89・女主人公アンフィールの秘密
さて、なんとか無事にアンを保護する事に成功した私でしたが、
事情を詳しく知らない他の男性方は未だ魔物の脅威を想定して、
彼女に関わるのを少し戸惑っているようなので、
それも無理はないかと私は率先して彼女の世話をすることに。
「ユリア、着替えは私の物を使って」
「栄養剤用意したわ。目が覚めたら飲ませてあげて」
「ありがとうございますローディナ、リーディナ」
ローディナ達は肝がすわっているのか、着替えを貸してくれたり、
顔の汚れを拭ってくれたりと手伝ってくれて、とても助かりました。
「可哀そうに……今まで一人でとても怖かったでしょうね」
特に魔物に囚われた経験があるローディナは、アンにとても同情的なようで……。
(脅威は残っているけれど、でもきっと……何か助ける方法があるはずだ)
傷を治した後のアンは少し顔色が悪いものの、命の危険性はないようで安心する。
この強行軍に付き合わせるのは可哀そうだけれども、他に選択肢はないし、
彼女は今回の件に関わっている事は間違いないから、一緒に連れて行かなきゃ。
(この子の協力が得られれば、この後の戦況も変わるかもしれない)
そんな事を考えていると、ローディナ達と入れ替わるように、
私達の元へリイ王子様がやってきた。
「……彼女の様子はいかがですか?」
「あ、リイ王子様ちょうどいい所に……実は内密でご相談があるのですが」
「かしこまりました」
瞼を閉じたリイ王子様が頭を下げると、瞬時に周りの時間が止められた。
彼を中心に広がっていく閉ざされた時の空間、それに辺りの景色が様変わりし、
皆の時間が止まっていくのを確認していると、ふと視界に黒い塊が映る。
よく見ると、リイ王子様の腰にしがみ付いている小さな存在に気付いた。
「ティアル?」
「みい……」
リイ王子様は、自分に抱き付いていたティアルの頭を撫でた。
「先ほどからずっとこの娘に怯えているようで……」
そうだった。この子だけはリイ王子様の能力が効かないんだっけ。
「ティアル、この娘が怖いならリイ王子様と話が終わるまで、
あちらで待っていてもいいんですよ?」
「みい……」
ティアルはリイ王子様にしがみつきながらも、ぷるぷると顔を振る。
「みい、ティアル、ティアル……ユリアトイッショ、マモルノ」
そういうや否や、私の方へぴょんっと飛び込んでくるティアル。
でもやっぱり耳は垂れているし、小さく震えているんだよね。
ああ、なんかうるうるして、今にでも泣きそうなお顔をしていますよ。
ティアルを受け止めた私は安心させるために、一度ぎゅっと抱きしめてあげた。
「じゃあ、本当に辛くなったら、あっちで待っていてくださいね?」
「みい、オヤクソク……スル」
「ユリア様」
「リイ王子様、また敬語になっていますよ。
もう他の方にはユリアの素性だけは話しましたが……」
「こほんっ、で、ではユリア、この娘だが処遇はどうする?
あなたの意思を尊重したい所だが、このままなら兄上は……」
リイ王子様は深く追及はしなかったが、私がアンを庇った姿を見て、
何か理由があってこの娘を庇ったのだろうと、察してくれたようだった。
「実はこの娘……以前、私が手紙でリイ王子様にお知らせしていた人なんです」
「……っ、やはりそうだったのですか」
そう、それは二人の主人公と初めて出会った後、
いつか来るかもしれないと思っていた、未来への布石に伝えていた事。
リイ王子様にはもしも彼女達が見つかったら、
二人の協力者になってもらうように頼んでいたけれど。
「ごたごたしていたし、私も彼女達を把握してない事が多かったのもあって、
今までこの件を詳しく話せませんでしたが、
この子はこの世界にとても強い影響力をもたらす存在です。
リイ王子様と私の協力で、彼女をサポートする日が来るかもしれないと思っていて」
それがまさか、こんな状況になるとはあの時は思ってもみなかったけれど。
さて、ここからが肝心だ。なぜアンが操られていたのか調べなければいけない。
術か何かの処置をされていたのならば、助けるのはサポート役の務めだろう。
(アンは主人公だ。いわばこの世界の行く末を決める天秤のような存在。
もしも敵側に回ったままだったら、きっと誰も助からない)
そこでふと……腕の中のティアルの視線に気が付いた。
この子、なぜかさっきからずっと“一定の場所”を見ている気がするんだよね。
アンの顔じゃなく……別の所を。
怖くて目が合わせられないのかなと思っていたんだけど、どうやら違うみたい。
ティアルはある場所から目が離せないのか、
そこをじっと見つめたまま震えているし。
「ねえティアル、この娘のどこら辺が怖いんですか?」
「みい?」
念の為に聞いてみると、ティアルは私の方を上目づかいで見つめた後、
前足でちょんとある所を指し示す。先程からずっと見ていた方向を。
「みい、アソコ、コワイノ、アル」
ティアルが怖いと言うその場所は……なんと彼女の胸元。
「……え?」
「ティアル、コワイコワイナノ」
胸が怖いって、もしかしてあそこに何かあるの?
ティアルに言われてみて、意識を集中して見てみれば確かに……。
ここだけやたら……魔力の流れが異様に強いような?
しかも、色がここだけ、見れば見るほどやけに黒くよどむ感じがする。
龍脈を通してそれは繋がっており、まるで黒い鎖のようだった。
しかし私に分かるのはここまでのようなので、私はリイ王子様を見上げた。
「……リイ王子様、彼女のここ、胸元を調べてみて下さいますか?」
「ぶはっ!?」
先生、お仕事ですと言わんばかりに、私がちょんちょんっとアンを指させば、
リイ王子様は突然噴き出し、私の言葉に酷く動揺した様子を見せ、
顔を真っ赤にして、わたわたと取り乱しているではないか。
「むっ、無抵抗な女性の肌を本人の断りもなく、い、いや、
嫁入り前の娘の服を脱がすなんて、私にはそんな非道な真似は……」
ほうほう、出会いがしらに私の首を絞めてきた人が言いますかリイ王子様。
……が、違う、私が今言いたいのはそういう事じゃなくて。
「誰も服を脱がせなんて言っていないですよ。
彼女の胸元、魂の目でスキャン……じゃなかった。視て下さいませんか。
ここにティアルの言う何かがあるのかもしれません」
ティアルは私を無意識にだが、「結理亜」として見抜くことができた。
よく動物だけ感じる何かがある話を考えるに、ティアルもそういう能力があるのだろう。
ということは、今回もリイ王子様みたいに何かを本能で感じ取っているはずだ。
プライベートな事まで覗くのはあれだから、胸にあるものだけ見てほしいんです。
そう言ってやっと意味を理解したリイ王子様は、恥ずかしそうに咳払いをすると、
「そ、そういう事ですか、失礼、では……」
ほっとした顔で彼の青い瞳が一瞬だけ光ると、アンの胸元へと意識を集中する。
すると、どうだろう? やがてリイ王子様は彼女を見つめたまま、
息をのみ、額から汗を流して眉間に皺を寄せ、険しい顔をし始めた。
「そんな……まさか、なぜこんなものがあるのに今まで気づけなかったんだ」
「どうでした?」
盛大な溜息を吐いた後、彼は戸惑いながら視た物を教えてくれる。
「……禍々しい呪力を持つ心臓、ティアルが怖がっているのはこれのせいだと。
とてもいびつな形で黒い煙に覆われている所を見ると、
これは本来ここにあるべきものではない心臓の半分、
それが彼女自身の心臓の代わりに埋め込まれているらしい」
「え?」
「はっきりと言いますが、この体にはもう彼女自身の心臓はない。
彼女は一度死んでいるか、それとも瀕死の時に何らかの方法で生き延びたか。
どうやら彼女を操る媒介はこの心臓でしょう」
待って、それって……。
「リーディナが、アカデミーに潜入する時に言っていた話じゃないですか」
つまり、あの時の話はここに繋がっていたという訳なの?
私じゃなくて、それは主人公のアンに関する伏線だった。
それじゃあ、ティアルはアン自身を怖がっていた訳じゃなくて、
この胸にある心臓の存在に怖がっていただけだったんだっ!!
「で、でも、待ってください。ならこの心臓がなくなってしまうと……」
「操られることは無くなる……が、彼女は間違いなく死ぬでしょう。
ですが、ここはやはり自然の理にならい無に帰してあげた方が……」
そう言いながら、リイ王子様は感情を消し去った顔で大鎌を取り出し、
なんだかブツブツと死者へ送る鎮魂の言葉を呟きながら、
異物を見つけた以上は問答無用とばかりに振り上げ……って!?
「わーっ!? やめてやめて早まらないで!!」
せっかく助けたのに、ここで殺されたら困るよっ!!
リイ王子様は、理に反する者の存在を認めたくないのだろう。
私が例外に認められる存在なだけで、この人はあの頃とあまり変わっていない。
でも、大丈夫! 今の私は彼の意見を覆す魔法の呪文を知っていた。
「じ、実は神様の川元さんが、この子を私に頼むと託されていてっ!!」
「――保護しましょう!! ええ、彼女は絶対に助けるべきですっ!!」
瞬時に大鎌をしまい、ころっと方向転換。
……それでいいのか聖職者、とは内心盛大に思ったけれども、
まあ、これでリイ王子様も協力してくれるから結果オーライですよね。
言った途端に、きりっとした顔つきになりましたよ。この人。
どれだけ神様至上主義なんでしょうか。
「はっ!? という事は、もしや主が先程ここにいらしたのですか?」
「ええと、はい、すぐに居なくなってしまいましたが」
おっと用事を思い出したと、立ち上がりかけるリイ王子様に対し、
私は彼の襟首を反射的にがしっと掴み、有無を言わせず座り直してもらう事にしたら、
ぷるぷる震えながら、私に訴えるまなざしを向けてくるリイ王子様がいる。
言いたいことは分かります。また追いかけるつもりだったのでしょう?
「諦めてください。今は緊急事態なんですから」
こんな所で別れたら行方不明になりそうだから、ここで止めておきますよ。
あなたの捜索の為に下手に人員は割けませんし。そんな余裕もありません。
「神様が託したこの子を放置するんですか?」
「ぐっ……無念」
さて、がっくりと膝を着いて意気消沈したリイ王子様は放置して、
後の問題はこの彼女の中にある心臓をどうするかだ。
もしも取り出せば、アンは間違いなく死ぬ事になるからそれは出来ない。
(代用がないとなると、取り出さずにこの心臓を利用できないかな?)
要するにこの心臓の悪い所だけを浄化すれば、作用しないと思うんだよね。
「欠けた心臓同士が媒介になって、彼女に悪く作用しているのだとしても、
干渉している歪んだ力だけを浄化できれば、干渉を断ち切れるかもしれません。
リイ王子様のお力でこれの浄化はできませんか? 前にやったような」
心臓の周囲を小さな結界でも張れれば、今ある心臓をそのままに、
彼女を生きながらえさせることが出来ないだろうか? いわゆる延命措置だ。
リイ王子様、前にアカデミーで浄化魔法みたいなのやっていましたよね?
「出来ないことはないが、あれは宿主そのものの魂も掌握するものだ。
この娘を死なせずに助ける救済方法にはならない。
となれば私よりもあなたの方が適任だろう。あなたは神鏡使いなのだから、
あの鏡は守りに特化した強い浄化作用があり、悪しきものや力を退ける力がある」
ふむ、そういえばそうだった。でも……上手くできるだろうか?
これまで無意識にでも瘴気を祓うことはしてくれたみたいだけれど、
自らの意思で浄化はやった事がない気が……。
「あれ……でも」
そう思いかけて、ふとアデル様が苦しがっていた頃の事を思い出した。
(そうだ。あの時にアデル様に触れた事で、状態が安定した事があったよね?)
私は自分の掌を見つめてある事を思いつく、
もしかして、タッチセラピーみたいな事が出来るのでは?
触れる事で回復するのとは少し違うけれど、触れる事で浄化が出来るのなら。
(お願い……この娘を助けたいの)
私は瞼を閉じて意識を集中する、アデル様から貰った祝福の能力を使い、
魔力の根源を探り、自分の手から神鏡の持つ、浄化の光が溢れるのをイメージする。
いわゆるこれは私の世界で言う気功の方法に近いだろう。
その手から流れる光が彼女の体に浸透し、心臓を取り巻く黒い煙を消していく。
そんな状況をイメージして、私はアンの胸元にそっと自分の指先で触れる。
「ユリアッ!?」
「わっ!?」
触れた途端に、その手をはじくように「バチッ」と強く何かが弾けた音が聞こえ、
たちまち激しい轟音とともに、指先に電流のようなものが流れた気がした。
とっさにリイ王子様が、私と彼女を引き離し背中で庇ってくれる。
衝撃に驚いて瞑っていた目を恐る恐る開けてみれば、
アンの胸元からごうごうと音を立てて白い火柱が立っているではないか。
「火? な、何? これって……」
「……これは浄化の炎です。悪しきものを神聖な炎で焼き祓う際に生じるもの
しかしこんなに大きな炎は私も見た事がない。よほど強い呪力のようだ。
だがこれが出ているという事は、娘の中に渦巻いていたものは無くなった筈」
リイ王子様はそういうや否や、すぐに周辺の時間を元に戻した。
「うわああっ!? な、なんだあれ!?」
「ユリアちゃん!?」
時間が戻った瞬間に、状況を知らない他の人達は大騒ぎになった。
アンの胸元からあふれ出てくる火柱が、余りにも勢いが強かった事もあり、
慌ててラミスさん達が剣を引き抜いて取り囲もうとしたけれど、
リイ王子様は大事ないと、皆をその場から引き離してくれて、
この状況を説明してくれていた。
炎が消える前に時間を戻したのは、きっとこの状況を皆に見せる為だろう。
言葉だけで大丈夫と伝えるよりも、実際に見てもらった方が納得してもらえるから。
その場に残ったのは私とティアル、そしてアンだけだったが、
今まで私にしがみ付いて、彼女に近づこうともしなかったティアルが、
火柱が消えた途端に彼女に顔を近づけ、ふんふんと匂いを嗅ぎ始めると、
眠っている彼女を見て、嬉しそうに頭をなで始める姿を目にする。
その姿を見て、私はティアルに聞いてみた。
「ティアル……もう怖くないの?」
「みい、イイコ、イイコ」
こくりと頷いたティアルは、普段の人懐こい状態になっていた。
「う……っ」
ティアルがぽんぽんなでていると、その感触でアンが目を覚ましたらしい。
視線が定まらず、虚ろな瞳が辺りに視線をめぐらせ、私の姿を捕えた時、
はっと息を吐いた彼女は慌てて起き上がってくる。
「……っ、こ、ここはどこ?」
「あ、リルダの森の中間地点ですよ。体の具合はいかがですか?」
「わ、私……そうだ! あの人達は!?」
意識がはっきりすると今までの事を思い出したのだろう、
背後の武装した騎士達を見て、先ほどの男達の仲間だと勘違いしたのか、
両腕を頭の上でかばい、「助けて」と怯えて震えだすアンの姿を見て、
私は安心させる為に、静かに彼女の手を両手で包んだ。
「……怖がらないで、もう大丈夫ですから。どうぞ安心してください。
あなたを追い回していた人達は、私達が追い払いましたから。
私はユリア、ユリア・ハーシェスと言います。ユリアと呼んで下さい」
「あ……」
私はあなたの事を知っていても、あなたは私の事を知りませんものね。
初めて接する相手に挨拶と名乗るのは、基本中の基本の礼儀です。
突然なれなれしく話しかけて不審がられないよう、私は細心の注意をしなければ。
形は違うけれども、これは主人公とサポートキャラの友人が出会う大事な場面だ。
「……よろしければあなたのお名前、お伺いしてもよろしいですか?」
「あ、アンフィール・グランフォルチェ……アンって呼ばれているわ」
「え?」
フルネームを聞いて私は固まった。……今、なんと仰いました?
(グランフォルチェ……って、まさか)
どこかで聞いた事ある名前だな~? と一瞬思ったら、
それって、もう一人の男主人公ディータさんと同じ姓ではないか!!
(何てことだ。そこまでは予想してなかった)
まさか二人が兄妹である可能性を考えていなかったのだ。
でも変だな……身内なら、なんでディータさんは言わなかったんだろう?
「あの……つかぬ事をお聞きしますが、
ディータ・グランフォルチェさんとはご家族かご親戚ですか?」
ディータさんの事を聞いてみたら「誰ですか?」と言われてしまった。
あれ? どういう事? もしかして公では話せない複雑な家庭の事情とかあるの?
気になるけど、これ以上は初対面で色々聞いたりしたら失礼だし……。
(前からディータさんって謎が多かった人だけど、余計にこんがらがってきた。
少なくとも初めて会った時に、アンとは知り合っているはずなのにな……)
あの裏路地でディータさんは、
男達に襲われそうになったアンを逃がしていたのだから。
※ ※ ※ ※
――それからしばらくして……。
少し衰弱しているアンに水と食料、そして栄養剤を提供し、
彼女がもう本当に危険はないのだと、落ち着いた頃合いを見て、
アンの手を引いて、皆から少し離れて話をすることにした。
皆はアンの事を知らないので、まだ安全性には半信半疑な状態だけど、
神鏡で浄化をしたことにより、神気の名残がアンの中に残っているらしく、
そのお蔭で一時的にだが、外部からの干渉は出来ない状態になったようだ。
リイ王子様も、これなら操られる事は心配ないと言ってくれたし、
こんなに針のむしろ状態で、居心地悪いのも可哀そうだよね。
まがい物とはいえ、アンの命は繋げたようだし。とりあえず今は一安心だ。
「ティアルはあっちに……」
「みっ、ティアル、ゴエーナノ、ツヨイコナノ」
私は仕方なくティアルの同行を許し、近くの大きな木の根元に腰を掛けた。
すぐ傍にはリファも居てくれる。どうやらあの様子だとリファも大丈夫みたいだ。
ただリファはまだ警戒しているようだけれども。
「……あの? お話って?」
「ああ、ごめんなさい。疲れているのに連れ出してしまって、
でも時間がないんです。えっとアンはこれまでの記憶はありますか?」
静かにこくりとアンは頷いた。
「おぼろげな所もあるけれど……大体は覚えていると思うわ。
私、時々自分の意思とは関係なく体が勝手に動く事があって、
意識がはっきりしている時も、気づいたら怖い場所や存在に興味がいくの。
人を襲った事も少し覚えているわ。でも私では止める事が出来なくて……。
私、私、なんて事をしてしまったのかしら」
その言葉に、私はアンがこれまで底抜けの明るさを持っていたのではなく、
気丈にも明るく振舞っていたせいなんだろうな、というのが分かりました。
「ええ、ですがそれはあなたのせいではありません。
無意識に悪い方向に惹かれるよう行動するように、
闇の強い魔力に引きずられ、影響されていた為でしょう。
原因はあなたの胸元に埋め込まれた、別の誰かの心臓のせいなんです」
先ほど、リイ王子様が立ち去る前に、最後に小さく私に言った言葉がある。
それは、『この娘には龍の心臓が使われている』ということだった。
龍の心臓は特に、龍の素材の中で高い効果と魔力を持っているという。
そして心臓は半分だけ欠けても持ち主の龍は死ぬ事がないらしい。
それほど生命力の強いもので、治癒の効果も高いそうだ。
確かにそれを移植されていたら、
たとえ瀕死の状態の人でも、生き延びる事が出来るかもしれない。
「心臓?」
一瞬、アンは何を言われているのか分からない様子だったが、
何か思い当たることがあるのか、彼女はおもむろに胸元のボタンを外す。
「もしかして……貴女が言っているのは、これの事?」
彼女がちらりと見せてくれたのは、胸元にうっすらと残る傷跡だった。
「……それは?」
「6年前……私の故郷の村の近くに魔物が現れた時のものよ。
私が近くの森に木の実を獲りに行った際に襲われて、
胸を魔物の爪で一突きされた私は、本当なら其処で死ぬ運命だった」
そこで生きたい、助けてと必死に誰かに助けを求めた。
意識が朦朧とし、あわや魔物の牙に喰らいつかれる寸前に、
通りがかったある人が、魔物との間に割り込み、助けられたのだとアンは言う。
『誰かと思えば人間の子供か、可哀そうに……』
そう呟いた人は、瀕死の状態だったアンを抱き上げ、怪我を直してくれたらしい。
その後気を失い、彼女が目を覚ました時には村の入り口に倒れていたという。
誰かがそこまで運んでくれたのは確かで、村人に発見され保護された彼女は、
自分の胸に出来た大きな怪我がなぜか治っている事に気づき、
その代わりにあったのは、うっすらと胸に残る傷跡だけだったのだと。
『夢じゃない……きっとあの人が助けてくれたんだ……』
けれど助けた人の手がかりになるものは、何一つ残されていなかったそうだ。
「朧げだったから、その時のことは余り覚えてはいないんだけど、
蒼い差し色のある黒髪の人で、とても綺麗な人だったと思うの。
後で他の人に聞いたら、とても珍しい髪色だって知ったわ」
聞けばアンが王都へやってくるきっかけは、この恩人を探し出すためで、
名前も素性も分からぬその人に、密かに恋心を抱いてしまったそう……って、
黒髪の青年って、もしかしてアデル様の事では……と思ったが違うと思い直した。
6年前なら、アデル様はまだ故郷に暮らしていて、人間嫌いだったはずだし。
(当時のアデル様なら、嫌いな人間の住む村の近くまで行く訳ないものね)
ましてや高い魔力を持つ心臓の半分を分け与えるなんて、相当な覚悟だ。
となると、消去法で行くならアンの好きになった人というのは……。
(――リオさん?)
彼は元々、人間を愛する龍だったと以前アデル様が言っていたもの。
そこまで考えがいって、私はこれまで気づかなかった事を悟った。
じゃあ、何ですか? 別の次元でアンとアデル様が恋人同士になっていたのは、
アデル様はアンの中の「蒼黒龍」の存在に反応して、しかもアンは女の子だったから、
蒼黒龍の雌として本能が認識してしまい、恋仲になったということで。
一方アンの方は、アデル様の事を、
助けてくれたリオさんだと勘違いしていたということ!?
(あれは誤解と錯覚によって生まれた恋だったんだ)
――それがアデル様と私が恋仲になった事で、本来の相手との話が進んでいると。
(城の敷地内でアデル様とアンが出会った時には、彼女は何も反応がなかったし)
そっか……だからメインヒーローは「2人」という「設定だったんだね。
アンが本当に好きで探しているという人は……リオさんなんだ。
「私の命は助かったけれど、それから私の生活は一変してしまったの。
元々は、亜麻色の髪と瞳の色だったんだけれど、
あれから私の髪はこの赤紫色に変質してしまって、
とても小さな村だったから、突然変わった私の髪と瞳の色を見て、
魔物付きだと言われて、皆に気味悪がられてしまうようになってね。
家族にも迷惑をかけたわ」
これまで優しかった人達の態度が、一変した事に悲しんだアンは、
閉鎖的な村で暮らす事に限界を覚え、村を飛び出したそうだ。
「……そうですか」
「でも、故郷を失ったけれど、助けてくれた人を恨んでいる訳じゃないの、
だから村を出て冒険者になる道を選んで、どこかで会えないかと思って旅を。
いつかまたあの人に会って、ちゃんとお礼が言いたかったから……」
「――きっと会えると思いますよ。このまま私達と一緒に行動すれば」
「え?」
「実は私、あなたの探している人が誰か、今のお話を聞いて気づいたんです。
その人は今、強い負の力で操られて人間の世界を崩壊させようとしていて、
私はそれを阻止しに向かった恋人を、助けに行く途中なんです」
私はこれまでのいきさつを話した。私の恋人とあなたの想い人が親友同士な事も。
そして、その二人とも正体が蒼黒龍という龍人である事も。
アンが常人よりも魔力が高かったのも、髪や瞳の色が変わったのも、
突然自我を押さえつけられ、勝手に暴走してしまう事があるのも、
時に危ない道に惹かれて行動してしまうのも、
皆その人の与えてくれた心臓の影響を受けてしまったせいだと話す。
「私の推測では、その方は自身の心臓の半分をあなたにあげた。
もちろん助けた時は、あなたをこんな目に遭わせるつもりはなかったのでしょう」
でも、その直後、リオさんは人の悪意によって魔物に襲われ、
負の感情をその身に一身に浴びてしまった。
そして同じ心臓の片割れを持つアンにも、
負の連鎖を引き起こして、影響が及んでしまったらしい。
「つまり、あなたは望まぬままに魔王の半身となっているんです。
さっきの男達にあなたが狙われていたのは、あなたの中にある心臓の半身を壊す為、
魔王戦に入る前に、リオさんを弱体化させる気だったのでしょうね」
以前、夢の中でアン自身が言っていたもの『私がいなくなれば』って。
あの言葉は、アンが死ぬ事で魔王の完全な覚醒を阻止できるからだろう。
そう、だからあの男達は魔王を倒す為に、先にアンを殺そうとしたんだ。
(アンの心臓を壊せば、永遠に魔王の復活は叶わなくなるもの)
あの中には騎士崩れだった人も居たとなれば、内部の事情には詳しいはず。
だったら城に忍び込み、「あの現場」に偶然にも居合わせた可能性も高く、
現場を見た者が噂を広め、このからくりに気づいた彼らは手柄を立てて、
英雄にでもなろうとしたのだろうか。一人の少女を犠牲にして。
(魔王の素体を叩くよりも、アンを先に殺した方がリスクは少ないと思ったんだ)
そして弱体化しているままの魔王相手ならばと。
まだリオさんは魔王として覚醒していないのは、こんな理由があったんだ。
(リオさんはまだ、アンが自分の心臓を持っていると気づかなかったのだろう)
助けてから容姿が変わっているのだし、力も意識も不安定な状態だった彼、
気づいていたのならば、もっと早く彼女から取り返す事もしたと思うから。
「先ほど、私があなたを縛り付けていた呪力を祓いましたので、
もうあなたには脅威はないと思います。だから私達と会いに行きませんか?
私は自分の恋人を助けに、あなたは魔王様……ええと、
その人の名前はリオさんっていうんですが、その人に。
何ができるのかは分かりませんが、お互いの大事な人を助ける為に」
「そんな、いい……の? 私が一緒について行ったりなんかして。
だって私、あなた達を襲ったことがあるんでしょう?
出会ったばかりの私をそんなに信じていいの?
どうして私の事をそんなに信じてくれるの? 私の事が怖くないの?」
「実はあなたとは会っているんですよ。ずっと前に……。
それにあなたにたくさん助けられましたから。
だから今度は、今度こそ私の番……あなたは私の事をもう覚えてはいないでしょうが」
「え?」
「他の人があなたをどう言おうと、私はあなたの味方でいると決めています。
あなたの事を信じてもらえない人が居ても、私はあなたを信じますからね」
それは今のアンが知らない出来事、でも金の髪のユリアから教えてもらった。
保護されて外の世界に関わる事を怯えるユリアに、とても親切にしてくれた事を。
――『一緒に行こう? 2人なら大丈夫よ』
そう言って、外の世界を知らないユリアに差し伸べてくれた手。
私は知っている。あなたは初めの勇気を“ユリアにくれた人”だったから。
本当は自分の方が、もっともっと大変だったのに。
「……一緒に行きましょう。きっと2人なら大丈夫です」
あの時に差しのばしてくれた手を、今度は“私”が差し出す番だ。
前回、金の髪のユリアが助けられなかった未来を、今度こそ変えてみせる。
「……っ」
アンは戸惑いつつ、泣きそうな顔を私に向けると、
やがて意思のこもった瞳で私を見つめ返して、強く頷き、手を握り返してくれた。
「あり……がとう。ユリア」
「いいえ……でもこれで、あなたの身に起きた事情は大体分かりました。
では後の事なんですが……“ディータさん”出てきてくださいますか?
あなたがここにいる事、私には分かっているんですからね」
「――……っ」
私が言うや否や、ふらりと目の前で意識を失い、倒れこむアンの体を支える。
私が受け止めたその体は、みるみるうちに姿形、服装が様変わりし、
アンの代わりに目の前に現れたのは……あの時に出会った一人の少年だった。
私はさっと体を離し、少年へと笑顔を向けた。
「お久しぶりです。ディータさん……探しましたよ」
アンの姿が変わり、現れたのは今まで行方の分からなかったディータさんの姿。
そう、これこそが主人公に隠されたもう一つの秘密。
「参ったな……よく俺がアンの“中に居る”って分かったね」
「これまでの知りえた情報と状況をつなぎ合わせてみて、
いろんな仮説を立てていましたから」
「あ、もしかしてカマかけられてた?」
「はい、もしかしたらと思って」
「ああ、単純に引っかかっちゃった訳か、俺もまだまだだな」
実はこれまでの二人の動向や会話を整理してみると、
色々と気づいた点があったんだよね。
まず1つめは、ディータさんとアンは「面識がある」風に見えながら、
2人が同じ場所に一緒にいる所を、私は一度たりとも実際には「見ていない」事。
2つめは、私がディータさんに教えた宿の情報をアンが知っていて、
ディータさんの代わりに彼女が身を寄せていたという点。
3つめは、同じ姓を名乗っているのに身内でも知り合いでもなく、
同じ冒険者だというのに「アンは王都のギルドには登録されていなかった」点、
もしも登録されているならば、ディータさんを探しにギルドへ訪れた時に気づいたはずだ。
4つめは、ティアルとリファがディータさんに対しても怯えていた点。
その反応は今から思い出しても、アンの時と全く一緒だったんだよね。
(今思えば……ディータさんにアデル様も何か感じ取っていたようだったし)
……で、最後は物語の基本中の基本、主人公は本来「1人」しか存在しないという点。
神様の川元さんが別れ際に残した「木の葉を隠すなら森」というヒントは、
この事を言っていたのだとするのならば……。
「アンとディータさんは、何らかの事情で体を共有しているか同一人物。
たぶん、アンに危険が迫った時に代わりに出てくるのがディータさん、
……ではないかと思うんですが、違いますか?」
先ほど男達に狙われていたのにディータさんが出てこられなかったのは、
心臓からくるアンへの負担が酷くなり、内側から必死に抑え込んでいたせいではないか。
「その影響が、ディータさんの紫色の髪、
アンよりも瞳と髪の色に現れているんだと思いました」
そう……それはまるで、私と金の髪のユリアのような関係性。
「ああ、すごいやほとんど正解。でも同一人物とか二重人格とかではないからね」
「え?」
「なんて説明したらいいかな……俺とアンは本当は双子で生まれる予定だったんだ。
ぶどうっ子って知ってる? 母親のお腹の中で上手く育たずに終わる子供の事。
俺はその状態でね、最終的には異物として取り除かれるか、
母の胎内に吸収されて消えるかどちらかになるんだけれど。
そんな俺をみかねて、赤ん坊だった妹が自分の中に迎え入れてくれたんだ」
それでも命が授かるわけじゃない。一つの体で二人の命を維持するのは難しかった。
いずれにせよ取り込まれたアンの中で、
彼女の一部となり、誰にも知られることなく密かに消える運命だったその時に、
強い魔力を放つ心臓を得てから、彼は一時的にだがアンの体を介し、
自身を具現化する事が出来るようになったのだと。
だから、リイ王子様の魂の目でも分からなかった。
「いわば俺は命を授かっていない存在、アンの魔力そのもので動いているんだよ」
実体を持たず生まれていない以上、彼を見つけるのは難しいだろう。
「今のアンは自分に兄弟が居たなんて知らないんだ。勿論、俺の両親も。
でもいいんだ。母さんの腹にいた頃に俺を助けてくれたのは確かだから」
「そうして、彼女を傍で守ってあげていたんですね。
強い影響をそれ以上に受けないように」
見るからに彼の方が髪や瞳の色は彼女よりも色が濃く、私の瞳の色に近い。
髪や瞳が珍しい紫色なのも、蒼黒龍の影響があったからだろう。
アンも髪の色が変わったと言っていたし、内側で抑えていたのならば、
その分の身体的な変化はアンよりも強くあるわけで。
つまり彼も、ぎりぎりの所で命の綱渡りをしていたようだ。
「では本題に移りましょう。今後ディータさんとしてはどうされたいですか?
このまま私達と一緒に来て下さるなら、大変ありがたいのですが」
「驚いたな……この俺には人権も決定権も何もないと思うけれど、
俺を尊重してそんなことを聞いてくれるんだよね。
……そうだな、妹が行きたいのなら俺はついて行って守るだけだ。
君には俺も助けてもらったことになるし、君に協力するよ」
「ありがとうございますディータさん。そういって下さると嬉しいです。
あの、さしでがましいとは思いますが……アンには話さなくてもいいのですか?」
そう私が言ったとき、ディータさんは少し寂しげに笑っていた。
「うん、知らせないでいいよ。妹は知らなくていい事だ」
「……分かりました。ティアル、リファもこの事は黙っていてね?」
こうして密かにもう一人の男主人公、ディータさんの協力も取り付け、
私達は目的地へとひたすら進むことになりました。
でも私は二人を仲間に入れることに夢中で、この時気づかなかった。
私達の姿を嬉しそうに見守っていた神様……川元さんの存在があったことを……。




