58.王子様のお茶会
「――久しぶりに、私と一緒にお茶でもどうだい? アデルバード」
そう言ってライオルディは、騎士団本部の部屋にやって来た。
誘ってくれたのに悪いが、今の俺は忙しい。
これから急いでユリアの待つ家に帰らなければならないんだ。
だから、今回は……と断りを入れる事にしたのだが……。
「君が前回、好きだと言っていた胡桃の菓子と、
シェフが新作の焼き菓子を作ってくれたんだよ」
「――行こう」
菓子の魅力に、俺はあっけなく負けた。
俺は即座に部屋のドアを開ける。焼き菓子は、焼き立てを食べなければ意味が無いのだ。
新作と言うのなら、この時期にしか味わえない限定ものだろう。
木の実も多く採れる今の時期、とても美味しい物が味わえる。
それをこの国に来て俺は学んでいた。
(――この機会を逃すと惜しい)
ああ、だが、これはどうすれば良いのだろう?
俺は木の葉で覆った包みを脇に抱えており、
これをユリアに届けようとしていたから悩む。
「ええと……所で聞いても良いかい? アデルバード、
なぜ、君は今ずぶ濡れの姿になっているんだ?
まさか、見回りの時に用水路にでも落ちたのかい?
そのままだとアレだから、先に着替えた方が良いと思うよ」
ライオルディが言うように、今の俺はずぶ濡れ状態で、髪からは水が滴り落ちていた。
この姿のままで本部に戻ってきた俺を見て、周りはかなり驚いていたな。
なに、それ程大した事はしていない筈だ。
……たぶん。
「……実はな、今日は早番で昼までの勤務だったんだ。
だから、午後は海まで出向いて、エビを狩りに行って来たんだが」
「ま、まさか、その格好のままで潜ったのかいっ!?」
「ああ、何か問題でもあるのか?」
「いや、その……随分とまあ大胆な事をやるもんだね君は……」
……? 何か俺はまた間違えたのだろうか?
俺はこうなったいきさつを思い出してみた。
そして、経緯をライオルディに説明する。
それは四時間前の出来事だ……。
※ ※ ※ ※
ローザンレイツでは森の幸、山の幸、海の幸に恵まれているが、
新鮮な海産物となると、直接採りに行った方が良いだろう。
体の弱いユリアの為、滋養のある物を沢山食べさせてやりたい。
そう思った俺は、今日の勤務時間を確認して行動に移したのだ。
最近のユリアは顔を赤くして倒れる事も多くなったから、
俺は何時も心配で心配で……ラミルスと部下達が止めなかったら、
騎士団の仕事など放り投げて、彼女に始終付いていてやりたい位だった。
そんな折、ユリアが“エビフライ”を食べたいと言っていたのだが……。
俺はその名前を初めて聞いた。
(――エビフライ……? 聞いた事が無い名前だ。エビの仲間だとは思うが……)
それをユリアに贈れば、彼女は喜ぶかも知れないと思った。
事前に本屋にも立ち寄り、ラミルスにも相談してみたが、
エビフライなるものを知っている者は誰一人として居なかった。
ユリアは食べ物に関してやたら博識だ。変わった調合で料理を作る。
他の使用人やローディナ達も言っている位なので、彼女の料理の知識は凄いのだろう。
だから彼女が言うのならば、そのエビフライと言う生物は、
きっとこの世界のどこかに存在する筈だ。
(ユリアが喜ぶならば、食べさせてやりたいが、
野生育ちの俺でも分からないものを、はたして用意してやれるだろうか?)
とりあえず風の魔法を使って、移動時間を短縮して海辺へと立ち寄り、
漁師に相談してみるも、知っている者は居なかった。
俺はその時、打ちひしがれながら泣いた。
ユリアがあんなにも望んでいるのに、俺は彼女の望むものを用意してやれない。
それは求愛する雄にとって、屈辱的なものだった。
『ユリア……ユリアの笑顔が見たかったのに、
それがどんな幻の珍種でも、俺はユリアの望みを叶えてやりたかった』
何処に居るのだ? エビフライは……。
まさか、滅多に姿を現さないレアクラスの怪物なのか?
怪物……もしかすると巨大生物なのかもしれない。
……となれば、人目に付く所には無いのか?
俺は不甲斐ない事を心の中でユリアに詫び、
心配して慰めてくれる漁師の男に、俺の事情を話した。
『――家で弱った幼い娘が俺の帰りを待っているんだ……。
その娘がエビフライが食べたいと言っていて、
俺はどうしても食べさせてやりたいんだ』
要約すると、そういう事だ。ユリアは俺よりも幼いし、体も弱い。
何も間違った事は言ってはいないだろう。
『そっ、そうなのか……あんた病気の娘さんの為にわざわざ……っ、
娘さんが今わの際に望んだ事なら、俺も叶えてやりてえなあ』
『どうか元気出してくれよ。お前さんの気持ちは娘さんにも、きっと届くからさ』
『……そうだろうか?』
『ああ、しかし良い話だな。あんた良い父親だよ。
娘さんも、きっと優しい子に違いねえな』
父親か……俺はユリアの父として、兄として、あの娘を保護していた。
だから、漁師の男達が言う事は間違いではないだろう。
俺は静かに、その言葉に頷いた。
『ああ……ユリアはとても優しい娘だ』
多少、話が食い違っているような気もしていたが、
俺にはそれを深く考え、説明する心の余裕などある訳が無かった。
肝心なのは何を持っても、求愛している娘ユリアが最優先なのである。
彼女の望みは何が何でも叶えてやらなければ、
それが龍のプライドと命を懸けてする求愛行動なのだから。
漁師の男達は俺に同情し、一緒に涙を流してくれたのだが、
やはり俺は説明する余裕など無かった。
しかし、ユリアの為に涙を流してくれた彼らを良い人間だと思った。
彼女程でないが、良い人間が居るとは本当なのだな……。
(しかし、余命いくばくも無い娘……?
ユリアは其処まで体が弱いのだろうか……いや、鏡の存在もあるしな。
これは何としてでもエビフライを探してやらなくては、
ああ、しかし肝心のエビフライは、一体何処に居るのだ?)
途方にくれそうになった時、俺はある有力な情報を聞いた。
海へ潜れば珍しいエビが見つかるかもしれないと言われたのだ。
学者でもまだ発見されてない新種がいてもおかしくないと。
俺は早速海に潜り、泳ぎに泳いでエビフライを探す事にした。
そうしたら、俺が海に潜った直後……海は急に荒れ始めたらしく、
漁師の男達は、戻らぬ俺の事を凄く心配していたそうだ。
『おい! あの男は帰ってきたか!?』
『それが、まだ戻ってきてねえんだよ!!
なんて事だ。病気の娘さんが家で待っているってのに……っ!!』
『お前ら船出せるか?!』
『いや駄目だ!! こんな時に船を出したら俺達まで嵐に巻き込まれちまうよ!』
数時間後、男達が集まり心配していた所へ、
俺は大きなエビを両脇に抱えて戻って来た。
『――……一体何の騒ぎだ?』
『!? あんた無事だったのかっ!?』
海から上がった俺を、男達は泣きながら次々に抱き付いて来て、
無事で良かった……と、口々に言って来るので俺は首を傾げた。
荒れていたのか? ……それは気付かなかった。
海底に住み着いていた青龍と縄張り争いになったので、
俺は海の中で剣を振り回して暴れていたから、分からなかったのか?
(――それにしても、見ず知らずの俺の心配をしてくれるとはな……)
俺は見知らぬ漁師達の温かい人柄に感心する。
うむ、悪い気はしないな。
ユリアに贈る深海の巨大エビも無事に見つかったし、
俺は満足げに頷いた。これでユリアに腹いっぱい食べさせてやれる。
世話になったと漁師達に礼を言ってから、
味見用にと、もう一匹捕まえて来たエビをもしゃもしゃと齧りながら、
俺は頭に海藻を張り付けたまま、本部へと帰って来たのだった……。
※ ※ ※ ※
「――そ、それで……? そんな脇に抱えるほどの大きなエビを?」
「ああ、思ったよりも時間は掛かってしまったが、
何とか捕って来られた。大型のエビだ……。
ユリアがこれで喜んでくれると良いのだが……」
海に潜ったついでに、真珠も見つけて来たんだ。
これは後で、耳飾にでも加工して貰おう。
ユリアには喜んで欲しい。もっともっと喜んで欲しい。
そして、自分こそが彼女の伴侶に相応しいと認めて欲しいのだ。
俺が頼れる雄になれなければ、選ばれる事は難しい。
ただでさえ、俺は龍だ。人間の男とは種族が違うから不利である。
妥協など、なぜ出来ようか?
俺はユリアの一番にならなければいけないのだ。
「そう……なのか、そ、それは大変だっただろうね?
では、鮮度が保てるように、氷付けにして貰うと良いんじゃないかな?」
「ああ、そうか……そうだな」
俺は慌てていた為に、その発想をすっかり忘れていた。
野生暮らしだった時でも、食料を氷付けにしたり、
土の中に埋めたりして保存していたのに、都会暮らしに慣れて感覚が鈍っているらしい。
早速、俺は意識を集中して氷を作り出した。
持っていたエビは氷の塊の中に収まり、
ついでに自身の濡れた体も風を起こして瞬時に乾かす。
そんな俺の姿を見て、ライオルディは驚いている様だった。
「……どうした?」
「いや、驚いたな……もうそれ程までに力が回復しているとは」
言われて見て、俺もその事に気が付いた。
自身の手のひらを見つめ、ぐっと拳を作る。
制限されていた力は、知らないうちに随分と回復していたらしい。
「ああ……そうだな。言われて見れば、余り不自由しなくなって来た。
完全ではないが、失われた属性の力は戻って来ているようだな。
このまま行けば以前の状態に戻れるだろう。頬の印も消えつつある……」
きっとそれはユリアのお陰だろう。
出会うまでは、ここまでの回復は見られなかった。
発作のように体を苦しめて来た痛みも、今は殆ど感じられない。
憎しみは、全てを滅ぼすと……俺はかつて父に聞いた事がある。
その憎しみの檻から、俺は解放されようとしているのだろう。
ユリアの小さくて白い手に癒されていくことで……。
この調子ならば、何時か本当に人間を許せる日が来るかもしれない。
「ここへ来た時には分からなかった事を多く知った。
そのきっかけを作ってくれたのは、他でもないユリアだ。
あの娘は俺が自身に架した呪いの棘を一つずつ抜いてくれる」
最初は、弱くて何も出来ない娘だとばかり思っていたのに、
彼女は暗闇の中に居た俺に、光をもたらしてくれた。
人の輪に入り、人の世で生きる術を教えてくれたのだ。
お陰で人間の知り合いも多く出来たし、人間を学ぶ事も出来た。
悪い者ばかりではないと、ここへ来て沢山学んだ気がする。
特にユリアは人間でありながら、世間に正体をばらすことなく、
俺の味方をしてくれた数少ない人物の一人だ。
懸命に、人間の世界に馴染めるようにと奔走してくれ、
時に苦しむ俺の為に寄り添い、涙まで流して労わってくれた。
その者をどうして憎む事が出来るだろう?
人々に迫害されて来た蒼黒龍だからこそ、抱いたその想いは強くなる。
「ユリアに出会えなければ、苦しみが癒える事は無かった筈だ」
だからこそ、守ってやりたいとさえ思えた。
それは仲間に対する裏切りとも思えるが、俺はこの想いに悩みながらも、
ユリアの差し出す手を取り、彼女を幸せにしてやりたいと思うようになった。
復讐に研ぎ澄まされた龍の牙は、一人の人間の娘の優しさに折れた。
だが、それも運命と言うものなのだろう。
「ライオルディ、お前には感謝している。
俺が生き延びる道を与えてくれた。大切な恩人だ。
そして、そのお陰でユリアと出会う事が出来た」
ティアルの件もまた、人間への認識を改めるきっかけになった。
だから今は、自身の正体を公に出来なくても、
人間と共存するという考えに異論は唱えない。
人としての戸籍と家名を貰い、住処と使用人、
そして生きる為に必要な仕事を与えてくれたのは、ライオルディだ。
初めての人間の友、俺はあの時、友の言葉を信じて良かったのだろう。
ここへ来なければ、人として生活していなければ、
俺はきっとユリアとは出会えず、憎しみを今も抱えていただろうから……。
「ライオルディ……だからユリアの事は諦めてくれ。
お前がユリアを求めるならば、俺は本気で牙を剥かなければならない。
そうなれば手加減は出来なくなる……だが、俺はお前を倒したくは無い。
恩人であり、数少ない人間の友を、この手に掛けたくはないんだ」
それは、俺の中で芽生えた感情の変化。
以前は奪い合う事こそ龍の本望としていた俺だったが、
こうして人間として生きる事を選んだ日から、少しずつ俺は色々な感情が芽生えていた。
それは、人間としての平和的な解決方法。
力だけで解決する龍族とは違う方法だ。
あれから少しずつ、友であるライオルディの気持ちも考えるようになったのだ。
そして、同胞の友、ラミルスの事も考えて、奴には昨日言って聞かせた。
『ユリアだけは譲れない……だから、手を引いてくれ』と……。
俺はラミルスがユリアへ好意を寄せているのも気付いていた。
だからこそ、今までは強く脅し、牽制をしていたのだが……。
あいつも俺の友である。友の想い人を奪うかも知れないのだから、
此処は素直に頼んで見る事にした。
ラミルスは勘が良い。直ぐに俺の意図を理解してくれた。
ユリアを泣かせるなと言う条件付で、手を引いて貰ったのだ。
次はもう一人の友、ライオルディの番だ。
ライオルディはそんな俺に対し、静かに頷いて応える。
「……ここで君の求愛相手が見つかったのは、私としても嬉しい。
心配しなくても大丈夫だ。私はユリア君を妃の一人にする気はないよ。
まあ少し、残念ではあるがね」
「……やけに素直だな? ユリアを側室に狙っていたのでは無かったのか?」
毎回、会う度にユリアを口説こうとしていたのに、一体どんな心境の変化だ?
俺は共に部屋を出て、隣に並んで廊下を歩くライオルディをちらりと見た。
何か企んでいるのではあるまいか? もしもそうならば俺は怒るぞ。
するとライオルディは、ばつが悪そうに肩をすくめる。
「アデルバード、その件に付いては心配する事は無い。
元々、大事な友の想い人になった者に、この私がお手つきをする気は無かったよ」
「そうなのか?」
「君が保護した娘と聞いて、どんな娘か知りたかったんだ。
出会った時から側室として狙っていた訳ではないよ。
今まで君の世話係りにと、私が派遣したメイドが直ぐ暇を願うのに、
あの子だけ何も変化が無いそうだったから、ずっと不思議だったんだよ」
「……それはつまり、ユリアを監視していたのか?」
「いや、君は自分が思っているよりも有名人なのだよ? 噂で分かるさ。
これ以上、君に人間の醜さを見せて、君を傷つけたくは無かったし、
君の苦しみを和らげるには、傍に心を許せる者が欲しかったんだ」
ライオルディの言葉を聞き、俺は友の意図を理解した。
「……そうか、心配を掛けたのだな。
確かにここへ来た時は荒れていたから……心配するのも当然か」
「君をこの国へ招いた私には、責任があるからね。
アデルバードと交わした約束は果たすつもりだ」
友として俺の味方となり、力となる。
俺とライオルディが、かつて交わした約束だった。
「だがアデルバード、一つ聞きたい……君の敵討ちは、もういいのかい?」
「ああ……とりあえず人間への復讐は止める事にした。
俺はユリアと共にありたいと思うようになったからな、
その為には人として生きる努力もしてみようと思う」
だが……俺の仲間と家族を屠ったあの魔物……。
モータルと言ったか、あれだけは許す訳にはいかない。
あれは放って置けば、力を増して次々に被害が出るだろう。
そして、そんな存在をユリアに近づかせたくない。
ローディナが捕らわれていた時、
あの時の俺はユリアを助けてやる事が出来なかった。
あんなに傍に居たのに、泣いて怯える娘をあの魔物から守ってもやれずに……。
惚れた娘に庇われ、救われる形となってしまった。
あれでは、まるでユリアを盾にさせてしまったも同然ではないか。
――アノ、マモノハ……ユリアヲ……ナカセタ……。
――ユリアヲ……キズツケタ……。
「ユリアをあんなに怯えさせ、泣かせた魔物だけは許せない」
怒りで龍の本能が働き、一瞬瞳の色が変わりそうになったが、
目元に手を覆ってそれを隠す。ここはまだ城内だ。
人目に付けば、大問題になる。
自分に何かあれば、ユリアにも咎が行くかもしれない。
大分、抑えられる様にはなって来たのだが、
まだまだ難しい所がある。不便だが、ここは我慢だ。
ユリアと彼女を取り巻く小さな世界を守る。それが今の俺の存在理由だ。
その為に、彼女の笑顔を奪う存在を許す訳にはいかない。
「……ああ、あと出来れば、リハエルも倒しておきたいのだが?」
この男の弟王子であるリハエル、
あいつはモータルと同じ様にユリアを怯えさせ、泣かせた。
そんな男が、最近ユリアと時折会っているらしく、
俺は内心むかむかしていた。いつの間にそんなに仲良くなったのだ?
若い人間の娘は、金の髪の男に惹かれる事があると聞いた事がある。
金色……俺の髪は黒髪であり、金色ではない。
そしてリハエルは人間の男であり金色の髪の持ち主だ。
その上、相手は一応この国の王子。良い条件がそろっているのでは?
(ユリアも惹かれたのでは……だから奴を許したのか?)
俺は危機感を募らせていた。種族の違いはただでさえ大きいのに。
このままでは、あの男にユリアを掻っさらわれるのではないか……?
「俺との違いを考えるたび、俺はユリアがあの男の手を取る前に、
真っ先に闇に葬っておくべきだと思うのだが、どうだろうか?」
「いや……どうだろうかって言われてもね。
君が望むのならば、謝罪も込めて喜んで差し出したい位だが、
その、あれは一応私の弟だからね? 私に免じて許しては貰えないかい?
何よりユリア君が嫌がるよ? 彼女は私が弟を裁くのを止めた位だからね」
「ああ、分かっている。ユリアは誰かが傷つくのを嫌がる娘だ」
ローディナが行方不明になったあの時でさえ、自分よりも友の心配をしていた。
出会ったばかりだった彼女の事でも凄く泣いていたユリア。
きっと他の者でも泣くに違いない。
「だからこそ悩んでいる……俺もユリアが泣いて嫌がる事は極力避けたい。
ユリアが心労で儚くなってしまったらと思うと……」
「えーと?……ユリア君は、とってもすこぶる健康体で、
元気に城下街を駆け回っていると話を聞いているよ?
流石に、心労で儚くなる様なお嬢さんにはとても……って、
聞いていないね? 君は……」
そそくさと歩き、ライオルディの部屋に辿り着くと、
用意された椅子に腰掛ける。
すぐさまテーブルに並べられた菓子を手に取り、
目の前に置かれたお茶入りのカップに口を付けた。
菓子は美味しいが、俺の気分は晴れない。
茶も菓子も美味いのだが、気に食わない事が多いのだ。
家族以外でユリアとの時間を共有する雄が居る事に、
俺はむかむかする気持ちが解消できずに悩んでいた。
やはり金髪か? あの髪の色が良いのか? 俺は其処でふと顔を上げる。
目の前には……リハエルと同じ金の髪の男が座っているではないか。
しかも……“同じ顔”だ。
「――ライオルディ……一つ、切実に頼みたい事がある」
「ん~? ……なんだい? アデルバード? ああ、お菓子のおかわりかな?
勿論、君の為に沢山用意して貰ったから大丈夫だよ」
「いや? お前の髪を全部むしらせてくれないか?」
「ぶはっ!?」
俺は良い解決方法を考えた。
そうだ。金髪の男がこの国から居なくなれば良いのではないか?
髪を全部取ってしまえば、ユリアも興味が失せるだろう。
兄弟そろって金髪なので、俺はリハエルの分ともども頼んでみた。
だが、ライオルディは了承の代わりに、口に含んだ茶を盛大に吹き出した。
……いつも思うが、人間の流行と言うのは良く分からない。
やはり新しい遊びか何かなのだろうか?
俺も真似してみるべきか? 少しは人間の習慣に慣れるかもしれない。
手に持っていたカップをまじまじと見つめてみる。
「なっ!? いきなり何を言うんだい君はっ!? むせたじゃないか!
私の髪をむしるだって? 嫌だ断る!!」
「少しくらい良いだろう? これは友としての頼みだライオルディ。
ユリアがお前達の髪に惹かれてしまうのは嫌なんだ」
「良くないよ! 少しと言うか丸ごと全部じゃないか!!
王子としてハゲはいただけないよ?! 威厳も無くなるよ!」
「ティアルは大喜びすると思うが?」
「あの子は何でも面白がるんだよ!」
友の頼みでもそれは無理なのか……。
俺が無言で全部の指をわきわきと動かしていると、
目の前で頭を両手で必死に押さえ、小刻みに震えているライオルディがいる。
仕方ない、では諦めて大人しく菓子を楽しむとしようか。
とりあえず全種類は食べて置こう。
「ああ、そうだ、この菓子は土産に少し包んで貰っても良いだろうか?
ユリアにも食べさせてやりたい。ユリアも甘い物が好きなんだ」
甘い物をユリアも好むと知っている俺は、彼女の分の手土産を頼む。
土産が増えた……ユリアは喜んでくれるだろうか?
こうして俺は、久々の友との茶会を過ごした。
※ ※ ※ ※
「――あ……っ、こ、こんにちは、アデルバード様」
「ん……? ああ、ローディナか、君も帰る途中か?」
「はい、お師匠様にご指導いただいた帰りなんです」
茶会を終え、手土産を両脇に抱えて城下街を歩いていた時、
途中でユリアの友人であるローディナに偶然出会った。
折角なので、分かれ道まで彼女をエスコートする。
ユリアの友人ならば特に大事にしなければな。
「そうだわっ、あの、私……実はユリアの事で、
是非ともアデルバード様にお聞きしたい事があるんです……っ!」
なんだと聞いたら、俺がユリアの事をどう思っているのかと聞かれた。
大事な大事な話で、どうかごまかさずに話して欲しいと。
それによって、此方にも考えがあると言われた。
「あっ、あの、私がこんな事を言う資格は無いとは思いますが、
ユリアはとっても良い子で……本当に本当に良い子で、
だから、ユリアを悲しませるような事はしないで欲しいんです!」
震えながら両手に拳を作り、涙目になりながら、
俺に訴えて来る娘を見て、俺は素直に答える。
「……ああ、それは分かっている。ユリアは優しい娘だ。
勿論、俺はユリアの事をとても愛おしいと思っている。
大切にしたいし、彼女の幸せをこれからも守ってやりたい。
ゆくゆくは俺の花嫁になって欲しいと、そう望んでいるのだが……?」
「そ、そそそうなのですか?!
と、言う事は……遊びとか、そう言う訳では無いのですね?!」
「遊び……?」
「いいいええっ! な、何でもないんです!
きゃああ、良かった~っ!! ユリアおめでとう~っ!!
私、頑張って応援するわね~っ!!」
キラキラと瞳を輝がせるローディナは、やたらはしゃいでいる。
まるでここには居ないユリアに話し掛けるかのように、
俺とは反対方向を見ながら、大喜びしていた。
よく分からないが、俺は間違えないで答えられたらしい。
俺は頷き、そして……こう続けた。
「俺は何時か、ユリアに元気な卵を産んで欲しい」
「――……は……? た、たまご?」
それまで隣ではしゃいでいたローディナが、ぴたりと動きを止め、
此方を振り返るので、俺はもう一度頷いた。
「その為には、ユリアには滋養のあるものを沢山食べさせて……」
「あの……あのう……アデルバード様?
ユリアは……その、卵なんて産めないと思いますが……?」
「!?」
――そうなのかっ? 何という事だ!!
聞かされた衝撃の事実。
(ユリアは、卵が産めない程に体が弱かったのかっ!?
確かに、出産時に掛かる母体の負担を考えれば、納得が出来る……っ)
俺はその時、初めて知った衝撃に思わず眩暈がした。
そうか……そう言えば、出産は命がけだと誰かに聞いた事がある。
(何という事だ。ユリアは……卵を産む事が出来なかったとは……っ)
可哀そうに……可哀そうな俺のユリア。
それでは人並みの幸せなど、最初から諦めているのかもしれない。
ユリアの悲しみを、この俺はどう癒してやれば良いのだ?
余りにも衝撃的過ぎて、胸が引裂かれるように痛んだ。
(ただでさえ苦労の多い娘だ。これ以上、悲しませたくは無いのに……)
……だが、例え子が出来なくても、俺は君を愛して行こう。
だから安心して欲しい。帰ったら沢山ユリアを慰めなければ。
貴重な話を教えてくれて感謝する。ローディナ。
お陰で俺は、ユリアを無神経に傷つける事を避ける事が出来た。
「あの……普通、女の子は卵を産んだりしないので、
ええと……あの、アデルバード様?」
ローディナが傍で何か言っていたが、俺は衝撃に打ちひしがれ、
彼女の話をまともに聞いている余裕は無かった。
優先順位はいつも、求愛している「ユリア」なのだ。
俺の意識は、屋敷で待っているユリアに全意識が向かっている。
「知らなかった。とても……とても残念だ。
だが、ユリアが出産に堪えられないのならば仕方がない。
子が一匹も持てないのは残念だが、俺は……ユリアさえ居てくれれば良い」
「……ええと、あの……“匹”? あの、あの、ユリアは動物じゃ……」
「こうしては居られない……っ! すまないローディナ、
俺は直ぐにユリアを慰めてやらなければ!」
「あっ!? アデルバード様? アデルバード様~っ!!」
そうして俺はローディナと別れ、家まで急いで駆けて行った。
俺の帰りを、笑顔で出迎えてくれたユリアの無事に安堵すると、
彼女に菓子の手土産を渡し、氷を取ったエビは玄関の脇に置く。
そして、彼女の体を労わるように抱きしめた。
顔色を見て、体温を匂いを確認する。
良かった……彼女は大丈夫そうだ。俺は安堵した。
「……っ、あ、あの、ありがとうございます?
ええと……アデル様、其処にあるのは何でしょうか?」
「ああ……実は海で捕ってきたんだが、
これはユリアの望んでいたエビフライだろうか?」
「え? ええと……ああ~そういう事ですか!
う~ん。そうです……ね。出来ない事もないかなと思います。
エビフライを作れるのではないでしょうか。形は変わりますが」
「作る? エビフライは作る物なのか?
そうか……では、ユリアの望む物は手に入るか、それならばいい」
「は、はい、ありがとうございます。
それでは折角ですし、おかずをもう一品ご用意しますね?」
良かった……ユリアは喜んでくれた。
これで彼女の寿命も延びるかもしれない。
「……ユリア」
厨房へと向かうユリアの背中を見送る。
彼女に愛おしいと伝えられるのは、一体何時になるだろうか?
他の者には、ユリアへの想いを素直に話せるのに……。
俺は肝心な時に、喉の奥で大切な言葉が引っかかり、
ユリアに、この気持ちを伝えるのが難しかった。
その晩、俺はエビフライが衣を付けて揚げる料理だと知り、
また一つ、ユリアの事を知る事が出来て嬉しく感じた。
そしてユリアも、エビフライを食べて喜んでいたのを見て満足する。
ユリアと、今の家族と過ごす穏やかな日々……。
こんな日々がずっと続けば良い……そんな事を思っていた。




