69・収穫祭2
「みいみい、ユリア、ヒラヒラ~カワイイ」
「あ……ありがとうございます。ティアル」
ティアルは前足でパチパチして喜んでくれて、私はお礼を言う。
リファも足元で優しい目をしていて、この晴れ姿を見守ってくれていた。
白い尻尾がふりふりと揺れていて、思わず撫でてみたくなるが、
今の私は髪や顔を触られており、思うように動けない状態だ。
(いえ、可愛いも何も……この姿はメインヒロインのお姿だし?)
ああ……私はこれから起こる事態を思うと胃が痛くなる。
どうしよう、アデル様のお約束を真っ先に破るって、かなり不味いよね?
脳内では買い食い道楽も考えていたのに、何たること!
リーディナの新作である魔道具、【アンナの指輪】を使われた事で、
あっという間に私はローディナの姿へと早変わりしてしまった。
ハチミツ色の金髪は、ゆるふわロングの亜麻色に変わったのですが、
やはり瞳の色は緑色に変わらず、元の紫色のままになっておりました。
「まあ、凄いわ。本当に私達そっくり。流石はリーディナね!」
ローディナ、何時にもましてハイテンションですな。
「うーん……でも、ユリアの瞳ってやっぱり特殊なものみたいね?
子猫になった時も、瞳の色だけが変わってなかったし」
リーディナにぼそっと言われて、ぎくりと反応してしまう。
まさかこの瞳が、龍のマーキングのせいだって気づかれたら大変だ。
二人は勿論、大勢の人にバレたら確実にまずい。
や、やっぱり止めておこうかな? 此処だけのプチお披露目って事で一つ。
「え、えーと……? この瞳が知られるとまずいので、その……」
「まっ! こんな事もあろうかと、瞳の色をごまかせる変装メガネも用意したから。
これは傍から見ている人の視覚を錯覚させるものなのよ。
ユリア自身が変えられないのなら、周りの目を誤魔化せばいいんだし」
「用意はや!……準備がいいですねリーディナ」
しかしなんだろう、流石に別人になるのが「二度目」ともなると、
驚きも余りなくなってきていますね。正確には子猫姿も入れると三度目ですが。
憧れの女の子であるローディナの姿になっているのが夢物語のようで、
半分以上が放心状態のせいかもしれません。感動? ないない。
むしろ、あほな事をしないかと、今からヒヤヒヤしている状態ですよ。
そんな私の周りを、上機嫌でくるくると回り続けるローディナが居る。
今にでも狂喜乱舞しそうな勢いなんですけど……どうしようこの子。
「うふふ、良かった~! 試着なしで作った物だったけれど、
サイズは合いそうね、急ごしらえだけれど、どうかしら? リーディナ」
「ばっちりよ、流石はローディナね!」
「……ちょ、ちょっと待って下さい、あの……一体、どうやって?
私のサイズが分かっ……あ、今はローディナの姿ですけども」
「え? それは私もあらゆる可能性で考えておいたのよ。リーディナの性格もあるし。
ユリアのだけは胸元と腰をサイズ調整できるデザインにしてあるの。
ほら……ほんの少し前まで私達、ユリアが身ごもったと思っていたものね?
そうなると体形が変わるから、胸元と腰元を調節できないと着られなくなるし、
だから、元々リボンで結ぶタイプのに変えておいたのよ。でも丁度良かったわね」
ああ……どうりで用意された靴も踵の低いものなのか。
それ以外の対策も立てているんだろう……この子の人脈ハンパないし。
驚愕する私の目の前で、キラキラと目を輝かせているローディナが、
この日一番の笑顔を向けていました。
「だって、何時、ユリアがお揃いを着てくれるか分からないでしょ?
何時でも着られるように、サイズは抑えて、用意しておきたかったのよね。
まあ……ユリアがサイズを測らせてくれるのが一番なのだけれど」
「ユリアは恥ずかしがって測らせてくれなかったものね。ローディナ」
「そっ、それはリーディナが胸がどうとか言うからっ!」
「いいじゃないの、減るもんじゃないんだし。
あれだけあるんだし、自慢しても良いくらいよ?」
「いえ……それはちょっと」
「うふふ~嬉しい、三人一緒に参加が出来るわ~」
三者三様の反応です。
それにしても、流石は人脈の広いローディナですよね。
聞けば、針子の友人に私の名前を伏せて頼み、目視で私のおおよそのサイズを調べ、
その後のサイズの変化を予測して計算し、型紙を作成。
様々なアドバイスを貰い、調節できる様にドレスを仕立てたんだとか。
着せられたのは、お揃いのレースやフリルの付いているピンク色のドレス。
薄地で肌も露出しているのに、とても暖かいので、特殊効果のお陰でしょう。
見分けが付くようにと、サイドの髪は下ろして髪の一部を使い後ろをリボン結びに。
それに果実の飾りが着けられており、三人が揃うと圧巻です。
「うふふふ、これで私の妹がもう一人増えたわ。リーディナ」
「ローディナがベースなんだから、私の場合はユリアがお姉さんになるんじゃない?」
「あら、でもリーディナ、ユリアは私達よりも年下みたいだし?」
「どっちでもいいですよ。もう……」
「じゃあ妹で! よろしくねユリア」
がっくりとうな垂れた私に、ローディナは始終、上機嫌だ。
これから私は中身が幼いという事で、二人の妹と言う立ち位置に納まりました。
(いや……一応、中身で言うならあなた達よりも年上なんだけども?)
……で、ローディナ達は街でも美人双子姉妹で有名だったわけで、
顔がそっくりの女の子がもう一人増えたら、それはもう驚かれる事でしょう。
現に、私がローディナの姿に変わって、物陰から二人と一緒に出てきた時は、
周りに居た女の子達から、一斉にどよめきがありましたから。
さっきは地味に入って来たので、皆様の記憶にすら残っていないようです。
それは安心していたのですが、今後どうするべきか?
メインヒロインであるローディナの人脈って凄いですからね。
これで会場に出たら私……凄いパニックになりそうな気が?
「いい? ユリア、これからあなたはストラティス家の娘よ」
リーディナは、にこにこと私の両肩をつかんで説得交渉。
ふふ……っ、私がどさくさに紛れて、逃げ出そうとか考えていたのを見抜いているわ。
流石は私のお友達ですね! 私の性格を良くご存知で!
「あの~……でもそれ、かなり無理な設定の気がしますよ?
ローディナ達が双子姉妹だって皆さんには周知の事実なのに、
また一人増えたら大騒ぎかと、どうやってごまかす気ですか? リーディナ」
「うーん、三つ子設定でも良かったんだけどね。
一応、三女神の再現をするのなら、ユリアは双子姉妹の妹って事にしないと、
だから、生まれて直ぐに生き別れになった妹のレーディナという事にするわ」
――生き別れの妹!? しかも名前も既に確定!?
「リ、リーディナ……それは、ちょっとまずいです。
そんな事をしたら、後々大変な事になりそうですよ?
勝手に私が生き別れの娘になったら、お二人のご両親にもご迷惑が……」
せめて、遠縁の娘が遊び来て、一緒に参加する事になった位にしては?
それなら、収穫祭の後に居なくなっても不思議じゃないですし……。
ほら~……お二人の応援団の方達もパニックを起こすでしょう?
「駄目よ、それじゃ妹じゃないもの、私は妹がもう一人欲しかったし!」
ローディナは握りこぶしを作り、熱弁します。
……よっぽど、リーディナが今まで付き合ってくれない事の欲求不満が、
積もり積もっていたようだ。二人の服装の趣味って違いますものね。
恍惚とした顔で、「貴方が妹になってくれたら、毎日可愛い格好を……」なんて、
一人別の世界に行ってしまわれたのでした。おお~い! ローディナ戻ってきて~?
「だそうよ? と言うわけで貴方はレーディナよ。いいわよね? ローディナ。
ああ、あと私のお母さん達なら心配しなくても大丈夫よ。既に許可済みだから」
「……へ? どういう事ですか?」
「むしろ、“産む手間が省けたわね!”と言って大喜びしていたわ!!
だから何時でもうちに養女に来ても大丈夫だからね。ユリア!
戸籍? 私達には心強い王子様と言う知り合いが居るから、何とかなるなる」
――おば様! 其処は拒否する所ですよ~っ!?
ローディナとリーディナのお母さん、
二人の母親だけあって、面立ちもだけれど良く似ているんだよね。
私が以前、ローディナ失踪の際、無事に一緒に連れ帰る事が出来たお陰か、
大変感謝されておりまして、二人の家に遊びに行った時はとても可愛がって貰っていました。
身寄りが居ないという事を知ると、『それじゃあ、うちの子になっちゃう?』 とか、
ノリノリで言っていましたが、どうやら本気だったようです……。
流石は二人のお母さんですね。懐も大きいのでしょう。
(も、もしかして、これはローザンレイツの国民性?
おじサマーズといい、ローディナ達といい、ノリが良すぎるわ)
私は思わず、四つん這いになってうな垂れると、
ティアルとリファが「イイコ、イイコ」と私の手をぽんぽんと叩いてくれました。
なんとか私はティアル達の優しさで立ち直り、双子に交渉する。
其処でようやく親戚の従妹という事にして頂きましたよ。
ローディナは残念がっておりましたが、どうにか認めて頂きます。
後で収拾付かなくなったら大変ですからね。最低限でも軌道修正しておきましょう。
「一応それなら、妹枠に入りますから、ね? ね?」
期間限定の姿ですから、お祭り後に姿を消しても後腐れなくしておかないと。
それに、お借りした姿だから言動には注意した方が良いですよね。
「ちょっとローディナ、その子誰なの? 貴方達にそっくりじゃないの」
私が覚悟をして、気持ちを新たにしていると、
ローディナの知り合いらしき女の子が話しかけてきた。
瞳は水色、ゆるふわロングの青い髪をしたそばかすのある可愛らしい女の子だ。
……ローザンレイツって本当に可愛い子多いですよね。ハイレベルだわ。
彼女は天使みたいな、ゆるやかなラインの白いワンピースタイプの衣装を着ており、
良く見ると虹色になってオパールのような光沢を放っていて、
青と金の細工の細かい、煌びやかなダリアみたいな花の装飾をつけておりました。
華奢な体に、衣装がとても似合っておりますね。
「この子はレーディナよ。私達の従妹なの、
お祭りが初めてだって言うからこの子も誘ってみたの、ねえ? リーディナ」
「ええ、私達、この日の為にとても頑張ったの、ねえ? ローディナ」
すると、ローディナもリーディナも超ノリノリで、
数ヶ月前、生き別れの従妹との奇跡的な再会をした事を涙ながらに話し始めた。
ふ、二人とも……私よりも演技力が上手い気がするよ?
いや、ちょっと待って!? 生き別れの設定はやっぱり使う気なの!?
(ああ、世間を騙すなんて……って、私が言える立場じゃないか。
私もユリアの振りでこの世界に馴染んでいるんですし。
付き合えって言う事ですよね? もう、仕方が無いなあ……)
「え? 貴方達にこんなそっくりな従妹がいたの? 聞いた事無いわよ」
「そう、そうなのよ。ずっと話せなかったんだけどね。
生まれた時に行方不明になってしまって、ねえリーディナ」
「そうなの……まさか王都にやって来て見つかるなんて、
お父さんとお母さんには、今日のお祭りで驚かせるつもりなの。
きっと喜んでくれるわ。ねえ? ローディナ」
「へ、へ~……そんな事があったの。会えて良かったわね。
そんな奇跡みたいな再会もあるのね」
「「ええ、ありがとう。せめて今日はこの子に楽しい思い出を作ってあげたくて、
初めての参加だから何か失敗しても、どうか大目に見てあげてね?」」
打ち合わせも殆どしてないのに、ぶっつけ本番で、台詞がピッタリ合わさってますよ!
双子シンクロ率ハンパないですねっ!!
これ、音声収録でも一番の難関とも言える技術ですよ。
「あ……あああ……」
……で、私は二人を止める上手い発想も出来ず、
おろおろしているうちに、なぜか美談でまとめられました。
おお~い、いいのですか~?
此処は、急な代役の即興演劇と思い込み、
双子姉妹の従妹役、レーディナを演じる事にしました。
リーディナに貰った。目の色を傍目からごまかすメガネをすちゃ! ……っと掛けて、
姉さま達(仮)の隣に並び、静かに頭を下げる。
「あの……初めまして、姉さま達のお友達ですか?
私、レーディナといいます。姉さま達がお世話になっております」
今までどうしていたの? と興味津々に聞かれた時は、
言葉を濁して、「それは……」と視線を俯かせると、
ローディナ達が慌てて庇って助けてくれました。
「ご、ごめんなさいね。余り詮索しないであげて貰えるかしら?」
と、ローディナが言えば、
「ユ……じゃなかった。この子、今まで随分と苦労していたらしくて、
余り人に話したくないそうなの。ねえ? ローディナ」
と、リーディナがそれに頷いて答える。
「ええ、そうなのよ。色々あったらしくて……気を悪くしないでね?」
ローディナは申し訳なさそうに、友人に頭を下げていた。
すると慌てたように友人の女の子は両手を振って謝ってくる。
「う、ううん。私の方こそ本当にごめんね! 無神経だったわ。
レーディナ……だっけ? それじゃあ今回が初めての参加なのね。
不安な事とか、何か困った事があったら遠慮なく相談してね?」
「は、はい、ありがとうございます」
それで「苦労して育ってきた娘」という事にしてなんとかカバー。
ボロが出ないように記憶喪失って事になっていました。
……心の中では、そうそう記憶喪失になった人間が、
何人も頻繁に王都に居ないよね……という盛大なツッコミをした私ですけれども、
まあ、「ユリアと同一人物」なので、殆ど差はない訳で。
生き別れの妹話が嘘なだけで……ごめんなさい。
(まあ、そもそも私がユリアをやっている事自体が嘘ですものね)
二人の知り合いに合う度に、従妹のお披露目に付き合う私。
その中には何人か、私の知り合いもいらっしゃいましたが、皆さん気づきませんよ。
国民性が良いのか、皆さんとても気を使って下さいまして、
私はちくちくと良心が痛みます……うう。
でもこれで、私がお祭り参加のマナーを知らなくても、
周りが理解して貰えるとの事で私は安心する。
そうですよね。有名な収穫祭なのですから知っていて当然な事もありますよね。
オーディション経験者と、初心者ではやはり見ていてレベルが分かりますし。
なんだか不思議な感覚ですね~私が二人の妹になるのって。
元の世界で私は妹でしたが、兄しか居ませんでしたからね。
そう……兄しか――。
「……いっ」
その時、ずきりと何時もの頭痛がした。
何だろう? 今までと違う痛みがしたんだけど……?
私、今、何を思い出そうとしたの?
「ユ……レーディナ、どうしたの?」
ローディナが小首をかしげて、こちらを覗き込んできます。
「ああ、いえ……今、少し頭痛がして……」
「まあ大変、仕事疲れ? それとも指輪の副作用かしら?
ねえ、リーディナどうしましょう? 具合が悪いのなら無理には……」
「あ、でも大丈夫そうです。ごめんなさい、ご心配をお掛けして。
そうだ。ローディナ……じゃなかったええと姉さま、ボロが出るといけないので、
途中で棄権するのは駄目でしょうか? 体が弱いって事で」
「ええ、そうね。急な事だったし無理はさせられないから、
運営委員の方達に事情を話して、途中辞退でいいと思うわ。
急に参加する事になったから、何の準備もさせてあげられなかったし。
せめて最初のパレードだけでも出て貰えれば……いいわよね? リーディナ」
「了解よ、ローディナ。最初からそのつもりだったもの。
私達の目的は、この子を優勝候補にさせる事じゃないからね。
女神の祭典のパレード、アレに参加させたかったのよ」
「パレード?」
簡単な自己紹介の後に行われる、盛大なパレード。
それに参加した女の子達は、女神の祝福を受ける事が出来ると言う。
花や木の実を飾った台車に娘達が乗り、馬が引いてくれるもので、
パレードの最中は女神や天使、精霊に扮して街の人達に手を振ったり、
女神様の真似事で、祝福の代わりに花やお菓子を配ったりするらしい。
豊穣と祝福を祈願した祭典に参加した娘は、
幸せな……「実り豊かな結婚」が出来るという言い伝えがあるとの事。
その為、女の子なら生涯に一度は参加しないと後悔するらしいのだ。
ああ、豊穣の女神って、そういう意味もあるんですね。
「「貴方には幸せになって欲しいから、私達が推薦するわ」」
笑顔で二人にそう言われて、一瞬言葉に詰まる。
胸がじん……と熱くなって、返事に困った。
そうか、だからこんなに二人は私の為に、準備を頑張ってくれたんだ。
自分達の衣装だけでも、あんなに苦労していたのに……。
良い友達を持てて、私はもう十分幸せだ。
「ありがとう、二人と――」
“も”と言おうとした瞬間に、
ふと、背後から言葉では言い表せないほどの寒気を感じて固まった。
一気にその場の空気が冷え、突如、起きる大きな地響きと、
地を這うような男性の低い声が辺りに響いた。
「――ユリア……は……何処だ……?」
それは聞きなれた人の声……の筈だった。
「え?」
慌てて振り返ると、其処には大魔神……じゃなかった。我らがご主人様の姿、
怖いお顔をこちらに向けて、辺りをしきりに伺っております。
気のせい……じゃないよね? さっきからアデル様の体の周りが、
青い炎に包まれている気がするんですが? あれって普段抑えている龍気?
(いえ! その前に!! ここは女性の試着用テントなのにっ!?)
テントの中に居た皆さんが、異様な気配を出している騎士団長様の姿を見て、
悲鳴を上げながら出て行ってしまいました。取り残されたのは私達だけのようです。
「ユリアを……何処に……隠した……っ!」
アデル様の怒号と共に、テントの上部が爆音とともに吹っ飛ぶ。
い、一体何が……? そう思った私は、リーディナとのやり取りを思い出した。
――“ユリアは預かった。返して欲しくば、女神の祭典場に来られたし”
(――あああっ! あれ? あれかっ? あれなのね?)
「リ、リーディナ!?」
「え、ええと~……うん、あのまんまで出したわよ?」
……で、その結果、アデル様は私がさらわれたのだと判断し、
慌てて私の影を使い、闇魔法で飛んで来たと。
まさか、さっきの冗談は冗談じゃなかったのか。
(リ、リーディナあああ~っ!!)
現在のアデル様は黒い鎧を着た完璧な武装姿、
手には鞘から引き抜き、刀身の長い大きな剣が握られている。
誰がどう見ても、戦闘態勢を整えたご主人様で、今にでも暴れる気満々の状態。
仕事モードのアデル様は、ピリピリとした空気を自ら発し続け、
この場の状況を必死に把握しようと、辺りを睨みつけていた。
「……っ」
どうやら、彼は私を誘拐した犯人を探し出し、捕まえようとしているらしい。
警戒して辺りをうかがっている。いや、私を探しているんだろうか?
ここで下手に動けば、あっさりと切りかかられそうな勢いだ。
「ちょ、ちょっと、やりすぎたんじゃない? リーディナ」
「で、ででも、ローディナ、あの位しないと……っ!」
「あ、あああ……どうしよう」
二人は知らない、彼が怒ると物凄く怖い龍だという事を。
そして、リーディナがやった事は、自虐行為に匹敵する位に無謀で危険な事を……。
マーキングを付けたものをさらったなんて言ったら、龍に喧嘩を売ったも同然。
が、意外にもアデル様は私の姿を視界に入れた途端、ほっとした顔を向けてきたのである。
「……良かった。無事だったかユリア」
「へ?」
怒気を収めたアデル様は、静かに一歩、二歩とこちらにづく。
「その姿は一体どうしたんだ? 化粧をすると娘は化けるというが本当なのだな。
まるでローディナ達にそっくりだ。それが流行の装いなのか?
ドレスにも見覚えが無いものだが……君が仕立てたのか?
そうだな、ユリアにはこういう華やかなドレスもいいと思う」
「「「え゛っ!?」」」
ちょ、ちょっと待って……今なんと仰いました? “ユリア”?
今の私の姿は「ローディナ」であって、「ユリア」ではないのに?
その時、私達三人は口を揃えてハモった。
「「「バレてる!」」」
なんという事でしょう、ユリアを即、見破る人が居るとは!?
事情を話したのかなとリーディナを見ると、口をぽかんと開けて固まっているし。
どうやら、彼女にも想定外の反応だったようです。と言う事は……?
「あ、あの……アデル様……なぜ私だとお分かりに……?」
「なぜ? ……俺はユリアの魂に印を付けていただろう?
だから俺には、君がどんな姿だろうと見分けが付けられるし、
遠くに居てもこの地に居るなら探し出す事が出来る。ユリアに付けたのはそういう印なんだ」
「……」
絶句。えっと……ちょ、ちょっと待って下さい?
この人は今、なんて言った? “魂に印を付ける”と言ったの?
それって……つまり、どんなに姿を変えようとも分かるって事ですよね?
魂の目を持っているリイ王子様レベルでのマーキングって事?
あれ? そういえばティアルを故郷に返す時に、
なんかそんなような事を言っていましたよね?
でもまさか、あの時は結理亜の事が関わってくるなんて思わなかったんだ。
(……そうか、だから魔道具とかで姿を変えても、瞳の色だけは変わらなかったのか)
龍の所有意識は根強いと聞く。
獲物や思い入れのあるものに、自分のものだと主張するために印を付けるらしい。
見失わないように、居なくならないようにする為だと。
でも魂に印を刻んだのだとしたら……これまでのアデル様の行動って……。
(え? じゃ、じゃあ……アデル様は……最初から……)
――私が……結理亜だと見分けていた?
「嘘……」
頭の中が真っ白になった。
これまでの私の一方通行な恋愛は何処へ行ったんだろう?
そして私の覚悟は? え? つまり両思いだったという事ですか?
え……でもそうなるなら――ユリアは……?
心の中に過ぎった思いが、私の胸を締め付けた。
幾らなんでも、これは取り返しのつかない事態を生んでしまったのではないか?
「……っ」
「ふむ……何時ものハチミツの髪の時とは雰囲気も違うが、
ユリアがそんなに参加したかったとは気づけなかった。すまない。
そのドレス、よく似合っているな」
そう言って、変わらない微笑みをくれるアデル様。
さり気なく亜麻色の髪を触りながら、紫の薔薇を手のひらから出し、
それを髪に飾り付けてくれました。
あ、あの薔薇ってアデル様の魔法だったんですか、知らなかった。
「あ……ありがとうございます?」
「ああ、そうだ。この姿にも念の為に印を付けておくか……」
「へ? あっ! そ、それはいいです! いいですからあ~っ!!」
私は首筋に付けられた痕を思い出して、首を両手で必死にガードする。
だっ、駄目なんですよ。そういう事を安易にしては!!
「遠慮しなくていいぞ? ユリア。
恋人同士ならば、別段珍しくも無い抱擁だそうだぞ?」
「していません!! こ、こここ恋人同士でも恥ずかしいんです!」
私の毛先を持ち上げ、弄んでいるアデル様を他所に、私の頭の中はパニック状態。
だって、今まで本物のユリアの方が好きなんだと思っていたから、
まさか「中の人」のレベルで見られていたなんて思わなかった。
(そうか!? アデル様にとって人間の外見はたいした問題じゃないのかも。
元々、人間には興味が無かった人だし、龍族だものね)
今までは、この器の維持と居場所の確保、
そして、登場人物のサポートをしていれば良いと思っていた。
誰か一人でも欠けてしまうわけにはいかない、その歪みは必ず後の結果にも繋がると。
そう、例えばユリアが死ぬと、アデル様の未来に影響があるように。
他の人達もまた、「解決に繋がる何らかの役割」を持って存在している気がする。
ティアルの時も何だかんだ言って、皆が揃っていたからこそ解決したのだし、
より良い条件を揃えて危険を回避するには、
主要メンバーは出来るだけ多く揃っていた方が良い。
私はそれを良く分かっていたから……私が知りうる情報を総動員して、
知っている人の身の安全を最優先に考えていたんだ。
一番いい条件でユリアに託そうと思っていたから。
だから私は、関わった人達の幸せを祈って最後には消えていく覚悟だってしていたのに。
(想定外すぎるよ……)
これまでの私の計画を根底から覆す事になる衝撃。
ユリアが戻ってきたら、全て解決するというわけには行かなくなったではないか。
イレギュラーの私が居なくなった時点で、この世界での欠員が出来てしまう。
そう……いつの間にか私は「魂ごと」この世界の住人になっていたらしい。
(ユリア、ユリア私どうしたらいいの? この展開は想定外だよ!)
スライディング土下座では許されない事態です。彼女に顔向け出来ない。
混乱して額に手を当てて悩む私の傍で、
アデル様は「さて……」と静かに言った後、私の背後に居る双子姉妹、
別名、オネーサマーズに冷ややかな視線を送った。
びくりと口角を引きつらせながら震えるリーディナと、
笑顔を浮かべたまま、気絶寸前になっているローディナの姿。
あ……今、アデル様のカフスの制限が壊れかかっている気がする。
魔道具とはいえ、力を取り戻しつつあるアデル様は抑えられないという事でしょうか?
荒ぶるご主人様は、魔王様と匹敵する強さになるし……まずい!
「あ、あああのですね。アデル様?」
「リーディナ、ローディナ……この件は君達の仕業か?
ユリアを囮に使って一体何をしようとした?
君達はユリアの大事な友人だからと、彼女との接触を特別に許していたが……。
事と次第によっては、例えユリアの友人であったとしても許さん」
びくっと反応したリーディナは、慌てたように早口で問いかけに答える。
「ち、ちちち違います~っ! アデルバード様!!
こ、これには深い事情があって!! ね? ローディナ!」
「はっ! はいいいっ!! そうなんです。リーディナも私も、
この子の幸せの為に出来る事を考えて!」
その後、リーディナが必死になって、身振り手振りで事情を説明してくれる。
女の子の人生の中で、結婚の次に輝ける思い出のイベント、
それに生涯参加出来なくなったら、ユリアが可哀そうだと。
本来の姿での参加はさせてやる事は出来ないが、
せめて仮の姿だけでも、一生の思い出になるから経験させてあげたい。
それが二人の願いだったそう。
「わ、私達、ユリアを危険に晒す気も危害を加える気も無いです。
でも女神の祭典に参加すると、豊穣の女神の祝福が受けられるので、
ユリアに実り豊かな幸せを与えて貰いたかったんです。ね? リーディナ」
「そ、そうです。それと、これは私達の勝手なお節介なんですが、
着飾ったユリアを、アデルバード様にひと目だけでも見せてさしあげたかった。
この収穫祭は男女を結びつける意味もありますから、ね? ローディナ」
ローディナは一緒にこくこく頷いていた。
更に聞くと、アデル様が危険な騎士団長の仕事で忙しく、
最近の魔物の討伐が増えた事で、屋敷を空ける事が多い為に、
私が不安で寂しそうにしていたからと言う事もあり、
思い合っている恋人同士なのに、この収穫祭で一緒に過ごせないのは可哀そうだ。
……と世話をしてくれたんだそう。
えと、私そんなに寂しい顔を見せていましたかね?
留守の時は、アデル様代わりの、ぬいぐるみ版アデル様を腕に抱いていましたし、
子猫姿で、リファやティアルに抱きついて気を紛らわせて……。
『アデル様、早く帰ってこないかな~……』
……。
あれ? 十分哀愁を誘っている気が……あれ?
「そうか……それはすまなかった。気を利かせてくれたという事か、
ユリアも寂しい思いをさせてすまない……至らぬ俺を許してくれるだろうか?」
アデル様はそう言って、私の頬に手を添えて謝ってくれた。
「いいえ、あの……私こそ申し訳ありません。国を守る大事なお仕事ですのに。
お邪魔をする事をしてしまって、騎士団の皆様にもご迷惑を……」
「いや、確かに最近はユリアに余りかまってやれなかったからな。
仕事の方は大丈夫だ。騎士団はそれ程もろくは無いだろう。
俺がこの国へ来る前から、祭りでの対処は各自で行動していたからな。
統率するにも本部に司令官が居るし、不測の事態も対応が出来る」
「そうですか……良かった」
「念の為、ここへ来る前に腕の立つ部下を配置して来たし、ラミルスも居る。
ほんの少しだけなら、恋人の為に時間を使ってもいいだろう」
「アデル様……」
「まあ、いつも何かに巻き込まれやすい君の事だ。
一応、こういう事を想定した人員編成も立てていた。だから安心していい。
少しだけ予想とは違ったがな。だが無事ならそれでいい。
その姿なら確かにユリアも自由に歩けるな。見破れるのはそう居ないだろう」
手を取り合い、見詰め合う私達に、
傍で、こほんと咳払いをする声に、私はハッ!? と我に返る。
そうだ!? 今は二人きりとかじゃなかったんだった!?
気づけばティアルが、私のバッグの中へ潜り、オヤスミモードで眠っているし、
リファは前足でぽんぽんとティアルを寝かしつけていた。
「え、ええとですね? お、お許しを頂けたのは良かったんですけど、
一応、私達が居る事もお忘れなく。それにしても同じ顔だとインパクトも大きいわね。
ちょっと見ていてドキドキしてしまったわ」
「ご、ごめんなさい……リーディナ、ローディナ」
ローディナは逆に、ほっとした顔で首を振る。
「ううん、アデルバード様のお許しが出て良かったわね。
私もリーディナも心配だったから、これで三人一緒よ。
あ、でも今はちょうどテントに居るのは私達だけだから、
本来の姿で、その格好を見て頂いたらどうかしら?」
「あ、そ、そうです……ね」
指輪についている白い石は緑色へと変化している。
これはローディナのイメージカラーと一緒だから、
きっと彼女の姿が影響しているせいだと思う。
私は緑色の石に触れた後、指輪をそっと外した。
その瞬間、ふわりと全身を包み込む白い光。
光が消えた後、私の視界には見慣れた金色の髪が揺れて見えた。
ゆっくりとアデル様の方を振り返り、メガネを外して腰の辺りで両手を重ねる。
何だか恥ずかしいですね。こういうの……。
「ああ、よく似合う……春になったら同じ色でドレスを作ろうか。
ユリアはやはり、もう少し明るい色の服も用意した方がいいな」
「あ、ありがとうございます……」
「ふふっ、良かったわね、ユリア。私もドレスを作った甲斐があったわ」
「全て計画どおりじゃない? 偉いわ私達」
「うん、お陰様で、本当にありがとうございます。二人とも」
これだけでも十分、良い思い出になりましたよ。
でも何だ。その後アデル様は、やって来た祭典本部の方達に怒られて、
ローディナとリーディナ、そして私も揃って弁解する事に奔走したのは言うまでも無い。
せっかく女性問題が解決したのに、またあらぬ誤解を生む訳にもいきませんよね。
そんなわけで、私がレーディナとして過ごしている間は、
ローディナ達と同じ様に接して貰うように、アデル様に懇願しました。
つまり、スキンシップ禁止です。そうしないと私の心臓も持ちませんから。
「……少しも触っては駄目なのか?」
「はい、髪を触ったりするのは……その、恋人のユリアだからですし?
レーディナはアデル様の恋人ではありませんので、
アデル様の立場が悪くなりますから、どうぞ耐えて下さいますか?
周りの人達は私がユリアだと分からないから、どうぞ他人行儀でお願いします」
絵面的にも、友達を抱きしめている姿を見る気分ですし、
私もそれは見るのはちょっと……辛いと言いますか……。
ちょっと複雑なんですよね。
「俺は気にしないが……人間とは厄介だな。
ユリアに触れないなどと……耐えられるだろうか?」
意気消沈したアデル様に、私は手持ちのハンカチを手渡した。
ラミスさん情報によると、求愛した娘と一定期間離れると、禁断症状が出るらしいし。
辛い時はこれを嗅いで……って!? もう匂い嗅ぎ始めているし!!
どれだけ忍耐力が無いの?! ご主人様!!
「ユリアって愛されてるわね。リーディナ」
「そうね~こうして見ていると、私達も早く恋人欲しいわよね。ローディナ。
……というか、ユリア絡みとなるとアデルバード様のイメージが壊れるわね。
まあ、面白いから、放っておくけど」
「放っておかないで!!」
そうして私達、無事にご主人様の許可も頂いて、
三人仲良く参加出来る事になりました。
勿論、私は途中退場させて頂きますけどね!




