19. 事態の収束
「では、総力戦でスタンピートを一気に終息させる」
「おう! ちゃっちゃと終らせてやろうぜ!」
その後、レイビス様は騎士団長様と共に魔物との戦いの場に駆け出して行った。
それぞれ部下である魔法師団の団員と、騎士団の団員に指示を飛ばしている。
疲弊ぎみだった団員達は、頼りになる団長の戦線復帰に息を吹き返す。修練を積んだと思われる連携で、次々に魔物を屠り始めた。
一部の魔法師団員は、作戦なのか瞬間移動魔法でその場を離れると、しばらくしてさらなる増員を引き連れてくる。どうやら領民の避難誘導を終えたフィアストン領の騎士達のようだ。
「すごい……なんだか戦況が瞬く間に変わりましたね」
「魔物ごときにやられっぱなしというわけにはいきませんからね。きっと団長の宣言通り、一気に収束するはずですよ」
私の台詞に相槌を返してくれるのはサウロ様だ。レイビス様はわたしの護衛として彼をこの場に残していってくれた。サウロ様は瞬間移動魔法の使い手なので、いざという時に逃げられるからだ。
では、護衛を付けてまでなぜわたしが戦場に残っているのか。それにはもちろん理由がある。
「ティナさん、さっそくですがお願いします!」
「はい! お任せください!」
声を掛けられてわたしは力強く頷く。
目の前に運び込まれてきたのは、足を怪我した騎士様だ。
そう、わたしはこの場で治癒の役目を与えられたのだ。簡易的な処置室として、魔法師様や騎士様を治癒魔法で癒すこととなっている。
わたし達国民の安寧のために体を張って戦ってくれている皆さんの力になれるなんて本望だ。
奇跡のチカラを取り戻した今のわたしだからこそできることだと使命感に駆られる。
「患部をこちらへ向けてください。はい、そうです。今から光が溢れますが、お体に害はないのでご安心ください。では始めます」
わたしはぱっくりと傷口が開いた患部へ手をかざした。そしてこの傷を治したいと心の中で念じる。
すると手から柔らかな虹色の光が飛び出し、怪我はみるみるうちに癒えていった。
それは聖女としての十年間ではごく当たり前の見慣れた光景であった。だが、追放されてただのティナとなってからは初めてであり、実に久しぶりの情景だ。
……よかった。ちゃんと発動する。本当にまたチカラを使えるようになったのね。
わたしは無事騎士様を治せたことにホッと息を吐く。
本能的には治癒魔法を取り戻したと感じていたものの、まだ実践していなかったため、少しだけ不安だったのだ。
「す、すげぇ! 完全に治ってる! 普通なら数週間は休養になる怪我なのに!」
治癒を終えた騎士様は、目の玉が飛び出るほど仰天し、何度も何度も患部を確認している。
そんな反応を見ていると、やはり治癒魔法は「奇跡のチカラ」と呼ばれるほどの強大なチカラなのだと改めて感じた。
「ありがとう、聖女様! これで今すぐ戦線復帰できる! 愛する者が住まうこのフィアストン領を魔物なんかに蹂躙させるものか!」
騎士様はわたしに笑顔を向け、強い信念と共に再び戦場へ突き進んでいった。
その後も数人の騎士様や魔法師様が運び込まれてきて、わたしはひとりひとり真摯に治癒魔法を施した。
聖女の頃は主に平民向けの治癒を担当していたため、わたしのことを知らない人がほとんどで、皆一様に驚いた顔をしていたのが印象的だった。
「治癒魔法ってすごいな」
「ミラベル嬢の治癒は受けた経験があるが、本当に同じ魔法なのか……?」
「威力が全然違う。これが本物ということか!」
「そもそも魔法云々の前に、怪我人への気遣いや寄り添い方が素晴らしい! 現聖女とは比べ物にならない」
戦場という命の危険を伴う状況で治癒されたせいか、皆様からは過剰な褒め言葉までいただいてしまった。
でもやっぱり一番嬉しいのは「ありがとう」の一言だ。これだけで胸がいっぱいになる。自然と笑顔が浮かんだ。
「本物の聖女だ……」
その時、ふいに誰かがそうポツリと零した。
するとそれに端を発して、口々に皆がわたしを「聖女様」と言い始める。
さすがに教会を追放された身なので、堂々と人から「聖女」と呼ばれるのはどうなのだろうかと、わたしはこの状況に面食らった。
「はいはい、皆さん。お気持ちはわかりますが、ティナさんがお困りですよ?」
戸惑っていると、するりとわたしを庇うように前に出たのはサウロ様だ。皆さんをやんわりと宥めてくれる。実にそつがない手際の良い対応だ。
「あ、それとそこの騎士さん? いくらティナさんの神々しさに感動していてもお手触れは控えてくださいよ? あるお方の恨みを買うと思いますので」
さらには、なぜかわたしに近寄ろうとしていた若い騎士様を牽制する。
これも護衛の一環だろうかと思っていると、サウロ様はつと遠くの方へ視線を向けた。
つられてそちらを見れば、空を真っ赤に染めるような燃え盛る炎が目に映る。続いて物凄い爆発音が辺りに轟いた。
「……あれを食らう覚悟はあります?」
あまりの光景に全員が呆気に取られて見入っていると、耳をつんざく音が落ち着いた頃合いに、サウロ様は真顔で騎士様にそう言った。
「…………」
絶句した騎士様は、ブルっと体を震わせて汗をダラダラかき始める。途端に目にも止まらぬ素早さでわたしから遠のいた。
その騎士様だけでなく、よく辺りを見渡せば、他の方々もなぜかわたしを遠巻きにしていた。
……えっ? なに? どういうこと?
状況を呑み込めないのは、どうやらわたしだけのようである。
「ティナさん、あれは団長の大規模魔法の一つですよ。皆さん理解されたのです。貴女にちょっかいを出せば自分がどんな目に遭うかってね」
「そ、それは……」
「稀代の天才魔法師の恋人に手を出すなど愚かの極みですから」
「こ、恋人……⁉︎」
顔がカッと熱くなる。
首の付け根まで朱を注いだように真っ赤になり、狼狽してわたしは言葉に詰まった。
……さっきは必死だから気にしないようにしてたけど、そういえばサウロ様には、レイビス様と……く、口づけを交わしているところを見られていたんだったわ……!
あの時は治癒魔法を取り戻すための手段だったが、その事実を知らなければ恋人同士だと誤解されても仕方ない。
でもそこではたと気づく。
……待って。誤解、ではないのかしら?
レイビス様はわたしに告げた。
わたしに好意を持っている、と。
その時は同じ気持ちである事実が嬉しくて、それだけでもう心がいっぱいいっぱいだったから、確認し合ってはいない。
……でもお互いにお互いを好きな状況なのだから……も、もしかして恋人ってことでいいの? うそ、本当に?
自問自答して導き出した答えに心の中は大騒ぎだ。ますます頬が赤く染まる。
幸いにも魔物討伐は順調なのか、先程からパタリと怪我人が運び込まれてくるのは止まっていた。
自分の手に余る事態にわたしがてんやわんやしていても、許される状況だったのは幸運であった。
◇◇◇
それから一時間も経たないうちに、騎士団と魔法師団の尽力あって、スタンピートは無事に終息した。
治癒魔法での援護の甲斐あって、この戦いによる最終的な負傷者はゼロだ。
全員が五体満足の状態で怪我一つなく、ピンピンしている。仮に今から敵国が攻めてきても十分応戦できる戦力だった。
「ティナのおかげだ。本当に助かった」
戦いを終えて戻ってきたレイビス様は、真っ先にこちらへ歩み寄ってくると、わたしに感謝の言葉を口にした。
レイビス様の纏っているローブはところどころが破れており、楽な戦いではなかったのだろうことが窺える。
特に魔物寄せによって瀕死の重症になり、一時は命の危機だったのだ。
立場ゆえの重圧も背負いながら無事に戦いを終結に導き、フィアストン領を守り切ったレイビス様はきっと万感の思いだろう。
「俺からも礼を言う。怪我を負った部下達を治癒してくれてありがとう」
続けて騎士団長様からも頭を下げられた。
レイビス様が危機の時には悲愴な表情だった彼も、今は明るい雰囲気を漂わせニカッと男らしい笑みを浮かべている。
周囲の騎士様や魔法師様も喜びを顔に、思い思いに勝ち鬨を上げていた。
今にもお酒をたらふく飲みたいと言わんばかりの祝勝ムードだったが、それをたった一言でピシャリと引き締める者がいた。
レイビス様だ。
「だが、まだサラバン帝国との決着がついたわけではない」
その言葉に誰もがハッと目を見開いた。
一気にその場には静寂が訪れ、緩んだ雰囲気は再び緊張感を取り戻す。
「本当の意味で国家に安寧をもたらすため、私達は次の行動に移らねばならない」
重々しい口調で紡がれた使命感に溢れるその台詞は、皆の目に闘志を灯らせた。
真剣な表情になった団員達を見渡すと、次にレイビス様は次々と指示を出していく。
「まずフィアストン領騎士団は城壁へ帰還。父と弟の指揮下に戻り、領の守りを固めてくれ」
「はっ!」
「宮廷魔法師団と宮廷騎士団もそちらへ同行して、引き続き国境の守りの助力を頼みたい」
「承知!」
「副団長は悪いが瞬間移動魔法で王宮に一度戻り、王家へ現状報告を頼む。アルヴィン王太子殿下には例の研究は成功したと伝えてほしい」
「お任せください」
次の動きを具体的に示された団員達は、キビキビとした動作で行動を開始し始めた。
「んで? 俺は?」
レイビス様は騎士団長様の頭越しに彼の部下へ勝手に指示を出したわけだが、腕を組んだ騎士団長様は動じる様子がない。
なにかレイビス様に考えあってのことだろうと察したのか、ニヤリと笑った。
「僕は団長に同行ということですね? それで、団長はどこでなにをするつもりなんです?」
サウロ様もなにも言われずともレイビス様の考えを理解したかのように、平然とした様子で問いかけた。
レイビス様は返答する前に一瞬わたしに視線を送る。
そして再び騎士団長様とサウロ様へ顔を向けると、こう言った。
「今からフィアストン領にある教会へ赴く。リキャルドとサウロはそこに同行してほしい。少数気鋭で機敏に動きたいと思っている」
「教会か」
「それはもしかして……」
「ああ、ミラベル嬢を追求した上で、敵国への加担を理由に捕縛する」
思わずわたしはゴクリと唾を呑んだ。
レイビス様の言葉と表情の節々から本気を感じる。
……ミラベル様……。
わたしは脳裏に豊かな金髪の気位の高い令嬢を思い浮かべた。
ミラベル様に思うところがないと言えば嘘になる。教会にいた頃もかなりの治癒を肩代わりしたし、時には心無い言葉もかけられた。
治癒魔法を使えなくなった原因ももしかしたらミラベル様が飲み物になにかを混入したのではという疑いまである。
でも、彼女は元同僚。
治癒魔法を使える聖女仲間でもあるのだ。
約一年は共に治癒活動を取り組んできただけに少しだけ同情心が疼いた。
「悪いがティナ、君にも同行してもらいたい。ミラベル嬢と一番面識があるのはティナだ。教会にも詳しい。なにか通常とは違う異変があった時に気づけるのは君しかいない」
「わかりました」
とはいえ、レイビス様に助力を請われて断るという選択肢はない。
わたしにも無関係でない以上、結末を見届ける責任があるだろう。
わたしはこくりと頷き、決意を込めてレイビス様の瞳を見つめ返した。




