宣戦布告
10/13 大幅に改稿しました。二万五千文字くらい
1.
ユヒル・ヴェディエットは天才である。それも、とびきりの。
カミラ・レーテがユヒルと出会ったのは大陸最高レベルを誇る孤島の魔術学院初等科で、カミラが10歳の時だった。
体力と情操面を考慮して7歳から入学を認められる魔術学院において、10歳で入学するのは別段めずらしくもない。
実際、カミラが入学した時点でクラスの過半数が10歳前後であった。つまり島の魔術学院は入学自体が困難なのだ。編入試験もあるにはあるが、高難易度すぎて受験するもの自体が皆無で、あってないようなもの。だから最低年齢の7歳で一発合格し、筆記実技どちらも万年首席のカミラは自他ともに認める天才少女だった。
ところが、ある年に形骸化された編入試験を受け、好成績で突破した編入生は、そんじょそこらの天才ではなかった。そう、ユヒルである。
閉架書庫の奥の上の方に積まれていた、埃まみれの編入試験のルールブックを掘り出して、試行錯誤しながらなんとか試験を組み立てた教師はのちに
「加減が分からなくて、卒業試験レベルになっちゃった」と笑っていた。
にもかかわらず、ユヒルはそれを易々とパスしたばかりか、天才少女カミラの隣に机を並べたのだ。
しかもユヒルは平民で、元は孤児だというから学院中が驚いた。カミラには激震が走った。
一学期のテストこそ、なんとかカミラが一位の座をキープしたものの、次の冬期テストではユヒル・ヴェディエットの名によって次席に追い落とされていた。
張り出された成績表の前で、カミラのサン・フジより高いプライドは粉々に砕かれた。
平民のくせに。
魔術の勉強を始めてたった一年のくせに。
わたくしよりチビのくせに!
ちなみにユヒルはというと、成績表をチラと見ただけで特に反応はなかった。それより、思い出したように、いそいそと図書室へ向かったのだ。一位になったのだから喜びなさいとカミラは怒って、金髪を追いかけた。泣きながら怒るカミラをすれ違う学生たちがギョッとして振り返るが、彼女はそれどころではなかった。
予想どおり、ユヒルは高ランク魔術書の閲覧を申し込んだらしく、司書から受け取った分厚いそれをほくほくと読み始めていた。昼休みも放課後もいったい全体どこにいるのかとクラスメイトが探してみたら、ユヒルは図書室に入り浸っていると聞いたのだ。まるで、魔術学院に来たのは本の為と言わんばかりの生意気さである。
「ユヒル・ヴェディエット!」
やっと許された本にすっかり夢中になっていたユヒルも、目の前で名前を呼ばれてさすがに顔を上げざるを得なかったらしい。
カミラは閲覧机を挟んで、鳥の巣頭のユヒルを真っ向から睨みつけた。カミラより小さい、いつも寝起きのようにぼーっとしてる子に負けるなんて信じられない。
「次は絶対、負けないんだから!」
ユヒルの碧い瞳が不思議そうに瞬く。彼からすれば意味がわからなかっただろう。しばらくして何もなかったように読書を再開した彼に、カミラは酷く侮辱された思いで「無視なんて失礼だわっ」と再び声を荒げた。
ユヒルが「どうして」とつぶやく。
「これはある意味で、決闘の申し込みなのよ。あいにく、わたくしは騎士ではないから手袋は持っていませんけど」
「ぼくと君で、たたかうの?」
いまいち飲み込みの悪いユヒルにイライラとしたカミラは涙をぬぐい、栗色のツインテールを後ろに払った。
「だから、わたくしは、あなたに勝負を申し込んでいるの!」
ずいっと身を乗り出して、カミラは母ゆずりの赤い目に力を込める。
「返答をしないなんて騎士の……いいえ、貴族の名折れと思われるわよ!」
「ぼく、貴族じゃないけど」
だんだん呆れたようなユヒルの表情に、完全に頭から抜け落ちていたカミラは顔を赤らめた。
「じゃ、じゃあ、人の名折れよっ。いいから何か返事をして!」
「めんどうだなぁ」
「じゃないと閉室時間まで邪魔をするわよ」
ふんとカミラが人差し指で魔術書を叩けば、ユヒルは心底うざったそうに彼女を見上げた。
「君、名は」
「……カミラ・レーテよ! 隣の席の名前くらい覚えなさいよっ」
「うん、レーテ嬢ね。じゃ、頑張って」
適当にそう言って本に目を落としたユヒルに彼女は「ばか!」と罵倒を返す。
「君さぁ、貴族令嬢のくせに口悪いんじゃない?」
「あなたこそ、平民のくせになまいきだわ」
トンっとカミラは自分の胸に手を置いた。
「わたくしは、カミラよ。あなたが爵位を持たないなら、わたくしだって一人の人間として勝負を挑ませていただきます」
「は?」
「で、握手」
「ええ……」
困惑顔のユヒルに「閉室時間」とくりかえしトントントンと背表紙を叩いて脅せば、嫌々だと言わんばかりに、手をゆーっくり差し出してきた。その小さな、子どもらしい手を握ってぶんっと上下に振ると、カミラは「じゃ!」と踵を返した。
やってやった!
勇ましく宣言してやった!
辺境伯領の世俗騎士団長である父に自慢したら「私の小さな天才は、勇猛果敢でもあったか!」と抱き上げて褒めてくれるだろう。でもあのお髭じょりじょりは嫌いだ。
彼女は当初の目的からずれていることもしらず、溢れんばかりの達成感のまま図書室を出ようとした。が、「君、待ちなさい」その首根っこを掴む者あり。
カミラがおそるおそる見上げれば、いつも柔和な司書殿から大蛇のようなオーラが見えた……気がした。
「図書室で騒ぐなんて、ずいぶんマナーのいい子ですね」
「ご、ご、ごめんなさいっ」
そのまま外まで連れて行かれ、カミラがこっぴどく叱られたのはいうまでもない。
結局、カミラは次も二位だった。筆記だけでなく、次の実技も二位。
負ける度にカミラは大いに悔しがった。クラスメイトはユヒルの養い親が大商人で金を積んだのだと下世話な慰めをしたがそんなこと、カミラにはどうでも良かった。不正をしているならそれごと覆せというのが彼女が父から教わった脳筋理論である。だから何度もユヒルに勝負を挑んだ。逃げ回るユヒルに付き纏って、彼がどんな方法で学んでいるのか知ろうとした。
ユヒルにあれこれ聞いて、彼が饒舌になる本を片っ端から読破していったら、読書傾向が似ていったらしい。カミラが手に取ろうとした背表紙に、ユヒルの手が重なるまでになった。
残念ながらそれは恋のはじまりにはならず、戦いのはじまりへとなった。カミラもユヒルもおませで賢いけれど、お菓子の取り合いをする子どもの喧嘩となんら変わらない。
だが、貴重な魔術書の取り合いは、やっぱり司書に見つかって揃って叱られることとなる。
しばらく出禁を食らった二人は、深く反省した。本が読めないのは困る。だから二度と図書室では喧嘩をしないと約束した。読みたいものが被ったら、無言の手勝負でさっさと決着をつけ、互いに険しい顔で譲った。
だが、毎月発行される魔術学雑誌だけは譲れない。仕方ないのでくっついて座り、一緒に読むことで合意した。
いままで自分一人で読んでいた最新研究の論文について、あれこれ議論する相手がいるというのは、二人にとってはじめての経験であり、新鮮な楽しみだと気が付いた。
そして、これは二人が大人になっても変わらない習慣となった。
そんなカミラが負けて涙をこぼしたのは、最初の一度と、14のあの夏だけだ。




