60・兆候と予感
本日もアデル様をメイド隊で無事にお見送りをした後、
お屋敷をこっそり抜け出して、私はあるものを見に行った。
近頃、密かに見つけた私のささやかな趣味の領域だ。
朝の静かな時間帯、この時間は、広場で小さな人形劇の一座の練習をしていて、
私はいつもそれを見学させて頂いていたのです。
(わあ、やってるやってる。いいなあ~……楽しそう、私もやりたいなあ……)
静かな広場に響き渡るのは、劇団員の人達の元気な掛け声。
観客用の小さな木の長いすの隅に座って、
台本を見ながら熱心に台詞の練習する人、発声練習をする人、
体をほぐし、体操をする人と様々で……。
その姿は、私がかつてやっていた演技の世界を思い出す光景だ。
(懐かしいな……この感覚)
瞼を閉じると、元の世界で過ごした思い出が蘇って来るようだ。
「みいみい」
「クウン」
私に付いて来たティアルとリファは、
お揃いのずきんファッションで、両足には私が作った毛糸の靴下を履き、
私の膝の上で大人しく寛いでいる。
「みいみい」
「……」
ティアルは、可愛い物が好きだから、
人形がくるくる動くのが楽しいみたいだけれど、
リファは余り興味を示さず、小さなあくびをすると、
隣に居るティアルの顔をぺろぺろと舐めていた。
「いい子にしていて下さいね?」
そんな二匹を私は両手で支えて、一座の練習を何度も見ている。
先日、壊れた人形の洋服を補修してあげたのがきっかけで、
お礼として、こうして練習を見学させて貰える様になったんです。
演じるのが好きだったから、少しでもそれに関わっていたくて、
こうして時間を作っては、此処へお邪魔させて頂く事にしました。
一人で演技の勉強をするには、やはり限界がありますから。
(掛け合いとか、間の使い方とかは相手が居ないと上達しませんよね)
人と接し、それで学ぶ事が多いですから。
(見ていると、うずうずして来ますね。でも、私にはやる事が沢山あるし……)
今はアデル様とユリアの幸せを最優先しないと。
この人達に紛れて、一緒にやりたいな~とは思ったけれども、
継続して続けるとなると、今の立場では到底無理だ。
だからせめて、こうして見物だけでもさせて頂いてます。
「おや? ユリアちゃん、今日も見に来たのかい?
本番じゃないから、あんまり面白みもないだろう?」
「いえ、こういう練習風景は見ていて楽しいです。普段は見られませんから。
あ……っ、とごめんなさい、もうそろそろ行かないと……。
ありがとうございました。また来ますね?」
「ああ、良かったらまたいつでもおいで~」
「またね、ユリア!」
「はい、また……皆さん、がんばって下さいね!」
深々と皆さんにお辞儀をして、ティアルとリファを私の両肩に乗せる。
暫くして、ティアルは辺りを見回して、私に話しかけてきた。
「みいみい、ユリアハ、ゲキスキ?」
「ええ、勿論、大好きですよ」
見るよりも、自分で演じる方が好きとは……言わなかったけれども、
私はティアルの頭をなでながら微笑んだ。
(何時かまた、演じる日が来たら良いな……)
そんな事を思いながら、ふと、ティアルをなでていた手を止めて、
自分の手のひらを見つめる。
「…………」
ユリアと夢の中で会ってから二週間……。
私の体にまた、少しずつ変化があった。
(やっぱり、あれはただの夢じゃないよね……)
不確かな夢の中、”会えた”と言っていいのか分からないが、
私はあの時、確かにユリアと会話をしたと思っている。
あの夢を見てから少しずつ、本物のユリアじゃなければ出来なかった事が、
なぜか私でも少しずつ出来るようになっていた。
それはさり気ない所作だったり、見よう見まねでやっていた服の仕立てとか、
慣れない高度な刺繍とか、レース編みとかがいつの間にか出来る様になっているのだ。
これは、私が努力で培って得た技術では決して無い。
(ユリア……あの子だったなら)
そう心の中で考える事は、答えが直ぐ頭の中に浮ぶようになっていた。
まるでユリア自身が、私を助けてくれているかのように。
(ユリアは言っていた……私の声は聞こえていたって、
それって、凄く近くに居たって事じゃないのかな?)
あの日から、断片的にユリアの夢を良く見るようになった。
ユリアがアデル様と穏やかに過ごしていた。何気ない日々の夢とか……。
彼女が穏やかに笑う、幸せなひと時の夢だった。
(――私が見たあの夢は……ユリア自身の記憶なのかな……?)
それはまるで、本物のユリアが何らかの意図があって、
偽者の私に、自身の記憶や能力を渡そうとしているかに思えた。
でも不思議なのだ……。
その夢の中にはアデル様とユリアしか居ない。
同じ屋敷で暮らしている筈の、リファとティアルの存在は居ないのだ。
それがなぜか、私は引っかかる気がした。
※ ※ ※ ※
「――秋っていいですよねえ……実りの秋です」
この時期、私は様々な誘惑と戦いながら、日々を過ごしておりました。
はい……この誘惑という物が、実に実に女心をくすぐりましてね?
女性限定のデザートセットとか、季節限定とか、
主に食べ物関係で私の心を翻弄するのです。
美味しいものが多くなる季節、なんて素晴らしいんでしょう。
(甘美な響きで私を誘惑するとは!)
ああしかし、お借りしている体でこれ以上暴走する訳にもいきません。
(責任持ってこの体形は、何としても維持しないと!)
役者として体形維持をするのは自分磨きの基本。
それは、イコール自己管理能力として見られる訳ですし……。
裏方が多い仕事で体形関係ないだろとか、言う人も居るかもしれませんが、
スタイル良い方が良いのは何処も同じ。最終的に決めるのは、
人の好みになりますからね。
何より、今は密かにですが恋する身。好きな人の前では綺麗でいたいと思います。
……という訳でですね?
「体形維持とお肌の為に、明日からダイエット宣言をしようと思います!」
甘い物を取りすぎると、太るだけではありません。
皮脂も多く分泌されて、ニキビが出来やすくなるのです。
つまり、お肌の敵にもなるんですね。恐ろしい!
「ユリア、その手にあるカップケーキが矛盾していると思うわ?」
おおう、手痛いですねローディナ。
「ふふふ……ローディナ、差し入れ美味しいです。ご馳走様です」
彼女のお手製の木の実のカップケーキは、まさに季節限定、
今を逃せば味わえないと言う事で……はい、あっさり誘惑に負けました。
――それは彼女が遊びに来た30分前の事……。
『ユリア、今日はお土産にケーキを焼いて来たの』
『ありがたく頂きます! ローディナ!!』
その間2秒……ええ、悩む事すらありませんでした。
私の自称、強固な意思は地中の遙か彼方へと追いやります。
高級焼き菓子店で売られていもおかしくない、ローディナ手製のお菓子。
その誘惑には勝てません。直ぐにお茶の準備に取り掛かったほどでした。
大丈夫です。私だって何も考えていない訳ではありませんよ。
「通常よりも運動量を増やして体を動かしていれば、
ダイエットは出来ると思いますから、食べた分は動きますよ!
この広い広いお屋敷の中で!」
外出が余り出来なくなった分、室内で体を動かしますとも!
「そ、そう……それなら良いのだけれど……」
「ユリアは本当に甘い物が好きよね。
まあでも、喜んで貰えて良かったじゃない、ローディナ?」
「ええ、そうね……元気そうで良かったわ」
「え?」
「ううん、何でもないの」
今日は屋敷にある居間と言う名の私専用のアトリエで、
ローディナ、リーディナと仲良くお裁縫日和です。
たまには、皆でこういう事をしてゆっくりと時間を過ごすのも、
良いのではないでしょうか? 女の子らしくて。
いえ、別に普段女の子らしくない事ばかりしている訳じゃ……。
冒険とか冒険とか冒険とか……しているか。
冬になってしまうと、収穫できるのはごく僅かですからね。
(お陰で大分、私もたくましくなった気がします)
という訳で、季節は秋です。
実はもうすぐ、ローザンレイツでは収穫祭がやって来るので、
収穫祭に着る為の衣装を皆で用意していました。
秋の行事の中で、毎年開かれる収穫祭が一番の一大イベントとなっており、
様々なコンテストやパレード、蚤の市などもやるので、
他国からも多く観光客や商人が集まり、珍しい品も見られるとの事です。
(――つまり……レアアイテムの宝庫! これは是非とも参加したい!!)
収穫祭は別名、女神の祭典とも言う……。
毎年やる収穫祭では、来年の豊作を祈って、
豊穣をイメージした衣装を用意して身に纏い、
街中を仮装をして、パレードすると言うのがあるそうだ。
で、その参加資格はこの国の女性限定、
それも、15歳から19歳までの未婚の女の子が対象。
その参加者から一人だけ、今年の女神様が選ばれるという……。
要するに、この世界でのミスコンみたいな事をやっているらしい。
選ばれた女の子は、祝福されて貴重な賞品や特別待遇が頂けるそうです。
あ、ちなみに昨年の優勝者は、ここに居るローディナだったらしく、
今年も最有力候補となっているそうだ。流石はメインヒロインですな!
「優勝すると、貰える賞品はレア物が多いのよね。
ローディナが今年も優勝してくれるといいんだけど……まあ、私は適当にやるわ」
「もう、リーディナったら……」
参加方法は、他薦、自薦のどちらでも構わないが、
その殆どは他薦からの参加者によるもので、
ローディナ、リーディナの二人は昨年、
複数の方達からの推薦によって参加していたらしく、
今年は、騎士団の皆様からの熱い要望も多かったそうですよ。
個人の応援団も出来ていますからねえ。
(……あ、私もか)
すっかり忘れていました。応援団の存在を……。
というのも、アデル様に求愛される様になってからと言うもの、
彼が皆さんとの間に明確な線引きをしているらしく、
余り接する機会が無いんですよね。ローディナ達と違って。
折角、仲良くなれたのに少し残念ではありますが、
アデル様の反応をみるに、下手に関わっては彼らも可哀想というか……。
(そう言えば……ルディ王子様が騎士団を巻き込んで、
御前試合をやるとか言っていましたけど、
警備とか大丈夫でしょうか? 少し心配ですねえ)
毎年、他国からも観光目的で多く人が集まるので、
騎士団の皆様は、お祭り中でも楽しむのは後回しになりそうです。
だから、聞く所によると、パレードの際の街中巡回に当たりたいと、
今年は希望者が殺到したらしいです。
仕事しつつ、ローディナ達の晴れ姿が見られますからね。
アデル様は人間が苦手なので、今から人酔いしないか、心配ですが……。
「――でも、残念だわ……ユリアも一緒に参加できたら良かったのに。
私はてっきり、ユリアもと思っていたから。ねえ? リーディナ」
「仕方ないわよローディナ、保護者の許可が得られなかったんだから」
落ち込む彼女を見て、リーディナが肩をすくめて話した。
ローディナが残念そうに、手元にある仮縫い中のドレスを見て呟く。
「だって……三人で参加したかったんだもの」
彼女が持ってきた籠の中には、私用にと特別に用意したという、
淡いピンク色の生地が入っておりました。
聞けば、彼女が知り合いの機織のおばあさんと一緒に、
今年のお祭りの為にと用意してくれていた。特別製の生地らしい。
「ユリアが寒がらないように、生地に特別な加工を施した生地なの、
この生地で作った服は、毛皮を纏っているように温かく感じるのよ」
ローディナの当初の計画では、ローディナ、リーディナ、
そして私の三人で、豊穣の三女神の仮装をする予定だったらしい。
この世界の収穫の女神には、三人姉妹の女神様が居るそうで。
双子の女神に妹女神の三人……そう、私が加わればまさにそれが再現できる。
だからこそ、ローディナは目を輝かせていた訳なのです。
三人……その枠組みに、私はハッとなった。
もしかして、それ……女主人公の場合に、
女友達と三人で起こすイベントじゃないだろうか?
同性の友達との友情イベントも、確かあったと聞いていますよ?
(主人公か……今、その人は一体、何処でどうしている事だろう?
男性なのか、女性なのかだけでも、分かると良いのですが……)
このお祭りに、その人も参加するのかな?
さり気なく、今の現在位置を確認したいのですが、未だに会えない私がいます。
私としては、積極的に関わろうとまでは思いませんが、
強い影響力を持つ方なので、無事に安全な道を選んでくれている事を願います。
ほら、一応アデル様の立場を考えると、余り悪い方向に進んで欲しくないので。
そんな事を考えている私の横で、ヒロインのリーディナとローディナは、
私の参加が出来無い事をまだ話しておりました。
「ローディナ……。ほらほら、元気出して?
ユリアは保護された身なんだし、目立つような事をしたら大変だもの。
アデルバード様がそう思われるのは当然じゃない?」
「う……リーディナそうだけど……折角の私の壮大な計画が!
二人におそろいの可愛い服を着せられるチャンスだったのに!」
ローディナがそう思うのも、無理はありません。
彼女はこの日の為に、事前に用意してくれていたのですからね。
※ ※ ※ ※
『――……それでね? おそろいを着ましょう、ユリア?』
来た直後に、そう言って目を輝かせていたローディナ。
焼きたてのお菓子と、出来上がったばかりの衣装用の生地、
フリフリの衣装のデザイン画を持参した彼女。
『デザインはね。実はもう出来ているの』
やって来た時は、目を輝かせていましたからね。
……それはもう、輝かんばかりの顔をしていましたよ。
双子ファッションならぬ、三つ子ファッションを望むローディナ。
で、彼女から収穫祭の女神コンテストの話を聞いた直後。
私の背後から不穏な空気が流れ……。
『――そうか、分かった……ユリアがどうしても参加したいと言うのならば、
君が安心して参加出来るように、祭りに参加する雄達を……』
『へ? アデル様……なぜ剣をこんな所で磨いているのでしょうか?』
『祭りでは毎年多くの参加者で賑わう。それに紛れて悪さをする輩も居る。
ユリアの容姿は人間に狙われやすいそうだから、俺は心配だ。
君がまだ保護されるまでの経緯も分からないままだしな。
下手をすれば、犯人の前に姿を晒す事になるだろう』
『はあ……』
『だから、他の雄達の目の前に、君が晒される事が無いよう、
この俺が今のうちに全て排除して置いてやる。
待っていろユリア。祭りまでには全ての雄を片付けてく……』
『うあああ~っ!? し、しなくていいです!!
私、出ません! 出ませんから!! 好戦的ヨクナイ!!
騎士団長様がそんな事をしてはいけません!!』
私にまで分かる、敵意丸出しの顔をされてしまいまして、
ええ、全力でアデル様を後ろから羽交い絞めにして引き止めましたよ。
その時、私はアデル様の瞳の変化を見てしまった。
(……前に見た金色の瞳だ……)
先日、鏡を鎮めてくれた時に変わった。アデル様の瞳の色。
彼、感情が高ぶると、瞳が金色になって獣の瞳になるんですね。
ローディナ達に気付かれなくて、本当に良かったです。
二人には、私達がじゃれているように見えたらしいけれど……。
ま、まあ、ごまかせたのなら良いかな? と、思います。
それより、ラミスさんに心配された理由が分かって来ました。
求愛している者の言葉にアデル様は反応されたようです。
(――これからは言動に十分気をつけよう。そうしよう)
そう、心の中で固く誓う。
アデル様の言う事は正しい、私が無用心過ぎるのだ。
だから、彼の言う通りにして、お祭りに出ない方が良いのだろう。
(でも、私だけお祭りに参加出来ないのかあ……寂しい)
思わず私は部屋の隅で膝を抱えて打ちひしがれていたら、
ティアルが目の前で、ころんと仰向けに寝転がって来て……。
「みい……ユリア、オナカサワル? サワッテイイヨ?」
おろおろしながら、自分のお腹を見せてくれました。
そして、右前足でお腹をぽんぽんと叩いています。
何時も私が癒されると言って、
ティアルのお腹をなでていたのを、ティアルは覚えていたようです。
『な、慰めてくれるのですか? ティアル……』
『みい』
ぽん、ぽんっとお腹を叩き、「ドウゾ~?」と言ってくれる。
そ、そんな、よろしいのですか?
で、では、お言葉に甘えて、ティアルのお腹をさわさわ……。
……ふわふわ、ぷにぷにで良いですねえ……。
『みい……ユリア、ゲンキデタ?』
『うん、ちょっと元気出ました。ありがとうティアル』
『みい』
私が黄昏ながら、ティアルの肉球も触らせて貰い、
傍に寄ってきたリファのお腹にも埋もれていると、
その様子を見て、渋々アデル様が……。
『……パレード参加は駄目だが、変装して見物するだけなら』
……と、なんとかお許しを頂けました。
『アデル様! ありがとうございます!!』
はい、出来るだけ目立たないように頑張りますね!
普段とは逆の行動で、脇役を喜んで演じさせて頂きますよ!
と言うわけで、何とか、お祭り参加だけは許可を頂けたのでした。
※ ※ ※ ※
「年頃の女の子なのに、女性の一大イベントへの楽しみを奪われるなんて、
ユリア一人だけ参加させられないなんて、酷だわ。
女の子が一年の中で一番輝ける時なのに……」
だからローディナはアデル様の許可が下りなくて、
とても残念がっております。
籠から見える、ローディナの手編みで作ったと言う沢山のレースの山。
そして、先程見せて貰ったデザイン画を見るに、
本気でフリフリの格好を私達に着せて、悦に入る気だったようですね。
一体何時から準備していたのか、ちょっと聞きにくい状況です。
「すみません。お二人とも……折角誘っていただけたのに」
楽しそうだな~と私も思ったのですが……ね?
それにしても、今回の女神の祭典は、凄い事になりそうな予感です。
(まさに、ヒロイン達の祭典みたいな感じかな~?
女騎士のミランダさん、占い師のクリスティナさん、宿屋の看板娘リーネさん、
踊り子のマリネルさんも参加するらしいし、凄くハイレベルな事になる気がします)
そう、私の知る限りではこのイベントに、
「蒼穹のインフィニティ」の物語りに出てくる他のヒロイン達も、
数多く参加するようです。私が知らない方達も沢山参加すると思います。
きっと気分はオーディションに挑む時のような、独特の緊張感じゃないでしょうか?
久しく、そういう現場から遠ざかっている生活が続いている身としては、
私も感覚を取り戻すべく、参加できたらいいな~とは思いましたが、
ご主人様の許可が得られなかったので、あえなく断念しました。
「……最初、私もノリノリで参加しようかと思ったのですが……」
ローディナがやって来て、収穫祭の話をしてきた直後、
私の背後から漂って来た、アデル様の不穏な気配を思い出すと……ね。
まあ、見学が出来るだけでも、結果オーライですよ。
で……残る問題は――……。
「俺達の娘(孫)が何で一人も出られないんだ……っ」
「うおおおっ! 認めん、こんな屈辱的な事があって堪るか!」
「俺らの娘達が一番に決まっている!」
我がお屋敷のおじサマーズ、おじいちゃマーズは、
私やユーディ、イーアがこの女神の祭典に全員参加できないのを、
アトリエの隣室で悲しんでいました。
皆さんが私達を推薦して下さったのですが、私は事情があり不参加、
ユーディ達は年齢の条件を満たしていないので、断念。
その為、娘(孫)の晴れ舞台を見たかった皆様は、
そろってさめざめと泣かれてしまい……。
「ああ、私は気にしませんので、元気を出してくださいな?
来年はユーディ達が出られると思いますので」
娘を持つ親御さんにとって、パレード参加は良き伴侶、
そう、お婿さんを呼び込むという事で参加させたがる事が多い。
つまり……娘自慢だ。だから事情があって参加が出来なかったりすると、
こんな状況に置かれるようです。
「おじ様~どうかお願いですから、
タワシでお祭りの会場本部に、抗議はしないで下さいね~?」
と、隣の部屋で嘆いている皆様に呼びかけます。
コンテストは、流石に目立つから駄目だとは言われましたが、
お祭りに参加させて頂けるだけでも、私は本当に嬉しいですから。
一応、おじ様達には私達の分まで、ローディナ達を応援して貰いましょう。
しかし、まだローディナの方も納得出来ていないようで……。
「今度こそ、今度こそ、ユリアとリーディナと私の三人で、
お揃いの格好が出来ると頑張って来たのに!」
ぐっと握りこぶしをして、まだ残念がっているローディナ。
以前からリーディナに、フリフリのおそろいの服を着せたがっておりましたが、
リーディナはそれを普段は嫌がって逃げ回っており、
その欲求の矛先が、知り合った私へも向かっていたんですよね。
一応、私の立ち位置は彼女の妹分らしいので……。
(ローディナ……人を着飾らせるのも大好きだからなあ)
けれど、私はメイド、そして隠しヒロインです。
流石にメインヒロインのように余り目立つ格好をする訳にも行かず……。
お祭りは、ローディナの普段の欲求が満たされる良い機会だったようですね。
ごめんなさい、ローディナ……。
「まあまあ、落ち着きなさいって、ローディナ?
アデルバード様が禁止するのには、他にも理由があるからだと思うわ」
「え?」
「収穫祭って、カップルが生まれやすい事でもあると思うわ。
それに、ほら……ユリアの……ね?」
二人はなぜか、私のお腹をちらちら見ています。
あれ? まさか私、食べすぎて危ない状況だったりしますか?
(あれ、おかしいな? 私、そ、そんなに太ったとは思えないけど……)
二人の視線に思わず不安になり、私がお腹を触り、内心焦っていると、
ローディナには、リーディナの言わんとする事が通じたのか、
急に頬を赤らめて、ぽんっと目の前で両手を合わせました。
「あ……ああ~っ! そうだったわ。
やだ、私ったら……そうね! 今は大事な時だったわ!
ごめんなさい。余りのショックで、その事をすっかりと忘れていたわ。
万一にも台車から落ちたり、転んだりしたら大変ですものね」
「はい? ローディナ?」
私が首をかしげていると、リーディナがうんうんと頷いて、
私の背中をぽんぽんと優しく叩く。
「ユリア、貴方の悩みを私は理解しているつもりよ。
だから私達は、貴方の幸せがくるよう温かく見守っているわ。
貴方には私達が付いている。だから体を大事にしてね?
今は貴方だけの体じゃないのだから」
「えーと? リーディナ一体何のこと……?」
「「大丈夫、何も言わなくて良いわ!」」
ローディナに両手を包まれ、私の肩にリーディナが触れる。
今は大変かも知れないけれど、思いつめては駄目よ? と、
涙ぐむ二人を見て、私は全く訳が分からなかった。そして気付かなかった。
この時、二人が盛大な勘違いをして、私を見ていたという事に……。
(……三人で参加出来なかったのが、相当ショックだったのかな?
リーディナは双子だし、お姉さんの混乱に同調したのかも)
双子のシンクロ的な何かなのか?
どうしたものかと考えていると、ティアルと目が合った。
「ええと……ティアル? ちょっとお願いが……」
「み? ナニ~?」
私はティアルの耳元でこしょこしょと内緒話。
あるお願い事を頼んでみました。ここは任務ですよ。ティアル。
はい、報酬のビスケットも前足にちょんっと乗せてあげます。
「みい、ワカッタノ」
商談成立です。
ティアルは嬉しそうにビスケットを食べた後、
ぽてぽてぽて……と、リーディナの傍へと近づいて行き、
後ろ足で立ち上がり、前足を合わせ、顔を見上げる。
そして、魅惑のお願い攻撃です。
そう、私がティアルに仕込んだ芸、「おねがい」のポーズですともっ!
猫好きには堪らない、抵抗不可の究極技です!
さあ、行くのですティアル! 君の愛くるしさをリーディナに見せるのです!
「みいみい、ティアル……。
リーディナノ、カワイイメガミサマ、ミタイノ……ダメ?」
二、三度、つぶらな瞳をぱちぱちさせるティアル。
な、なんて完璧なんでしょう! 君は名演技をやってのけましたよ!
思わず私はリファにもたれ掛かって、うっとりとその姿を愛でました。
私の目に狂いはなかった! 君には役者の才能があります!!
「~~っ!! ダメじゃない! 分かったわ!!
ローディナ、私も本気を出して参加する事にしたわ!
こうなったら二人で同時優勝を目指すわよ!」
「リーディナ……本当に? ええっ、頑張りましょうね!」
リーディナがお揃いの衣装を着てくれる事になった訳です
変わりばえの速さは流石、リーディナだ。お陰で楽に事が進める。
取りあえずはこれで、双子の女神様は見る事が出来そうですね。
眼福じゃないですか~。これは楽しみです。ありがたや。
(素敵な女神様になるといいなあ~)
二人の楽しそうなやり取りに、私はそう思い、笑みがこぼれる。
私は一緒に女神の祭典に参加できない分、
ローディナ達の衣装作りのお手伝いをする事になりました。
そう、やるからには私も本気で手伝いますよ。
これでもね? 小物作りは結構得意なんですと言いながら、
私は彼女達のドレスに付ける布花を作るべく、余った布で細かく裁断を始める。
(お裁縫の腕も上がったようですし、これなら私も二人のお役に立てそう)
ローディナが用意したと言うデザイン画に書かれた衣装は、
私から見たら、まるでウェディングドレスにも応用ができそうである。
そう気付いて私は、クローゼットの奥にしまってある布の存在を、ふと思い出した。
アデル様がユリアの為に買ってくれた婚礼用の生地。
あれだけでも色々と戸惑っているのに、
最近のアデル様の求愛行動で、あの生地に合う靴を作って貰っていたり、
手袋やストッキングを用意されていたり……。
(……気のせいかな? なんだか外堀を埋められていく気がするのは)
なんだか、着々とアデル様が婚礼の準備をしているような気が?
(龍の花嫁かあ……)
そんな事を心の隅で思いながら、胸がちくりと痛くなっていた。
最近はあの子との境界線が無くなって来ている。
ユリアの思い出を辿っていると言うより、記憶を貰っている感覚だ。
私がここへやって来た時に覚えていた、ユリアに関する記憶も、
少しずだが蘇り、ユリアの夢を介する事で一致していく。
(これは……どういう事なんだろう?)
私が元の世界に戻る、兆候か何かなのか?
来たばかりの頃は帰りたいとしか思っていなかったのに、
今は……帰るのが辛いと、そう思うようにもなっていた。
そして感じるようになった1つの予感。
もうすぐ、本物のユリアが私に頼んだ出来事がやって来るような、
そんな気がしていた……。




