第1話 『ロードス島戦記』に出会った日
小学校の頃は、それなりに普通な子どもだったと思う。
ちょっとだけみんなよりアニメが好きで、ゲームをするのが好き。
でも友だちと外で遊んだりもしてた。
私の人生が大きく変わったポイントはいくつかあるけど、一回目は中学二年生。
ある『悪友』と出会ったことがきっかけだった。
正直中一の頃はそんなに覚えてない。
別に良いこともなかったし、悪いこともなかった。
ただ、小学生の頃より勉強が少しだけ難しくなったな。
そんな印象だけが残っている。
そして学年が上がり、中学二年生のとある日。
「ねぇ、TRPGって知ってる?」
……は?
第一印象はそれだった。
この後高校卒業まで付き合うことになる悪友との出会い。
隣の席の子にドキドキしてたこと以外、特にやりたいこともなかった私は、この悪友の話に耳を傾けてみた。
それが、一回目の転換期。
『ソードワールドRPG』
TRPGの名前はたしかそんな名前だった。
悪友のS、仮に『さっちー』としておこう。
さっちーが剣と魔法の世界のお話を考えてくる。
私を含めた四人がパーティーを組み、その世界で冒険をする。
全てのやり取りを会話で進め、成功判定が必要な時だけ、サイコロを振って決めていく。
そんなゲームだ。
学校のお昼休み、土日、時間を見つけてはTRPGで遊ぶことが多くなり、自然と私はさっちーといる時間が増えることとなった。
TRPGの世界は私の知識を色々と広げてくれた。
例えば魔法。
『ディスペル・マジック』
マジックは魔法だよね?
じゃあこの魔法は魔法効果を打ち消す魔法だから、ディスペルは消すって意味かな?
おかげで中学生の頃の英語は95点を下回ったことがないほど、英語が楽しく感じられた。
例えば武器。
直刀と曲刀?
剣を壊す剣とかあるの!
ボーラ? 足に引っ掛ける?
何これ、楽しいっ!
様々な武器を使う、色んなキャラクターを考えた。
私の「ファンタジー」というものの基礎は、ここで作られた。
そういう意味ではさっちーに感謝しないといけないかもしれない。
さて、このTRPG、ゲームを遊ぶこともそうだけど、もう一つ私を「ファンタジー」へと誘った要因がある。
それが『リプレイ集』だ。
分かりにくいTRPGの遊び方や雰囲気を、楽しい読み物としてまとめた、いわゆる布教活動のための本。
小説のような雰囲気ではなくて、プレイヤーたちの話した言葉がそのまま掲載されているので、私がまるで隣でプレイ風景を見ているような、そんな錯覚を覚えさせられた。
その中で『ロードス島戦記』という作品があるのを知る。
しかもこちらは小説として書かれているものがあるらしい。
小説になったら、リプレイ集とはどう違うんだろう?
そんな些細な興味が、私が『ファンタジー小説』の世界への扉を開く鍵となった。
小説の一巻から、仲間が死んでしまう、自らの意思で裏切り離れていく。
そんな絶望にも負けず、一歩ずつ、歩みを止めずに努力し、成長していくパーンの姿に、それを支えるディードリットの献身的な愛情に、心を掴まれました。
「流した涙と汗はちゃんと報われて欲しい」
たぶん以後の私の『ファンタジー小説』の好みは、この時の影響が大きく働いてるような気がします。
同時に執筆する作品も、基本はこのスタンスで書いていると思います。
一番根っこに刺さっているのは、間違いなく『ロードス島戦記』。
これは確信を持って言えることです。
ちなみにこれに通じる余談ですが、私は入っていた部活を体調の関係で途中で辞めました。
一時期帰宅部として宙ぶらりんの状態でしたが、担任の先生から、「今度英語部が出来るから、得意なんだし入ったらどう?」と勧められ、英語部に所属することになります。
記憶がたしかなら部員は二名。
『部』っていったい……?
その後、何だかんだで地区大会のリーディングの部で二位となり、全校集会で発表させられることとなります。
たしか時期的に文化祭の準備真っ最中。
ただでさえ浮かれてるところに、興味のない英語のお話なんて、誰も聞くわけがありません。
一足先に教室に戻った私は、仕方ないと悔しいの間で苦しんでいました。
その時、私がドキドキさせられていた子のグループが戻ってきます。
情けないところを見られて恥ずかしい!
都合よく文化祭のために四つに区切られた教室内をこっそり移動し、顔を合わせないようにしていたら、信じられないことが。
「人が一生懸命やってるのに、聞かないとかありえないよな!」
っ……!
私のために、怒ってくれてる?
好きな人が?
悔しい思いなんてどこへやら。
涙が出そうなほど嬉しかったです。
ちなみにすぐに見つかり、聞いてたとも言えず、恥ずかしい思いをしたのは……内緒です。
このこともあって、真面目に頑張れば、こういう奇跡が起きうるという、価値観を伝えていきたいというのも、今の執筆に影響を及ぼしていると思います。
この時期学んだ「努力することの美しさ」という価値観。
この価値観があったからこそ、あの作品と出会い、今の物語を書いている。
そう、思えてならない。




