第54話 暴食 vs 飽食
「ど、ど……な、カロッ⁉︎」
リールルが不思議な部族の踊りみたいな仕草でアタフタしながら、敵と幼女とわたしを交互に指す。“どうするんだ、これ”といおうとしているのだろうけれども、そんなのわたしだってわかんない。わかんないが、このままだと危ない。
「みんな、スーパーマーケットのなかに撤収、急いで!」
結界から飛び出したわたしは、暴食異龍をひっつかんで駆け戻る。その間にも視界の隅でコハクが並走してるのが見えた。いざというときに敵の攻撃を防ぐ盾になってくれてたんだろう。ありがたいが、幸いにも鏃や攻撃魔法も飛んではこなかった。敵も人化は想定外だったか、対応が後手に回ったようだ。
“入店を承認しますか?”
目の前に表示された選択肢にイエスと返して、幼女グラトニーを見る。くにゃくにゃに脱力しているので不安になるが、ずーっとお腹が鳴ってるので気絶してるとかではなさそう。走りながら身を寄せてくれたコハクに飛び乗る。
「ごめん、店の右奥までお願い」
「にゃ」
食べ物も、だけどまずはこの子に服を着せなきゃ。正体がドラゴンなんだとしても、さすがに裸のままでウロウロさせるわけにはいかない。
「クルルゥ……」
スーパーマーケットの店内に入ると、わたしは膝の上に抱えた幼女グラトニーを見る。ぷにぷにした小麦色の肌で、赤ちゃんぽい丸っこい体型に、クリクリの巻き毛。なんとなく人間らしさが薄いというか、なにかのマスコットっぽい印象。そういうところも含めて、食い尽くしドラゴンの面影はある。
ぼんやりした顔で宙を見上げていたグラトニーの小さな鼻がピクピクしたかと思ったら、いきなりガバッと飛び起きた。店内に満ちた食べ物の匂いに反応したんだろうな。
「待って、待って待って待って……!」
駆け出そうとするのを捕まえて、手近なワゴンの服を購入して袖を通す。少し大きいけど、厚手のTシャツとショートパンツ。下着は売り場が遠いので、いますぐは無理そう。見た目は幼女ながらも食欲に駆り立てられた暴食異龍に引きずられて、もうわたしの力じゃホールドするのも限界だ。
「あ、ちょっ」
案の定、グラトニーはこちらの手をするりと抜け出して、食品コーナーへと一目散に駆けてゆく。わたしを乗せたコハクが追いかけてくれたけれども、ちょっと間に合いそうにない。
「ギャンッ⁉」
棚に並んだチーズのパックに身体ごと飛び込み、かぶりつこうとした幼女グラトニーが謎の光に弾かれた。見たところ怪我はなさそう、だけど幼女は不満そうな顔で唸り声を上げている。
「未購入品へのセキュリティ? そんなのあるの? アメリカのスーパーなのに?」
アメリカだと、購入前に店内で開封して飲み食いするひとがけっこういる。後でレジを通せば許されるというか、日本よりもモラルやマナーのグレーゾーンが広い。というよりも、厳しい部分と緩い部分が日本とは違うといった方が正しいか。もちろん、どっちの社会も良し悪しはある。
それはともかく。お腹が空いてるのにおあずけも可哀想だ。
「クー、キュルルゥ……」
「ちょっと待って、開けてあげるから」
彼女が齧ろうとしてたチーズを購入。サイズも色もレンガみたいなチェダーだ。ビニール包装ごと口に入れそうだったので慌てて開封、手渡すと幼女グラトニーはひと口で食べてしまった。
「……いや、その身体のどこに入ったの」
人化といっても本質は巨大なドラゴンなんだから、なんでもアリなのかも。
当の本人はといえば、スンと鼻を鳴らしたかと思うと楽しそうにどこかへ駆けて行く。コハクの背に乗ったまま探していたところで、また光と“ギャンッ⁉”て声が上がる。また、なんかにかぶりついて弾かれたらしい。
追いついた先は食肉コーナー。まあ、そうなるか。
「グゥ……!」
「待ってね、いま開封するから」
購入して開封して……って、これ生肉なんだけど、いいのかな。いいか。牛肉だし。そもそもドラゴンだし。
「キュルルッ」
トレイから出したアンガスビーフ、約900グラムのステーキ用ニューヨークストリップをぺろりと平らげてしまった。隣にあったリブアイステーキも差し出してみるが、これも2ポンドほどのブロックがひと口で消えた。吸い込むように口に入れて、もぐもぐゴックン。キロ単位の肉が秒で消滅。まるでなにかのマジックみたいだ。
「グ、グゥー♪」
さらに横の商品を指す。わたしに頼めば食べられると理解したようだ。もしかしたらこの子、意外に賢いのかも。
「あ、ちょっと待って……いや、食べるのはかまわないけど、それ冷凍品だよ?」
「ウアゥー!」
コハクに翻訳してもらうまでもなく、“たべたーい”、っていってるのはわかる。
コハクと顔を見合わせて、食べたいというなら食べさせてみることにした。
幼女グラトニーが選んだのは、アメリカではハレの日のド定番。青いパッケージのバターボール社製七面鳥肉だ。さすが食いしん坊だけあって、(比較的)小さなターキー胸肉ではなく丸鳥のもの。表示を見ると約11キロとメチャ重く、サイズもビーチボールくらいある。
「クーキュル……?」
たぶん、“まだー?”みたいなことをいってるのだろう。ムチャいわないで。あまりにデッカくて包装を剝くのも大変なんだから。指じゃ開けにくい。あと冷凍なんでメッチャ冷たい。
コハクに爪で開けてもらって差し出すと、グラトニーはガジガジと幸せそうに齧り始めた。幼稚園児くらいの女の子が自分の身体くらいの肉塊にかぶりついているというのも目を疑う光景だが。
カチコチの冷凍肉が、ひと口ごと着実に齧りとられてゆく。なんでや。これが神獣姿の大きなコハクとかなら、わからないでもないけれども。幼女が凍った七面鳥をマルで行くか……
「にゃ」
見た目は気にしない方がいいんじゃない? みたいなことをいわれた。たしかにそうだ。いくぶん扱いやすく親しみやすく持ち運びやすくなっただけで、中身が腹ペコの食い尽くしドラゴンであることに変わりはないんだもんね。
「カロリー、大丈夫だったか?」
ようやく追いついてきたリールルとアリベリーテが、床に座って七面鳥をモリモリ食べてる幼女グラトニーを見る。
最初はふたりとも、“なんか思ってたのと違うな”という顔で首を傾げるが、グラトニーが追加の巨大なターキーを食べ始めると、“いや、合ってるかも?”という顔になって反対側に首を傾げる。
どうやら冷凍ターキーが気に入ったみたいだ。あっという間に七面鳥二羽分22キロ相当を食べ尽くしたグラトニーは、人懐っこい笑顔でわたしを振り返って、いった。
「キュルル♪」
ああ、うん。いまのは、“おかわり♪”だね。
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