59・ティアル育成計画
「――あの、リーディナ……それは流石に止めた方が……?」
「ふふふ~……さあ、ティアル~食べてみて?」
「……みい」
私達の目の前には耳をへちょんと垂らしたティアルが居て……。
いつもの無邪気な表情からは、見た事も無い程の落ち込みよう。
リーディナによってティアルの手、もとい前足に手渡されたのは、
彼女特製の黒こげクッキーなのだが、問題はその色だろう。
この黒いのは、ただ焼け焦げたものだとはとても思えない。
薬草の独特の匂いが私達がいる所まで漂ってくるし、
きっと、ありとあらゆる薬草を練りこんだ薬草ペーストに、
クッキーの生地を混ぜて作った物だろう。
「オカシ……みい」
それを見て、ティアルはとってもとっても悲しいお顔をしていました。
大好きなプレーン味や、ベリーを練りこんだクッキーではなく、
見るからにまず……いえ、苦そうだったり、
辛そうだなと言うのが分かったからです。
(ど、毒々しい色合いなんですが……っ!?)
「み~……」
元気に揺れていた尻尾は、たらんと下がり、ピクリとも動きません。
ティアルはお菓子が大好きです。
リファも勿論お菓子が大好きで、
アデル様も好きな……筈なのですが……。
「……クウン」
「……っ」
リファもアデル様も今回ばかりはと顔を背け、鼻を押さえます。
そして、リーディナと視線が合わない様に、必死になっていましたよ。
目が合えば、試食を命じられる事は予想できたからです。
「リーディナ……これはちょっと無理が……」
別に、彼女の料理の腕が壊滅的に下手と言う事は、決してないと思うのですよ。
以前作って貰ったお菓子は、普通に食べられる物でしたし、
味も申し分なく美味しかったのですから。
それなのに……この短期間で、なぜグレードダウンしているのだろう?
嗅覚が鋭くない私でも、異様な匂いに顔を引きつらせました。
ああっ、ティアルがぷるぷる震えながら、此方に助けを求めてきます。
「みい……ユリア……」
”ねえ、これ、食べた方がいいの? 食べなくちゃ駄目なの?”
そんな事を此方に視線で必死に訴えてくるのです。
だから私は必死に、ボディランゲージで、
「食べなくてもいいよ!」と身振り手振りで答えます。
「みい……」
それでも尚、ティアルに潤んだ目でじっと見られて、
私はぐっと手を握り……勇気を出した。
う、うちの子を助けなければ……保護者として!!
「リーディナ……あ、あのですね?
ティアルにそれをあげるのはちょっと……その、酷だと思うんですよ。
折角、この子の為に作って下さったのは大変ありがたいのですが……」
「そ、そうよリーディナ。ね? 止めましょう?
貴方の今回の努力は、とても素晴らしくて尊いとは思うわ。
でも、でもね? 色々な物を欲張りすぎて、入れすぎたと思うの。
ティアルがしょんぼりしていて可哀想だわ」
おお、ありがとう! ローディナ、君はやっぱり天使だね!!
双子のお姉さんの方は、私の味方をしてくれましたよ。
きっとこのメンバーの中で、リーディナは誰よりも行動力があるお方で、
お勉強と運動が得意な彼女。そして独創性豊かな性格もあり、
錬金術の調合は正確にこなしているし、普通の料理も作れるので腕は悪くないのです。
ただ、ローディナの情報によると、インパクト勝負と効力を考えてしまう事があり、
手に負えなくなる事態になる様なのですよ。ええ。
そう、この悲劇は既に私達の知らない所で始まっていたのかも……。
※ ※ ※ ※
――今から時を遡る事、数時間前……。
寒くなったので外出禁止をされて、部屋でしょぼんと仕事をしていた私に、
たまには気分転換をしないと、ユリアも可愛そう……と、
ローディナとリーディナが渋るアデル様を必死に説得してくれて、
外出許可を取り付けてくれたのです。
『ユリアはアデルバード様との事で、最近は色々悩んでいるでしょう?
一つ屋根の下だし、お屋敷の中で一緒に過ごす事で、
気を使って疲れてしまうだろうから、たまには外の空気を吸った方が良いと思うの』
アデル様との事情を知るローディナが、リーディナを連れて、
私が思いつめ無い様にと気を使ってくれたのです。
閉鎖的な空間にばかりいると、どうしても彼を意識してしまいますものね。
彼女達の気遣いに感謝して、うきうきと二人に付いていく事になりました。
(たまには、リファとティアルも外に出させてあげたかったし……)
そして当然のようにアデル様、ラミスさん、王子サマーズも参加し、
今日は日帰りで素材集めの傍ら、近くの湖に向かったと言う訳です。
まあ其処までは良かったのですが……。
途中、昼食を作って皆で仲良く頂いた後、
おやつにと差し出されたリーディナ特製のクッキーを見て、事態は一変しました。
ティアルが付食属性と知った彼女は、様々な効果がある薬草を集め、
この子にもっと能力を付けさせようと考えたそうです。
「ティアルは、もっと強くなれるのよ!」
……と、リーディナは力説し、ティアルを育成しようと考えました。
ですが、それは同時にティアルに試練を与える事になりました。
リーディナはレシピ通りに作ればそれなりの物が出来るのに、
しょっちゅう余計な物を入れまくって、おかしな物を作るらしい。
よせばいいのに別の物を混入し、止めればいいのに、
色々と余計な物を更にどんどん入れてしまう事から、
普通のレシピとは、かなりかけ離れた実に独特な特殊料理となった様です。
ええ、創作料理の域を超えた物になっていました。
『……斬新さが無いわね。これも入れようかな~?』
……と、ノリノリで作ったんだそうな。
お姉さんのローディナが傍に居たら、そんな事にはならなかったのですが、
残念ながらその日は不在で、妹のリーディナだけでの暴走クッキング。
ええ、彼女の性格を考えると、何も起きない筈が無かったんですよね。
其処で止めればいいものを、更に更に火属性のヒトカゲの尻尾、
水属性の人魚の鱗、土属性のリザートスネークの爪、
木属性の月桂樹の葉っぱ……などなどを入れ、
恐ろしく不味い料理へと変貌させた……らしい。
これは異物混入事件ではありません。異物テロですよお姉さま!
何を血迷ったのか……いえ失礼、考えたのか、
普通のレシピよりも凄い大作を作ろうと、色々と斬新な料理を展開してしまうそうです。
……これ、ゲームとかなら、モザイク処理が掛かってそうな感じですよ?
※ ※ ※ ※
(――で……現在に至るわけですが……)
いいのかな? サブヒロインがこれで……。
サポートキャラとして、私は何かフォローすべきなのではないだろうか?
むむ、フォローか……フォロー……。
「……」
どうしよう……何も思い浮かばないのですが?
おろおろしながらローディナの方を見るも、彼女の方も困惑しているし。
(お姉さんのローディナが傍に付いて居たら、こんな事にはっ!!
いやいや、私が事前にリーディナの行動を予知して阻止出来ていたら、
でもまさか! 料理上手な双子のお姉さんが居るのに、
妹の方はこれほど壊滅的なのを作るとは思わなかったんだ!!)
そう、お姉さんの方のローディナは、作るものは何でも美味しかった。
手作りのクッキーもケーキも……一口食べたら、うっとりする程の腕前です。
何せローディナは、料理コンテストの5年連続の優勝者でもある。
お店でも出せばいいのになと思う位に、
彼女の作るレシピの料理は、とてもとても美味しかった。
だから私は、今日妹のリーディナが差し入れを持ってきたと言った時に、
とてもとても喜んだのだ。全く同じ物が出てくると思っていたから!!
以前、リーディナが気まぐれに作ったと言うカップケーキは、
とても美味しかったんですよ。
私のときめきを返して欲しいです……っ!!
(私の好きなお菓子、お菓子が……うう……)
少し失敗したとか彼女は言っていたけれど、
私は謙遜だとばかり思っていた……まさか、本当だったとは。
リーディナは気立てがいいし、小さい子の面倒見もいい、
私達が困っている時に、色々素敵なアイテムを試行錯誤して作ってくれる。
この子のいい所は沢山知っています。知っていますが……
センスだけはフォロー出来ないかな? ……なんて思ったり。
(料理のセンスは双子ステータスでも補えない、
弊害か何かがあったのですか!?)
ええ、幾ら薬草フルコースの薬膳クッキーで、
健康にとても良いと言われても、私は謹んでお断りします。
(あ……そういえば……)
その時、私は元の世界で先輩に教わった事を彷彿と思い出した。
誰かに食べ物を勧められた時は気をつけろと言われたのだ。
実は声を使う仕事の者には、仕事の前に食べる物、
飲む物を避けた方がいい食材があります。
それは体を冷やす物、喉に引っかかる物、喉に負担をかけるものです。
ええ、この知識を知らないでいる人だと自己防衛が出来ません。
仕事前やオーディション前にこれらを誰かに勧められたら、
気をつけましょう。ライバルを蹴落とす為の典型的な罠です。
……という事を教わった訳ですが……。
(先輩! 相手に全く悪意が無い場合はどうしたらいいのでしょう!?
ああ……でも小麦粉を焦がしたのって肝臓の薬になるとか言っていたな、
うちのおばあちゃんが……でも、流石にあれはちょっと)
ティアルが嫌がるのも無理はありません。
薬草てんこ盛りだから物凄く苦いでしょうし……。
美味しくないのは、見ただけで分かります。匂いが凄いんだ。
それも黒い煙が漂っているのは、何か呪いでもかけているのですか?
甘党のアデル様が、お菓子に全く目を輝かせないのが何よりの証拠です。
むしろ、此処から徐々に距離を取って遠ざかっていますよ。
野生の龍は、食物を見分ける能力はとても高いですからね。
……と言う訳で! ティアルー全力で逃げて~っ!!
「大丈夫! 肝心なのは味じゃなくて効果よ!
ティアル、頑張って食べて頂戴、貴方をもっと強くする為にも!
君は強い子元気な子! それが我らがにゃんこ、ティアルよ!」
いや、料理は味だろう肝心なのは!! 此処は効果を求めちゃいかんのです!
「ティアル? 嫌な時は無理して食べなくてもい――」
思わず助け舟を出すつもりで話していたら、
満面の笑みをするリーディナに、後ろから、ぎゅっと羽交い絞めにされた。
――うああ!? 何をするのですか!?
じたばたするも逃げられない、悪い予感しかしなかった。
「リ、リーディナ!?」
「ふふふ……さあ、さあさあティアル食べてみて?
そして強い子になるのよ! 強いケットシーに!」
「みい……ティアル……ツヨイコ……」
リーディナの「強い子になる」という言葉にぴくりと反応し、
恐る恐るティアルは目の前の異物……。
いえ、クッキーらしき黒い物体を小さくかじってしまいました。
ふ、震えながら食べなきゃいけない試練は、小さい子には酷だと思うの!!
「ティアル、ティアルーッ!?」
私やローディナがたまに変わった料理を作っているので、
これも見た目に反して、意外に美味しいかも知れない。
以前貰ったお菓子は美味しかったから……と、
そうティアルは思った様です。ティアル、君はチャレンジャーだ! 勇者だ!
「……っ!?」
でも口に含んだ瞬間、手に持っていたクッキーはぽとりと地面に落ち、
ティアルは目をぎゅっと閉じたまま、ぺっと吐き出して、
みいみい言いながら私の胸に飛び込んできました。
……ああ、やっぱり駄目だったか……そうだよね~……。
「だっ、大丈夫ですか? ティアル?!」
……って、今ティアルが落としたクッキーが何か弾けたんですけど!?
一体他に何を入れたんですか、リーディナ!!
「みいいい~ユリア~……ッ!!」
慌ててリーディナの腕を払い、ティアルを抱きとめると、
ティアルが「ニガイ~」と舌をぺっぺっと出しながら言っている。
そして口から、小さな炎をぼわ~っと、吐き出しました。
「みい……ティアル、ツヨイコ……ナレナカッタ。
ゴメンナサイナノ……みい~……」
ティアルはしょぼんと落ち込んで、私にゴメンナサイをしています。
いつも食べ物はありがたく頂く事を教えていた為、
ティアルはとりあえず出された物を食べなくてはと思った様です。
な、なんていい子なんだ! 君の勇姿は私の胸に響きましたよ!
「い、いいんですよ? ティアルはとっても頑張りましたから!」
急いで水筒から皿に水を注ぎ、ティアルに水を飲ませました。
一口だけ口に入れただけで、凄い勢いで飲んでいきます。
……そ、そんなに凄いのか? あのクッキー……。
罰ゲームで使えそうなレベルなのか?
リファは鼻を押さえているし、アデル様はマントでまだ鼻を隠している。
「嗅覚がおかしくなっている……」
小さくアデル様が呟いていた。
「あれ、そう言えば……。
ラミスさんがさっきから静か……って!? 気絶してる――っ!?」
「あ……あうう……うぐ……」
「ラミスさん、ラミスさーん!?」
都会育ちの龍のお兄さんには、刺激的過ぎる匂いだったようです!!
地面に倒れて、ぴくぴくと手を前に伸ばし、此方に助けを求めていました。
どうやら耐性も野生の龍より無いようです。
私は取り合えず、ラミスさんの手にハンカチを差し出しました。
「あっ、あの、ラミスさん、どうぞこちらをお使い下さい」
「う、ううう……」
匂い消し効果の石鹸で洗っているので、少しは良くなるかと。
ラミスさんは私のハンカチを震える手で受け取ると、
酸素ボンベの様に口元に当て、すーはーすーはーと呼吸を繰り返し、
なんとか命を繋いでおりました。
「……ユリアの、ハンカチを」
アデル様が凄い形相でラミスさんを睨んでいる。
苦笑しつつ、私はリーディナに向き合います。
「や、やっぱりティアルには無理ですよ、リーディナ。
お屋敷でも刺激の強い味付けのものは、食べられなかったのですから」
「うぬぬ……折角作ったのに~」
悔しがるリーディナに、姉のローディナが話しかける。
「リーディナ……。インパクトを求めないで、
むしろ何も入れないでレシピ通りのを作って?
誰かにあげる前に……ね? そもそも味見とかはしたの?」
「勿論していないわ!」
「どや顔で言わないで!」
私は腕の中にいるティアルの頭をなでて、
こういう時は、無理に食べなくてもいいんだよ? と教えてあげてから、
しょんぼりしているティアルに、ローディナが焼いて来てくれたスコーンを渡した。
ティアルの好きな、リラベリーのジャムも一緒に。
すると、今まで様子を(かなり遠くから)伺っていたアデル様は飴を、
リファは木の実をティアルにあげていた。
先程までの様子は何処へ行ったのか、ティアルは目を輝かせてお菓子をぎゅっと抱える。
「みい、ティアル、ミンナ、スキ!! みいみい」
「そうだ。ティアル、これも良かったらどうぞ?」
ローディナは、ティアルにクッキーを差し出してくれる。
猫の姿に翼が生えている型で抜いたそれは、ティアルが見て大喜びした。
先日も作ってくれた事がある、ティアルの型をしたクッキーだ。
「みいみい、ティアルノ、クッキー!」
「ふふ、ええ、ティアルが喜ぶと思って、また作ってみたのよ」
「わあ、良かったですね? ティアル」
「みにゃあん!」
にゃあにゃあと甘えた声を出して、ご機嫌を取り戻したティアルは、
尻尾をフリフリしながら、私の膝の上でお菓子を食べ始めた。
そんなティアルの頭を私はなでる。
はあ、良かった……元気になってくれて……。
その様子を見て、ローディナもほっとして私の方を見て頷く。
「ティアルの能力を増やす事はいいけれど……。
きつい味付けのものを食べさせるのには難があるわね。
とりあえず、何か作る時には私達が作りましょう、ユリア。
リーディナは……欲張りすぎて色々と入れてしまうから」
「そうですね。ティアルの為にも。
あと、リーディナには、普通の料理の訓練をしてみては?
普通による、普通過ぎる料理の特訓です」
彼女の将来を案じての提案でした。
このままだと、リーディナはお嫁に行けないんじゃないかと心配です。
料理は科学の原理に基づいたものなので、
実験や調合が上手なリーディナは、余計な事をしなければ十分出来ると思います。
ええ、本当に余計な事をしなければ。
そうでなければ、料理の上手な旦那様を見つけるか、
そういう事をしなくてもいい、家柄の人を見つける必要がありますからね。
まあ、そうそう上手い話も無いわけで……お屋敷の女主人でも、
新人のメイドに家事の手ほどきを指導する事があるので、
必要最低限の事が出来ないと駄目ですし……。
(……あれ? でも、よく考えてみたら……。
知り合いのお兄様がたは、使用人を抱えられる人ばかりですね)
……うーん……組み合わせとしてどうだろう? よく分からないなあ。
(アデル様とラミスさんは……龍だし、錬金術師のリーディナと相性はちょっとね。
そ、それに私的な理由でアデル様はお勧めしたくないです。
アデル様がそれを望んだら協力はしてあげたいですが、
きっと私、泣くわ……うん、泣く……ユリアみたいに出来るかなあ?)
……うん、でも考えて見ると、リイ王子様が一番お似合いな気がする。
主に、二人の性格的な意味で……。
そんな事を私は、一人、もんもんと考えて頭を抱えていると……。
リーディナが、ひくひくと口元をゆがめて、あさっての方向を見ていた。
「りょ、料理修業なんてしなくてもいいと思うけど?」
そろ~っと逃げようとするリーディナの襟首を、
ローディナが即がしりと掴み、彼女は私に向かって、ニッコリと微笑んで来た。
「任せてユリア、お姉さんが責任を持って妹を指導するから!」
「みい?」
「ローディナ!? ちょっと!?」
「私も前から気になっていたのよね……きっと丁度いい機会だわ。
このままじゃ、リーディナがお嫁に行けなくなってしまうもの。
徹底して基本を身につける練習をさせるべきよね。
リーディナの場合は、料理に冒険は良くないと思うの」
こうしてリーディナのティアル育成計画は、
リーディナ育成計画へと変更される事になりました。
お願いします。ローディナ、貴方だけが頼りです。
「……でも、どうして突然こんな事を計画したのですか?」
戦闘能力的に言えば、私達メンバーはバランスが取れている為、
ティアルを無理に強化しなくても良いと思うのです。
あの子は、ほら、もふもふな対象キャラなので、
マスコット的な状況で良いと思うのですよ。
自身の身を守る為ならば、目くらましでも十分ですし。
そうしたらリーディナは、ティアルの付食能力を利用して、
この子に全ての属性、つまりは全属性を身につけたかったのだと話してくれました。
「実は自然界に生息する動物でも、全属性ってなかなか居ないのよ。
以前は黄金龍や蒼黒龍が居たそうだけれど、絶滅してしまったものね。
もし、ティアルがそうなれるのならばと、考えたのだけれど……」
自然界と密接に繋がっている龍は、
1つの種が滅びると、自然界に影響が大きく出るそうです。
例えば……水属性の青龍が居なくなれば、雨が降らなくなったり、
地表の水が干上がったりと、属性に関わる現象が起きるとの事。
「それって……じゃあ、全属性が滅びるって事は……」
「そう、今後何か大きな天変地異が起こる可能性が高いのよ。
だから小さくても、それに代わる属性の者が存在した方が良いの。
こうして考えると、龍は凶暴で恐れられているけれど、
世界の均衡を保つには、とても大事な存在だったと言えるわね」
ゆるやかに衰退して行くのならば別だけれど、
一気に消滅するような事があった為に、その反動は大きくなり、
甚大な被害が出る可能性が高いらしい。そうなれば対策の手段も用意できない。
その為、絶滅した種に代わる全属性の存在が必要との事だ。
ただし、リーディナは知らない。
まだ蒼黒龍は絶滅してはいないという事を……。
そう、まだこの世界にはアデル様が居るのだ。最後の蒼黒龍が。
過去の出来事で属性を失い、弱体化はしていたけれど、
今は徐々に力を取り戻し始めている。
だからまだ最悪な状況にはならない筈だ。
(でも、万が一……今後アデル様に何かあったら、
この世界にも大きな影響があるって事なのか……)
きっと、アデル様がルディ王子様に保護されたのには、
そういう理由もあるのだろう。ちらりと私はアデル様の方を心配げに見る。
アデル様は無言でこちらの会話を静かに聞いているようだった。
驚いていない様子を見るからに、彼はそれを元々知っていたのだろう。
(そうか……だから、人間の元で生き延びる事も考えたんだ)
自身が消えれば生態を狂わすだけじゃない、
大きな災いがやってくる事を彼は知っていたから――。
(で、ティアルが全属性を身につければ、被害を防ぐ対策になるかもしれないと……)
確かに、小さいうちから属性と馴染ませておくと、
突然の体質を変えた反動も、最小限に抑えられますよね。
でも流石に、薬草入りフルコースはちょっとハードルが高かったかと。
身を守る術はリファが懸命に指導している所だし、
無理に強くしなくてもいいと思うんですよ。
……で、折角作ったリーディナのクッキーの行方なんですが、
リーディナが満面の笑みと、愛らしい猫なでボイスを使って、
散歩から戻ってきた王子サマーズに食べさせようとしたんですが……。
流石に王子サマーズにも、受け入れられない空気を本能で感じ取ったのか、
「おっと用事を思い出した」と言い出した二人は、
一斉に背中を向けて逃走しました。
あのお二人、流石に王族だけあって危機感に鋭いですね。
「ルディ王子様、リイ王子様っ!?」
「すまないリーディナ君! 君の愛は真心だけ受け取るから!
私の胃は物凄く繊細なんだ!! 勘弁してくれたまえ!!」
「私には神に与えられた大事な使命があるから、
今、ここで倒れる訳には行かない!!」
「せめて一口! 一口だけでも食べて~っ!!」
そう言ってリーディナが投げたクッキーの一個が、
王子達の目の前に突然現れた魔物の口の中へと偶然入り、
……その直後に魔物が雄たけびと共に苦しみだして、即倒れるという事態に。
そして、そのまま気絶してしまわれました。
「……うそ」
強そうな魔物が一瞬で戦闘不能に……その一部始終を見て、
私達は揃ってリーディナの腕の中のクッキーを覗き込む。
「……リーディナさん? こ、これ……もはや食べ物じゃないんじゃ?」
私がそう言うと、ローディナも何度も頷く。
「ええ……どう見ても……攻撃用のアイテム……よね?」
「ふ……ふふふ。そう! そうなのよ!! これはその為の物で!!」
「……ティアルが吐き出してくれて良かったです」
「……ごめんなさい」
その後、私達は現れる魔物にクッキーを投げて倒して行った。
魔物の弱点に、匂い系アイテムも効果的というのが分かった瞬間です。
「凄いです。私が投げる短剣よりも攻撃力がある気がする!」
これはこれで、魔法を余り使えない人の為の、
護身用のアイテムとしていけそうですよ!!
旅の行商人さん達に、お勧めできるんじゃないでしょうか?
そんな事を思いながら、今回の冒険は終了となりました。
※ ※ ※ ※
「みい……ユリア、ミテミテ~」
そして、それから数日後。ティアルは小さな炎を扱えるようになっていた。
どうやら、あのクッキーを口に含んだ時に、
火の属性を授かる事には成功していたようです。
私はティアルが怪我をしたりしないよう、火の扱いをティアルに教えてあげ、
普段はむやみに使わないようにと約束して貰いました。
火傷をしたり、火事にでもなったら大変ですからね。
そんなティアルは何度もこくこく頷いて、私を嬉しそうに見てきます。
「みい……コレデ、ユリア、リファ、ミンナ、マモレル?」
と、そんな事をティアルは首をかしげながら言ってくれて、
私とリファは、その言葉に目を潤ませました。なんていい子なんでしょう!
私達は一緒になって、ティアルに頬ずりしました。
その気持ちだけで十分です。ええ、十分ですとも!
そんなこんなで開発された。リーディナの薬草クッキー。
利用方法は当初の予定とは異なりますが、
魔物の撃退グッズとして、無事に採用される事になりました。




