70・収穫祭3
そんなわけで、ご主人様の許可も無事に頂き、私も参加することになりました。
正直、私を見破ったアデル様が二人に不審がられて、彼の正体がバレるんじゃないかと、
内心ヒヤヒヤしておりましたが、ローディナ達は目を輝かせて、
「「愛の力ね~」」
……となぜか笑顔で納得していました。其処! 納得しないで!!
ですが否定しようにも、他に良い案が思い浮かばない。
がっくりと私はうな垂れました。もう、そういう事にしておきます。
アデル様が疑われるよりは良いですよね? で、残る問題はというと――。
「……恋人同士なのに、傍にいるのに一切触ってはいけないのか?
という事は、これは俺の愛情を確かめられているということだな?
分かった。君がそれを望むと言うのなら、俺はこの試練に耐えてみせる」
「え……ええと、アデル様?」
「女神の祭典が婚姻前に行う通過儀礼なのだとしたら、
このパレードでは、娘が強い伴侶を求める場という事だ。
俺は君を奪われぬように、他の雄達から君を守り、戦えというのだな?
つまり、嫁争奪戦だ。強い雄が雌を得るというなら俺も負けん」
アデル様、前向きに考えて下さったのは大変ありがたいのですが、
なんか……かなり間違った方向性に解釈しているようだ。
(アデル様は静かな所が好きだからなあ、知らなかったのも無理はないかな)
人間のお祭りの趣旨……今までよく分かっていなかったのだろう。
女神の祭典は、そんなバトルロワイヤルみたいなものじゃない筈ですが?
お仕事もあるから、楽しむという機会もなかったせいかな。
「クウン! ガウガウ!」
アデル様の言葉に反応したのは、小さくなっているリファだった。
アタシも戦うわ! と言わんばかりに、前足からしゃきーんと爪を出したりして、
その前足を何度も振っているんですよね。
どうやら、保護者であるアデル様とリファが、
結託して私を守って下さるそうで……。
ユリアを人間の嫁になんてさせないという、強い意思表示が瞳から伝わってきます。
まずい、完全に勘違いしていないか? これ?
自然界の嫁取り合戦って、そんなに壮絶なのかな……OH、ワイルド。
(ああ、そう言えば男主人公の場合のユリアルートって、
確かラスボスがアデル様……なんだよね。確か)
ふと、其処で思い出したのはゲーム「蒼穹のインフィニティ」での話。
バッドエンドになる話でなくて、ユリアルートの場合、
例え本ルートでもラスボスになるという彼。
まあ、流石に魔王様にまでは変化はしないのですが、
後見人であるアデル様に、ユリアとの交際の許可を貰う為、挨拶に行くと、
『俺より弱い奴に、ユリアは渡さん』
……とか言われて、なぜかその場で剣を構えたアデル様と主人公が戦闘になり、
最終的には、好感度が高いとユリアが間に入ってくれるんです。
男主人公を庇って、喧嘩を仲裁、渋々アデル様が認めてくれて、
無事にハッピーエンドって展開になるらしい。
女主人公の場合は、そんな事すら無く親友エンドで終わりなんですけどね。
あれ、ちょうど台詞入っていたから分かった内容だけれど、
ユリアが介入しないと死闘になっている気がするわ。
なんかそれっぽい台詞がユリアにあるんですよね。
それを考えると、アデル様の行動はその時と似たような状況だろう。
ここは何としてもお止めしなくては!
「あ、あのですねアデル様? リファ?」
「それに、そんなに俺との婚姻を前向きに考えてくれていたとは知らなかった。
変装してでも、俺との未来を真剣に考えての行動なら俺も協力する。
これは、何としてでもやり遂げなければな、俺は期待に応えよう」
「はい?」
確かに……この祭典は、良き縁談を願ってのものではありますが、
少々別の方向に行っている気がするのは、私の気のせいでしょうか?
というか、今、婚姻を前向きにって言いましたよね?
「ねえ、ちょっとユ……じゃなかった。レーディナ?
アデルバード様って、女神の祭典の意味を分かっていらっしゃるのかしら?」
「いいえ、リーディナ姉さん。多分、全くもって理解していないと思います。
アデル様は……その、世俗にものすご~く疎い所がありますので、
きっとお祭りの趣旨を、嫁争奪戦なものに考えてしまったのかと」
「フッ……戦いとなれば手加減はなしで良いな」
「クウン! ガウガウ!!」
「あああ、アデル様、それとリファ! お願いだから戻ってきて下さ~いっ!!」
そんな中、またものん気に眠りこけている我らがにゃんこ、ティアル。
すぴすぴと寝息を立てながら、実に幸せそうに眠っていた。
本当にティアルは危険回避がとても上手いと思うの!
「みい~……」
「ああ、ティアル、出来るなら私も気絶して眠ってしまいたいよ」
すーはー、すーはーと、私が手渡したハンカチの匂いを嗅ぎながら、
大衆の人間の匂いに、必死に耐えようとしているアデル様の姿があります。
ハンカチを三角に折りたたみ、後頭部で結んでいるそのお姿は、
どう見てもこれから大掃除をする人か、強盗する人とかにしか見えません。
護衛どころか、不審者100パーセントなのですが?
(よ、よっぽど苦手なんだろうな……)
いくら5年という歳月を、この国で暮らしたといっても、
流石に鼻の良い龍のお兄さんには、この人数の多さは慣れないようです。
さっきは、リファのふわふわなお腹に顔を埋めていたので、
リファから抗議の肉球パンチをぺしぺしと貰っていましたよ。
「あ、あの。女神の祭典は嫁取り合戦じゃありませんので大丈夫ですよ。
それに、アデル様は人酔いするのですから、無理をなさらないで下さい。
だからここを離れても大丈夫ですよ? 元々、王城での警備だったんですよね?」
そう、アデル様が無理にこのパレードに付き合う必要などないだろう。
もうこの晴れ姿を見て頂きましたし、アデル様も喜んで下さいました。
ほんのひと時でも一緒に過ごせたなら、十分だと私は思います。
(それに、私が後でお城に行くから、またご一緒できるわけですし)
なんて事を思いながら、ほんのり頬が火照る私がいます。
今、これを言うと、早く二人きりになりたいと言っているように思われますよね。
いえ、そうなんですけれども。
「何を言う。その他大勢の雄達の前に、
仮の姿とはいえ、君が晒されることになるんだ。
俺の恋人に目を付ける輩が居た場合、決闘する必要があるだろう?」
「でっ、ですから好戦的なのは良くないですし、決闘は全く必要ありません!!
アデル様、い、今は私はレーディナになっているのですから、
目を付けられたとしても、時間制限で居なくなりますから大丈夫ですよ?」
一応、ローディナ達がお友達兼、応援団である騎士団のみなさんに、
私の事をそれとな~く話してくれて、一緒の護衛を頼んでくれましたし、
暴動とかない限りは、危険な事は避けられる気はします。
ええ、「余計な事をしなければ」になりますが。
アデル様が心配せずとも、途中で折を見て退場して、
彼の勤務している騎士団本部に行く予定なので、
本当に暫しのお別れだと思うのですが?
「……駄目だ。どんな姿であろうと、君は俺の最愛だ。
何者からも守るのが俺の使命であり、伴侶として当然の義務だ。
人の多い所なら尚更、俺が傍に居る方がいいだろう?
ユリアは俺の思いに応えてくれた。俺も出来る限りの事で応える」
「アデル様……」
あれ? 今、さりげな~く「伴侶」宣言までされています?
確か、結婚を前提にした恋人だった筈……え? やっぱり確定しているの?
先ほどの婚姻を前向きにとか言う話は、アデル様の中では決定事項のようだ。
そうか、参加するということは、この私がお嫁さんになることが前提なのか。
(そんな大事なこと、本人の不在中に勝手に決められないよ)
私は思わず方向転換して逃げようとしたら、またも双子にがしりと腕をつかまれる。
「「照れなくてもいいのよ?」」
「って、ちがーう!」
逃げ足の速さでしたら負けないのに!
ええ、ここぞとばかりに、したたた~っと、走り抜けて逃げる気でしたよ?
(後で……きちんと訂正しておかないと)
明日には花嫁になっている気がするので、絶対に話しておこう、そうしよう。
「俺は人間の信仰は理解できないし、好みもよく分からないが、
君がそれを望むのであれば、出来る限りは叶えてやりたいと思う。
確かに人目に晒すのは、今も心配ではあるが……。
参加する事で君が祝福され、守られるのなら、俺はそれを叶えよう」
そう言って、私の頭をなでるアデル様の姿がありました。
……って、もう既に触っていますよ? アデル様。駄目って言ったのになあ。
まあ、そんなアデル様に抗議が言えない。
だってアデル様、こんなに笑えるようになりましたからね。
ついつい許してしまうんですよね。
(祝福か……アデル様の方が祝福を貰う資格があるんじゃないかな?
アデル様の存在が、この世界と密接した関係ならば、
彼はこの世界に、恩恵を与えている存在でもあるという事だから)
アデル様に内在する力は、使い方次第で善にも悪にもなるものだと思う。
「この国での信仰は……私にもまだ良く分からないのですが、
神秘的な存在があってもいいなと思います。
アデル様が私の幸せを祈ってくれるのでしたら、
私はアデル様の幸せを願って参加してみますね?」
私が目指すのは、彼の幸せですから。
※ ※ ※ ※
その後アデル様は、本部に居た部下達にメサージスバードで連絡を取り、
少しの間、パレード担当の警備をする騎馬隊に混ざり、同行してくれることになった。
人の多い所での仕事を極力嫌い、行動しているアデル様だけに、
当然ながら、騎士団の皆様方には大きな衝撃を与えたらしい。
「おいおい、お前ら聞いたか?
アデルバード様がパレードの警備を急遽、希望したらしいぞ?」
「嘘だろおい……それも願ったのは競争率が激しいっていう、
パレードの先頭警備だぞ? 俺らが狙っていた所じゃねえか」
「ロ、ローディナちゃんが居る所だろ? 一体どうなっているんだ」
「あ、も、もしかしてユリアちゃんに頼まれたのかもな。
ローディナちゃん達は元々ユリアちゃんの友達だったし。
でなかったら、あの堅物の団長が人の多い所なんて、やりたがらないだろ」
「ああそうだ。今回ユリアちゃんは参加できないんだよな~残念だ。
参加していたら、そっちの警備を真っ先に志願していただろ、団長なら」
「お、怒らせないようにしような? 俺達。
ユリアちゃんが絡んでいるのなら、余計な事をすれば命が危ないぞ?」
「団長は恋人も居るのに、ローディナちゃん達とも仲が良くて羨ましいっ!
この機会に、もっと仲良くなれたらな~と思っていたのになあ」
なんて声が、ちらほらと聞こえました。
ローディナとリーディナの応援団の皆様は、
この名誉ある護衛をする為に、今日まで壮絶な闘いを繰り広げたと聞いております。
途中でラミスさんのお父様、紅蓮騎士団長の一喝で収束したそうですが……。
そんな競争率の高い担当を、アデル様本人の一言で有無を言わせずに勝ち取りました。
この国最強だと言われるアデル様が言ったら、誰も言い返せませんよね。
最前列の一番いい役柄に納まりました。いわゆる、警備役の花形ポジションです。
目の保養には良いかもしれませんが、職権乱用じゃないのかな? これ。
「安心してくれ。こうなった以上は俺の命に代えても、君は俺が守ってやるから」
「いえ!? 命に代えられたら困ります!」
「……そうだな。俺が死んだら君を腕に抱けなくなる」
「え? あ、ああの?! きゅ、急に何を……」
「耳や尻尾にも、肉球にだって触れられなくなるな。
高い高いをしてやれないのは、俺も辛い」
「……えーと、アデルバード様、それ、猫状態の?」
「リーディナ、し~」
リーディナのツッコミに、ローディナが人差し指を立てて制止する。
うん……なんというか、アデル様は私が猫姿だろうと人型だろうと、
ノープロブレムな事は良く分かりましたとも。
むしろ、遠まわしにもっと猫姿になってもいいんだぞ的な発言ですな。
ほんの少し前までは、人型のユリアも見たいとか言っていたのに、
最近は仕事で忙しくて、あにまるスキンシップしなくなったから、
それで寂しくなったようだ。眠る時は子猫姿なんですけどね。
(それにしても……)
アデル様の中で私がどんな認識なのか気になります。
前にリファと親権争いをした事もありますし。
子猫姿になった私の成長記録? みたいな物を残していたのも知っています。
それをリーディナ達に話せば、二人揃って肩をぽんぽんされましたよ。
「……えーと? あんた達、確か恋人になった……のよね?」
思わず、そんな事をリーディナが確認の為に聞いてきました。
「はい、一応そうだと思うんですけど……やっぱり普通じゃないですよね?
アデル様は猫姿になると、すこぶる機嫌がよくなるんですよ。
あの姿になると、私を持ち歩けることができますから」
その話を聞いて、ますます困惑するローディナの姿がある。
「一体どういうお付き合いを……ううん、が、頑張ってユリア。
アデルバード様は、とても辛いお仕事をされているんだもの。
理解して差し上げないといけないのよね? きっと」
「フォローありがとうございます。ローディナ、ふふ……」
うん……普通のお付き合いとは、ちょっとというか、かなり違いますが、
まだまだ手探りの恋愛ですし、相手は龍のお兄さんなのだから、
そもそも普通では無かったですね。何とか頑張ってみようと思います。はい。
「分かった。では、相手をほどほどに倒せば良いという事だな?
君に近づく全ての雄を、目の前から排除するとこの剣に誓おう」
「いえ……ですから……戦う事からは、とりあえず離れていただいて、
パレード全体を見守って頂きたいのです。アデル様」
アデル様、自身で暴動を起こすなんて事はないでしょうが、
ちょっと心配です。出来るだけ男性の傍に行かないようにしよう、そうしよう。
そんな私とアデル様のやり取りの後、
花と装飾品で飾り付けられた滑車付きの台車へと乗り込んだ。
周りには楽隊が並び、パレードの警備を勤める騎士団の皆さんは、
前後左右に隊列を組んで陣取ります。
紅蓮騎士、そして蒼黒騎士が並ぶと、
赤と黒のコントラストができて圧巻ですね。
まるで……そう、トランプのような配色でとても目立っておりました。
準備万端。見物客の皆さんが今か今かと待っていますよ。
「収穫祭の開幕の合図として、最初に盛大なパレードを行うのよ。
去年は私だけだったから、二人とも一緒に参加できて嬉しいわ」
「良かったわね、ローディナ。私も片割れとして今回は楽しむわね」
「ほんと、ローディナの言葉は予言だったんですね」
私達は三人で新緑の女神ルーディア、天地の女神アイガ、実りの女神ブリーデ、
……の姿に仮装し、豊穣の三女神をみごと再現してみせた。
顔がそっくりな上に、お揃いの衣装だから、一緒に居るだけでかなりのインパクトだ。
ローディナは、前回の優勝者の証である金のティアラを身に付けているので、
更に神々しい印象がした。多分あれも何か魔法効果があるのだろうな。
私が飛び入り参加した事の動揺も大きかったけれど、
ローディナが現れただけで、それを上回る歓声と拍手が一斉に起こった。
凄いなあ……流石はメインヒロインだ。このカリスマ感は圧倒されるよ。
「おいおい、あれ、ローディナちゃんだよな? やっぱり綺麗だなあ……。
流石は前回の優勝者だよ。今年も優勝かな?」
「うおおっ!! リーディナ様も居る!! お揃いの衣装だ可愛いなあ」
「な、なあ? なんかもう一人、おんなじ顔の女の子が居ないか?」
「何処で探してきたんだ? 今回の余興か? よく見つけてきたよなあ」
「いや、何でもローディナちゃん達の従妹らしいぞ?
さっき、あの子も一緒に守って欲しいって、ローディナちゃんに頼まれたよ」
「従妹までそっくりな子がいたのか!! 後で俺らも話せるかな?」
騎士団の皆様は勿論、二人は知人も多かった為に反応も凄かったです。
ヒロインパワー恐るべし、私って凄い人達と友達なんだなあ……と、再確認しました。
「あ、おじサマーズがいる」
そんな中、休憩時間中のおじサマーズを発見。思わず手を振ってしまった。
でもよく考えてみたら、おじ様達は私だって分かる訳がありませんよね。
皆様は不思議に思いながらも、手を振りかえして下さいましたが。
「ローディナ達を応援に来てくれたんだ。
後で教えたら、きっとびっくりするんだろうな~……。
私も飛び入り参加していました。なんて」
あ、イーアとユーディも発見! またも手を振るが気づかないや。
ご家族と孤児院の兄弟達に無事に会えて幸せそう。楽しんで行ってね。
「あれ、あの子達……」
ティアルのお友達も、出店のおば様達に食べ物を貰い、嬉しそうに頬張っていた。
遠くから見ても、仲良く集まってもぐもぐ食べている姿がとても可愛い。
皆それぞれのお祭りを満喫しているみたいで、見ているこちらも嬉しくなる。
前回優勝者はパレードの主役なので、先頭の台車に乗る事になっているのだが、
今回だけ余興として三女神の再現という事で、特別に私達も途中まで同行を許された。
勿論、優勝者であるローディナと同じ台車だと、
他の参加者達に示しが付かなくなってしまう為、
私とリーディナは、二つめの台車に他の参加者の方達と乗ることになった。
でも初参加で十分過ぎる扱いだと思えた。それだけ影響力があるということだろう。
(リーディナ情報によると、ローディナが参加する催し物は、
外貨が動くらしいから、何かと優遇されるようになったとか……凄いですよね。
流石は人気者のヒロインです。運営本部にも一目置かれるとは)
で、今回は双子の片割れであるリーディナに続き、同じ姿の私も参加となって、
運営の威信の為にも成功させなければという、大人の事情が働いたらしい。
国外からの見物客も大勢来ていますからね。
「あの、この台車は馬とかで引かないんですか?」
見ると台車の先には馬が繋がっていなかったので、
傍にいたリーディナにこっそり聞いてみる。
「ああ、これはね? 魔道士の皆さんが台車に同乗して動かしてくれているのよ。
この国は魔力の源である龍脈が流れているからね。
こういう大掛かりな仕掛けも簡単に出来るらしいのよ」
「龍脈?」
「気の流れって事よ。私達の魔力は地上にある自然と結びついているから、
各自対応する属性の気を借りて、魔法に変換するの」
「へえ~凄いですね」
私がリーディナの話に感心していると、
何を思ったか、ローディナは後ろに乗っていた私達に振り返り、
身を乗り出して私達の両手を取り、にっこりと微笑んだ。
「え? ちょっとローディナ? こっちに身を乗り出したら危ないわよ?」
突然の事にリーディナがローディナを止めようとする。
「ふふっ、大丈夫よ。それじゃ三人で行くわよ、リーディナ、レーディナ」
「え? あの? ローディナ?」
「楽しみましょう? せっかくの姉妹参加なのだもの」
ローディナはそう言うと、手を離して風を起こし、
つられるようにリーディナは得意な水の魔法を出した。
どうやら開始の合図は、それぞれ何か魔法を披露するものらしい。
「え、ええと……どうしよう」
私は魔法なんて使えるわけが無いし、まさか鏡にお願いするわけにもいかないので、
一人で困っていると、台車の傍にいたアデル様が、
「両手を前に出してみろ」
……と小声で私に言ってきたので、
素直にそれに従い、両手をそっと前に伸ばすと――……。
ふわりと、手のひらの上に大輪の紫の花が現れて咲いた。
「花?」
「花だっ!」
「綺麗だね~」
誰かが口々にそう話している。
私の両手には溢れんばかりの紫の薔薇が、ぽんぽんっと湧き出るように現れ、
それが光の粒となって空へと舞い上がり、はじけて消えて行った。
「これ……」
――アデル様の魔法だ……優しい彼だけの魔法。
「アデル様……」
アデル様の方を見下ろすと、彼は静かに微笑み頷いている。
そして、ローディナとリーディナがにっこりと微笑んでいたのを見ると、
どうやら台車に乗る時に、アデル様と軽く打ち合わせをしてくれていたらしい。
参加者である女性達は、それぞれ得意な魔法を次々に披露して見せた。
やがて歓声が辺りを飲み込んで、音楽が奏でられ、台車が動き出す。
いよいよ女神の祭典パレードの始まりだ。
「クウン」
「みい、みいみい」
リファとティアルは、アデル様の両肩によじ登った後、
ティアルが眠たげな目を擦りながら、みいみいと音楽に合わせて、
前足でお願いのポーズをすると、私達三人の周りを小さな星々がキラキラと輝きだし、
リファが息を吹きかけて風を起こすと、台車の上に星のアーチを作り出した。
二匹の協力魔法だ! すごいすごい!
「わあ~凄いわねティアル。魔法、上達したんじゃない?」
ローディナがティアルを褒めると、ティアルは尻尾を揺らして喜んでいる。
「みい!」
もっと褒めて! と言わんばかりに、ティアルはみいみい鳴いている。
人前だから言葉を話せないので、前足を使って「エライ? エライ?」と聞いていた。
うんうんと、私達は頷いてティアルに頑張ったねと褒めた。
「みい、みいみい」
目を細めて尻尾を振るティアルは可愛い。
「流石、私の見込んだ子猫ね! 肉球があるだけのことはあるわ」
「リーディナ姉さん、意味が分からないです。肉球は関係ないですよ?」
「姉さんっていい響き! もっと呼んで!」
そうこうしている内に、パレードは少しずつ前へと進み出している。
沢山の花を飾った台車は街中を巡り始めた。両脇で見ていた人たちは拍手したり、
手を振ってきたり、歌いだしている人までいる。なんて陽気で楽しいお祭りだろう。
来年の豊穣と、実り豊かな人々の生活を願って。
そして、きっと誰もが近しい人達の幸せと、この国の平和を祈っているのだろう。
「あれ? もう星が出ている?」
ふと空を見上げると、手の届きそうな位置に、キラキラと輝く星が見える。
でも今は昼間だ。まだ星が出るには早すぎる。ならばこれも魔法だろうか?
そんなことを思っていたら……なぜかその星に紛れ込んで、
ビスケットが、くるくると宙を飛んでいることにも気が付いた。
「……あれ~? なんだか物凄く何処かで見たような?」
とっても見覚えがある気がするんですが?
ええ、あにまるご一行様をやっていた時のことを思い出します。
するとリーディナが私の呟きを聞き、視線を辿り頷いた。
「ああ、あれね。アカデミーで用意していたお菓子のお星様よ。
パレードに参加できない子供達に配る目的で、私達が開発して用意してきたの。
ふふっ、凄いでしょ? 錬金術師の卵と魔道士の卵による合作よ」
「え゛っ?」
「あらあら、そうだったのね。リーディナ」
なんか……何処かで見たな~っと思ったら、アレかっ!
リーディナを助けに、皆でアカデミーに潜入した時の、あの金平糖のお星様!
それにビスケットが混ざっていると言うことは……。
「なんか知らないんだけれどね。数個だけビスケットになっていたらしいわ。
面白いんで、そのままビスケットも使うことにしたんですって」
そうリーディナは話しているが……私とローディナはいたたまれなくなった。
「あれ? どうしたの二人とも?」
「い、いいえ、私達何も知らないわ、ね、ねえ? レーディナ?」
「ええ、何にも知りませんよね? ローディナ姉さん?」
「……本当に~?」
「「……ごめんなさい」」
ローディナと二人揃って手を前に合わせて、謝る。
その時の原因を作ったの、ごめんなさい……私達なんです。
リーディナはあの時居なかったから、事情を知らないんですよね。
経緯を話したら納得してくれて、この件は内緒にしてくれることになりました。
良かった。大事にならなくて……。
「みいみい」
「クウン!」
そんな中でお菓子だと気づくと、目を輝かせて大はしゃぎする二匹がいた。
ぴょこぴょことアデル様の肩の上で飛び跳ねて、お菓子を捕まえようとしている。
アデル様も何だか空に浮かぶお菓子の誘惑と戦っております。
次第に、ふわふわとみんなの手の届く所に少しずつ舞い降りてきて、
子供達が嬉しそうに歓声を上げ、それを集めだしていた。
お菓子を配るなんて、まるでハロウィンみたいですよね。
「国の魔道士の方達が、子供達の手に届くように調整してくれているのね」
ローディナはそう言いながら、籠を持ち上げて中のお菓子を配っている。
どうやら参加者も配るようだ。
「へ~……すごいですねえ。それなら小さい子も楽しめますよね」
「私達も配らないと、ほら、あの籠の中にあるお菓子を配るのよ」
私達は営業スマイルで、にっこりと手を振りながら話す。
ティアルとリファの手元にも届いたようで、
嬉しそうに前足で持って大事に食べているのです……が。
「……」
「あ、アデル様……」
一人、その楽しみが分かち合えない方が居ました。そう、アデル様です。
私はティアルをあやす時用の飴をポケットから取り出し、
それをアデル様にそっと手渡す事にしました。
流石に、子供用のお菓子を勝手にあげるわけにはいきませんからね。
後で出店のお菓子を買っておいて差し上げましょう。
なんか、しょんぼりしているように見えるから。
ほら! あのぬいぐるみ版のアデル様が、尻尾を垂らしているように見えるんです!
折角、お祭りに参加しているのに楽しめないんじゃ辛いですよね。
「ああ、ありがとうユ……レーディナ」
「いえいえ」
機嫌を直されたアデル様にほっとしていると、
視界の端で何かの姿をとらえた。思わず振り返って身を乗り出す。
ふと感じた違和感。それは以前も感じた感覚だった。
まさかと思い、目を凝らして視界の隅に映った方角に目をやる。
「!?」
そんな私に気づき、リーディナが慌てて私を取り押さえた。
「ちょっ?! 危ないわよ、ユ――じゃなかった! レーディナ!」
「……今の」
人々の群れの中を歩く一人の男性、
その姿を見て、私はまたも不思議な感覚に陥っていた。
以前カフェで見た黒髪の青年だ。同じパーカーとジーンズ姿だから直ぐに分かった。
あの人だけ、色の洪水の中にあっても私にはその存在がはっきりと分かる。
カリスマ性とはまた違った存在感。彼にはそれがあるように見えた。
(こんなに人が居るのに……誰もあの人に気づかない?)
やはり、こんなに大勢の人の中に居ても、あの人の居る空間だけ別世界だ。
男性の周りだけ、なぜかゆっくりと時間が流れているのが分かるし、
これだけの人の中に居るのに、その存在が埋もれてしまわない。
……それにどう考えても、この世界には不釣合いの格好。
本来なら、悪目立ちして誰かしら彼を見る人が居てもおかしくないのに。
「……どうした? 具合でも悪くなったのか?」
「……」
アデル様の声も何だか遠くに聞こえる気がする。
謎の青年の姿を目で追っていると、彼が歩く目の前には一人の女の子が居た。
よく見るとそれは、以前、街中で見かけた女主人公アン、アンフィールの姿だった。
彼女はこの女神の祭典のコンテストには参加していないらしい。
その代わり、台車の横を歩き、パレードについて来ているようだった。
しかし、其処で違和感がある。
(私……なんであの子の存在に気づかなかったの?)
……以前見た時はそんな事無かった筈なのに、なぜ?
以前、人通りの多い所を歩いていても、彼女の存在感は強かったのに、
なぜだろう、今の彼女にはそれが無いように見える。
覇気が無く、虚ろな瞳。青白くなった肌、
底抜けの明るかった彼女の様子は、其処には無かったのである。
何だか様子がおかしい。
(それになんで? なんであの人、さっきからアンを見ているの?)
青年はパレードの列を見るのではなく、アンの後ろを歩いてついてくる。
まるでそれは彼女を心配して見守っているかのように。
私達よりも遥か後方に居るのに、それが凄く浮いて見えた。
なぜかは分からないが……アン自身も彼同様に妙な感じがする。
いや、それ以上だ。何だろうこの違和感と不安は、
今日のアンの様子は先日見た時の印象と全然違って見えた。
そう、それはまるで――……。
「……どうした? 大丈夫か?」
「あ、は、はい。大丈夫ですアデル様」
私が見ていた者に気づき、リファもティアルも、そしてアデル様も後方を確認する。
その瞬間、毛を逆立てたリファとティアルが居て、アデル様も険しい顔をした。
「なんだ……あの娘」
立ち止まろうとしたアデル様だったが、後ろが控えている為に無理だった。
渋々、後ろを警戒しながら、部下達に伝言で「あの赤い娘から目を離すな」と、
指示を出していた。 娘って……もしかしなくても、アンの事ですか?
何だか、さっきよりもピリピリした感じがアデル様からするんですけど。
「……アデル様?」
「パレードがひと段落したら、俺達と城に行こう」
「あ、はい。分かりました」
アデル様はその後、考え込むように後方をしきりに気にしていた。
何だか……彼女の第一印象はアデル様に大変宜しくないのですが、
これも仕様と言う物でしょうか?
もう一人の男主人公さんといい、初対面はこんな感じなのかな?
まあ、元々、人間嫌いだったこともあるので、主張の強い方が苦手なのかも。
だから、時間を掛けて分かり合うものなんですが。
(あ、考えてみれば、これってアデル様とアンのファーストコンタクトなのかな?)
なんか、私の知っているのと全く違う展開なのですが……。
接触というか、知り合いにもなっていないよね?
「……あれ?」
再び私が背後を見ると、二人の姿はいつの間にか消えていた。
見失ったのは私だけじゃない、彼女を見張れと指示された騎士の方達は勿論、
アデル様でさえも、彼女を見失うことをしてしまったらしい。
「いなくなっちゃった。一体どうしたんだろう……元気がない様子だったけれど」
様子がおかしかった彼女、そしてそれを心配していた青年の姿。
人が多くて、良い対応策は見つからなかったけれど、
もしも後で見かけたら、今度こそは勇気を出して声を掛けてみよう。
(流石に、あそこまで様子がおかしいと気になるし、
何もなければ、それでいいんだけど……)
楽隊の音楽に混じり、不協和音の音色が響く。
歪んだ歯車がごとんと静かに音を立てた頃、
私の知らない物語が、もうすぐ其処まで近づいていることに……。
その時の私は、まだ、気づく事もできていなかった。




