第12話 魔法使いの言葉
振り返るとそこには、ティアナの想像通りルードウィヒが立っていた。
ロ国でさんざん炎から姿を現すルードウィヒに慣れてしまったティアナはまったく動じずにルードウィヒを迎いいれる。
「ごきげんよう、ルードウィヒ」
ちりちりと刻印の刻まれた場所が痛み、わずかに眉根をしかめる。
古には魔法使いがみな羽織っていた黒いマントを羽織り、見た目の年は二十五、六。長い漆黒の髪を無造作に後ろに流し、腰のあたりで束ねている。翠がかった黒い瞳は陰り、筋の通った高い鼻と形のよい口元には――いつもの不敵な笑みは浮かべられていない。
威圧的な空気をまとっているのは変わらないが、なんだか雰囲気が違う。
陰鬱さを増した瞳の陰りに、ティアナは痛む胸を一度撫でてから、すっと姿勢を正す。
「会いにいこうと思っていたところに、あなたから会いにきてくれて嬉しいわ。でも、わざわざ魔法で結界のはられた王城に姿を現すなんて……」
大胆というかなんというか――言葉をにごして苦笑したティアナに、ルードウィヒは不敵な笑みを口元に浮かべてクツクツと笑う。
「ふっ、私にこの城の結界は効かないよ。ニクラウスから聞いただろう? 私はこの国の魔法指南役――筆頭魔導師のニクラウスをはじめ、この国の魔導師達のほとんどを私が指導した。自分より力の弱い者の結界などないに等しいのだよ」
「そう――」
ルードウィヒが以前にも王城に現れ、レオンハルトに魔法をかけたことを思い出して、ティアナは冷静に相づちを打つ。
「それもそうね。あなたはとても強力な魔力を持つ魔法使いですものね」
ティアナのその言葉にルードウィヒがわずかに眉根を寄せる。
「私があなたに会うつもりだったことも、何でもお見通しなのかしら――?」
くすりと笑みをもらして首を傾げたティアナから、ルードウィヒは視線をそらし、窓際へと近寄る。
ティアナはルードウィヒのその行動に違和感を覚える。
姿を現した時もどこか様子がおかしいとは思っていたが、それがなんなのかはっきりとした理由を見つけられないことがもどかしい。
ティアナはわずかに持ってきた荷物の中から小さな白いケースを取り出す。
マグダレーナの館で、ティアナが世界終焉伝説について書かれた手記を見つけた時、ジークベルトが形見のピアスの行方が書かれた手記を見つけていた。
人間界と魔界の混乱、世界の危機が迫っていることを知って父王に目通りを願い、慌ただしくドルデスハンテへと出発した。その合間に、ティアナはしっかりとティルラの形見を見つけて持ってきていた。
白いケースを開けて、その中に納められている紅玉のピアスを見つめる。
これできっと誤解を解ける――
「ルードウィヒ、あなたが探していた恋人の形見を見つけたわ」
そう言って窓辺に立つルードウィヒに近づいたティアナは、ケースをルードウィヒに見せる。
だが、ルードウィヒはちらっと横目で見ただけで、視線を窓の外に戻す。その様子はそわそわとし、何かを警戒しているようだった。
ティアナはルードウィヒの落ち着かない様子に首を傾げ、ピアスのケースを差し出してじれた声を出す。
「あなたが探していた物でしょう――?」
形見のピアスを見れば、ルードウィヒの悲憤の炎を燃やす瞳も穏やかになるかもしれないと思っていた。そう考えて、ずっと感じていた違和感の正体に気づく。
ルードウィヒの瞳は、復讐の炎も悲憤の炎も燃えてはいない――
何かを拒むように翠よりの黒い瞳は陰っている。
あれだけ何度もティアナの前に現れて、ティルラのピアスを探していると言ったルードウィヒが、そのピアスを見ても素っ気なく、見向きもしない……
思い返せば、ロ国でダリオに部屋に閉じ込められたところに現れた時から。
ドルデスハンテの王族を憎み、レオンハルトの死を望んだルードウィヒ。
だがあの時でなくても、ルードウィヒには復讐を果たす機会はいくらでもあったのではないだろうか。王城の結界さえ越えて、神出鬼没に姿を現す。
それが、なぜ、今になって――?
分からないことだらけで、ティアナは眉根を寄せる。
窓の外には黄金に輝く満月が欠け始めようとしていた。
「……もう時間が……ない、か……」
小さな声でつぶやいたルードウィヒの声は、ティアナの耳には届かなかった。
振り返ったルードウィヒは、自分を不安げに見上げるティアナの瞳から手元のピアスへと移す。陰って奥の見えない瞳に、一瞬、焦がれるような強い光をきらめかせて、ルードウィヒはつぶやく。
「私がつけた徴はまだ有効だ」
そう言ったルードウィヒはティアナの胸元に手をかざし、きらきらと銀色の輝きを放つ。
「ティアナよ、私と君が次に会う時は、契約をする時だ――」
不敵な笑みを浮かべたルードウィヒは、バチバチっと火のはぜる音と共に姿を消した。
意味深な言葉を残して消えた魔法使いに、ティアナは痛む胸に手を当てて、長く重い吐息をはきだした。




