第20話 嵐の訪問者
ドンドン……っと慌ただしいノックの後、間髪いれずに扉が勢いよく開いた。
朝食後、そのまま世界の鍵探しについて、小会議を開いていたティアナとジークベルトは、二人そろって開いた扉に視線を向けた。
「あっ、お待ちください……」
焦った声をあげるのは、ここでティアナ達の身の回りの世話を申しつけられた女官。その声が扉の外から聞こえて、それを無視して一人の男が室内にずかずか入ってくる。
「愛しいアデライーデ、手紙を読んで急いで馬を駆ってきたぞ。さあ、私の愛の抱擁を――……」
氷の瞳に麗しい微笑みを浮かべて腕を広げてサロンに入ってきたダリオは、目の前の光景を目撃して、ぎゅっと眉根を寄せてその場に凍りつく。
「なっ……にをしているんだ……」
※
時は遡ること、数分前。
客室のメインサロンで円卓を囲んで椅子に座っていたジークベルトとティアナ。
世界の鍵を探しに行く旅にティアナが不安を感じていると気づいたジークベルトは、腕を伸ばしてティアナの頭を優しくなでながら言った。
「俺は……ティアの兄さんみたいなもんだからな。エリクが側で守ってやれない分、俺がお前を甘やかして、守るって約束しているんだよ」
ジークベルトを見上げたティアナは、水色の瞳と視線があってその瞳を見つめ返す。
「…………っ」
ジークベルトの唇がわずかに動いたのに気づいたが、なんと言ったかは聞きとれなくて尋ねようとした時、ドンドンっと慌ただしく扉が叩かれた。
※
ティアナがロ国を去ってから、ダリオの心はぽっかりと穴が開いたような空虚感に襲われていたが、生真面目な性分で執務を怠るようなことはしなかった。
今まで通り多大な執務をこなし、更に各国との条約に尽力し、執務室で夜を明かしてエマに小言を言われてそれをさらっとかわして氷の瞳を煌かせてスルタンの仕事をしていた。
いつも通りだが、ダリオは時折ふらっと執務室からいなくなり、そんな時は決まって後宮のアデライーデの部屋にいる。
もうそこにはいない面影を求めて。その背中は切なげに陰っていた。
その姿を見てしまったエマはダリオが無理をしていることに気づいたが、それを言えば余計に強がるダリオの性格を知っていたから、何も言わずにいた。
そんなある日、エマの元に一通の手紙を持った部下がやってきた。
「なんですか?」
素っ気なく言って差し出された手紙を一瞥する。宛名はハレムのウクスの一人だった。
なぜ、この手紙を持ってきたのかと疑問に思いながらくるっと手紙をひっくり返したエマは、そこに書かれた名前に大きく目を見開いた。
王宮に届く手紙はすべて謁見されることになっている。
部下が持ってきた手紙はティアナがハレムで知り合った魔女の家系のニコラ・ロベルティーニ・シュターデンに協力を仰ぐために出した手紙で、エマの息のかかった謁見係がティアナの名前を見つけて持ってきたのだった。
エマはちらっと視線を流し、部下に下がるように言うと、封を切って手紙を読み、すぐにダリオの元に急いだ。
※
エマからティアナの手紙を受け取り世界の鍵を探しに行くことを知ったダリオは、急務をこなし執務の指示を出すと王宮から風のように馬で飛び出し、ティアナのいるドルデスハンテ国を目指した。三日三晩、ほとんど休むことなく馬を駆り、辿り着いたドルデスハンテ国王城で条約のことでレオンハルト王子に会いに来たと告げる。
手紙の内容から、ティアナがレオンハルトの客人として滞在してることを知り、直接ティアナの名前を出すよりも効率がいいと思ってのことだった。
通された部屋に、さほど待つことなくレオンハルトがやってきた。
「これは――、近々、こちらから条約のことでご連絡申し上げようと思っていましたが、ダリオ様自らがいらっしゃるとは思いませんでした」
「儀礼的な挨拶は省かせてもらう。私は条約のことで来たのではないからな」
ソファーの背もたれにゆったりと腰をかけ、長い足を組んで座ったダリオは、不敵な笑みを浮かべてレオンハルトを見つめた。
レオンハルトはその視線を受けて、ダリオがティアナに会いに来たのだとすぐに察して、わずかに表情を曇らせる。
「ティアナ様に会いにいらしたのですね。彼女はこの時間だと部屋にいるでしょうから、部下に案内させましょう。私はいま手を離せないので」
やわらかい物腰で言ったレオンハルトに、ダリオは氷の瞳を向けふっと薄く笑う。
「場所さえ分かれば案内は無用だ」
蜂蜜色の瞳と空色の視線がぶつかり、沈黙が広がる。
先に視線をそらしたのはレオンハルトだった。
「わかりました」
そう言って、ティアナ達が使っている東側の客室の場所を簡単に説明すると、「分からない時は、近くにいるものにお尋ねください」と言って一礼して部屋を退出した。
レオンハルトが部屋を出ていってからしばらくして立ち上がったダリオは、優雅な動きで、だが急いだ歩調でティアナの客室を目指した。
ロ国の王城と広さ的には同じくらいだと思ったドルデスハンテ国の王城は、複雑に作られたロ国の王宮とは違い、通路は広く天井も高く開放的な作りになっていて迷うことはないだろうと思ったが、増改築が繰り返されているのか道は複雑だった。
なんとか辿り着いた客室に足を踏み入れようとした時、ティーワゴンを押した女官と出くわす。
初めはお辞儀をしてダリオの横を通り過ぎた女官は、ダリオのあまりにも異質な格好に足を止めて見つめてしまう。
目を引く輝く蜂蜜色の髪とは対照的に切れ長の冴えた氷のような瞳、見慣れないゆったりとした衣装に紺のマントを羽織っている。
レオンハルトよりティアナの世話をいいつかっていた女官は、大事な客人の部屋に見慣れない人物が現れて警戒心を抱く。
今日、誰かが訪ねてくる予定など聞いていなかった。
「なにかご用でしょうか?」
対応は丁寧だが警戒するような響きで女官に尋ねられたダリオは、尊大な態度で女官を見下ろす。
「レオンハルト王子からここにイーザ国の姫がいると聞いてきたが、この部屋であっているか?」
「はい、確かにここはティアナ姫様のお部屋ですが……っ!」
女官の言葉の途中でドンドンっとけたたましく扉を叩き、扉を勢いよく開けた。
「あっ、お待ちください……」
ダリオの行動に焦って女官が制止するが、その声を無視してダリオは開いた扉の中へと足を踏み入れる。
室内は両側に扉があるメインサロン、奥の窓から太陽の日差しがたくさん入り込んだ開放的な造りになっている。
「愛しいアデライーデ、手紙を読んで急いで馬を駆ってきたぞ。さあ、私の愛の抱擁を――……」
言いながら麗しい微笑みを浮かべて腕を広げて室内に進んだダリオは、目の前の光景を目撃してその場に凍りつく。
「なっ……にをしているんだ……」
部屋の中央では、円卓を囲んでティアナと黒髪の男が座っており、その男が愛しげな眼差しをティアナに向けて頭をなでていることろだった。
まさか、ティアナの部屋に男がいるとは思いもよらなかったダリオは、二の句がつげず口を開いたまましばらく立ちつくしていたが、ティアナの声にはっと我にかえる。
「えっ……ダリオ様……?」
1ヵ月ぶりの更新です。遅くなってすみません。
ついにダリオ様登場です!




