第19話 カンファレンス
北欧の森へ行ってから七日が経ったドルデスハンテ国王城。
ティアナとジークベルトに与えられた客室のメインサロンで朝食を食べ終えた二人は、食器を下げた円卓をそのまま囲み、これからのことについて小会議を開いていた。
この世に存在するものすべての根源――木、火、土、風、水、光、闇、時。この八つはそれぞれ力の源とする媒体があり、八つの宝珠が世界の均衡を保っている。
宝珠は、あるときは時の権力者や魔法使いが持ち、あるときは自然に溶け込むように存在した。
その行方は知れず、世界に散らばっているともいう。そして、光の王と闇の王の力の源もこの宝珠だという。
つまり、二人の王のうちどちらかが欠け、世界の均衡が崩れようとも、八つの宝珠がすべて揃えば、世界の均衡を保つことが出来る――のではないかと推測する。
「時と火は見つけた――」
木製の丸椅子に長い足を組んで座ったジークベルトが、真剣な声音で言う。
時の鍵“時空石”、火の鍵“紅玉のピアス”はティアナの手元にある。
王城内では、密かにレオンハルトとニクラウスの指示のもと、世界の鍵探しの旅の準備が進められていた。
「ヘンリーが闇の鍵“月影石”は闇の王が持っていると言っていたわ」
「ああ、“月影石”は魔界の全エネルギーの源だからな、魔王が持ってると考えて間違いないだろう。おそらく光の鍵は光の王が――これも魔界にあるはずだ」
円卓には八つの文字が書かれた紙が置かれ、ジークベルトはそのうちの“闇”と“光”をとんっと指で叩いて説明し、ティアナは頷き返す。時と火の文字にはバツ印がつけられている。
「残りは、木、土、風、水――知人の魔法使いの話では、木の鍵は魔界にあるらしいから、まずは土、風、水の鍵を探そう」
「風の鍵は時空石同様、魔法使い達が守っているとヘンリーが言っていたわ」
ヘンリーからの情報を話したティアナに、ジークベルトは水色の瞳に挑戦的な光を宿して薄い笑みを浮かべる。
「その情報は俺も知っている。その魔法使い達が住んでいる場所を探してもらっているから、その返信待ちだ」
「以前言っていた……知り合いの魔法使い?」
「ああ……」
ティアナの質問に、歯切れ悪く答えるジークベルトをティアナはまっすぐに見すえる。
ジークベルトとは同じく魔女に指示した兄弟弟子。その魔女はイーザ国の事実上最後の国守の魔女であり、ティアナ自身が会ったことのあるただ一人の魔女だった。魔女が建国し、魔法使いや魔女ばかりだったイーザ国でも、魔法使いも魔女も伝説になりつつあった。まだどこかに魔法使い達が幾人も存在しているなんて知りもしなかった。だから――ジークベルトに魔法使いの知り合いがいることを不思議に思う反面、納得させられる部分もあった。
亡き国守の魔女であるマグダレーナとジークベルトのやりとりを見て、ティアナはよく、二人がもっと前からの知り合いなのではないかと思うことがあった。
ジークベルトのマグダレーナに向ける言葉のはしはしに、ジークベルトがマグダレーナの若き日々を知っているようなもの言いが気にはなっていた。
もしかしたらジークベルトは魔法使いの生まれ変わりで、ジークベルトの前世には若かりしマグダレーナが存在したのではないか――そんなおとぎ話のようなことを想像したこともあった。
だから、ジークベルトに魔法使いの知り合いがいると聞かされても、すんなりと受け入れることが出来た。それに、ティアナには分かっていた。ジークベルトがそのことに触れてほしくないことを、言葉にしなくても伝わってきていた。
「手紙を出して九日が経つから、そろそろ返事がくるとは思うんだが……」
「魔法使いって人里から離れて暮らしているのよね? 普通の郵便屋さんでは届けてもらえないのでしょう? どうやって手紙のやりとりをしているの?」
ふっと思った疑問を口にしたティアナだったが、言葉にしていくうちに、ジークベルトの表情が不敵に笑むのに気づいて、片眉をあげる。
「まさか……」
「もちろん、ふくろうさ」
「時々いなくなるのは、ふくろうに会っているの……?」
「ああ、この城にも小さいがふくろう小屋がちゃんとあるんだよ」
この城にもというのは、イーザ国の王城にも昔使われていた立派なふくろう小屋がある。もちろん、ふくろうは一羽もいないので、実物のふくろうは見たことがない。
驚くティアナを面白がるように笑うジークベルトをきっと睨みつけたティアナに、ジークベルトは話題をそらすように質問する。
「そういうティアは、ここ数日部屋に籠ってなにかやってるみたいだったが、なにやってたんだ?」
上から目線でにやりと笑うジークベルトに、ティアナはどこに隠していたのか服の中から手のひら大の袋を取り出す。その口を広げると、中からゴロゴロと小瓶と小さな紙に包まれた丸薬がいくつも転がり出した。
その小瓶はまがまがしい緑色だったり、ねばっとした土色だったり、七色……っといっても目を覆いたくなるような妖しい色合いの液体など、見るからに不気味なものばかり。
「なんだ、それ……?」
ジークベルトはひくっと口の端を引きつらせて呆然とする。
「風邪薬や疲労回復剤、解毒剤くらいは常備してたけど、北欧の森は人が足を踏み入れなくなってからだいぶ経つから、いろいろ珍しい薬草があったのよね。今まで知識だけで作ったことはなかったけど、この機に毒薬とか作って見ようかしらと思って」
言いながらティアナは、ねばっとした土色の小瓶を手にとり傾けて、うっとりするような視線を投げかける。
「本当にめずらしいのよ、これなんか――」
「――ティアっ、そんなもん作ってどうするんだ……?」
嬉々として毒薬の説明をし始めようとしたティアナを、立ち上がり制止したジークベルトは肩で大きく息を吐く。その表情は引きつっていた。
「もちろん――使わないにこしたことはないけれど。世界の鍵を探す旅で、また妖魔に襲われるかもしれないでしょう? 北の魔森の時みたいに。そうなったら私は魔力がないからジークベルトに迷惑をかけるわ。せめて、自分の身くらい守れないといけないと思ったのよ。それで考えて、薬作りなら自信があるから……」
そう言って俯いたティアナを見て、ジークベルトは椅子に座り直す。
“世界の鍵”を探せば世界を救えるかもしれないと分かった時、それが危険な旅だと承知の上で、ティアナは迷いもなく探すことを選んだ。
『少しでも可能性があるなら――行かないなんて選択肢はないでしょう?』
それが王族としての使命感なのか、ティアナの本来の宿命なのか――ジークベルトには分からないが、澄んだ翠の瞳に決意をみなぎらせて笑った気品にあふれたティアナの表情が思い出されて、吸い込まれそうになった。
そう言ったティアナが、旅の最悪の事態を考慮して毒薬を作るという行動を起こしたことに、少なからず不安を感じていることを察して、ジークベルトは安心させるようにティアナの頭をぽんっと撫でた。
「大丈夫だ、ティアのことは俺が守ってやるよ――」
ちらっと視線をあげたティアナは、ジークベルトの水色の瞳が深い輝きを放って見つめてくるから、胸が熱くなる。
「守られるのは……いやよ……」
ふてくされたような口調で言ったティアナに、ジークベルトはもう一度頭を優しくなでる。
「俺は……ティアの兄さんみたいなもんだからな。エリクが側で守ってやれない分、俺がお前を甘やかして、守るって約束しているんだよ。それに――……」
見上げたティアナの視線の先で、ジークベルトは空気に溶けるように言葉を吐き出し、ぎゅっと唇をかみしめた。
「最終的には、魔界に行かないといけないだろうからな……」
その言葉は、ティアナの耳には届かなかった。




