インドへの旅 (いよいよ本試練 1)
車の仕事を何十年と続けて来て経験則、というもの。しかし、抗弁はしない。
「はい、そうですね」と素直に受けた。
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より、続き
シティ駅へ、田沼は迷うことなく突進していた。昨日、下見をしていたので自信があったのであろう。
ところが、場所が違っていた。松川と言い争いながら二階へ上がったり、また下へ降りたり、他の建物へ行ったり、右往左往していた。その後を私は無言で付いて行く。
予約も当日券窓口と、後日の予約の窓口、また、予約を申請するための用紙を貰うのと、それぞれに違っていたのかもしれない、と思った。
田沼の自信は崩壊したようで血相が変わっていた。ようやく申請用紙を取得して、当日券予約の窓口に並んだ。
田沼にパスポート提出を要求された。そのパスポートから、申請書に各人の名前など記入するのだが、窓口で用紙は一枚に列記すればで良い、とされたので、確保していた申請書の残りを丸めてポケットに押し込んでいた。
そこで私が「その用紙を下さい」と要求したのだ。
田沼が怒った。殺気立っていた。そこまで深刻だとは思わなかった。
「横からゴニャゴニャ言うな!こんな物がどうしているんだ!あっちへ行っとけ、側にまつわりつくな!」
ようやく順番が来て、太った女性職員がPC画面を検索していたが、空席がないと、断られていた。
松川も田沼も途方に暮れていた。なにをどう考えているのか、建物の外へ出たり入ったり。
私の目に案内所の文字らしきものが見えた。インホメーションの綴りではなかったが・・・・、○○IN と表示されていた。
地球の歩き方で、バンガロールのシティ駅に来たら、一番に案内所へ行くように、と書かれていた。
彼らはそこには注意していたなかったのだ。その案内所らしき所を何回か通っていたが・・・・、英語の分からない私が、それを指摘するのには憚られた。
もし、違っていれば、また怒鳴られて「久米さんは自分で好きなようにやればいいだろう!」 と成りかねない。
右往左往している内に、やっとその○○INへ聞いてみよう、と入った。
すると、簡単に予約が取れたのだ。外国人のための特別予約を取ります、とのことで、最初に並んだ所よりも少々割高で四人分の寝台が確保された。
その予約証明書を持って、再び最初の窓口へ並んで、支払いを済ませた。田沼にも松川にも、やっと安堵の表情が現れた。
私はストレートにチェンナイへ行く列車と思っていたのだが、実は違っていた。今夜の列車は途中のホスペット駅まで。そして明後日にホスペットからチェンナイまでの、同じく寝台車。二回に分けて行くらしい。
しかも昼に行くのではない。だから外の風景は見られない。そのかわり列車代で夜を過ごせる。つまりホテルには泊まらなくて済む。その分、旅費が浮く、という訳であることが理解出来た。
列車の予約が取れると、さっそく、その足で夕方まで観光に行こうと、田沼と松川が話しを決めた。
巨大なバスが何列も斜めに並んでいた。
車体には様々な模様が書き込まれていて、大概は古ぼけていた。
インドのバスで特筆すべきは、ドアが無い、ということ。壊れて閉まらないのではなくて、最初から昇降口にはドアが付けられていないのだ。
その昇降口は前方近くと、後方と、二箇所ある。
目的のバスが、所定の場所に来るまでの間に、トイレを済ませなくてはならない。
最初に行った松川が「あれは僕には使えない」と言って、女性用へ入って行った。
その理由が分かった。男用の小便器の位置が高いのである。私の腰より高い。松川も私と同じくらいの背丈であるから、当然、使えないはずだ。
あれを伸ばすことは出来ないのだから。
すると、インド人は? 背が高いのは分かるが・・・・ある話題に、インドの男はまるでダルシムの手のように伸びる、とインド男性と付き合った女性が話していたというのを思い出した。
そんははずはないだろう。要するにインド人は足が長いのだ。それと便器を下方に設置すれば、尿が散らばって汚くなる。それを防ぐために届かない者はつま先立ってでも、またはダルシムのように引き延ばしてでも使えというのであろう。(ダルシム:格闘ゲームに登場する架空のインド僧で手足が伸びる特技の持ち主とか)
私は大便器を使った。仏典で釈迦を輩出したインド人は他の民族よりも体が大きい、という丈六仏の拠り所となった話しを思い出していた。
小用が済むと、昨日買った揚げ菓子を探したが、見当たらなかった。代わりに水とビスケットを買ってバスに乗り込んだ。この時のバスも、予定の場所ではなくて、急遽他の場所に停まっていたバスが、それだという事で乗ったのだ。
一番後ろに座った。これが大変なものであった。インドの道路は、高速道路以外は、暴走防止のためであろう。盛り上げ山が二つ造られている。
運転手によっては、その盛り上げを意に介さずに走る。すると座席の者は一度宙に放り揚げられる。その体が落ちてきた所でもう一回突き上げられるのだ。これには参った。背骨が砕かれそうな衝撃を受けた。
私は両腕で体を支えなければ、耐えられなかった。後ろの座席であったのが、特に災いだったようだ。
バスが終点に着くと、今度はツクツク(リキシャ・三輪タクシー)である。三人乗りの小型ではなかった。やや大ぶりのリキシャで、何人でも載せられる限り乗せて、一人料金制であった。
どこへ行くのか、もう聞く気もしなかった。聞いて、ぽつんと言われても、分からないし、そこがどういう所か、訊ねても彼らは説明はしない。
ヒンズー教の寺院へ着いた。その寺院の中は、裸足でなければ入れない。私は火傷を負っている。入るわけにはいかない。
(後で分かった。そこはシヴァガンガという所らしい。ネットで見てもホテルの案内が出るだけ。私たちが立ち寄ったそれらしい岩山の寺院は・・・・丁寧に探すと英文で見つかる)
「後ろのあの山がご神体なんだ。あの山までは、行く気にならんな」
松川がいう。田沼は行きたそうであったが、思いとどまった。容赦の無い南国の太陽に曝され、しかも岩山からの照り返しもきつい。壮健な田沼も躊躇したようだ。
山へ行かない代わりに、近くの無料で見物出来る小寺院へ入ったみた。細い通路を過ぎると、そこはゴミ捨て場だった。そのゴミ捨て場を横切ると、石塀に囲まれた寺院へ入れた。
信仰者らしい女性が数人いた。靴さえ脱げば靴下はそのままで良い、というので私も入ってみた。
真ん中に水溜まり、沐浴場が設けられていた。だれも沐浴はしていない。水は緑色であったが、裸で入れるほど清潔とは思えない。その池を囲って細かく祭壇とレリーフが配置されていた。
各区切りの中には? リンガ という性器の象徴が置かれていて、入口の近いところのリンガには花が飾られていた。
南国は何処でも「性」には開放的、と思えた。日本でも男根を祭神として祀っている所は多い。自然な本能と願望、憧憬であろうが、問題はその認識にある。
性の理解を謬ると人間の営みは狂う。インドは古代文明発祥の地として、そこから編み出された怪しげな思想は、その後の人類を絡め取っている。今の時代にまで続いてきたという人間差別の思想。
それはかの有名なカースト制度。人間を4つの階層と、その階層外の非民?非人?「不可触民」とされる人々に峻別している。
私は長い間、カーストとは、4つの階層に区別されている、と思っていたが、じつは5階層あったのだ。
カーストの中に入れていないカースト外の人々。インドで現在でも時折発生する悲惨な暴虐やレイプ、その種の被害者はみな、彼らだという。
彼らへ対しては、どんな事をしても罪にはならない、欲望の赴くままに虐待、暴行をしても良いのであり、それは社会の無言の合意になっている、とか・・・・。
人では無い人として存在している人がいる、と聞いた。
それもショックだったが、もう一つショックを受けた話しがある。かのガンジーのカースト制度廃止と平等の運動も、実は不可触民は対象としていなかった、と聞いた時だ(その情報に誤りがあったのかもしれないが)。
少なくとも、インド人には不可触民は平等から外すという自然な感覚が根付いたままであったのであろう。
レベルの低い奴(インド流で言えば不可触民)は、虐め付けてやるのが正しい、という恐ろしい発想、それが、どうして根付いてしまったのだろう。
異性とその性器を崇める自然な素朴さだけで生きていれば、人間の平等性は見失われはしなかったはずなのに・・・・何処で狂わされたのであろう。
小寺院を出た後、門前の小さな食堂へ寄った。
お好み焼きのような、薄い練り物を広い鉄板の上で焼いていた。
その材料は、小麦粉(実は米粉)の他に何種類かの野菜を微塵に砕いて液体化させる器械が脇に置かれていた。そのミックス液体を鉄板の上に伸ばして焼いていた。
名前は ドウサ と。
私は一度聞いて覚えられずに、それを食べつつ夫人に尋ねたのだが、「なにを聞いてたの?!」と、叱責された。
どうやら、紅一点?の夫人からも軽蔑されだしたようだ。
私は、劣る奴、不可触民かもしれない・・・・
夕方、ホテルをチェックアウトして、バンガロールシティ駅へ。
到着時間は夜の11時半の予定。
ホテルは24時間制だから、早く出る必要は無い、と田沼から言われた。
しかし24時間とは、いつでもチェックインして貰っていい、というものでは?
丸々の24時間、利用するとすれば、ホテル側は、二回も客を取り損なうのでは?
最初の予約日は、夕方から客は取れない。そして、出て行く日も、夕方の客の来る時間帯を棄てなければならない。
それを気遣ったのだが
「久米さんはなにも知らんであれこれという」
と、またしても嫌がられるのだった。
時には、私が座を離れている時に、「英語の一つも話せない癖に!」と、侮蔑の言葉が飛んでいた。
仕方が無い。言葉が話せないということは、軽蔑の対象にされても、文句は言えない。 我慢の子であった。
インドの列車は予定時間があって無きが如き、というので、早めにホテルを出て、駅へ入った。 時間に余裕がある。従って急ぐことはないのだが、混雑する中を遅れて彼らを見失っては事だ。
目的のホームへ、なんとか辿り着いて、予約の列車の到着を待合室で待った。
駅のホームには、浮浪者や物乞いがかなりいた。寝ている者もいた。 キップはなくても、ホームは誰でも自由に入れるらしい。従ってホームレス達が住み処にしているのかも。
30分に一本、列車が来た。何本か見送った。
「窓には鉄棒がはいっているだろう。あれは現地人の乗る二等列車だからだ。我々はもう一つランクが上だから、あんな鉄棒は付いていないし、あんなに汚い列車ではない」
田沼が説明してくれた。自分で納得するために話したのかもしれない。
さて、長い時間、待機してようやく列車の到着を知らせるランプが点った。
田沼は、この位置で乗れる、と何度も言うていた。私が何ども確認したからだ。
4番車輌が我々の乗る車輌らしい。その4番表示が斜め前に見えていた。
「予定通りの時間に来た」 田沼たちが腰を上げた。私もリュックを背負った。そして、4番表示の場所へ向かおうとした。
すると・・・・!!! 田沼と松川が4番とは逆の方へ走っていた。 夫人も後に続いていた。遅れた夫人は全力疾走に変わっていた! 大変だ~~
「お~い、待ってよ~」
列車のヘッドライトが目の前を通過した。大きな車輌が凄い迫力でホームになだれ込んだ。
いつの間にか、ホームは大混雑していた。この列車に乗るために待っていたのだろう。それぞれに立錐の余地もなく行列が出来ていた。
その人々の中を三人は見る間に消えてなくなった。
慌てた。彼らは何処へ行ったのか、あるいは、ここで私は取り残されるのでは?
行列の人々に衝突しながら、彼らの行った方へ、とにかく、とにかく、走ったのだ(走ったつもり)
一人のインド人が私に追いついて、落とし物を届けてくれた。荷物の台車の上に、簡単に結びつけていた帽子が落ちたのだった。
「おお、ありがとう!サンキュウ」といいながらも、走った。
もし、この列車が動き出したら?万事休すだ。
その時は、その前に、ドアが閉められる前に、どこでもいいから、乗り込もう。そして、列車の中で探そう。
そう考えたときに、かなた向こうで、車輌に乗り込む夫人の姿が、列車とホームの隙間から見えた。
間一髪、列車に駆け込み乗車ができた。満員であった。 混雑した列車内の通路を掻き分けて行くと、凄まじい怒鳴り声が聞こえてきた。 田沼の声だ。
「ここを空けろよ!この番号は我々の場所だ。子供がなんだ!そんなこと知るか!退け!」
田沼が指差して怒鳴っているのは、子供を寝かせた長椅子の女性だった。
「ここは我々の予約席だ! 此処と此処、そして此処だ!」
三段式のベッドで、片側は空いていたが、もう片側に大きな体の女性が座っていて、その先には小さな男児が眠っていた。
「これがインド人の手口なんだ。子供をダシにして場所取りをしているんだ。退け、どかんか! 我々も金を払っているんだ。この場所が我々の指定席なんだ」
そして、田沼は空いていた向かいのベッドの下段と中段をパンパンと叩いて言った。
「この二つは僕と家内に貰っていいですね?」
松川が頷いた。二人は素早く荷物を長椅子式ベッドに載せながら、
「後の二つは各自で確保して下さい。子供とおばさんは追い出して下さい」
と言うなり、寝てしまった。
松川が反対側の長椅子を、もう一つの指定席として見つけた。
私と松川は、その長椅子に座って朝を迎えることになるのか?
後は自分たちで場所取りをしろと言い放って、さっさと仰臥している田沼夫婦を見ると腹がたった。
「そんな勝手な事はないでしょう!」 と、私は大声で言った。
「・・・・自分たちだけで空いた場所を取っておいて、後は知らぬ。そんな事があっていいものですか! 最後まで責任を持って確保して下さいよ。その後で場所を指定するのならともかく、なんですか?自分たちだけ先に寝てしまうとは!」
私は田沼に怒鳴っていたのだが、件の女性は、私からも怒鳴られてしまったと思ったのだろう。気が付くと、その場所は空いていた。
今の内にとリュックを下ろして長椅子ベッドへ押し込んだ。続けて台車の荷物も。
しかし、横になって休むどころではなかった。座っても三段式のために頭が閊えて、体を斜めの状態に維持することしかできなかった。
一方の松川の方は、窓に添った二段式ベッドだ。そのために座っても頭は閊えない。同じ座ったままの 一夜なら、松川のほうが楽だ。
仕方が無い。我慢しよう。
松川は現地人と話していた。そしてなにやらOK、OKと快諾していた。そして上の段へ移動した。代わって欲しいと頼まれたのであろう。上段もゆとりがあって、座っても頭は閊えていなかった。 私は貧乏籤だった。
件の現地の女性は、場所を譲りはしても巨体を長椅子に密着させている。下手に動くと彼女の下半身や腹に触ってしまう。そうすれば、席譲りをして貰えなかった腹威勢に「痴漢」と叫ばれかねない。
一大事にならないようにと、窮屈な時間をすごしたのであった。 悠々と横になっている沼田夫婦が憎らしかった。
それを察したのか、田沼が私へ弁明を始めた。
「僕は久米さんが足が悪いと知っていたから、車掌に頼んで下の段を貰ったのです。インド人は子供をダシに使って楽な場所を取ろうとするのです。我々も金を払って指定席を取っているのだから、譲る必要はないのです。彼らインド人は怒鳴りつけなければ効かないから怒鳴ったのです。まるで私が悪人みたいになってしまう。そうではないのです。久米さんの事を思って怒鳴ったのです。それを判って下さいよ。」
私の事を心配して? 嘘つきめ。
それならなんで列車が到着したときに、私を置いたまま走ったのだ。
その弁解が本当なら自分の妻の場所を私に提供してもいいはずではないか!
そのうえ、車掌に頼んで私が足が不自由だからこの場所を頼んでやった? それも嘘だ。
なぜなら、乗車券の場所は指定席で二段目などではなかった。
第一、車掌には場所を確認していただけで、辿り着いた私へ指差すこともなかった。
自己弁護のためには、嘘も平気で言い出す奴だとわかった。
ホテルで、バスなどの精算をするときにも、気に成る挙動があった。
私の財布に、50と記した硬貨で形とゼザインの違う物が三枚あった。
彼らに尋ねても知らんと言うので、受付台にいる例の温和なボーイに見せた。すると一つ一つ指差して、「50ルピー」と教えてくれた。それで精算したのだが、
「一枚残るはずの50ルピーがない。計算が何処かで間違っている、なぜなら50ルピーが三枚あったのだから」
というと、田沼が断定的に言うのだった。
「僕は久米さんが50ルピーを二枚持っているのを見た。僕が見たのだから間違いは無い」
勘違い、見損ないもあったかも、という省みのない思い込みのきつい男だと知った。
50ルピーの一枚、どうでも良かったので、抗弁しなかった。
嘘も交えた田沼の汚い自己弁解、その確信的な言い方に呆れたのだが、これは公務員気質だろうと思った。
公務員時代からの、自己擁護の癖なのだろう。落ち度を指摘されまいとする本能的な弁解が口を突くのだと思った。
田沼はしつこく言い続けた。
「わかりました。了解しました」
と私が言うことで、やっと彼は沈黙した。
次回へ 続く




