19 右門の縦ロールとあり得ない行為
「殿下。ここは図書館です。皆試験に向けて学習中なのです。お喋りを楽しみたいのであれば、サロンへ行かれることをお勧めしますよ。殿下ならばどこのサロンでも歓迎してくれるでしょう」
「実はサロンやクラブのほとんどが、今日は試験勉強のために運営を自主的に休止していてね。仕方なく私も試験勉強をすることにしたのさ。──失礼するよ」
そう言うと、ルカはシエルの返答も聞かずに彼の隣の椅子を引き、着席した。
ルルの向かい側の席だ。
「わざわざ私のような者の隣に座らずとも、殿下の隣で勉強したいというご令嬢は大勢いるでしょう」
「君も可笑しなことを言うね。《《だから》》ここに来たんじゃないか」
ムッとしたシエルは何故か席を立つと、ルルの隣に座り直した。
(目立つ、目立つ!! 二人ともお願いだから静かにしてぇ……)
そもそも今日、ルルは試験勉強をするためにここに来たのだ。
集中できないから、二人とも勉強しないなら席を外してほしい──ルルは心からそう思った。
しかし、王族と公爵令息の会話(?)に男爵令嬢ごときが口を挟める筈もなく、ルルはただ、知らぬふりをして参考書のページを捲るしかできない。
『前門の虎、後門の狼』と言うけれど、これでは前門の第三王子、左門の公爵令息だ。当然後門は、観葉植物と衝立があり逃げ場はない。
──いや、まだ右門がある……!
ルルがそう思い、ルカが入ってきた書架の方に視線を投げたとき、そこに彼女はやってきた。
「あら、ルルじゃない。あなたも試験勉強をしに来たの? 奇遇ね」
右門から、子爵令嬢ブリジット・ドロワットの登場である──
ブリジットは勉強道具ではなく、革のケースに収められた、水筒を持っていた。
そして、彼女はそのままルルに話しかけながら学習スペースに入ってくると、あたかも今気付いたかのようにシエルとルカに媚びるような視線を送った。
「まぁ!第三王子殿下とブルーベル様ではありませんか。あたくし、彼女の親戚のブリジット・ドロワットと申します。
あたくしたち、普段からよく共に勉強しておりますのよ。本日もご一緒してよろしいでしょうか」
「断る」
シエルはブリジットに視線を向けることなく、即座にそう答えた。
その声音は事務的で何の感情も読み取れない。
それが、先日ルルがブリジットにぶたれそうになった、あの日のシエルを彷彿とさせた。
「殿下もです。今日、彼女と約束していたのは俺なんです。どういうおつもりかは知りませんが、無理強いは止めていただけませんか」
ブリジットに目もくれずシエルはルカに言い放つ。
そんなシエルの態度に、ブリジットの顔が歪む。
ブリジットはその顔のままルルに視線を戻すと、そのまま二、三歩前に出た。
そして、体を前に倒し、ルルの耳元で囁いた。
「あなた、元の髪色は下品なピンク色なんですってね」
「っ!」
(バレた。よりによってブリジットに!)
ルルは目の前が真っ暗になった。
ブリジットが黙っていてくれるとは思わない。
皆に吹聴してまわるに違いない。
そうなれば卒業なんて夢のまた夢。
ルルは退学となり、学園を去ることになるだろう。
ルルが青い顔で何も言い返せないでいると、ブリジットは下卑た笑みを浮かべて数歩下がり、ルルから距離をとった。
「きゃぁっ!」
そして水筒の蓋を開けると、あろうことかよろけたふりをして、ルルに向かって中身をぶちまけたのだ。
バシャッ!
吹聴なんて可愛らしいものではなかった。
ブリジットは図書館という公共の場でルルに水をかけ、その事実を暴こうというのだ──




