28 襲撃と拉致
「あの、再編成の話。なかったことに出来ない?」
「出来ない。そのうち発表する」
翌日、サリエル支部長に会いに行った。即答されて落ち込む。
上司の決定には逆らえない。
「じゃあ、オニアの尋問させて」
「唆されては困る。だめだ」
「唆されたりしないから。アルバトスポリスの味方だ!」
「アルトバスポリスだ」
「とりあえずサリエル支部長の味方だ!」
ミスったが威張って誤魔化してみた。
巨乳美人なボスは、手元の書類を見ている。ぐぅ…。
「そんなに、あたしが信用出来ない?」
支部長の机に顎を乗せて見上げる。ぱっかり、胸元開いているので丁度目に入ったりするが、ちゃんと支部長の顔を見た。
支部長は折れてくれた。
「五分だけだ」
「ありがと!」
「待て」
許可を貰った瞬間、ダッシュで部屋を出ようとしたが、見えない壁に衝突。出れなかった。
外で待機していたライリがギョッとする。サリエル支部長の仕業だ。鼻打った。
「ついでだ。本来は部隊長から渡すものだが、給料」
「給料!?」
ごそごそと机の引き出しから一枚の封筒を差し出すサリエル支部長。給料と聞いて飛び跳ねて戻る。
「月給に二つの任務の報酬をプラスして、寮の宿泊料と食堂で食べた食費を引いている」
「おぉ…!…あれ、二つの任務って…メデューサの森に行ったのも加算してんの?アレ、あたし帰っただけじゃん」
「命懸けの任務を遂行したことに変わりはない。受けとれ」
「…っありがとうございます!」
あたしはにやけが止まらず、喜んで受け取った。
あまりにもその顔が面白かったのか、サリエル支部長は吹き出す。
笑われても気にしない!
よし、初給料なにに使おうかな。と考えようとしてから、オニアの尋問を思い出して先ずはそれを済まそうと、やけに分厚い封筒を内ポケットにしまってから牢獄へと向かった。
「エーリ!」
両腕を縛られて壁に磔にされている青年に、鉄格子の向こう側から笑顔で呼ばれる。なんでコイツ、こんなに馴れ馴れしいんだろうか…。
「時間がないから答えろ、オニア」
その場にしゃがんで視線を合わせる。牢獄の天井には魔力を無力化する魔法陣が描かれていた。これでオニアが魔術で脱獄することを阻止している。
「あたしを呼び出した魔法陣を教えろ。痛め付けるぞ」
「エーリ。痛め付けても、治してくれるんだろ?」
にぱーと笑いかけるオニアに向かってデコピンをする。
電の魔動波のちっちゃい版。
電気が走り、ビクンと小さく震えたオニアが「痛っ」と漏らす。
「何処から手に入れたとか、何が目的とか洗いざらい話してくれていいんだぜ?」
もう一度放つ。
「あら、意外に厳しい取り調べしてるのね」
「当然。一刻も早く帰り道を見付けないとあたしの身が危ないっ!!」
二日酔いで元気のないニックスの弱々しい声に、あたしは刺々しく返す。
レオルドにセクハラ宣言をされた上に、自分の世界に帰ることを徹底的に阻止すると宣言されたのだ。
あのあとレオルドに酒を無理矢理飲ませて潰した。酒に弱くて助かった、まじで。
オニアが殺される前に聞き出さないと!
「オニア!今話さないとお前、毒蛇に殺されるぞ!殺される前にあたしに話せ!」
「えーぇ、なにそれ。結局殺されるじゃーん、エリ助けてくれたら話す」
「五分だ。終了」
「ええ!?ちょ、オニアのバカ野郎!!」
「騒がないでちょうだい」
「エーリ、また来てねー」
ライリに腕を掴まれ撤収。
五分じゃあ無理だった!!
毒蛇に殺されると言ってもただの脅しだと思っているのか、オニアは余裕で笑いかけた。手が自由なら振っていたに違いない。
「また、ね」
オニアは、意味深に呟いく。
その顔に浮かべた笑みはいわくありげだったが、ライリに強引に連れ出された。
どうすればいいんだ…。
アリエール部隊の席は暗かった。二日酔いで元気のない男性隊員とセクハラ問題で悩む女性隊員が俯いている。
朝から食事が摂れない。
あたしは特殊部隊編成発表前になんとか帰り道を見付けないと、あのレオルドが阻止してセクハラ行為をしてくる。…地獄だ。
四六時中一緒にいる相手にやりたい放題される。恐ろしい。毒蛇恐るべし。
もうメデューサの森にいこうか?
あの金髪少女と会って、帰り道を聞くべきだ。オニアはレオルドに殺されるしね。さらば、オニア。お前はいい奴…じゃなかったな、敵だったな。敵だからどうでもいいや。さらば。
でもメデューサの森に行くには、また任務として行くはめになるだろう。間違いなくレオルドは妨害してくる。
皆殺しを有言実行するに違いない。
恐ろしい。…アイツ、超こええ…!
「…あ、今日さ。あたし初給料入ったんだ、またあたしの世界の料理ご馳走するよ。まぁ、今言っても食欲ないと思うけど」
「あら、嬉しいわ」
「なに作るんだ?」
「何でも食うぞ」
テーブルに顔を置いたまま、左を向く。ニックスが弱々しく微笑み、ティズが俯いたまま問い、ライリが優しげに笑う。三人とも二日酔い辛そうなのに、何故酒飲むんだろうか。
「あとで考える…。だからお昼材料買いに行こうぜ」
「なら、今からオレと行こうぜ」
「!!」
がしりと首を後ろから掴まれて聴こえてきた低い声に震え上がる。
見ずとも首を掴んでくるのは、そしてこの声の主は、デュランだ!
「ぎゃあ!嫌だっ!」
「ほう?はっきりした拒否をするようになったな、エリーゼ」
「アンタと行く筋合いはない!離せ!」
「オレが行くと言ったら行くんだ」
首を掴むデュランの手首を握ってもがくのだが、びくともしない。
俺様な発言をするとデュランはあたしをズルズル引き摺った。
あたしの悲鳴が頭痛に響いた二日酔いどもに、あたしを助けるなんて無理な話で、自力で手を外そうとすれば首はへし折られるわけで、あたしはまたもやデュランに連れ出されることになった。
「なんだよ、なんなんだよっ!?」
首を掴まれたまま並んで街を歩く。
勧誘なんてされても絶対に入らないからな!と意思表明として唸る。
そうすればデュランは笑って、あたしの首を掴んだ手をあたしの左肩に置いてあたしの身体を引き寄せた。
これを肩を抱かれた、と言うのだろうか。
「そうやって反抗されると、ますます手なづけたくなる」
頭に降ってきた低い囁き声に、ぞわっと悪寒が走る。
「誰が手なづけられるか!こら!絶対にお前なんかの部隊に入らないからな!」
「くくっ。それはどうだろうな?」
腕を振り払い昨日に引き続き断固拒否するが、金色の瞳を細めて見下ろすデュランはいわくありげに笑う。
やめろ!毒蛇が絡み付いているのに、猛獣使いの黒豹が首輪をつけようとするな!
デュランの威圧感が逃げることを許さない。その場で凍り付くが、なんとか睨み付ける。
デュランが黒い手を伸ばしてきた。その手を叩き落としたのは、白い手。
レオルドだ。
「…邪魔、すんなよ。レオルド」
「触るな」
目を細めて見下した微笑みを向けるデュランに、レオルドは横目で冷たく睨み上げる。
異形な雰囲気を放つ二人が、今にも火花を散らしそうな思い空気を作り出す。
行き交う人々も青ざめて避ける。
「おいおい、レオルド。オレに刃を向ける気か?」
「エリに手を出すなら、殺す」
火花ではなく、氷柱が出来上がりそうなほど辺りが、肌寒くなった。
まさか街中でやり合うつもりなのか?止めようかと思ったが。
やり合って共倒れすればいい。
睨み合う二人からそっと離れて、人込みに紛れて一人で買い物に向かった。
まだ買う物は決めていないんだよな。なに作ろう。
あたしが作るのだから、ライリ達が食べたことがない日本食。和食で手に入る食材はなんだろう?
とりあえず食材を見て考えるか。
商店街の大通りは街の人々が多く行き交っていた。その賑やかさを見る限り、十分この街は明るいと思うのだが、四分の一は移住してしまっている。
昔はもっと賑やかなだった、とこの街で生まれ育ったライリが言っていた。
朝の賑やかな商店街をぼんやりと見る。
決して派手ではないドレスを着た女性に帽子を被った男性。映画で見る中世時代くらいの海外と似た光景がそこにある。
ふと、空しくなった。
がやがや行き交う人込みの中に、一人ぼっち。
思わずレオルドとデュランのところに引き返そうとしてしまった。
その時に、金髪の髪が目に留まる。
ウェーブをつけた腰より長い金髪の髪をした少女の後ろ姿が見えた。
森で見た少女?
帰り道の手掛かり。まさかこんなところに、堂々と街の中にいるわけがないとも思った。
でももしかしたらって可能性が拭えなくて、人込みを掻き分けて追い掛ける。
走ったのだが、直ぐに見失う。
それでも進んで行くと、ピンク色が目に入り反射で足を止めた。
当てられた威圧感で、治したはずなのに腹部に痛みが走る。
大通りのど真ん中に、ピンクの髪をした男がニヒルな笑みを浮かべてそこに立っていた。
ピンクキャット。敵国の部隊長。
「───敵襲だっ!!!避難しろ!!」
痛みがする腹から声を張り上げて先ず気付いていない街の人々に報せる。あたしは兵隊だ、先ずは街の人達の安全確保。
それからデュランとレオルドがいるはずの後方を振り返る。
爆音がその先に響いた。支部基地から煙が上がっている。支部基地が襲撃された!?
支部基地に気を取られ、その隙を突かれた。
腹に拳が食い込んだ。
「かはっ…!」
「死んじゃったのかと心配したよー、元気そうだね。おかえり」
「っ!」
耳元に囁かれるおかえりが不愉快だった。
意識が飛びかけたが、必死に掴んで意識を保ち、銃を取り出す。お返しに発砲した。だけど簡単に避けられた。
人々は慌ただしく逃げ惑い、大通りはあたしとピンクキャットだけになっていく。
「…オニアの迎えか?」
銃口をピンクキャットに向ける。
問いながらデュラン達が来ないか耳を後方に傾けた。襲撃なら先ずはあたしを探してくれるだろう。
「オニアはついで」
ピンクキャットは横に腕を伸ばして、にやっと笑った。オニアはついでで目的はあたしか。
ピンクキャットが腕を振った。
気配を頼りにピンクキャットの見えない剣を屈んで避ける。距離を詰めて全弾を発砲。
軽い足取りでピンクキャットは避けた。うわ、ムカつく!
銃は重いから捨てて腰の剣を抜いて、見えない刃を叩き落とした。
それを足で押さえ付けて片方の手で魔動波を打ち込む。しかし足の下にあったものが消えて、バランスが崩れて起動が逸れた。
ピンクキャットの剣は魔力で出来たもの。出したり消したりが自由。動きが封じられなかった。
「ぎゃはは、残念。ほら、他に何が出来る?」
「…はぁ?」
悠々とピンクキャットは左手を腰に添えて、右手の人差し指をクイクイと動かす。挑発だ。
見たところ丸腰。あたしで遊んでやがる。
どいつもこいつも!
「てめぇに魔法陣を聞き出してやる!!」
「おお、すげ」
バチバチバチッ!
ほぼ八つ当たりだが、怒り任せに握った剣に魔力を注ぎ雷を纏った雷剣を作る。
臆するどころか笑みを浮かべて手を叩くピンクキャット。
ぶっ倒して帰り道を聞く!
飛び出して丸腰で突っ立っているピンクキャットに雷剣を振るう。
「罠だ!!」
にんまりと浮かべた笑みを崩さずに後ろに飛んでピンクキャットがあたしの剣を避けたとほぼ同時にデュランの声がした。
「かかったぁ!」
歯を剥き出しに笑うピンクキャットから足元に視線を落とせば、魔法陣が。
それはトラップ系の魔法陣。
しまった!
魔法陣の中から出ようとしたが、遅かった。
「エリ!」
あたしの名を呼ぶレオルドの声が、ぶつりと途切れる。
視界は歪んで変わり、あたしは不気味なほど静まり返った閑散とした街の道のど真ん中に、たった一人で立っていた。