87・告白
ペットは飼い主に似る。そんな言葉が私の脳裏をよぎります。
ただでさえティアル……生まれ変わる前の縁が続いているようだし、
本能で離れる事をよしとできなかったんだろうな。
これは私も予測していなかったから反省しないと。
「ティアル、良い子だから出てきなさい。君は完全に包囲されています」
「み、ティ、ティアル、ワルイコナノ、イナイイナイ、ナノ」
「ほら、出ていらっしゃい」
リュックをぽんぽんっと軽くたたくと、しばらくしてティアルは顔を出してきた。
隠れてから何をやっていたかと思えば、頭に緑の布をほっかむりし、
体には、お出かけ用の赤いケープを身に着けているという、
なんともちぐはぐな装いのティアルがいた。精一杯の装備のつもりなのかな。
あ、よく見るとビスケット型のリュックも身に着けていますね。
耳をへちょっと垂れたティアルは、私の肩ごしからこんな事を聞いてきました。
「みい~……ユリア、プンプン?」
「いいえ、怒っていませんよ」
「みい」
へちょっとなったティアルの耳が少し元気になり、ぴくぴくと動く。
「ティアル、どうして私がティアルを置いて行こうとしたか分かりますか?
私はティアルが嫌いだから置いて行ったわけじゃないんですよ?」
「みい」
ティアルは小さく頷いた。もう既にティアルは寝る時間帯なので、
眠いのだろう頭をこっくりこっくりと動かし、両目を前足で何度かこすりながら、
私に必死に自分の意志を伝えようとしています。
だから私も頭ごなしに叱る事だけはしませんでした。
ティアルがこんな事をする気持ちを、私は誰よりも理解できるから。
「みい、ティアル、ユリアトバイバイ、ヤ……ティアル、ユリアトイッショ」
「……ティアル」
ついて来てしまった以上は仕方ない、王都にはもう引き返せないし、
ティアルの故郷に送ってあげたいけれど、そんな余裕もないよね。
「みい……ゴメンナサイ、ナノ」
うん、きちんと反省して、謝る事ができたね。それだけでもよしとしようかな。
「……仕方ないから一緒に連れて行きますが、
お約束してください、勝手にはぐれてはだめですよ?」
怒られると思って、しょぼーんと頭を下げていたティアルは、
私の言葉にぱっと顔を上げると、目をキラキラと輝かせて、
ぎゅむーっと抱き着いてきた。ああ、私ってやっぱり甘いなあティアルに。
(だって、一人ぼっちになるの怖いものね……)
「みい! ティアル、ユリアスキ!」
「はいはい……あ、でもお仕置きはありますからね。
このままだと教育上よくありませんから」
「み゛っ!?」
「さーて、どんなお仕置きにしましょうかね?」
そんな訳で私は片手でラミスさんの角につかまりながら、
もう片方の手でティアルを「こちょこちょの刑」に処す事にました。はい。
みゃあみゃあ鳴いて笑っていたティアルは、その後に笑い疲れたのか、
こてっとリュックの中で眠ってしまったようです。
よし、ティアルはこのまま大人しく寝ていてもらおう。
「さてと、お騒がせいたしましたルディ王子様、
お話の途中だったのに、中断してしまって申し訳ありません」
「いや、私もティアルの存在に気付いてはいたが、話さなかったからな。
ところでユリア君はこの暗さで夜目が利くのかい?」
「え?」
「私の手の鱗がよく見えたなと思ったのだが」
言われてみれば確かに……この暗闇の中でなぜ私はこんなによく見えるのだろう?
ルディ王子様の手の甲の鱗といい、この上空から見える景色といい……。
そこで顔を上げて周りを見回すと、私は今までとは違う感覚に気付いた。
(なんだろう。今までよりすごく周りに何があるのかがわかる)
昼程ではないけれど、私の視界はあらゆる存在を視認できていた。
いくら月が出ていて、月明かりがあるとはいえ、
よく考えれば、さっきは雲に隠れて辺りは暗闇だった時もあったのに……。
流石にここまで見えるのはおかしいよね。
だから私は気付いた。これはアデル様が私に与えてくれた祝福の一つなのだと。
(アデル様の主力の属性は闇だ。だからかな……)
ちくりと痛む胸、今ここに居ないアデル様の存在を思い出す。
アデル様は、自然が私に味方をしてくれるように力を授けてくれたんだろう。
これが鏡の力で消されなかった事をありがたく思う。
おかげで私は、前に進む勇気をもらえた気がしたから。
(大丈夫、怖くない……この先できっとアデル様が待っているから)
王都から離れ、森を抜けて渓谷へさしかかった頃、
ルディ王子様は合図を送り、私達は地面へと降りる事になった。
見ると私もローディナ達も外気で体を冷やして、かたかたと震えている。
けれど障害物が一切ない空を飛んで移動できた事もあり、
予定よりも早く距離を縮められたようだ。
「ルディ王子様、どうされたんですか?」
「アデルバードの能力から見て、魔王の属性は闇属性だろう。
となれば闇が広がっている時間帯は力を増すと思うから、
もうこれ以上動くのは危険だ。それに体を冷やしすぎては今後に差し支える。
女性の体はデリケートだからね、無理はさせられないだろう」
ルディ王子は私達の様子を見て、ここで体を休めようと判断したらしい。
「で、ですね。手がかじかんでいては杖を振るのがきついですし。
こんな事なら、もっと防寒効果のある装備を開発しておけば良かったわ」
リーディナは両手に息を吹きかけた後、両手で腕をさすっている。
まあ、流石に龍に乗って移動するなんて想定していなかったですものね。
「す、すみません。ご迷惑をおかけして」
ローディナもリーディナと身を寄せて一緒に手をすり合わせていると、
すぐ傍で枯れ木を集め、火をつける準備を争う紅炎龍の皆様が。
「待てよ! 次は俺が良い所を見せるからな!」
「ずりいぞ! 今度は俺だ」
「んじゃ、火を点けるのはあみだで決めよう、恨みっこなしで」
「おう! んじゃ外れた奴らは周りに結界張りに行けよ!」
……なんて、こちらに丸聞こえなんですがね。
分かっているのでしょうか皆様……この先にラスボス戦が待っているのに。
なんというか……うん、通常通りの緊張感のなさが見え隠れしているような?
「リファは大丈夫ですか?」
「クウン」
小さくなったリファは私の肩にしがみ付いていたが、震える私の様子を見て、
地面に降り立つと元の大きさに戻り、私の体をすっぽり包み込み温めてくれた。
ああ、心配するのは私の方だったのに、温かくて助かります。ありがたや。
「「……」」
ふかふかの温かい毛に、幸せそうに顔を埋めている私を見て、
ローディナとリーディナが目をキラキラして近づき、
いそいそとリファに抱き着けば、リファはそれも静かに受け入れました。
温かいねと、ほわほわと幸せな顔をしている私達の姿を見て、
「……今なら、毛玉種族にあこがれていた団長の気持ちが分かるな」
「リファの一人、いや、一匹勝ちじゃねえかよ」
「俺達の見せ場が……」
……なんて、皆さんがリファを羨ましそうに見ているんですが。
あれ? ところでリイ王子様は?
先程から顔を見ないので、どこに行ったのかなと思えば、
なんという事でしょう、降りた地点で地面に転がっている姿を見つけた。
「わわ大変ですっ! リイ王子様があそこで倒れています!!」
そこには一人、行き倒れ状態になっているリイ王子様がっ!!
「弟は生身の人間に近く寒さにも弱いからな、ついでに言うと酔いやすい。
自分で馬を走らせるのは大丈夫なのだが……先程の私への威勢はどこへ行ったんだか」
「です……ね」
出立から僅か1、2時間程で、リイ王子様のお役目は終了したようです。
……って、はやっ!?
という訳で、先に休む事になったリイ王子様の横にティアルを寝かしつけ、
私達は地図を大きな岩の上に広げて、作戦会議……とは言っても、
情報も少ない未知なる敵を相手にする為、特に有効な作戦がある訳でもなく。
出だしから私達はつまづいておりました。
うん、そんな状態でよく付き合ってくれる気になったよね、皆。
「魔王が拠点を置きそうな所については、おおよそ見当はついている。
ユリア君も目星があるから行動に出たのだろう?」
「はい、アデル様の故郷……ですよね」
それはこの物語の始まりの場所、失われた蒼黒龍の住処。
いつかアデル様に連れて行って欲しいと思っていた彼の故郷だ。
でもそこは幸せな思い出とともに、悲しい思い出もある場所だから、
そこからもう一度やり直すつもりなのかもしれない。リオさんは……。
それはやはり、リオさんの自我がまだ残っているという何よりの証で。
「私達の目的はアデル様の救出と、覚醒前の魔王様を討伐か浄化。
ルディ王子様の呪いを解く為に、アデル様に盛大に殴っていただかないと……」
「い、いや別にそんな率先して殴られに行きたい訳じゃないからね?」
勿論、その時には私の正体も彼に話さなければいけないだろうが……」
「大丈夫です。アデル様もその、ちょっとは騙した事を怒ったりして、
殴ったり殴ったり、少し埋められたりもするかもしれませんけれど、
きっと、たぶん? おそらく許して下さるかもしれませんし?」
「はは……やっぱりすごく怒るだろうねえ。その言葉だと」
そうですねえ……これまでルディ王子様が人間だと思っていたからこそ、
人間への印象を改めて思い直すきっかけにもなりましたし、
アデル様は力の加減をして下さっていたと私は思いますから、
白龍の生き残りの子孫だと知ったらどうなるか、私にも予測できません。
「でも男性同士のわだかまりは、やはり拳で熱く語っていただく方が、
こう……しっくりするような気がします。後腐れなく」
そんな事を言うと、「アデルバードはユリア君に何を教え込んだんだ」
なんて口元をひくつかせてルディ王子様に言われてしまいましたけれど。
でも、ルディ王子様の捨身のカミングアウトは、
皆さんとの団結するきっかけにもなったと私は思う。
騎士団の皆さんも、まさかルディ王子様達が白龍の子孫だとは知らなかったそうで、
これからの見方も変わってくると思うし。
(相手が人間だから、いつ裏切られてもいいように……なんて思いながら、
あの場所で暮らしていくのは、とても辛い事だもの)
また跡継ぎで最後の白龍の力を受け継いだ王子様なだけに、
ローザンレイツの国王様も、これで下手に連れ戻す事はできなくなった。
この旅はルディ王子様を助ける意味も加わったのだから。
「ルディ王子様、この鱗……本当に私のような者が使ってもよろしいんですか?」
「言っただろう? 侘びだと。君はただでさえ魔法の類が使えない、
あらゆる状況を想定して、手段を用意しておくべきだろう」
「そう……ですね。ありがとうございます。では大切に使いますね」
私はとっさにポケットに入れていたルディ王子様の鱗を巾着に仕舞い込み、
ふと、そこでユリアが鏡の守り手である事も皆に話すべきではないかと思った。
(皆がこうして命を預けて、色々な覚悟を見せてくれているのに、
私だけ何も話さないのはフェアじゃない気がする)
だから皆が飲み物を用意してくれるのを横目で見守りながら、
私はルディ王子様に近づき、そっと耳打ちした。
「あのルディ王子様……私が神鏡使いである事と出自について、
皆さんにお話ししたいのですが、よろしいですか?」
例え中身が別人で別の世界から来た。その事情は話せなくても、
せめて関わってきた皆には、ユリアの事だけは話しておきたい。
これまで話さなかったせいで、皆をいろいろなトラブルに巻き込んでしまった。
ルディ王子様が言うとおり、今後の為に情報はできるだけ共有していた方が良いと思うから。
サポートヒロインとして私は話す事を選択したい。
この先、何が待ち受けているか分からない、それだけに。
「……ああ、ここまできて君の存在も隠せないだろうから、君の判断に任せよう。
もう既に君は王都でも沢山の民の目に触れ、公のものとして認識されている。
もはや存在を隠ぺいする事は、例え父上でさえも叶わないだろうからな。
だがユリア君、肝心の鏡は使いこなせるようには?」
「いえ……それがまだ」
ぎゅっと下唇を噛みながら、私は左右に首を振る。
そう……それだ。もしも私が使いこなせている状態ならば、
私の正式なジョブは「メイド」ではなく、「巫女」のクラスになる筈。
それがリイ王子様のような、聖職者だろう。
それも神鏡使いという、きっと世界で私しかいないと思うレアなものだ。
だから私の持つ神鏡は、使いようによっては切り札になる。
けれど、リイ王子様が以前言っていた発動させるための「鍵」について、
私は何も情報をつかめていない。
(もう一人のあの子でさえも、神器は使いこなせていなかったもの)
もしもできていたのならば、あんな悲しい最後は回避できたと思うし。
覚醒するのは魔王が先か、それとも神鏡を持つ私が先かにより、
この戦況は大きく変動するかもしれないと、ルディ王子様は話す。
「これまで何度か自分の意志で出せないかと、試してみた事はあるのですが、
成功したのはリファの故郷に行った時のみで、後は全然。
猫の姿の時も反応なかったですし」
先日の「自称・なんちゃって魔王様」なリオさんの件は該当しませんし。
ただ分かるのは、神鏡は私が危険に晒された時に多く発動するようだ。
それも、もう一人のユリアの場合ではなく、「私」が危険になった時だけ。
「猫……一体君はどういう状況でやっていたんだい?」
「い、いえその……なりゆきで?」
今の所、情報として分かっているのは脳裏に響くオルゴールの音色、
そして神器を扱うのに必要な――「鍵」の存在。
『――「剣」は瞳、「玉」は血、ならば君自身が、その鍵を持っているのかも知れない』
そう、リイ王子様は言っていたけれど。
「まったくもって手がかりも分からなくて……」
ただ分かるのは私と何らかの関わりがあるという事だけだ。
そう、ユリアではなく「結理亜」としての方に。
他の鍵の情報から想像するに、体の一部……のような気がするけれど。
な、なんか怖い生贄システムのような気がして、私は考えるのを中断した。
ほら、巫女っていう時点でそういう話がよくあるからね。
だから止めよう。これ以上考えたら気分が落ち込むわ。
(絶対条件はユリアの生存なんだから)
「そうか……ならば余り期待は出来ないか、奇跡に頼る事は難しい、
だが、この先に広がる瘴気は祓えるのだろう?」
「はい、おそらく」
きっとこの先、魔王討伐を試みる冒険者さんや自称・勇者様が居るだろう。
だから、私は彼らにできるだけ魔物を引き付けてもらっておいて、
その裏をかいて、別方向から魔王と接触してはどうかと話してみた。
というのも……私、夢の中でアデル様の魔王化を見ているから、
少しだけ魔王側の内情について分かる気がするんだ。本当に少しだけだけれども。
「もちろんこの作戦は、その状況になっていた場合となりますが」
ルディ王子様は暫し思案して……静かに頷いた。
戦力が心もとない事もあり、そうせざるをえない状況だからだろう。
「分かった。まずはその予定で行こう、では明日の朝に役割分担を決めようか」
「はい」
「ユリア~お茶入ったわよ」
すると、ちょうど声をかけてくるリーディナの声がして振り返れば、
準備が落ち着いて、炎を囲み談笑をする皆さんの姿があった。
私は意を決して皆の居る所へ歩み寄る。
「あの……ですね。実は皆さんに折り入ってお話ししたい事がありまして」
「うん? なによ改まって、どうかしたの?」
私はその後、話せるだけユリアに関することを皆に話した。
時折かいつまんでではあるが、私が神鏡を守る一族の娘だったこと、
王家の繁栄の為に、婚約者候補としてルディ王子様に呼び寄せられた際、
怪我をして記憶のない私を、アデル様が保護してくれたこと。
素性がなかなか分からなかったのは、秘匿された存在だったからこそ、
これまで戸籍が隠され、皆に話すことが出来なかった事等を話した。
「皆さんには色々ご心配、ご迷惑をおかけしました。ごめんなさい」
だからきちんと謝りたかった。素性が分かっても黙り続けていた事を。
「ユ、ユリアが神鏡を守っていた守り人って、つまり巫女? 本当に?」
誰よりも驚いていたのはラミスさんだった。
だけど、何か合点がいくと思うものがあったのか、
だからか……と呟いて納得しています。本当は違う部分もあるんですけれどね。
皆さんに話せるのはこれが限界だと思いますから。
「良かった……それじゃあユリアは望めばご家族に会えるのね?」
ローディナは涙ぐんで私の実家が見つかったことを喜んでくれた。
私はこくりと頷く、ただしそれは「私の本当の家族」ではないけれども。
そしてユリアの家族は、縁が浅いから身寄りがないに近い状態だ。
「そっか……じゃあユリアの属性は、前に見た鏡の影響だったのね」
リーディナは私が何かの犠牲者ではない事を知って、安堵したようだった。
リファは私の話している事の大半は理解できないだろうけれども、
静かに私の顔に頬ずりをしてくれて、他の騎士の皆さんもほっとした顔をしたり、
驚いた顔をしたりとさまざまだった。
でも誰も黙っていた私を責めたりはしない。皆優しいままだった。
いや、それどころか……。
「ユ、ユリアちゃんが巫女、巫女さん萌え」
「似合いそう、というか絶対に似合うな」
「メイドさん姿も良いけれど、巫女の衣裳も見たいな」
「見たい、衣裳着ている所を是非とも拝みたいっ!」
「ユリアちゃんが神殿とかにいるなら、俺は毎日通って見せる!!」
「え……あの……?」
なぜか、盛り上がり始めるお兄様達がいらっしゃいますが。
「ユリアは放っておくと、地味な格好をしようとするのはこのせいだったのね。
年頃の女の子なのに、着飾る楽しみを今まで知らなかっただなんて、
なんて、なんて可哀相なのっ!」
くわっと顔を上げたローディナの方は、両手に握りこぶしを作って一大決心。
「これは私がもっとユリアに女の子の楽しみを教えてあげないと!!
そうだわ、いっそのこと巫女の衣裳も私が可愛くカスタムし直して……」
「いえ、それは目立つ事を避ける為にですね。あの、聞いていますか?」
えーと何だかおかしな方向に進んで、騎士団の皆様はなぜか異様に興奮し始め、
ローディナに至っては変なスイッチが入ってしまった様子。
片割れの妹をちらっと見ようものなら、彼女は諦めなさいと顔を左右に振っていた。
「ユリアが……殿下の婚約者候補だったなんて」
彼女は、私が王子様達の婚約者候補だったという方が衝撃だったようです。
「こんな事もあろうかと、ご用意してありますっ!!」
「うわああっ!? リイ王子様寝ていたんじゃないんですか!?」
急にがばっと飛び起きたリイ王子様にも、なぜか変なスイッチが入ったようで、
リュックから綺麗に折りたたまれた服と金色の装飾品等をばばっと取り出し、
目の前で膝をついて恭しく私に差し出してくるんですが……え? これどうしたの?
「兄上が貴方を王都へ呼び寄せた際、迎えの馬車の中に残っていたそうです」
ああ……そういえばユリアは、婚約者候補として王都に呼ばれていたんだっけ。
その際に用意した物の中にあったという事なんだろう。
「貴方様の余分なお荷物は私が全て請け負い、お持ちしますので」
と、無駄にキラキラした瞳で言われてしまいました。
ああ、これ……また下僕発作がきて敬語になっていますよね。
「えっと……」
衣裳まで用意された事により、異様な期待の眼差しを向けられるんですが、
私は黙って受け取った後に、くるっと方向転換をし、
いそいそと寝床を用意する事にしました。
「さて、それでは明日の為にお先に失礼して……おやすみなさい」
「そんなっ!?」
「俺達の楽しみがっ!!」
「ユリアちゃーんっ!!」
「明日着ますから!」
小さな子が寝ているんですから静かにしてください。
なんて思っているとティアルはお腹を見せながら、すぴすぴと眠ったままだった。
リファはそんなティアルの首根っこを咥えて私の腕の中に運ぶと、
一緒にくるんと体を包んで温めてくれました。
空しき遠吠えに似た何かがさっきから聞こえてきますが、知りません。
※ ※ ※ ※
早朝、私は自分のリュックの中身を整理する為に出していると、
ふと見覚えのない物を見つけて、不思議に思い取り出してみる。
するとそれは入れた覚えのない、あの蒼黒龍のぬいぐるみが出てきたのだった。
別名、ぬいぐるみ版アデル様。
「な、なんでこれが……」
犯人……いや、犯猫はあの子しかいない。
私は背後で、今もすぴすぴ幸せそうに寝息を立てる子猫を振り返った。
「よりによってアデル様のぬいぐるみ……どうりで、かさ張ると思った」
きっと添い寝用に持ってきたのだろう。 ぬいぐるみ大好きなこの子だもの、
念の為にティアルのビスケット型のリュックも中身を確認したら、
どんぐりに干しりんご、哺乳瓶に入ったひなり獣のミルクと、
そしてなぜか、小さな「ぴこりんハンマー」らしきもの、
お屋敷で使っていた銀のフォークが入っていた。
「なぜフォークまで……もしかして武器のつもりなのかな」
とりあえず妙な物がこれ以上入っていないようで安心しましたよ。
「あらユリア……寂しいからぬいぐるみ持って来ちゃったの?」
「邪魔になるわよ。流石にそんなの持ってきたら」
起きてきた二人に言われて、はっと腕にあるものを見下ろせば、
大事に抱っこしている蒼黒龍のぬいぐるみに気付く。
これを見て、私がアデル様恋しさに持ってきたと判断されたようだ。
ちょっと待って、私じゃなくてティアルって発想はまずないの!?
「ちっ、違いますよ。これはティアルがですね」
「はいはい、そういう事にしておきましょうね」
と、リーディナが言えば、
「アデル様に早く会えるといいわね」
ローディナも、うんうんと頷いて悟った顔をされてしまうんですが。
「ちがいますったら~!」
そう言いつつも、ぬいぐるみの頭を撫でている私の姿がありました。




