魔導師候補生には言い残し、ルードウィヒは一人ふらぁ~っと森の奥へと消えていく。
「ティルラ……」
掠れた声でもらされた名前は、爽やかに森を吹き抜ける風にさらわれていく。
生まれ育った国が滅び、敵国であるドルデスハンテの王城に魔法指南役としてやってきてすでに四つの季節がめぐった。
一人、森の奥へと足を踏み入れたルードウィヒは、ぼんやりと空を眺めて愛しい名を呟く。
彼女を想わない日は一日とない。
以前のような後ろ暗い気持ちではなく、ただ純粋に愛しいと思う。
今はこの地を離れることはできないが、いつか、自分に課せられた使命を果たした時は必ず迎えに行くと心に誓う。
ドルデスハンテ国にやってきてから、魔法指南以外には頑なに魔法を使うことを拒絶していたルードウィヒだったが、この頃はライナルト王子に頼まれて、魔法で各国の情勢を調査するなど、少しずつ魔法を使うことに抵抗を失くしていった。
もちろん、ライナルトの手駒になるつもりはなく、すべての情報をライナルトに渡すわけではない。バノーファに暮らす旧ホードランド国の民がために、ドルデスハンテ国の平和を守ることも自分の義務だと思っていた。
この日も、魔導師候補生達から離れ、得意の火の魔法を操り隣国の情勢を探っていたのだが。
ほんの一瞬の気まぐれ――
隣国を映す炎の中に、愛しい姿を求めていた。
それが自分の想いを打ち砕くとも知らずに――




