21. 真犯人との対峙(Sideレイビス)
「まさかミラベル嬢の背後に侍女がいたとはな」
「ああ、盲点だった」
「侍女は何者だと思う?」
「十中八九、サラバン帝国の工作員だろうな」
ミラベル嬢が連行された後、私とリキャルドは今しがた発覚した事実について意見を交わす。
先程まで一緒だったティナと司教は、大広間に怪我人達の様子を見に行っているため、この場には私達二人だけだ。
先程のミラベル嬢の告白を聞くまで、件の侍女は全くのノーマークだっただけに、私もリキャルドもこの真相に意表を突かれていた。
……ミラベル嬢が無自覚に実行犯になっていたとは。サラバン帝国はなかなかいやらしい策を講じてくるな。
ミラベル嬢に疑いを向けさせることで、自分は影に隠れる作戦だったのだろう。
侍女がミラベル嬢を使って実行した二つの工作――私を魔物に襲わせたこととティナから治癒魔法を奪ったこと――を鑑みれば、侍女は敵国の工作員だと考えられる。
サラバン帝国が我が国を侵攻するにあたって魔力量の多い魔法師と聖女は邪魔になるからだ。
……実際その作戦はほぼ成功していたしな。ティナに治癒魔法が戻っていなければ私は今ここにはいない。敵の思惑通りだっただろう。
ティナがあの瞬間にチカラを使えるようになったのは奇跡以外の何物でもないと思う。
あの一瞬だけ目が覚めた時、朦朧とする意識の中、私は突如ある可能性に思い至った。私がティナを想っていると自覚した今なら、口づけで何か新たな反応が得られるのではと。
あれほど糸口が掴めなかった考察が嘘のように脳裏に浮かんだ。今思えば、それは今際の閃きだったのかもしれない。
身体的な接触に加え、きっと『心』も重要な要素なのだろうと半ば確信を持って、意識が途切れそうになりながらティナへ口づけを促したのだ。
その結果、奇跡は起きた。
同時に双方が同じ気持ちで口づけすることが鍵だったのだと悟った。
つまりティナも私を想ってくれているのだとわかり、虹色に光に全身を優しく包まれる中、怪我が治癒されるだけでなく、私は心まで満たされていくのを感じた。
あとからティナに聞いたところ、その前にも口づけは試したのだという。その時は治癒魔法は発動しなかったそうだ。
……私に意識がなかったため、双方が同じ気持ちでという点が足りなかったと考えるべきだろうな。
様々な事象の収集により私の考察は進む。
治癒魔法を取り戻すという研究自体は成功したが、まだまだ奇跡のチカラに興味は尽きない。
サラバン帝国との一件が落ち着けば、ぜひ腰を据えて研究したいものだ。もちろんティナと。
「侍女が工作員だとすると、あの人物は間違いなく敵国への密通者だと考えられるよな?」
「ああ、そうだろうな。国境を行き来した貴族のリストにも載っていたしな」
侍女について考えを巡らせる流れで治癒魔法に意識が向かっていた私は、リキャルドの声で引き戻される。
真犯人が侍女であるならば、先程のミラベル嬢の証言からもある人物の関与は確定と考えて良いだろう。
付け加えるならば教会も黒確定だ。
「それでこれからどうする? 侍女はたぶん逃亡してるだろうし、もう見つけるのは難しいだろ? 先に密通者や教会の人間を捕えるか?」
「いや、そちらはどちらも王都でとなるだろう。王家と足並みを揃えた方がいい。私とリキャルドは侍女の後を追って拘束しよう」
「後を追うって、何か考えがあるのか?」
「ああ、追跡は簡単だ。侍女はまだサラバン帝国へは到達していないから十分間に合う」
どうやったんだと言いたげなリキャルドの驚く顔を受け流し、私は礼拝堂から大広間へ移動する。
次の行動が決まった今、ここを離れる前にティナの顔を見ておきたい。さすがに真犯人の元へは彼女を連れて行くのは差し控えるべきだろう。
大広間に一歩入ると、まず目に飛び込んでくる景色が先程とは全く違うものである事実に私は瞠目した。
ここへ来た時は、放置されている怪我人たちの嘆き苦しむ声がこだましていたが、今は非常に落ち着きを取り戻しており、笑顔の者が多く見受けられる。
浴場の処置室代表のラモンという者や、その他協力者達が、ニコライ司教と連携して非常に良い動きをしているからだろう。
そしてそんな人々の中心にいるのはティナだ。誰をも魅了する清純な微笑みを浮かべている。白の衣を纏っているわけではないのに、その場に佇む姿はまさに聖女だった。
思わずその姿に目を奪われ、私は無意識に足を止めていた。
視線を感じたのか、ふとティナが自分を取り囲む人々からこちらへ目を向ける。美しい金色の瞳と視線が絡んだ。
「レイビス様」
鈴を転がすような声で私の名を呼ぶティナに、甘いなにかが胸を満たした。研究で成果が出た時の充実感とも違う。
心というのは実に不思議だ。
こんな些細なことで喜びを感じるなんて。
このまま抱きしめて唇を奪ってしまいたい衝動に駆られるが、今はその時ではない。まだ終わっていないのだ。まずは一連の騒動に決着をつけなくてはならない。
……だというのに、先程はティナの許可もなく身体的接触を勝手にしてしまったからな。
死の淵から生還した直後、つい口づけをしてしまったのは記憶に新しい。
実験でもないのに無許可だったのは反省だ。滅多なことでは動じない私だが、生還や戦闘による興奮で分別を失ってしまっていた。
……被験体としての契約を終わらせ、ティナと新しい関係を築きたい。
それもすべては落ち着いてからとなるだろう。一刻も早くティナと遠慮なく恋人関係になるために、忌まわしい物事はサッサと終わらせねばと心を決めた。
私はティナの方へ歩み寄っていくと、真犯人を追うためこの場を去る旨を告げる。
ティナは小さく頷くと不安そうな瞳で私を見上げた。私の身を案じてくれているのが伝わってくる。
そして立ち去ろうとすると、おずおずと遠慮がちにローブの裾を握って、ティナが私を引き留めた。
「ティナ?」
「……その、邪魔になるとは分かっているのですが、もし可能なら……私も一緒に連れて行っていただけませんか?」
ティナが要望を述べるとは珍しい。
しかも私を引き留めてまで。
「理由を聞いても?」
「ラモン先生達のおかげでこの場は落ち着いてきたので私は動ける状態です。一緒に行けば、レイビス様や騎士団長様にもしなにかあった時にすぐ治癒ができます。それに……ミラベル様を背後で操っていた侍女の真意を知りたいのです。私も無関係ではありませんので」
「……わかった、同行を認める。だが、必ず私達から離れず勝手な行動はしないと約束して欲しい」
「もちろんです! ありがとうございます……!」
私が同行を許可したのは、ミラベル嬢が連行される時のティナの翳りある表情を思い出したからだった。
ティナも今回の件で被害を被っているので、侍女から真相を聞くまではまだ燻る思いがあるのだろう。
その後、リキャルドと私とティナの三人は瞬間移動魔法で侍女の逃亡先へと移動した。
場所は先程まで魔物との戦いを繰り広げていた荒野だ。そう、侍女は国境を越え、サラバン帝国へ帰還しようとしていたのだ。
荒野ならば先程一度行っているので一瞬で飛ぶことができる。私達は一人で馬を駆って逃げる侍女の前に躍り出た。
「なっ、なぜここに……⁉︎」
突然現れた私達の姿に侍女は驚愕し、体勢を崩しながら馬を静止させる。
その隙をついて、私が拘束魔法で相手の動きを封じ、リキャルドが侍女に近づいて馬の上から引き落とし身柄を取り押さえた。
乗り手を失った馬はどこか遠くへ駆けて行く。移動手段も無くなった今、もはや侍女には逃げる術はない。
「私が生きていて驚いたか? 残念だったな、魔物に襲わせて亡き者にする企てだっただろうに」
「くっ……。上手くいったと思ったのに。そもそもどうやって私がここにいると分かったの⁉︎」
侍女はすべての悪事がこちら側に露呈している事実を悟ったようだ。だが、拘束されながらも、今だに憎々しげに私を睨み上げてくる。
「場所を探り当てるのは簡単だ。私の探知魔法は使い勝手が良いからな。お前の魔力はミラベル嬢と面会した時に覚えておいた」
教会を出たティナがフィアストン領のどこにいるか探り当てた時と同じ手法だ。
私にとってはごく使い慣れた魔法である。だが、敵国の工作員には想定外の事態に違いない。
「そんな魔法まで使えるとは……。やはり我が国王陛下が侵攻において障害になる者と判断するだけのことはあるわね。だから真っ先に潰したのに……なんで、なんで生きているのよ⁉︎」
「確かに私は瀕死になった。だが、聖女の治癒魔法で救われたからな」
「聖女? そんなはずはないわ。ミラベルは教会から出ないよう言い含めておいたはずよ。アレは私の話ならなんでも信じるのよ」
「お前の駒だった女の話ではない」
「まさか……」
侍女が私の影に隠れるよう佇んでいたティナに視線を向け、信じられないと言わんばかりに目を見開く。
「想像の通りだ。ティナがチカラを取り戻したのだ。そちらも想定外だったのだろう?」
「くっ、なんてこと。治癒魔法が復活するなんて想定外も想定外よ! そもそも本来は聖女も殺すつもりだったのに。だから予定が狂わされたんだわ」
悔しそうに唇を噛み締める侍女は、そこで聞き捨てならない台詞を吐き出した。
……ティナを殺すつもりだっただと?
ピクリと反応した私はどういうことかと侍女を尋問する。すると、侍女はもう逃げ場がないからか真相をペラペラと得意げに話し始めた。
「毒薬を飲み物に混入して殺そうとしたのよ。なのに、なぜかそれが聖女に効かなくて。こっちも驚いたわ。でも次はどんな手を使うか考えていたら、翌日に治癒魔法が使えなくなったって聞いてまさかの展開だったわよ」
なんとこの女は実際にティナに毒を盛っていたという。もしもその毒が予定通り効いていれば、私はティナと出会うことすらなかったのだ。
回避された出来事ではあるが、想像すると薄寒い気持ちになる。チラリとティナを横目で窺えば、衝撃の事実に手で口を押さえていた。
……ティナの持つ強力な魔法のチカラによって自浄作用が働き、体内に入った毒を浄化したのかもしれないな。
あくまで推測ではあるが、これも治癒魔法使いの能力の一つなのかもしれない。そもそも治癒魔法は御伽話のような存在ゆえ、わかっていない点が多いのだ。
「魔力量が桁違いに多い聖女は邪魔な存在だったから消す予定だったけど、治癒魔法が使えなくなったっていうんなら殺す必要はないと思ったのよ。目的は達成したわけだから。でもその判断ミスがすべてを台無しにしたってわけね。悔やんでも悔やみきれないわ」
再び侍女はギリギリと歯軋りする。
見当違いにもティナを睨み始めたので、私は侍女の視線を遮るようティナを背後に隠した。
そして意識を逸らさせるため、さらなる質問を投げかけ真相を追求する。
「それらすべてをミラベル嬢を実行犯としてお前が背後から操っていたわけだな?」
「ええ、そうよ。ミラベルは単純な性格だから唆すのが簡単だったわ。そもそも聖女でもないのにね。笑っちゃう」
……聖女ではない?
再び侍女は聞き流すわけにはいかない言葉を零した。その点を踏み込んで問えば、彼女は自慢げな様子で衝撃の真実を饒舌に語り出した。
「ふふふっ。我が国はね、長年の研究の末、ついに治癒魔法を使える道具の開発に成功したのよ! 大量の魔力を要するから数は量産できず、まだ三つしか存在しないけどね。その一つを今回の作戦のためにミラベルに与えたの」
「治癒魔法を使える道具だと……?」
「驚いたでしょう? 我が国は十年前の敗戦以降、いつか憎きウィットモア王国を下すためにずっとあらゆる手を尽くしてきたってわけよ! 悔しいのはそちらの国にも聖女が現れ、しかも我が国で開発した道具とは比べ物にならない威力の治癒魔法を使えるってことよね」
これは個人的にかなりの驚きだった。
まさかサラバン帝国の研究がそこまで進んでいたとは。
秘匿されていたらしいが、なんでもサラバン帝国にも数百年ぶりに聖女が現れたらしく、その女性を徹底的に調べたらしい。なお、その女性は人権のない扱いだったようで、道具の開発成功とほぼ時を同じくして自死したそうだ。実に帝国らしい横暴さである。
「その道具をミラベル嬢に与えたのはなぜだ?」
「もう大体は情報を掴んでいるんでしょ? なら、お分かりなんじゃないの?」
「まあな。だが、お前の口からぜひ直接聞かせてほしい」
もったいぶる口調の侍女に、あえて教えを請えば、彼女は拘束されつつもニンマリ笑う。
工作員として少なくとも一年以上、自分を押し殺してミラベル嬢の侍女を演じていたからか、彼女は実のところ話したくてしょうがなかったようだ。
「なぜミラベルなのかといえば、アレの父親がネイビア侯爵だからよ。彼は我が国の協力者、つまり密通者ね」
「……やはり、な」
「ネイビア侯爵は教会も味方に引き入れるために聖女を欲したの。我が国にとってもミラベルを聖女に仕立てれば、本物の聖女に近づいて暗殺しやすい利点があったから協力したのよ。で、私がミラベルの侍女として常に監視しつつ、暗躍してたってわけね」
ネイビア侯爵が密通者だったのは私たちの読み通りだった。彼こそ国境を行き来していた貴族リストに載っていた人物であるからだ。
侍女によると、治癒魔法を使える道具というのは指輪らしい。
その指輪をネイビア侯爵が娘に贈り、侍女はミラベル嬢が治癒魔法を行使する際に必ず指輪を付けさせるよう監視していたという。ミラベル嬢はチカラが紛い物だという真実も知らなかったそうだ。
ミラベル嬢が完全に操り人形だったという暴露話に、ティナは顔色を青くしている。親が子を道具のように利用するなど確かに顔をしかめたくなる話だ。
……この女の逃亡を防げたのは大きかったな。様々な新事実を掴むことができた。
さて、一連の騒動もいよいよ大詰めだ。
ティナとの新しい関係を築くためにも早々に蹴りをつけ、すべてを終わらせたい。
私は次の舞台となるであろう王都の方角を見据えるのだった。




