第11話 愛のカタワレ
壁にかけられた角灯に照らされた薄暗い室内で語られたルードウィヒの過去――
彼の実父である魔王の名はユーリウス。かつて光の王と呼ばれ、いま、命の炎がかき消えようとしている魔王――
光の王の息子であり、魔法使いのルードウィヒの協力を得られれば、崩れかけた魔界と人間界の均衡を元に戻すことが出来るかもしれないと、ジークベルトは言った。
でも、ティアナにとって各地で起こっている異常気象とか世界の危機とか、そんなことはどうでもよかった。ただ、ルードウィヒの悲しい誤解を解きたかった。
ロ国で見た、触れた者近づく者を片っ端から切り裂いていくような闇。それでいて何かに強く焦がれるような炎を宿した瞳をティアナに向けたルードウィヒ。
あの時は記憶を失っていたから分からなかったが、過去で見たティルラとティアナは髪色も瞳の色も同じだった。自分の中にティルラの面影を求めて、哀愁のにじんだ瞳を向けていたことがいまなら分かる。
ティアナが記憶を失っていたからこそ、ルードウィヒはあえて「私の姫君」だとか「君は私のもの」とかティルラを思い出すような言葉を選んで言ったのかもしれない。
ルードウィヒはこう言っていた――
永遠の愛を誓い合った女性と離れ離れにならなくてはならず、誓いの徴に自分が身につけていたルビーのピアスの片方を女性に送った。恋人との約束を果たすために――そのピアスを探していると。
語ったルードウィヒの瞳は恋しい人を思い出し、慕情の炎を瞳に宿していた。それはティルラに対する愛情からだと思った。
ニクラウスの話しでは、ルードウィヒはティルラに裏切られて絶望したと言っていたが、あの瞳は復讐や憎しみの瞳ではなかった。
恨んでいるのなら、いまさら必死になってピアスのカタワレを探すだろうか――?
『私のことを思い出してくれる日を心待ちにするとしよう――』
そう言ったのは、自分なら必ずティルラの形見のピアスを見つけてくれると思ったから出た言葉なのではないだろうか――?
ティアナは、そう思わずにはいられなかった。
ティルラに裏切られたと思いながら、本当は、心の奥底では、いまでもティルラを愛しているのではないかと思う。
だからティアナは、協力を仰ぐというよりも、大事な愛のカタワレを返すためにルードウィヒに会いに行く決意をした。
※
ニクラウスの話を聞き終わったのは夜も更けた頃で、森の魔法使いに会いに行くのは明日にしようということで話はまとまり、ニクラウスの部屋を後にした。
ティアナとジークベルトには少しでも使い慣れた部屋がいいだろうと、舞踏会の時にあてがわれた客室を用意してくれた。
ジークベルトはもう少しニクラウスと話があると言って部屋に残り、ティアナはレオンハルトに案内されて客室へと向かった。
「ティアナ様とこのような形でお会いすることになるとは思いませんでした」
「突然、押しかけてきてしまって申し訳ありません。でも、緊急を要しましたので……」
「そうですね……、こちらからもお礼を申し上げます。各地の異常気象に対策はつくしておりますが、もうどうにもならないところまで差し迫っていました――」
そう言ったレオンハルトは疲労の浮かぶ瞳に憂いを帯びる。
ティアナもきゅっと唇を噛みしめて、黙って長い回廊を進んだ。
イーザ国を出て、ジークベルトと馬を飛ばして駆けてきた。旅の疲れがないと言えば嘘になる。
でも、それだけではなかった。レオンハルトとイーザの王城で別れたのはほんの数日前。王子の妃に選ばれたのが自分だと聞かされ、正直、戸惑っていた。
夢にまで見た憧れのレオンハルト王子との婚約。それなのに胸が押しつぶされそうに苦しかった。
レオンハルト様のことが好き――
それはこんなに確かな気持ちなのに、後ろめたい気持ちがあってどうしようもならない。
ダリオに揺れてしまったことが後ろめたくて、自分で自分が許せない。自分などはレオンハルトの花嫁としてふさわしいとは思えなくて、素直にこの婚約話を喜ぶ事が出来なかった。
それに――
黙ったまま半歩先を歩くレオンハルトの方を伺ったティアナは、気づかれないように小さな吐息をもらす。
レオンハルト様は私のことをどう思っているのだろうか……?
国同士の政略結婚ならば、ティアナに断るという選択肢はないし、それを受け入れる覚悟も、一国の姫として持っている。それでも――
相手が大好きなレオンハルトでは、そんなふうに割り切ることが出来ない。
こんな緊急時に婚約の話は進まないと思うと、少しだけ安堵した。
「それでは、私はこれで。また夕食の時にお会いしましょう」
客室まで送り届けたレオンハルトはドルデスハンテ国の女官にティアナを任せると、優雅にお辞儀をして退出した。
今回、イザベルは城で留守番なので、ティアナの身の回りの世話をする女官を用意してくれた。
自国では自分のことはなるべく自分でやっていたティアナは女官がいなくても大抵のことが出来たが、レオンハルトの気づかいを無駄にしないために、大人しく女官に手伝われて着替えを済ます。
こんなふうに誰かに手伝ってもらって着替えるのは久しぶりだと考えて、ロ国の女官のマティルデとフィネを思い出す。
二人は元気かしら――、ダリオ様も。
そんなことを思って、ティアナはハレムで知り合ったニコラに手紙を書くことを思いつく。
ジークベルトは各地に隠れ住んでいる魔法使いや魔女と連絡を取り、協力を仰いでいると言っていた。
ニコラは数百年前に存在した偉大なる南の魔女ルート・ロザリント・シュターデンの系譜に連なる最後の魔女。彼女ならば、協力してくれるだろう。
女官の一人に手紙の準備を頼み、部屋に一人きりになった時、部屋を照らす灯火がゆらりと揺れる。
ぱちぱちと火がはぜる音にティアナの胸が熱くなる。一段とはねた火の音とともに、ティアナ以外誰もいないはずの室内に人の気配が揺れた。
ティアナはそこに誰がいるのか振り返らなくても分かっていた。




