第19話 間違いで得た生命
気付いたとき、彼は森にいた。
目指す場所はおろか、自分が今いる場所や自身のことすら分からない。
なぜ、ここにいるのか?
なぜ、己の体に違和感があるのか?
彼には何も分からなかった。
それからしばらく歩き続けて手足に疲れが出始めるた頃、自分のかつての名を思い出す。
同時に自分がすでに死んだ人間であることも──。
自分の名と自分の死を思いだした後も歩き続ける。
時間の流れと共に多くのことを思い出していった。
森が暗くなり始めた頃になっても、彼は歩き続けていた。
夜の迫った森は、半ば死の世界というべき場所。
すでにリシュは己に戦う力がないことも思い出している。
だから、自分には森に現れる獣と戦う爪も牙もないことを悟っていた。
いや、この森だけではない。
人の世ですら、人ならざる者となってしまった彼にとって息苦しい場所であることに変わりない。
それどころか、人の世界は彼の死を望んですらいるのだ。
リシュの目には涙が溢れていた。
それは人ならざる者となった自分を嘆いている証。
空を隠すかのように多い茂る木々の隙間からは夜空が見えた。
透明に澄んだ空には月が浮かび、星が冷たい光で空を彩っている。
死界に近い森の中でなければ、この空を見た誰もが足を止めて、月と星の輝きを愛でたであろう。
だがリシュの目に映っていたのは、月でもなく星でもなく──何もない虚空。
足を止めリシュは虚空を眺め続けた。
かつて己の命を対価として守った人の世界。
気付けば、その世界に人の敵としての生を得ていた自分。
もし、間違いで得た生命なら消えて欲しい。
己の存在に絶望したリシュの声は誰にも聞こかれることもなく、彼の心の中で響き続けた。
 




