5-3.正
響子がジョーカーでキングとクイーンのカードを包み込むように握って死んでいたのが事実なら、私も、最も疑わしいのは叙歌だと思う。古本さんには、どう考えても二人を殺す動機はないしね。だけど、死人が出てるんだし、こういう“探偵ごっこ"の前に……警察に連絡するか、この島から脱出する方法を探すのが先じゃないかしら?
彩の声が、張りつめた空気を一閃した。水面に小石を落としたように、その響きは静かな波紋となって部屋全体に広がっていく。抑揚を削ぎ落とした声色に宿っていたのは、感情ではなく研ぎ澄まされた理性だけ。だからこそ誰も反論できない。現場を見てもいない素人が、円卓に集まって推理を積み上げても真実には届かない――正論だった。
でしたら……こういうのはどうでしょう?
少し間を置いて、恋さんが口を開く。
島を管理している古本さんと、コンサルタントの私と長谷川で現場調査を続けます。同好会の皆さんには、外部との連絡手段を探していただきたいのです。
いいんじゃなーい?
叙歌が軽やかに応じる。その明るさは、皮肉にもこの閉ざされた状況を受け入れてしまったかのようだった。
確かにここでどれだけ想像しても時間の無駄だしねー。私は吉岡さんの案に賛成!
叙歌さん…ありがとう。
他のメンバーは黙したまま。だが、その沈黙こそが無言の同意を示していた。異を唱える声がない――その事実が、方針を確固たるものに変えていく。
では、二手に分かれて行動しましょう。ただし――単独行動は絶対に避けてください。極力、全員で。
恋さんの手短なまとめによって、部屋に漂っていた緊張が形を持ちはじめる。役割は定まった。彩、叙歌、藍時、海都の四人は通信手段を探し、私と恋さん、そして宮野は再び“あの部屋”へ向かう。
宮野の運転で一度自室に戻り、バッグに必要な道具を詰め込む。そして――央太と響子が命を落とした部屋へ。まだ、手がかりは残されているはずだ。
外は、嵐が嘘のように静まり返っていた。残されたのは、湿気を孕んだ静けさだけ。
――よろしいのですか?
ハンドルを握る宮野の声は低かった。後部座席からでも、その手に力がこもっているのが伝わる。
犯人かも知れない私と、行動を共にして……
あはは、大丈夫ですよ。いざとなったら未凪ちゃんがいますから。それに、古本さんと話しているといいアイデアが浮かんでくる気がするんです!
助手席の恋さんが軽口を叩く。宮野は小さく首を傾げ、興味深そうに尋ねた。
長谷川様は、武道の心得を?
ええ。彼女、こう見えて柔道の"赤帯"なんです。
"赤帯"……?
私も知らなかったんですが、柔道では最上級らしいですよ。
そうでしたか。それは心強いですね。
正確には、赤帯"相当"ですけど。規定では、赤帯を締めるには何十年もの歳月が必要なんです。ただ、あまりの強さに、彼女の師匠が、"黒帯より遥かに上"という意味を込めて、"赤帯の未凪"という愛称を付けたみたいですよ。
カッコ良くて、強そうなニックネームです。
小さな笑いが交わされる。その軽さに、私も胸の奥でほっと息をついた。緊張の糸が僅かに緩み、胸に沈殿していた重さが少しだけ和らいだからだ。
そして――私たちは“あの部屋”に戻った。
光景は一つとして変わっていなかった。乱れた寝具。沈殿する空気。死の匂いは壁に染みつき、時間とともにむしろ濃さを増しているように感じた。
私は、先ほどの捜査を終えた後に響子の遺体へ布団をかけていた。覆ったところで事実は消えない。昨日まで笑い、悲しみ、呼吸していた人間が、冷たく横たわっている――その現実は皮膚の裏側にまで重く沈んでいた。
この仕事で死と向き合うことは幾度もあった。だが“慣れる”という言葉だけは、どうしても自分に馴染まない。
……二つの事件、違う点もありますが、共通していることも多いですね。
恋さんが沈黙を破った。冷静な声が部屋に響く。その瞳には思考の炎が燃えていた。
同じ部屋での密室殺人。深夜。絞殺……偶然では済まされません。
私は頷く。ただの一致にしては、符号が多すぎる。
犯人は“夜でなければ成立しない何か”を使ったのかも知れません。時間帯に依存する仕掛け、あるいは特殊な道具……。
興味深い仮説です。
宮野の声は穏やかだったが、その目は鋭く、部屋の隅々を射抜いていた。
人目を避けただけの可能性もあります。ですが、夜でしか成立しない手段があるなら――私たちはまだ、重大な“何か”を見落としているのでしょう。
……この辺りに高石さんが倒れていて、そのそばに鍵が落ちていたんですよね。
恋さんが問いかける。
古本さん、そのときのことで何か思い出せませんか?
そうですね……
宮野は記憶を探るようにゆっくりと答えた。
高石様は様々なことに敏感で、かつ慎重な方でした。ロビー棟周辺を避け、この部屋を作らせたのも静けさを求めてのこと。だからこそ、今も引っかかるのです。――彼が"どうやって"睡眠薬を摂取したのか。
"どうやって"、というと?
恋さんの声に応じ、宮野の声が硬さを帯びる。
高石様は、当日の食事も飲み物も、全て断られていました。持参のもの以外は口にされなかった。つまり外部から混入させるのはほぼ不可能。残る可能性は――
自分で飲んだか、“信頼しきっている誰か”から勧められた、か……
恋さんの声は鋭く、それでいて哀しみを帯びていた。
はい。彼の荷物から睡眠薬が見つかったと警察から聞いています。ですが、同好会の皆さんは口を揃えて“そんな習慣は知らない”と、仰っているようなんです。
もし意図せず飲ませられていたのなら……犯人は、高石さんに"近しい人物”という可能性も考えられますね。貴重な情報をありがとうございます。
二人のやり取りを聞きながら、私の胸の奥で別の問いが形を結ぶ。
――央太が最後まで信じていた“誰か”は、果たしてまだこの島の中にいるのだろうか。
幼馴染である響子は、もういない。ならば、“その誰か”とは――。
それとも、"過去の大罪"を憂い、響子が央太を殺したのか……?では、響子は誰に?
空気がさらに重く沈む。視線が交錯し、言葉は消えた。誰も答えを見つけられぬまま、再び無言で現場の探索を始めるしかなかった。




