1 灰青との邂逅と淡桜のえずき
(うぅ、痛い……)
今日は栄えある王立学園の入学式。
ルル・パックスはここ最近、胃痛に悩まされていた。
その症状は”入学式”が近付くにつれ酷くなり、最近では寝不足と食欲低下が追い打ちをかけてくる始末。
ルルは倒れそうになりながらも長い式次第に耐え抜き、会場である講堂からこれから三年間を過ごす学び舎に向かって歩きだした。
(ここで倒れたら、目立つ! 詰む……!)
満身創痍ではあるが必死に新入生の波に食らいつき、教室を目指して足を動かす。
唯一の救いは、予想通りブラウンの髪がルルを学生たちの中に隠してくれているということ。
ここまでの行動に抜かりはなかった。
瞳と同じく珍しい色彩──淡い桜色の髪も染めた。
下手にウロウロして誰かに目をつけられるのを避けるため、入寮してからは必要なとき以外 部屋から出てもいない。
なんの確証もないけれど、このまま無事に教室に辿り着くことができれば とりあえずは大丈夫な気がする。
(大丈夫……)
ルルは自分を安心させるように心の中でそう繰り返した。
しかし校舎へと続く小道の脇で、自分と同じ淡桜の小花をつけた一本の大木を見つけたルルは、つい足を止めてしまった。
「この世界にもあったんだ──『桜』」
その木は確かに『桜』だった。八分咲き、くらいだろうか。
「いつ頃満開になるのかなぁ」
苦痛に満ちていると思っていた学園生活に、ひとつ楽しみができ、ルルは胃痛を忘れてそれを眺めていた──
「──君、新入生だよね」
「ひゃいっ!」
突然声をかけられ、ルルの心臓が跳ねた。
思わず貴族令嬢らしからぬ声を上げてしまったルルが 口元を押さえて声のした方を見ると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
(キレイな人──)
さすが貴族なだけある。
その整った容姿からは気品を感じ、ルルを見る彼の眼差しからは、彼の誠実さを感じとることができた。
そして少し冷淡な印象を与える灰青の髪と瞳。
その瞳の奥には少しの“陰”と“甘さ”が見え隠れしている。
ルルは自分の置かれている状況も忘れ、その男子生徒に見惚れてしまった。
ルルがそのまま静止してしまったからか、彼は両手を上げると眉根を下げて言った。
「あぁ、ごめん ごめん。驚かせたね。俺はシエル・ブルーベル。生徒会役員だ。今日は迷子になった新入生を無事に教室まで送り届けるという任務を仰せつかっている…… ──?」
彼はそれでも動く気配のないルルを心配してか その長い足であっという間に距離を詰めてくると、その瞳に心配の色を浮かべてルルの顔を至近距離で覗き込んできた。
(背高っ! しかもなんかいい匂いがする……)
解像度があやふやだった引きの映像から、視点変更なしのイケメンのどアップ。
しかも背景はいい感じにボケた桜の花。
(えーっと、ワンカット撮影? ドリーインだっけ? それともアクションイン……)
まるで世界から音が消えたような静寂の中、映画のワンシーンのような光景にそんなことを考えていたルルは、彼の額に瞳と同色の少しクセのある前髪がはらりと落ちた、その音で正気に戻った。
「ひっ!」
いや、心配だからといって、なぜそこまで近付く必要があるのか。
(近眼? あなた近眼ですか?!)
彼の吐息が届きそうな距離感に、心の中でルルが叫ぶ。
眉目秀麗で、髪と瞳がカラフル。さらに生徒会役員という『肩書』。
──これで彼が高位貴族であれば、ルルが関わりを持つまいと思っていた人物像と完全に合致する。
(ひいぃぃ~っ!!)
左右を見るが、さっきまで大勢いた新入生が見当たらない。
(あんなに注意していたのに……)
この瞬間、入学式が近づくにつれ増していた胃のキリキリが、さらに強くなってルルを襲う。
ここ数ヶ月の努力が水の泡になってしまうかもしれない事態に、体と精神がとうとう限界を迎えたのだ。
(もう、ダメ……)
「──おえぇぇぇぇぇ」
ストレス値の急な上昇に耐えられず、ルルはとうとうその場で嘔吐いてしまったのだった。




