第46話 海底の迷宮殺し 別の未来
普段であれば格下のダンジョンを基本に攻略しているが、今回は格上のダンジョンが相手だ。
モンスターが、格上のダンジョンであるために、いつもより強い。
しかし普段はリシュとサクヤのみでダンジョンは攻略しているのだが、今回はジンライとラッセルも同行しているため、1階層当たりの攻略スピードは普段よりも少し遅い程度だ。
それでも疲れは蓄積するものだ。
1つの階層を制圧するたびに、リシュ達は休憩をとりながら次の階層へと進んでいる。
「行きますか」
「そうですね」
リシュの言葉に答えたのは、ラッセル。
彼らは長い通路を歩き、更に奥へと進んだ。
8回目までの休憩は次の階へと行く階段近くで行った。
だが9回目の休憩は、長い通路で行うこととなる。
通路の先に、この迷宮を支配するダンジョン・マスターがいるマスタールームがあったからだ。
「ヤツがか」
ジンライの見据える先には、海賊のキャプテンだった男だろうか?
すでに人間をやめた、変わり果てた姿で立っていた。
ボロボロの黒いコートに、海賊のキャプテンらしいドクロの文様が刻まれた帽子。
だが、顔の半分は崩れており丸い眼球が空気にさらされている。
右手に持つサーベルは、赤い神経のような物が纏わりついており、それも十分に異形と言えるのだが、最大の特徴はその左腕だろう。
彼の赤い左腕は、一際大きい。
地面に着くほどの長さで、太さが女性の腰回りほどあった。
このモンスターに名前などない。
リシュには、ダンジョン・マスターとしてリシュ・フェルサーという名前があるように、人などの知性ある者が取り込まれた場合は、固有の名前が付くからだ。
しかし中途半端に取り込まれているため、人と別の者が入り混じった存在となり果てている目の前の存在。
彼が人だった頃の名を知る者などすでにおらず、ダンジョン・マスターとしても中途半端であるため、ダンジョン・マスターとしての名前もない。
(…………)
ダンジョン・マスターを見たリシュは理解した。
目の前の存在は、自分と同様にダンジョンにとりこまれた人間なのだ──と。
「おい、リシュ!」
「えっ、はい」
「しっかりしろ」
わずかな時間だが、リシュは考えに没頭してしいたようだ。
少し気が緩んでいるのかも知れないと苦笑し、杖で軽く頭を叩いた。
もちろんサクヤが、その行動を見逃すことはなく、しっかりと網膜に焼きつけた。
「始めましょうか」
リシュ達は、更に奥へと足を進みマスター・ルームに足を踏み入れた。
コチラの戦力は──
リシュ(治癒魔導士)
サクヤ(勇者)
ジンライ(戦士)
ラッセル(騎士)
モンスター(現在、指揮権は全てリシュが所持)
スケルトン(タワーシールドを装備):6体
コボルト:9体
ソーサラー:9体
「あ……あぁぁぁ」
(壊れている……か)
自分も、ああなっていたかもしれない。
不完全な存在となった目の前の海賊に、自分にあったかもしれない別の可能性を、リシュは投影していた。
だが──。
(倒すだけだ)
目の前の海賊は、無念だったか? 今の状態が辛いのか? 苦しいのか?
全てがどうでも良いことだ。
相手がどのような思いを抱いていても殺すことに変わりない。
これから、殺す相手のことを知ったつもりになること自体は、相手への侮蔑だとリシュは考える。
だからこそリシュに躊躇いなどない。
「陣形を組め!」
リシュの美しい声が部屋に響く。
彼の命令に従い陣形を組むモンスター達。
6体のスケルトンは身長ほどの大きさがある盾の下部を、床につけて屈む形で前衛に。
少し下がった場所に9体のコボルトが並ぶ。
さらに離れた場所に9体のソーサラー。
それらモンスターの後ろに物理攻撃が得意な、ジンライとラッセル。
最後尾に、補助魔法を得意とするサクヤと、治癒魔法を扱うリシュ。
コチラの布陣は完了した。
「あああぁぁぁぁっ!!」
リシュの美しい声とは対照的に、取り込まれた海賊はおぞましい声を張り上げた。
すると!!
「それが君の力か」
海賊の声が響くと、彼の周囲に赤い魔方陣がいくつも展開された。
そして海賊服を着て右手に曲剣を持った骸骨型モンスターが出現する。
数は、およそ20体。
リシュは、作成したモンスターの目(スケルトンは目はないが)に映った映像を眷族である4人(ティアを含む)に送った。
「違和感があるな」
「戦闘中には使わないので安心して下さい」
脳内に直接映像を送られるため、ジンライは顔をしかめた。
「コボルトに、槌を装備!」
リシュの言葉と共に、コボルトの手にした槍が槌に変更された。
コボルトは槍が得意なのだが、多くの骨だけで出来たモンスターを相手にすることを考えるのなら、打撃武器で戦う方が効率的なためだ。
本来なら槌を得意とするモンスターを使いたいのだが、リシュはそのようなモンスターを未だに作成できないので、コボルトに槌を持たさざるえなかった。
「向こうの準備もできたようですね」
「ええ、まずは相手の能力を見ましょう。おそらくは何度でもアイツは、モンスターを作成できると思うので戦いながら手を考えるとしましょう」
ラッセルの言葉にリシュが続いた。
リシュは人が取り込まれたタイプのダンジョン・マスターと戦うのは初めてだ。
よって未知の敵と戦うという意味でも慎重にならざるえない。
しかし、リシュが様々なモンスターを作成できるように、相手も骸骨型のモンスターを作成できるようだ。
恐らくは、リシュと同様に何度か作成可能だと考えて、優先的にダンジョン・マスターである取り込まれた海賊を倒そうと考えていた。
「来るぜ」
「ええ」
ジンライの言葉に、リシュの杖を握る手に力が入る。
モンスターの見ている情報が、脳へと直接伝わり続ける中、ついに戦いが始まる。
「あぁあぁぁぁあ!」
取り込まれた海賊が、リシュ達にサーベルの先を向けると、骸骨が一斉に走り始めた。
ガシャガシャと骨がぶつかり合う軽い音が響かせながら走る15体のモンスター。
対してリシュは──。
「ソーサラー、範囲火炎魔法」
天井のあちこちに赤い魔方陣が現れる。その数は9。
そして魔方陣が完成するとともに赤い炎が床に向かって吹き出た。
「Gaaaaa」
骨だけの魔物に、火によるダメージなど期待できない。
だが、骨で出来たモンスターは、骨に刻まれた術式を損傷させれば倒せる。
だからこそ範囲ダメージを期待できる魔法を放った。
「サクヤ! コボルトの武器に聖属性を」
「はい」
リシュの言葉にサクヤは詠唱を行い、聖属性付加魔法を発動させる。
「聖属性付加魔法!」
コボルトの持つ槌に、白い光が宿る。
淡いその光は、不浄なモンスターに大きなダメージを与える武器へと槌を変えた。
「コボルト、構え!」
リシュの指示に従い、コボルト達は槌を後ろへと大きく引く。
そして、炎が吹きつけられる中を平然と歩く骸骨がやってくるのを待つ。
こちらは、範囲火炎魔法の炎を、タワーシールドを構えたスケルトンによって防いでいる。
骸骨たちが、やってくるとすれば──。
「行け!」
タワーシールドを構える6体のスケルトンを避けるように、両サイドから現れた骸骨にコボルト達が向かった。
「GYaAaa」
コボルトの振るう聖属性が付加された槌を受けた骸骨が、次々に体を崩していく。
重い槌を持ったことで、コボルトの特性とも言えるスピードが落ちてはいる。
しかし、相手の弱点を突くことで少ない手数で倒しているため、今のところ大きな問題は起きていない。
「スケルトン! 前進」
再び発せられたリシュの言葉。
これまで床に盾を置き屈む形で隠れていたスケルトンたちが、盾を床から離して前進する。
骨だけの体ではあるが、スケルトンの骨に刻まれた術式により人並み以上に力がある。
このため、人であればある程度の筋肉がなければ扱いが難しいタワーシールドも、軽々と使うことが可能だ。
もっともスケルトンの体は骨だ。
タワーシールドの重さが骨にかかるわけだから、歩く時の音が騒音クラスになるが──。
一通り敵モンスターを倒した所で、スケルトンの後ろにコボルト達が戻るも、先ほどの戦いで2体が死亡し、4体が負傷した。
リシュは4体に治癒魔法をかけたあと、新たな2体のコボルトを召喚。
このことにより、再び陣形が整った。
相手方もまた、リシュと同様にモンスターを作成し直した。
「スケルトン! シールドを構えろ」
リシュの言葉と共に、スケルトンは足元にタワーシールドを付けて屈んだ。
続いて槌を持ったコボルトにも構えをとらせる。
ソーサラーは待機させる。
(このままだとジリ貧か)
リシュがダンジョン殺しの最中に作成できるモンスターには上限がある。
1回のダンジョン殺し中に、現在は96体までを作成可能。
だが、ここにくるまでに79体を作成しており、戦いが長引けばモンスターの作成が出来なくなってしまう。
このためリシュ達は、いずれ思い切った行動をとらねば、ダンジョン殺しを成功させることは不可能と言える。
リシュは今、守りを捨て攻撃に転じるタイミングを計っていた。




