表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/54

第10話  恋慕の炎



 それはほんの気まぐれだった――

 炎の中に見えた愛しい姿に、恋慕の炎が燃え上がった――



  ※



 それまで必死に堪えていた気持ち。

 自分の魔力を使えば遠く離れた南の小国にいたとしても、様子をうかがうことは簡単だ。だが、ほんの少しでも姿を見てしまえば、会いたい気持ちが募って、いてもたってもいられなくなってしまうから。

 それをしないのは、約束のため。

 共に生きよう。離れていても心はずっと側にいる――と。

 魔法指南役としてドルデスハンテ国に従順すれば、旧ホードランド国王家の血をひく父や兄を生かしてくれる――と。

 だから、自分がいま果たさなければならない役目を投げださないように、国が滅びようと、皇子としての誇りを失わないように――

 枯れた心に言い聞かせ続けた。

 だからそれは、ほんの出来心。

 愛しくて、恋しくて、切なくて――

 一目だけでも姿を見れば、胸を震わせるこの気持ちを、落ち着けることが出来ると思っていた。

 どんなに遠く離れようとも、ただ一人、私が愛したティルラ――

 離れてても心はいつも一緒だ。君を思わない日は一日もない。

 君が側にいなくて、どんなに色のない灰色の世界だろうと、君のことを思えば、私は明日が来ることを信じて眠ることが出来る。

 黄金に輝く月を見ては、あの日のことを鮮明に思い出す――

 君が瞳に浮かべた涙、温かい唇――

 どんなに蔑まれようと、私が皇子である自分を誇れたのは、君がいてくれたから。

 生まれてこなければ良かったなんて思わない。

 君を見つけるために私は生まれ、君に出会って幸せだった。

 生涯愛しているのは君だけだ。遠く離れようと、死して時を廻ろうとも――

 私の心は君だけのもの。君の心も私だけのものだと信じていた。

 添い遂げることは叶わなくても、また、会える――

 そう信じ、その日を夢見ていた。

 だけど――



 君が私に向けていた笑顔は、いま、他の男に向けられている――

 その真実が瞳に焼きついて、じりじりと胸を焦がす。

 愛おしくて、懐かしい君の笑顔が炎の奥で揺らめいて――それが自分が涙を流しているからだと気づいたのは、どのくらい経ってからだろうか……

 ずっと、ずっとずっと、大切にしてきた思いのすべてが、ガラス玉が落ちて砕けるように、粉々になっていく。

 手の届かない場所に君がいる真実を思い知らされて、じりじりと何かが焼けつきる。

 その時、私の中でなにかが変わってしまった――



  ※



 ルードウィヒの様子がおかしいと気がついたのは王城に魔法指南役として来て、一年を過ぎたころだった。

 ニクラウスはそれとなくルードウィヒを砦の森へと誘っては、世間話をしながらルードウィヒの憂鬱の原因を探ったが、なにも知ることは出来なかった。

 ただ、ニクラウスが興味を持ったルードウィヒの瞳の奥にちらつく激しい炎が、きらめきを強くしていることに気づく。

 何かを強く求める炎――

 それが、反逆の炎へと変わっていた。



  ※



 第一期魔導師候補生は六年の時を経て、それなりの魔力を使えるようになった。その間も、二年に一度の期間で候補生を募り、魔導師育成の軌道に乗ったのはルードウィヒがドルデスハンテ国の王宮に来てから十三年経った頃だった。

 黙ってニクラウスの話を聞いていたティアナは、ルードウィヒがティルラが結婚したことを知り、会いに行きたいとどんなに思ったのか身につまされて、胸が痛んだ。

 しかし、魔法指南役としてドルデスハンテ国の城を出ることを許されなかったルードウィヒは、イーザ国に行くことは出来なかった。やっと会いに行ける――そう思った時に、ティルラは次の魂の旅へと出かけた後だった。

 時空石の試練で過去に飛んだ時、どんなにルードウィヒとティルラが愛し合っていたかを知ってしまったから、余計に辛くて仕方がなかった。


「ルードウィヒはライナルト殿下との約束を果たしたのち、居を王城から旧ホードランド国との国境であったバノーファの砦の森へと移し、滅多なことがなければ人前に姿をあらわすことはなくなったのじゃ」


 生まれ育った故国の地の砦の森に一人で――たった一人で、ルードウィヒはいくつの季節を過ごしたのだろうか。

 ルードウィヒがティルラを守ろうとして分け与えた魔力のせいで、イーザ国の国守の魔女に仕立て上げられ、親友のリアの命を盾に王族との婚姻を強要された――

 皮肉な運命、悲しいすれ違い。

 幾年も時を重ね、ティルラの子が娘を産み、またその子が娘を産み、そのまた娘が生まれ――恨みつらみのすべての感情がティルラに向かい、国を滅びへと導いたドルデスハンテ国、その王族へと向けられた。


「あやつは恋人の裏切りにあい、酷い孤独と復讐の炎に焼かれ、傷ついていた――そして混血の皇子として生まれたばかりに、人間(ひと)でありながら、人よりも長い生を生きなければならない。歪んだ心が、ドルデスハンテを憎み、王族を恨むことになってしまった――」


 悲愴な表情で語ったニクラウスを見て、ティアナはルードウィヒに会いに行く決意をした――




第2章完結です。

次話はいよいよ、ルードウィヒ登場……!?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ランキングに参加しています。ぽちっと押して頂けると嬉しいです!
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ