29 食い散らかされた街
青い空に雲が散りばめられた空の下にあった白い街並みから一転、灰色の空のせいかやけに暗く感じる薄茶色の街並みがいた。
あたしが踏んだ魔法陣は、トラップ系の魔法陣。魔法陣を踏んだ者を他の場所に飛ばす。それだけなら頭を抱えなかったが、おまけに嫌な付属がついている。
その飛ばされた者はある一定時間、移動魔術が使えないという呪いがつく。
よってあたしは、戻れない。
「……」
トラップは単に標的を遠くに飛ばすだけで、飛ばす先はランダム。しかし間違いなく敵国に飛ばされただろう。
周りを見回してみるが、兵隊どころか街の住人らしき人すら見当たらなかった。
敵の兵隊に出迎えられなかったのは幸いだが、きっとあたしを見付けたら確保するように命令が行き届いているはず。
アルトバスボリスの女隊員を見付けたら生け捕りにしろ、とか簡単な命令だけで済むもんね。
見付かる前にあたしは上着を脱いだ。腰に巻き付けて婦人服の店に入る。
人が全くいない。この街は無人なのかと疑うほど、人気がなかったが店にあった服に埃はあまり被っていなかった。
変な街だと思うが、一先ず自分の正体を隠すためにドレスを掴む。
ドレスなんて着てたまるか、と思っていたがこの状況でそうも言ってられない。
コルセット不要なドレスを服の上から着れば、兵隊には見えないだろう。腰に携えた剣をなんとか無駄にロングスカートの中にしまった。
「で、どうするかな…」
ある一定時間は、多分半日以上だろう。
ライリ達があたしを迎えに来ることは困難だ、居場所を見付けられない。
だから自分でなんとかしなくては。
半日やり過ごさないとな。
やり過ごしたいが、この街の人々は何処だ?
迂闊にうろちょろしていたら余所者だとバレる。だからと言ってこの店に留まれない。
ゴーストタウンを、とりあえず調べてみようか。
じっとしてられないんだよねぇ。ハラハラするぜぇ。ゾンビのゲームする時みたいだ。サバイバル?みたいな。
「敵のテリトリーだもんなぁ」
味方ゼロだ。心細い。
支部基地、大丈夫だろうか。二日酔いで弱っていたライリ達、無事だといいが。
髪をくしゃくしゃにしてから気付く。…やべ。髪でバレるじゃん。
この世界にショートヘアな女性は基本的にいない。あたしの特徴じゃん。
「カツラ探すか…」と街を調べるついでにカツラを探すことにして、一応ドレスのお代を置いて店を後にした。
天候のせいか、本当に薄暗くて不気味な街だ。
まじでゾンビが出ても可笑しくなさそう。
壁に沿って移動していくが、何処まで歩いても人どころか虫一匹見当たらない。
なんなんだ?この街は。
アルトバスボリスの街は二つしか知らないが、いくらなんでもこの街は変だろ。住人がいないなんて。
あ、でも。国境近くの街で、都心に避難したのかもしれない。
だったら誰もいなくとも不思議はないか。念のため確認してから、適当にやり過ごして帰ろう。
その時、背後に気配が忍び寄ったことを察知。
攻撃に移り、左手を振り上げた。
簡単に受け止められる。受け止めたのは、紫寄りの赤い隊服を着た男。敵だ。
見たところ一人、仲間に報せる前に気絶させようとした。
「落ち着け、仲間だ」
ドレスごと蹴り上げようとした足を受け止められる。
「キングリーン部隊のダグラスだ」
「!」
動きを止めて男を凝視する。
キングリーン部隊のダグラス。
まだ会ったことがなかったキングリーン部隊の一員。ダグラス・ベリコフ。
凝視したところでわかりゃしない。見たことがないし、そしてダグラスはオニアと同じく変身魔術を使う。潜入隊員だと聞いている。
ダグラスがタルドンマカールの怪しい動きを報告したから、メデューサの森でライリ達に保護されることになった。
「オレがいる街に飛ばされてきて幸いだったな、運がいい」
「…本当にダグラスなのか?」
「ああ、この顔は偽の顔だが、本物の顔も知らないだろ。信用していい。つい一時間前にアルトバスボリスの女隊員を見付けたら保護しろと命令がきたから一応探していた」
「……そう」
手を放して貰えたので、半分だけ信じることにした。
「トラップの効力は半日で切れる。…ドレスを着たのは正解だな。腕を出せ、拘束する」
「は?何で」
「この街の住人は皆拘束されている。そこに紛れておけば安全だ。檻の中でやり過ごせ、それから移動魔術が使えるんだろう?自分で帰るんだ」
「……はぁ?」
ダグラスが取り出した縄で手首が縛られる。両手首の間に空間を作り、簡単に縄が外せるように見掛けだけの拘束される。
どうやら本物のダグラスらしい。
この街の名前は、カリクラン。
推測通りタルドンマカール国だ。小さい街で死神の異名を持つ部隊長の仕切る部隊の管轄らしいが、その部隊に支配されているという。
金も食料も蝕んでいる。
なるほどね。確かにあたしは運がいい。
タルドンマカール国に保護されなくて良かったぜ。国民を守る兵隊のくせに。
「けっ。アンタはなんでこんな部隊にいるんだよ?」
「情報収集だ」
「ふーん」
「…なにもするなよ。ここの部隊長には勝てないぞ。拘束なんて生易しいことはしない」
嫌悪感を丸出しにしていたのか忠告された。見付かれば生易しい対応はされない。タルドンマカールの兵隊は皆ヤサシイことをしてくれた試しがない。容赦のない連中だ。理解してる。
移動魔術の魔法陣が書けるようにインクを渡された。
やけに大きな屋敷の中の牢屋へと連れていかれた。時折タルドンマカールの兵隊にすれ違ったが「隠れていた」と街の住人を見付けたとダグラスが言えば誰も追及してこなかった。
入れられた地下の牢屋の中には俯いた二十人くらいの男女がいる。捕まった住人だろう。
牢屋を閉めるとダグラスは挨拶もせずに行ってしまった。
時計がないが、体内時計に頼るか。
座って一息つく。
キングリーン部隊のくせにダグラスは狂人には見えなかったな、と思う。でも変身魔術を使う辺り変人なんだろうなぁ。
オニアの変身シーンを思い出して身を震わせる。こえー。
半日じっとしてそれから帰る。
「……………………」
五分もしていないが、もうじっとしていることに耐えられなくなった。
元々じっとしていられない質の上、牢屋のどんよりした空気にいたたまれなくなった。
重すぎる。一人でどっかに隠れていた方がましだったと思うんだが。
どんよりした空気を作り出す人達を振り返ってみる。壁の隅に座り込んだ年齢層が様々な人々は、絶望しきった表情で俯いていた。
耐えらんねぇ……。
「あのぉ……あたし、その、通りすがりなんですが…この街はどうなっているんですか?」
沈黙を壊して話し掛けてみれば、注目された。
「それは…災難でしたね…」
口を開いたのは、シワくちゃな顔のおっさん。他の人達はまた俯いた。
「一週間も前から、兵隊に家もお金も奪われたんです…。他の者は都心に移り住んでいて…残っていた私達は………奴らのやりたい放題……こんな国の端に位置する街の状態など国王様の耳に届くはずもなく…もう希望もありません…」
そう言うとおっさんは俯く。
どんより加減が悪化してしまった。
つまりは国に見放されているわけか。
例えタルドンマカールの国王が耳にしてても、なにもしてくれなさそうだが。タルドンマカール国のイメージは悪くなる一方で、完全にあたしの中では悪だ。
詳しい話は聞き流してしまったが、昔から対立をしていて相容れない関係にあって、攻撃してくるのはタルドンマカールで、アルトバスボリスは防戦一方だとライリから聞いていた。
国内の状況がよろしくないようだ。タルドンマカールは。
あーやだやだ。そんなタルドンマカールがあたしに何の用だったのだろうか。
また沈黙が降りた。
一時間くらい経っただろうか。あたしはまた口を開いた。
「愛国心ってある?」
「は?………人並みには」
「ふぅん」
答えたのはまたおっさん。唐突な質問に数人があたしを不思議そうに見ていた。
あたしは一度身を乗り出して、鉄格子の外を覗く。監視はされていないようだ。
「ここを抜け出せるなら他国で一から生活したい、とか思う?」
「はい?」
おっさんを含めた全員がポカンとした。
「このまま監禁と、他国で一文無しで新たな生活を始める、どっちを選ぶ?」
あたしと同じ牢屋の人は戸惑って答えなかったが、隣にあるらしい牢屋から答えが来た。
「オレなら他国で一から生活を始めたい。国に仕える兵隊にこの仕打ち……こんな国に居たくはない」
当然だよねぇ。
声からして三十代くらいのおっさんかな。
「おにーさん、名前は?」
「…クラウスだが…」
「じゃあクラウス。他国に連れてってやるよ」
あたしが告げれば、辺りはざわついた。
「それは……どうゆう意味かね?」
「そのまんまの意味さ。アルトバスボリスが嫌いじゃなきゃ、送ってあげるよ」
「………っ、妻も…妻と子供!それから妹の家族もいるんだがっ」
「いいよ。送ってやる」
「本当か!?」
「しーっ」
騒がないように隣の牢屋のクラウスに静かにするよう言う。
「お、お嬢さん。一体どうやって送ると言うんだね?アルトバスボリスは敵国で、しかも反対側だ」
お嬢さんとシワくちゃのおっさんに呼ばれてギョッとする。お嬢さんってキモ!
つうか反対側なのか、ずいぶん遠くに飛ばされたみたいだ。タルドンマカールの国の大きさは知らんけど。
「魔術で送る。他にアルトバスボリスに送って欲しい人がいたら送ってやるよ?」
「あ、あのっ私も」
「お願いしますっ」
「オレ達もっ」
問えば次から次へと名乗り出てきた。だから一旦静かになってもらってから「逆に行きたくない人は返事して」と聞けば、返事はなかった。つまりここにいる全員は、敵国に行ってまで脱出したいということだ。
「あたし、アルトバスボリスの兵隊だけど。信用する?」
国は違えど兵隊だ。
それにあたしは敵国の兵隊。
それでも意見は変えないかを、縄を外しながら訊いてみた。
「な、何故アルトバスボリスの兵隊が…我々を助けてくださるのですか?」
「え?…だって…ほら…目の当たりにしておいて放っておけないじゃん。あたしの管轄の街は国境付近でさ、もしかしたらだけどその街に住めるかもしれなし…タルドンマカールに攻められたりする危ない街だけど、だから都心に移住した人が多くて家空いてるんだよね。あたしに出来るのはアルトバスボリスのモントノールクリムアって街に送ることしかできない。その後は自力でなんとかしてよ、この通りあたしは何の権力もない少女だからさ。これはただの提案だ。どうする?」
敵国に移住なんて過酷だと思う。
無責任かもしれないが、あたしに出来るのはせいぜい脱出の手助けだ。
送るにはその場所を知っていなければならない。あたしが知っている街はアルトバスボリス国の街だけ。
タルドンマカールの街には送れないし、ここを脱出しても捕まるか殺されるかだろう。
だったらアルトバスボリスのモントノールクリムアの方が安全だと思った。家は空いてるしね。
サリエル支部長に話を通せばあの人なら頷いてくれそうだ。
「お願いします」
クラウスの声。
次から次へと頼み込む声が聞こえてきて、あたしの目の前にいる人達はすがるようにあたしを見た。
希望、ってやつなのだろうか。
その目は、絶望していた時とは違っていた。
面倒見のいい元番長は無自覚。
無自覚親分肌を今後発揮したいと思っております。
そろそろ、メデューサと会い、召喚された理由が明らかになります!




