92・白龍と蒼黒龍
「ライオルディ、コタエロ、ナゼダマッテイタ」
ついにアデル様にまで、ルディ王子様の正体が知られてしまい、
一同は即座に空気を読み、その場に凍りついた。凍りついてしまった。
というより、アデル様自身から絶対零度の冷気が漂っておりませんか!?
小さなしっぽが、地面にぺちぺちと叩かれているのですが、
その度に触れた部分が凍っていた。
表向きは愛らしい顔をした蒼黒龍のぬいぐるみなのに、
これほどまでに威圧感漂う事をなさるのは、アデル様ならではなのでしょうか?
「アデル……バード……」
視線が合ったルディ王子様は、既にがたがたと震え始めている。
「シロキドウホウ……ナゼ、イワナカッタ」
素性を偽り、これまでずっと人としてアデル様と接していた事、
白龍の生き残りだと伝えなかったルディ王子様に、事情があった事は明白だが、
種族の違いにより時間をかけて信頼関係を築いてきただけに、
こんな最悪なバレ方をするのはまずいと思った。
(ああ、せめてルディ王子様の口から伝えていたら……)
相手に与える印象は、もう少し違っていたかもしれないのに。
アデル様は既に絶滅したという白龍に、きっと自分の境遇を重ねただろうし、
その分、ローザンレイツに来てから自分よりも弱い紅炎龍の皆さまが、
白龍のようにはならないようにと、何かにつけて守ろうとしていたと思う。
(だから、何かと他の紅炎龍の皆さんはアデル様を慕い、
いざという時は頼っていたんだろうし)
命の危機を感じた彼だからこそ、種族は違えど龍の同胞への想いは強いはず。
まして龍のクラスではアデル様が一番偉く、その分責任感も強い。
だから黙っていた事は、どう見ても裏切り行為だと思うだろう。
「アデル様……」
傷ついていた頃に、嫌っていた筈の人間に心を許すのは簡単な事じゃない。
ようやく信頼できた人に、本当のことを話してもらえなかったのはとても辛いだろう。
私はアデル様に秘密ばかりを抱えているから、とても胸が痛む。
――私も、似たようなことをしているんだよね。
(本当の素性を偽り、アデル様の傍にずっと居たんだもの)
もしも同じように私の事がバレたら、アデル様はなんて思うだろうか。
今みたいに、すごく怒って冷たい目で見られるのだろうか。
裏切り者だと……そう思うと胸がずきんと痛くなった。
アデル様は、私がこの世界の人間でない事までは知らない。
そしてきっとこれからも、伝えることが出来ない話だ。
でも、せめて金の髪のユリアとしての私の事は話しておかないと。
「ライオルディ、コタエロ」
諦めたように瞼を閉じたルディ王子様は、静かに息を吐きこう答える。
「……嘘を言ったつもりはないよ。私は人の血を色濃く受け継いだ人に近い存在だ。
龍の名残はこの手にある鱗だけ、逆鱗さえも存在しないし龍体にすらなれない。
純血種の白龍は確かに絶滅し、最後の白龍は私達の始祖だっただけのこと。
あの時、人を憎んでいた君とこんな込み入った話まではできなかっただろう?」
懐柔された龍だと思われても仕方ない状況だろうと、
ルディ王子様は自嘲気味に言う。
「……」
「こんな不完全な者を、純血種の君は仲間と認めるわけはない。それが普通だろう。
むしろ、人間と手を組んだ裏切り者と思われて君と接するよりは、
最初から一人の人間として接した方がいいと思ったんだ」
「ライオルディ」
「どちらにせよ白龍の末端が、龍の長である君を謀った罪は重い」
上体を起こしたルディ殿下は右手で拳を作ると、胸元に添えて頭を下げた。
本来ならそれは、一国の王子がする行為ではないだろう。
これは人としてではなく、龍族同士として目上の立場の者を敬う行為。
アデル様の方が格が上だという何よりの証明。
「君が長として私を罰するのなら拒まないよ。君には秘密を多く持ちすぎた。
背中を預けるのが不安だと言うのならば、いっそここで私の首を狩るといい」
そう言って、アデル様を見つめるルディ王子様の目にもう迷いはなく、
周りにいた者が、一斉にぎょっとした顔で近付こうとするも。
「来るな」
険しい顔で皆を制したのはルディ王子様だった。
それは時折見せるもう一つの彼の顔で……。
「兄上!」
「殿下っ!! ここであなたを失う訳には……っ!!」
「これは私とアデルバードの問題だ。皆は黙っていてくれ」
「し、しかし兄上、でしたら私も共犯のようなものです。
龍の印はなくとも私も同じ末裔、罰するのであれば私も兄上と共に!!」
「ルディ王子様……」
どうしたものかと周りを見ると、リファは静かにこの様子を静観していて、
私の足元では、未だぽりぽりとどんぐりを食べているティアルがいる。
「みい? ナアニ?」
ティアルと目が合うと、こちらにニッコリと笑いかけてくるので、
その様子から、まあ大丈夫そうだと判断する。
本当に危ないなら、ティアルがきっと反応するはずだし。
「みい」
するとティアルは何を思ったのか、アデル様とルディ王子様の元へ飛んで行った。
両手にいっぱいのどんぐりと共に、のんきに鼻歌なんぞを歌いながら。
「みい、ルディ、アデル。ドングリアゲル~」
「「……」」
ティアルが突然割り込んだことで会話が途切れ、張りつめた空気が和らぐ。
どうやらお腹が空いて気が立っていると思ったのかな。
「ティ、ティアル今はそれどころじゃなくてだね……ぐっ!?」
「みい、ハイ、ハイ!」
有無を言わせる隙もなく、ティアルはルディ王子様の口の中にどんぐりを詰め込む。
たぶん口を開いたから「あ~ん」したと思ったのだろうな。
再び無理に詰め込まれた形になるルディ王子様は、その場に撃沈した。
ちょっ、皆さん何で一斉に合掌しているの? 助けようよっ!
というよりティアル! なんてことをしてくれちゃったのでしょうか、
せっかくルディ王子様が回復したのに。
「みいみい、アデルモ、ドーゾナノ」
「ティアル、オレハイマ……ダイジッ!? ウグッ!」
「みいみい、ドーゾ、ドーゾナノ、アーン、モグモグナノ」
二人の口に無邪気な顔で突っ込むティアルの強行。その笑顔に勝てる者なし。
「あのティアル? ルディ王子様はそのままでは食べられないし、
今のアデル様に至ってはぬいぐるみだから、食べるのは難しいと思うよ?」
なんて、じたばたと抵抗するアデル様達を見ながら私は遠い目で話しかけた。
まあ、私の言葉はティアルの耳には入っていないようだけれども。
だから、両手を叩いてティアルに合図を送る。
「ティアル、アデル様達のお話を邪魔してはダメですよ。
さ、良い子だからこっちにいらっしゃい」
「み? ハーイ、ティアル、ヨイコナノ」
ティアルを呼ぶと、素直に返事をしたティアルは、
私の肩の上にちょこんと乗った。
その後、辺りを静寂が包み込み、それぞれ様子をうかがう形になった。
「……」
一同、アデル様の動向を静かに見守る。
やがてアデル様は何を思ったか、くるっとルディ王子様に背を向けた。
……なんか、静かな時に「どうしようかな~?」なんて思っていたように見えますが。
右に左にゆらゆら揺れていた姿からは、とても物騒な事を考えていたようには見えません。
ええ、姿が可愛いから、そう思いたくないだけなのですが。
どちらかというと、あみだくじのようなノリだったと言えます。
「イキテイタノナラ、イイ。マモルタメノ、ウソナラバ。
ソレニ……オマエ二、オレハスクワレタ」
そう、アデル様は判断されたようです。
初めてルディ王子様と出会った際、アデル様はとても傷ついていて、
それを知っていたからこそ、ルディ王子様が素性を黙っていたのだと、
アデル様はちゃんと理解してくれたんですね。
ああ、アデル様は本当に成長されました。
人間として過ごした年月は、決して無駄ではなかったと思います。
何より匿ってくれた事には変わりないですし。
事実は変わらないと、静かにアデル様の声がその場に響く。
「アデルバード……だが私は」
「オマエガイタカラ、ユリアニモ、アエタ。ダカライイ」
「アデル様……」
確かに……ルディ王子様が身元を隠し、アデル様と接したからこそ、
アデル様は人間に心を許すきっかけになったのだろうし、
もしも違う出会い方なら、私はアデル様に助けられることもなかっただろうな。
「オマエハ、オマエノ、ジジョウガアルノダロウ?」
人の長の息子として生きる事を選んでいた、ルディ王子様だからと。
真実を知った直後のアデル様は、本当に怒っていたと思うが、
直ぐに事情を理解したのか、割とあっさりとルディ王子様を許してくれたようだ。
その様子に再び一同がほっと安堵の息を吐き、脱力から肩を揺らす。
この状態のアデル様は愛らしいぬいぐるみ姿でも、中身は野生育ちの蒼黒龍、
暴走したらそれなりに怖い事は、既に分かっていた事だったから。
「……どうしました? リイ王子様」
「信じられない……野生の龍だった彼が裏切り行為を許すなど」
長に従うは下位に属する龍の責務、それを放棄した者は龍の輪、
つまり命すら危うくなるそうだ。それ程に龍の中の上下関係は強いらしい。
そう思うとアデル様はアデル様で、ローザンレイツで色々な事を学んだ結果なのかな。
「ソレヨリ、イマハ、ダイジナコトガアル」
アデル様の重々しい言葉に、ごくりと一同がはっと息をのみ、
互いの顔を見合わせながら頷く。そうだ、形はどうあれアデル様と合流できたんだ。
今は争っている場合じゃないよね。これから私達は大事な――……
「――オレハ、ユリアヲ、メデナクテハ!!」
まるで、切実すぎる問題が発生しているかのように声高に叫ぶアデル様。
だが、言った内容には私達が想像していた物とは全く違いました。
ええ、違いすぎる内容に、一同が凍りついたのは言うまでもありません。
なぜ、そこで私の名前が出てくるのでしょうか?
「め、愛でる?」
ローディナがぽつりと呟いて首をかしげ、私もリーディナも、
そしてアンも一緒になって首をかしげた。そしてティアルとリファもまねっ子で。
「ええと私……ですか?」
「ハナヨメトノ、ジカンハ、ダイジダ!」
くわっと、さも当然の義務事項のように断言されたんですけれども。
小さな両前足をぱたぱた動かして、アデル様は何度も頷いていた。
その必死そうな姿が、なんだか可愛らしいなんて思ってしまう私はダメな子です。
「ユリアニ、サビシイオモイ、サセタ」
どうやら求愛していた娘との約束を破り、悲しませた行為は、
未だアデル様の中で、深く深く痛手の記憶として残ってしまった様子。
恋人同士になった時に大事にするって、約束してくれていましたものね。
「ユリアイガイ、イマハ、ドウデモイイ」
そう言いながら、アデル様は周りをきょろきょろとしながら、
花はないかとぶつぶつ言いながら、辺りを探し始めた。
魔力で作るのを止めたから、
その辺で咲いている花を贈ろうとしてくれているらしい。
「……い、いや。アデルバード? 君の気持ちはわかるがね。
今は切実な事情が控えているから少し自重を……ぐおっ!」
言いかけたルディ王子様に、アデル様のクリーンヒットな一蹴がっ!?
「殿下が団長に踏まれた!」
「殿下ああっ!!」
「そういう所は情け容赦ない!!」
「さすがアデルバード団長! やる事がえげつないっ!」
「小さくてもユリアちゃん第一なんだな!」
……今、どさくさに紛れて「いいぞ、もっとやれ」とか言ったでしょうお兄様がた。
アデル様は制止しようとしたルディ王子様の頭を盛大に踏みつけ、
木の枝に咲いていた白い花をもぎ取ると、そのままくるっと一回転して華麗に着地、
ルディ王子様を置き去りにし、すたたーっと急いで私の方へ戻ってくるではないか。
用件は完全に強制終了したようです。
(い、一国の王子様を踏みつけるというか、思いっきり踏み台にしたよね今)
流石は我が道を行くアデル様、一歩間違えなくても暴君です。
そんなアデル様は、私に取ってきたばかりの花を差し出してくれる。
「ユリア、マタセタナ。サア、ユリアノスキナ、ケダマダ」
そして存分に自分を愛でろとばかりなアデル様の姿、
……いや、今私を愛でるとか言っていませんでした?
そしてアデル様は必死に抱っこをせがむように、私へ前足を伸ばしてくるではないか。
これってルディ王子様との件を許したとかじゃなくて、
もしかして、まるっとさくっとなかった事にされたのですかね?
「ハナヨメ、サイユウセンジコウダ、ソレイジョウ、ダイジ、ナイ!」
――言い切ったっ! 言い切ったよこのお方はっ!!
「お、お前ってそういう奴だよなっ!! アデルバード!!」
誰よりも我に返るのが早かったラミスさんがアデル様にそうツッコミを入れる。
ああ……花嫁の溺愛発作って、こういう状況でも有効なのですね。
ルディ王子様の素性の告白よりも、花嫁と過ごす時間を比重に掛けたら、
別にたいした事ではないよねと判断されたようですよ。そ、そんな簡単でいいの?
「私としましては男同士、拳で好き勝手盛大に語り合った後に、
がっしりと肩を組んでですね、夕日を背景に仲直りをした方がしっくり……」
思わず、私の中にある男の友情のにわか知識のようなものを想像し、
一度でいいからそういうの見たかったなあ~と、ぽつりとつぶやいた私に、
びくりと反応した一同が、慌てて口元に人差し指を立てて、
しーっ、しいいいいっ! と、しきりに合図を送ってくるではないか。
や……何事?
「ユリアちゃん! 余計な事を言わなくていいから!!」
「言っちゃダメ、言っちゃダメだから!!」
「そんなきらきらした目をしちゃダメだっ!!」
「へ? なん……あ」
「ソウカ……ユリアガ、ハナヨメノゾムナラ……ライオルディ、カクゴシロ」
ぬいぐるみの瞳が一瞬にしてキラーンと金色に怪しく輝いた。
あれ……? このぬいぐるみって目が光る機能とかあったかしら?
そしてぬいぐるみから、しゃきーんと立派な黒い爪が伸びてきて……え、爪!?
なんか前足から本物の爪が出てきていませんかっ!?
「だっ、誰か団長を止めろ―っ!!」
「どうやってーっ!?」
「俺達じゃ無理だっ! 中身はあのアデルバード団長だぞっ!?」
私の発言を聞いた途端に、くるっと体の向きを変えたアデル様。
愛らしい姿からは逸脱した恐ろしい形相の黒い毛玉がそこに誕生していた。
みんなは一斉に後ずさり、同じことを思った事だろう。
魔王はどっちだよ!! ……と。
悲鳴を上げるルディ王子様に向かい、今にも飛び掛かろうとしているので、
とっさに私はアデル様のしっぽをつかんで、がしっと抱きかかえ直した。
も、もしかしてもしかしなくても、危険だったよね今。
「……ユリア?」
「え、ええと、あの、へ、平和的解決の方がもっといいですよね。うん」
そう言うと、アデル様は「ソウカ」とこっくりと頷いて大人しくなった。
ルディ王子様の方を見ると、どうか蒸し返さないでくれと言わんばかりに、
王子サマーズ達が、こちらに両手を組んで必死に懇願している姿が。
……うん、今の様子だと私の一言で何でもやりかねませんよね。
(そうだった。アデル様は元々好戦的なお方でした)
しばらくアデル様と離れて暮らしていたからでしょうか、危機感が鈍ったのかも。
気を付けよう、自分。アデル様を魔王様にする訳にはいかないですし。
そんな事を考える私の腕の中で、アデル様が何やらすんすんと匂いを嗅いでいるのに気づく。
……ええと、やっぱり嗅覚とかも分かるのかな。ぬいぐるみの姿でも。
「ア、アデル様、あの、匂いを嗅ぐのは止めてくださいとあれほど……」
前にもお断りしたんですけどね。久しぶりに会うから大目に見た方がいいのかな。
い、いやでもですね? こういう事をされるのはやっぱり恥ずかしいんですが。
「……トコロデ、ユリアカラ、ラミルスノニオイ……スルノダガ?」
ぽつりと言った一言で、一同はラミスさんの方向へと視線が集まった。
「お、おおお俺か!?」
傍にいたローディナ、リーディナをはじめ他の騎士の皆さままでもが、
その瞬間、一歩ずつラミスさんから後退して離れて行こうとする。
じりじり、じりじり……その差が離れるたび、緊張が高まっていくのはナゼ?
「ちょっ、待てお前ら俺は何もしてないからなっ!? そうだろユリア!」
「え? えーはい、ここへ来るまでにラミスさんの背中に乗せて貰ったから、
それで匂いが付いたんだと思います。初めて龍飛行したんですよ」
寒くて命綱もないから、かなりスリリングな状況でしたけど、
初めて龍の背に乗って空を飛ぶと言う、貴重な体験をさせていただきましたよ。
あの時はアデル様の安否とか、ルディ王子様の残された時間を考えて焦っていたので、
とても空の旅を楽しむどころの話ではなかったのですが。
「アデル様以外の龍の背中に乗せていただいたのは初めてで、ちょっと感動しました」
「……」
それまで私の顔をじっと見つめていたアデル様は、
無言でぐりんと顔を後ろに向け、ラミスさんを凝視しているかに見えた。
関係ない一同までその様子にびくりと反応する。
……あれ? アデル様どうされたのですか?
「……オレノキョカナク……セニノセタノカ、ラミルス」
「あっ、アデルバード? いや、だってお前は傍にいなかったしさ、
そもそもお前を助けに行くために時間もなかったし、その、仕方なくだな。
べ、別にどさくさに紛れて抜け駆けしようとした訳じゃないぞっ!?」
ラミスさんが両手をぶんぶんとこちらに伸ばして手を振り、
ルディ王子様は激しく頷いて、ラミスさんの後に続いて答える。
「そっ、そうだぞアデルバード? 一緒にこの私も同乗していたし、
ティアルやリファも居たからな。求愛行為の類では決してない!
君の後見人としてこの私が断言する。やましい事は何もなかった」
「ソウダナ、ライオルディノニオイモスル……ユリアノテ……ニギッタナ、キサマ」
「あ……いや、それはだね?」
なんか……ルディ王子様、今自分から墓穴を掘ったのでは?
掘ったというか特攻したというか。
「オレハ、マダ、ユリアト……トンダコトガナイ……ノニ」
体を小刻みに震わせ、地を這うようなアデル様の声が響いた。
声が無かったら、哀愁を漂わせる可愛い仕草に見えたかもしれませんが、
なにせ中身はあのアデル様です。小さくてもこの声だけで威圧感が半端ない。
アデル様が顔をあげると、今度は雷鳴が鳴り響き、近くの大木に落ちて炎が上がり、
上空からラミスさんとルディ王子様目がけて、ヒョウが降ってくるという事態に。
「のわあああっ!」
火属性のラミスさんに、弱点の水属性でダイレクトに攻撃が来るとは、流石アデル様。
魔王様候補なだけにやることが容赦ない……って、感心してる場合じゃなかった。
「あ、あああアデルバードッ!?」
ラミスさんにフォローを入れたつもりのルディ王子様も、攻撃の対象に入っていて、
更に爪で追い打ちに切りかかろうとしているアデル様に、
私はぎゅっと抱いている腕を強めて止める。
腕の中で小さな前足と後ろ脚が、まだじたばたと動いていたけれども、
私がいい子いい子と頭をなでると、ぴたりとその動きが止まった。
「ユ……ユリアガ、アタマヲ……」
「はいはい落ち着いてくださいね? アデル様。
ラミスさん達が手助けしてくださったから、私達はここまで来られたんですよ?」
全てはアデル様の為になんですと説得を試みた。すると。
「ソウカ、オレノタメ、シカタナク……ダッタノカ」
まるで私が、苦渋の決断で嫌々乗っていたんですよと解釈されたのか、
辛い思いをさせたなと、アデル様は私を労わるような目で見つめてくれる。
や……実際はまーったく違うんですが……ねえ?
むしろ、移動が楽でとっても助かったというか。
最初は一人で行こうと思っていたから、
こうして皆さんが同行してくれてとても心強かったし、
でも再び、そういう事にして欲しいと言わんばかりの皆さまの視線に反応して、
私は無言でこくこくと何度か頷いて見せて、事なきを得た。
そうだよね。平和的解決が一番だと思うの、うん。
「ソウダナ、オレノニオイ、イチバンツヨイナ、ダカライイ」
「え?」
言われてみて思い出した。
そうだアデル様の龍星石のペンダントを身に着けていたんだっけ。
それにはアデル様から贈られた指輪も通してある。私は左手でアデル様を支えると、
右手で襟元から首から下げてある鎖を手繰り寄せ、アデル様に見せた。
これのお礼、まだ言えてなかったよね。
「アデル様、指輪ありがとうございました大切にします」
「ン……」
「ペンダントお返ししますね」
「イヤ、マダ、ユリアガモッテイテクレ」
「はい、それじゃあ後でお返しします。
その時に指輪をアデル様に嵌めて欲しいです」
そう言うとアデル様は嬉しそうに頷き、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
※ ※ ※ ※
「――さて、無事とは言い切れていないが、アデルバードとも合流できたし、
ここで魔王討伐の対策を練らねばいかんのだが……」
相手は元蒼黒龍であり、他の蒼黒龍の能力を兼ねた魔王様、
で、対する私達は、蒼黒龍よりも能力的には劣る紅炎龍のお兄さん方、
白龍の末裔の王子サマーズ、神鏡使い(見習い?)にジョブチェンジした形になる私と、
錬金術師見習い、彫金師見習いの双子姉妹というのに加わり、
アニマルズとぬいぐるみ……うん、どう見てもこれはよく考えなくても。
「圧倒的な戦力差ですね」
無謀にも、返り討ち覚悟で魔王戦に立ち向かう縮図というか、
ピクニックしながら魔王に会いに行くような状況ではないかな?
「うおおおっ、どうするんだよこれ! どう見ても勝ち目がないじゃんかよ!!
頼みの綱だったアデルバードに再会できたけど、まだこんな状態だし!」
「ラミス様落ち着いて」
「そうそう、分かり切っていた事ですから」
すかさずローディナとリーディナがなだめ、
アンと共に私は飲み物をみんなに用意する。
「何か囮になるようなものでも分かればいいんだがな。
例えば魔王の嗜好に沿った何かで興味を引くような」
ルディ王子様がそうぽつりと言うと、
隣でそれを聞いていたラミスさんが何かひらめいたようで、突然立ち上がった。
「……はっ!? まてよ相手が得体の知れない魔王だと考えるからいけないんだ。
元は蒼黒龍なんだから、蒼黒龍としてなら俺達も少しは嗜好を知っているじゃないか」
「というと?」
ローディナが話を促す。
「みんなよく考えるんだ。身近な蒼黒龍が俺達の傍にも居るじゃないか。
その好みを魔王に置き換えてみれば、突破口が見つかるかもしれない」
そうラミスさんに言われて、一斉に視線が注がれるのは、
私の足元にちょこんと座りこんでいる、ぬいぐるみのアデル様。
「そうだ。もしもアデルバードの方が魔王だったら話が早いだろ?」
ラミスさんがそう皆に問うと、あっさりと答えが騎士の人達から返ってくる。
「ユリアちゃんに何か甘いものを作ってもらうとか?」
「ユリアちゃんに子猫になってもらう」
「ああ、団長だったらどっちも大喜びだな」
「いや、それよりもユリアちゃんそのものを」
「そうだな、それが手っ取り早い。ユリアちゃんに気を引いてもらってその隙に」
「それだっ!」
――待って! なんですかそれはっ!?
「全部私のネタじゃないですかっ!!」
だめだわ全然参考になんてならなかった。
(まあ、でもアデル様と会えて、少し皆の表情も和らいできているし……)
時間がかかりそうだし、少し頭を冷やそうかな。
私までこのノリに慣れたらいけない気がするわ。
(でも……リオさんの立場に立って、蒼黒龍としての対策は有効かもね)
未だ、やいやい言っている皆さまを放っておいて荷物を整理しようと離れたら、
私の後ろから、小さなアデル様がぽてぽてと後を付いてくる。
そうだ。今後の事を思って、皆にはもうユリアの素性を話してあるし、
アデル様にも、もう一つ大事な話をしておかないといけないよね。
そう、今まで話せなかったユリアの素性を……。
私は何度か深呼吸をし、覚悟を決めた。
「アデル様、あの……お話したいことがあるのですがよろしいですか?」
「ケッコンノハナシカ?」
嬉しそうにそんな事を言ってくるので、私は違うと首を振る。
「それも大事なんですが、大事な……私の話なんです」
それでも話せるのは金の髪のユリアの事だけだ。
記憶がない事は変わらないが、私が神鏡を守る一族の娘だったこと、
そしてルディ殿下によって王都へ呼び寄せられ、途中でアデル様に保護された事を。
(ルディ王子様が、さっき私の件まで話さなかったのは、
きっと私の口から言えるようにと考えてくれたからだろうし)
ルディ王子様と婚約する予定だったことを知ると、
アデル様は少し驚く様子を見せたが、
私の話を遮ることなく静かに話を聞いてくれた。
怒られることも勿論覚悟していたけれど……アデル様は薄々感づいてはいたらしい。
神気を放つ鏡をその身に宿す娘が、普通ではないことを考えれば猶更。
「カエリタイカ?」
「え?」
「ユリアノカエルバショ……アルノカ?」
「アデル様……」
「ソコハ、ユリアガ、シアワセニナレルバショカ?」
私がアデル様と出会ったばかりの頃、陰で私がよく泣いていた事を彼は知っていた。
だから、そこへ帰りたいかとアデル様は真っ先にそれを聞いてくれる。
「ソノチカラハ、カガミハ、ユリアノジユウ、ウバウモノダッタノダロウ?」
ユリアの家族は政略結婚にすら、私の意思なく決めたのだろうと。
アデル様は身元が分かった安堵の前に、それを心配してくれた。
(ここで帰りたいと私が願えば、アデル様はきっと故郷に帰してくれると思う)
家族だった人は居るが、行方の分からなくなったユリアを探しには来なかった。
だから、アデル様が思う程には家族に大切にはされないのではと思ったのだろう。
「そうですね人並みの幸せはないと思います。世俗とは隔離された生活ですから」
「ユリア……」
「私の帰る場所はアデル様の居る所で、一緒に暮らしていたあのお屋敷ですし、
私の願いは……望みは、アデル様の傍にずっと居る事ですから。
その場所へ帰りたいとは思っていません」
そもそも、私は金の髪のユリアの家族も故郷も思い入れもないから……とは言えず。
(私の本当の家族は……別の世界に居るのだし)
今は遠い遠い記憶の中の存在、そちらは会えるなら会いたいとは思うけれども、
願いがもしも叶って帰れたとしても、そこにはアデル様もみんなも居ない。
みんなにもう二度と会えなくなっても幸せになれるなんて、
今の私にはとても思えなかった。
それだけこちらでの生活が私の中で大切で、思い入れのある世界になっていたから。
(そう、子供の時からの自分の夢を諦めてもいいと思う位に)
「私は、アデル様の傍に居たいです」
「オレモ、ユリアトイッショニ、イタイ」
「……ありがとうございます。アデル様」
一度ぎゅっとアデル様を抱きしめると、アデル様も抱きしめ返してくれる。
それがとても心強くて嬉しかった。いつかこの選択が正しかったと思えるように、
私は前に前に進んでいこうと思う。これからもずっと。




