86・紅炎龍と白龍
王都の近くの上空に、龍体の姿を晒す事がなかった紅炎龍の皆さんが居た。
そう、彼らの正体を知る私ですら、この龍体を拝むことなんてなかったんですよね。
まさか、こうして王都の傍で本来の姿を見るなんて思わなかったから、
私もローディナ達と一緒に口をあけて驚いてしまった。
え? どういうこと? 私聞いてないんですが?
「何あれっ!? 何でこんなに龍が集まっているの~っ!!」
「まあ、すごいわ……こんな王都の近くまで龍が来るなんて」
ああ、うん……そうだね。普通ならそう思うよね。
ただ彼らは野生じゃなくて、元々は都会育ちの龍なんですよ。
しかも、これまで二人がよくお話していた人達だったりします。
――な~んて内心では思っていたけれども。
(これはトップシークレットでしょうからね)
流石に安全とプライバシーに関わるので、勝手に皆さんの正体は……。
「――ついでなので、ラミルス達も同行してもらう事にしたよ」
「ああああっ!? ルディ王子様あああっ!?」
私がせっかく正体をごまかそうと必死に考えていたのに、
なぜ勝手に、正体を教えてしまうんですかあああっ!!
そんな私の叫びに、ルディ王子様は口角を上げて私に言ってのける。
「ん? ああ、この際だからね。この先の事を考えれば、
巻き込んでしまった彼女達には、事前に話しておいた方が何かと良いだろう?
どうせこの先に進めば、嫌でも遅かれ早かれバレるだろうし」
「え? あれってもしかしてラミス様達なんですか? という事は騎士団の……」
「ああ、彼らはこれまで、人間と共存して生きてきた紅炎龍の龍人だ。
そして私とリイは、白龍と人間を始祖に持つ者だが」
「「えええええええっ!?」」
あ……上空からも何か叫んでいる方達が居るなあ。
ちらりと弟のリイ王子様の方を見れば、まさかのカミングアウトを受け、
両手を顔に覆い、ぷるぷると震えているし。
「やっぱり、オフレコがご希望でしたか」
声の主からして、ラミスさんもあの中に含まれているようだ。合掌。
……あれ? でも待って? なんでラミスさんがここに居るのだろう?
てっきりアデル様と一緒に、討伐隊として出立したとばかり思っていたのに。
「ラミルス達の部隊は後続の諜報役でね。今回は残っていたんだよ。
ついでだから、案内も兼ねて現地まで一緒に来てもらおうと思ったんだ。
さあ、早くここから離れよう。今の騒ぎで人が来るかもしれん」
いや、もう流石にこんなに騒いでいたら目立つと思う。
なんて言いたかったけれど、そんな気力は今の私にはなかった。
私が必死に秘密を守っていた苦労は一体どこへ?
いろいろと突っ込みどころは尽きない私ですが、
ルディ王子様達が、私を連れ戻しに来た訳じゃないと判断し、
私達は場所を移動して、紅炎龍の皆様の背に乗せてもらう事になりました。
「今回は強行軍で、レディ達には酷な移動だが我慢を頼むよ」
正体がバレた事で、自棄になりそうな方もいらっしゃいましたが、
ローディナ達の持ち前のヒロインスキル……とでもいうのでしょうか?
最初は恐々と背中に乗っていたけれども、やがて興味津々とばかりに、
自分を乗せてくれる龍のお兄さんの鱗を撫でる姿がありました。
順応がはやっ!? でも流石はローディナ達だわ。
「わあ……これが本物の紅炎龍の鱗……夢じゃないのねリーディナ」
「そうね。夢じゃないみたい。まさか龍に乗せてもらうなんてね」
ローディナとリーディナは、アデル様がカミングアウトした後だからか、
それ以後は取り乱すことなく、二人で嬉々として空の移動を楽しんでいる様子。
「うおおおっ! ローディナちゃん達を背中に乗せる事が出来るなんてっ!」
「うわっ、お前ずりいっ! ローディナちゃん達に撫でてもらいやがって!」
「つ、次は俺達だからな、順番だぞっ!?」
「俺だって撫でてもらいたいんだからなっ!! ちくしょう!!」
「おーい、お前ら落ち着け~興奮しすぎて体力を消耗するなよ?
これから大事な戦いが待っているんだからな」
一方はローディナとリーディナ、そしてリイ王子様が同乗し、
もう一方は私と小さくなったリファとルディ王子様が同乗した。
上空で魔物に襲われた時の為に、戦力は分けておいた方がいいとの判断だった。
私はそれに大人しく従います。ここはプロの判断に任せるのが筋でしょうとも。
「ユリア、落ちないように俺にしっかりつかまっていろよ」
「はい! それにしても私、初めてラミスさんの龍体を見ました」
私はリファを腕に抱えて、ラミスさんの背中の上に乗っている。
瞳の色は黄色で、背中は緋色と、赤の中間位の色合いをした鱗の龍体。
紅炎龍っていう位だから、触れたら火傷とかするのかなと思っていたけれども、
燃えているのは尻尾の先ぐらいなもので、他は触れても大丈夫そうだ。
アデル様以外の龍体を拝むのはこれまでなかったから、物珍しさがある。
「はは、俺も女の子の前でこの姿を見せるのは久しぶりかな。
ガキの頃は心身のバランス維持が難しくて、
しょっちゅうドジをして見られていたけどさ」
「ラミスさんでも、そんな頃があったんですね」
「ああ、それにしてもユリアはやっぱり俺を見ても怖がらないんだな。
……初めて乗せる人間は花嫁になる子をって決めていたんだけど、
まあ、好きな子を乗せられたんだから、半分は願いが叶ったからいいか」
「はい? すみません風が強くて」
「いやいや? なんでもないからっ! うん!」
「ラミルス、私にはしっかり聞こえたぞ?
ついでに言うと私も一緒に乗っているんだがね」
「殿下は黙っていて下さいよっ!! ああっ、もうっ!!」
「うわああっ!? ラミスさん、もう少しゆっくり!!」
急に飛ぶ勢いが早くなったので、振り落とされないように彼の角にしがみつき、
ルディ王子様は、そんな私を背後から支えるようにつかまっていた。
隣を飛ぶローディナ達を気遣いながら、私は今後の事を考える。
さて、なんとか無事に出立できたようだけれど、これからどうするか。
「あ、ところでルディ王子様はよろしかったんですか?
ご自分の正体をばらすような事を話してしま……」
ふと、背後にいるルディ王子様を振り返ろうとした私は絶句する。
私の横から腕を伸ばしている、ルディ王子様の腕を見たんですが、
な、ななななんかルディ王子様の腕、黒ずんできていませんか?
ついでに言うと、その腕に何か透明で無数の鎖が付いているんですけれど!?
「ん? ああ……そうか君にはこれが見えるのか。
これは白龍の掟をさっき私が破った、誓約の咎を受けているからだよ」
ぜ、全然大丈夫じゃなかった。むしろ何かやってしまった感が……。
「私は追いつめられると頑張るタイプなんだ」
ええと、それってリイ王子様と同じマゾ……い、いえなんでもないです。
「これは白龍の掟を破った者に架した呪いなんだ。
龍人が正体を打ち明ける事は、いわば心中にも等しい行為だからね。
特に私達の一族は龍族でも力の弱い種族だけに、何かと制約が多い。
というわけで、このままいけば私は……一週間後位に死ぬ運命だ」
「……はっ!?」
し、死ぬ!? ルディ王子様がですか?
正体を明かす事が自分からできないのは、色々予想はしていたけれども、
まさか、まさかそんな重い制約があったなんて知らないよっ!?
「これは同胞である一族が、始祖の誓いを守る為に施されたもの、
決して裏切らず、白龍の長となった者に従うようにとされた……。
ああ、リイは幸いにも白龍よりも人間の血の方が濃いようだから、
私と共倒れになってしまうことはないだろうとは思っていたが」
「いやいや! そんな大事な事をしれっと言わないで下さいっ!
だったら、なんでバラすような真似をしたんですか!」
つまりこれは、ルディ王子様が黙っていれば発動しない事だったって訳でしょう?
「――いや……そうは言っていられない。この少ない戦力差で挑むんだ。
これ位の覚悟はなくてはな。今後の為に情報は共有していた方がいいだろう。
幸いにも、ローディナ君達は龍に対して多少の専門知識はあるからね。
それに……このまま行けば真っ先に狙われるのは我々龍人だろう」
「どういう事ですか? それを言うなら憎んでいる人間の方では」
「あのリオと名乗った魔王にとって、龍族は全て贄の対象だ。
つまりは力の源そのものと言っていい。彼自身もそうだったからな」
「あ……」
確かに言われてみれば、アデル様を魔力の源にしようとした点からして、
それ以外の龍族も今後狙われないとは言い切れない。
「幸いにも奴の本格的な覚醒はまだのようだからこそ、今は免れているが、
他の龍族の長の一族である蒼黒龍が死に絶え、もしも魔王のみとなれば、
私達が今後どうなるかは察しが付くだろう?」
少し考え、私はある事に気付かされた。
「……蒼黒龍の長にしか使えない力を使って、
残りの全ての龍族を、無理やり従わせる事が出来る?」
しかも龍族最高位の長、本気になれば下位となる龍族は抗えない。
そして最悪、ローザンレイツの国王にまでその力が及んだら、
国が内部分裂どころじゃすまなくなるのでは。
「ご名答。つまり、他の龍を服従させる力だ。
その力で私達が自ら進んで贄となるように仕向けるだろう。
遅かれ早かれ私ともども龍族は命を奪われるんだよ。人間よりも先にね。
だが、もしもまだアデルバードが生きているならば勝算はある」
「アデル様は……私達の味方になってくれるからですね」
彼は生き残りになってからもずっと、それだけは他の龍にはしてこなかった。
他の者の意志を捻じ曲げて、強制する事は。
「アデル様は……優しい方ですから」
「ああ、そして私の呪いは白龍の定めたもの。
それを上書きして消せるのは、力の衰えていない彼だけだろう。
彼は上級の純血種の龍だからな」
そんな事を考えていた上での行動だったんだ。
アデル様が生きていると信じているからこそ、出来た事なのだろう。
「まあ自虐行為である事は認めるよ。だが、私は君達に賭けたくなったんだ」
「ルディ王子様……」
「ユリア君、君に感謝を……君は私の願い以上の答えを私に示してくれたよ。
龍族と人間の娘が本当に想い合えるのか、私はずっと知りたいと思っていたが、
君はこうして危険を承知の上で、アデルバードを助けに行く事を真っ先に選んだ。
彼は幸せ者だ。私にも……いつか君達のように大切に思える誰かと巡り会えるだろうか」
私は静かに一度頷いた。ルディ王子様が誠意を向けて接すれば、
きっといつか心を通じ合える人と巡り合える気がする。
恋愛に無頓着だった私がそうだったように……少し時間はかかるとは思うけれど。
飛ぶ速度が緩んできた頃、振り返れば王都は遥か彼方にあるのが見える。
遠ざかっていく人々の生活の明かり、あの中のどれかに私達の帰る場所があるんだ。
……絶対に戻ってこよう。皆で一緒に。
(誰一人……欠ける事無く)
「……ユリア君、これまでの侘びとしてどうかこれを受け取って欲しい。
わずかだが白龍の力があるはずだ。何かに使えるかもしれない」
「え? これって……」
ルディ王子様に握らされたのは、白銀色に輝く一枚の鱗だった。
はっと息をのみ、私はルディ王子様の黒くなっている手を見つめた。
そう言えば先ほどから手袋をしていないし、よく見たら手についていた鱗が……。
「にっ、二枚になって……」
貴重な、それはもう貴重すぎる白龍の鱗が……二枚に減っているではないか。
「みにゃああああっ! ルディ、イタイイタイナノ!!」
「……え゛っ?」
そこへ、何とも可愛い声が割り込んでくるので私の動きは止まった。
それも、あれ? なぜだろう「ここでは聞く事が出来ない」筈の声で、
ついさっき私が感動的なお別れをした筈の声が、なぜか背後から……。
「ティアルっ!? なっ、ななんでここに居るんですかっ!?」
「み?」
君はお屋敷に置いてきたはずだよっ!?
ティアルは私が背負っていたリュックの口からぴょっこりと上半身を出していた。
私と目が合うと、「あっ、みつかっちゃった」という気まずい顔をして、
両前足でお口をふさいで、いそいそとリュックの中に潜り込み……。
「み、ティ、ティアル。イナイ、イナイナノ!」
怒られると思ったのか、隠れてしまいました……って、もう遅いから!!
「い、いつの間に潜り込んだの……この子は」
私が右の肩にしがみ付いているリファを、じとっと見れば、
リファはぷいっと顔を背けました。
「リ~ファ~?」
「クウン~……キュイ?」
頭をこてっと横にかしげ、目をぱちぱちしているリファ。
いつもよりも、3割増し大サービスで愛嬌を振りまいております。
「可愛いお顔してもダメだから!」
もしかしなくても知っていましたね? この子が付いて来た事。
「あれえ? 気付かなかったのユリア~」
どうやらリーディナがこちらのやり取りを見守っていたらしく、
ティアルの突然の登場に、さほど驚きを見せていない彼女が。
「さっきから顔だけのぞかせて、前足でシ~ってやっていたから、
私はてっきり敵に狙われないように隠しているんだと……」
ローディナまでそんな事を言い出し、リイ王子様は「リファ様が……」と言い、
ルディ王子様は……途中参加だっただけに事情を分からず黙っていたようです。
他の龍族の皆さんは嗅覚で分かるとなれば。
「知らなかったの私だけですか」
ちょっ、そんな大事な事を黙っていたらダメですよ!
まったくもう……このティアルの無謀すぎる行動力、一体誰に似たんですかね。
――……って私か!!




