56・代役としての役目
木々の葉が綺麗に赤く色づき始め、
ローザンレイツにも本格的な秋が到来しました。
読書の秋、食欲の秋、芸術の秋と色々ありますよね。
いえ、この世界に私の世界のような感覚があるのかは謎ですが。
「私は色づいた木々を見て、綺麗だなって思うんですけど……」
元々、紅葉を楽しむのって日本人独特の感性らしいと、
以前何処かで聞いたことがありますが、この世界の人ではどうなのでしょうか?
私の居た世界だと、海外の方は枯葉としか思わないらしくて、
紅葉とかに感動する感性はないというし……。
(綺麗なのになあ……)
感受性を高めるには良いと思うので、私は窓から見える風景を楽しみます。
でも少しアンニュイな気分で過ごしていたら、
周りに盛大に心配されるのはどうしてですかね?
いえ、私が似合わないって事は重々承知の上なんですけども、
私にも、たまにはこういう気分になる事もあるんですよ?
……あるんですからね!?
(この短期間に、本当に色々ありましたし……)
こんな私でも、感傷的になる時位あるんですよ?
似合わないと思われていると、少しがっくり来ます。
一方、お屋敷に居るティアル達はと言うと……。
「みい~オソト、サムイノ~」
「クウン、キュイイ?」
「みいみい、ヤ~ナノ」
ティアルは風が冷たくなって来たからと、余り外で遊ばなくなり、
代わりに暖炉の前で、ころんと丸まる事が多くなりました。
だからリファに、「もう少し動きなさい?」と言われているようで、
鼻先でつんつんと、突つかれたりしていましたよ。
「ティアル~? 余り体を動かさないと体にも悪いですよ~?」
それでもティアルはいやいやをして、
温もりを求めてリファに飛び付き甘えていました。
野生育ちの子なのですが、すっかり都会の快適な暮らしに慣れてしまったらしく、
秋の寒さに耐えられないようです。少し心配になりましたよ。
あ、でもティアルは子猫なので、初めての秋なのかもしれませんね。
まだ、こういう経験をした事がないのだろう。
「みいみい、リファ、ダッコダッコ」
「キュイイ?」
「うーん……ティアルのお母さんに”うちの子甘やかすな”って、怒られそう……」
この様子では、暫く実家に里帰りさせるのは難しそうですね。
ティアルの里は、ここよりももっと寒いと思いますから……。
リファは甘えてくるティアルを、それ以上駄目とは言えず、
ついつい甘やかしてしまっているようで……。
抱え込むと、ぺろぺろとティアルの顔を舐めてあげていました。
(うーん……確かに、肉球は床の冷たさを直に感じますし……。
今度ティアルには靴下とか、ルームシューズ的な物を作ってあげた方が良いのかな?)
このお屋敷へ来るまでは、お城の中で暮らしていたティアル。
それも王子様の傍で暮らしていたのだから、きっと凄く快適な生活だった事でしょう。
(……今は無理に外へ行かさずに、他の方法を考えた方が良さそうですね)
そう心の中で思いつつ、取り合えずティアルの事はリファにお任せです。
「リファは、すっかりティアルのベビーシッター、ええと子守役ですねえ」
「クウン!」
「え?……違うの?」
……どうやらリファは、ティアルの「第二の母」を主張しているようで、
前足で床をべしべし叩いて、私に抗議しておりますよ?
ま、まあ、リファがそうしたいのなら、私は止めませんが……。
「ではリファ、ティアルが寒がっているので、預かっていて貰えますか?
私はこちらの作業が残っていますから」
「クウン」
リファは私の言葉を了承してくれたらしく小さく頷いて、
ティアルが抱きつきやすい体勢になり、ぎゅっと抱きしめていました。
こうして見ると、ほのぼのしていて本当に親子のようですねえ。
柔らかなリファの毛は、今の季節とても重宝します。
私も後で一緒に抱き付きたいなあ……もふもふして暖かそう。
「みいみい、リファ、アッタカ」
ティアルは、みいみい言いながら尻尾を揺らし、
リファに頬ずりしながら抱きついて甘えています。
「クウン、キュウ~」
それを見つめるリファの目はとても優しくて……。
以前、亡くなったリファの子供達の魂を送り出してから、
最近は穏やかな表情をする事が多くなった気がする。
きっと気持ちの整理が付いたから、精神的にも落ち着いたのかな。
その代わり、今のリファはティアルを育てるのに頑張っているようです。
(……あれ? もしかすると、その中に私も含まれたりするのかな?)
うん……多分そうなのだろうな。今も変わらず私の傍に居てくれるし。
今現在、自分の傍に居る子供達の育児に忙しい、リファお母さんでした。
取り合えず今度、室内でティアルが楽しく遊べる様な遊具を作ろうかと思います。
このままだと、ティアルが運動不足になりそうですし。
(切なそうに、ティアルが窓から外を見ているのを見ると、
本当は思いっきり遊びたいんだろうなあ)
巡って来た季節は、リファとティアル、二匹にも影響し始めていて、
冬支度の為に、毛が生え変わり始めていました。
その為、沢山の毛が抜けるので最近は毎日ブラッシングが必要です。
そうしないと、抜けた毛があちら此方に散乱してしまいますからね。
お掃除が少し大変だったりしますが、
これから訪れる冬を乗り切る為に大切な事なので、根気良くお付き合いしていますよ。
(抜けた毛は、リーディナ達が喜んで引き取ってくれるので、
とても助かっていますよ。あの毛で何が作れるのかな?)
冬用の毛並みは少し長くなって、ふわもこ感が増した気がします。
手触りも柔らかく、思わず何度もなでたくなる気分。
そしてやっぱり、リファのお腹ってとても落ち着くんですよね。
抱きつくと、思わずうっとりしてしまいます。
なんと言うのでしょうか……この安心感は……。
ここへ来たばかりの時のすり込み? みたいな感じです。
……って、私は雛か!
(――そんな中、私やアデル様との関係に、少しずつ変化の兆候が起きている件ですが……)
あれから……様々な葛藤やら、何やらが芽生えてからというもの、
私は自覚したアデル様への気持ちに戸惑いながらも、日常を過ごしておりました。
表面上は平常心を装ってはいますが、内心は毎日がパニックです。
今まで意識していなかった事が、意識してしまうようになって、
これまでのように普通に過ごす事が、とても大変なのだと悟りましたよ。ええ。
知らない方がいい事ってあるんですね……。
好きな人が一つ屋根の下に居る事で、これ程に動揺が生まれるとは……。
目線が合ったり、手を重ねられたりすると、
胸が高鳴ってしまい、どうしていいか分からなくなりますよ。
※ ※ ※ ※
「――……それでは行って来る。ユリア……」
「は、はい。行ってらっしゃいませご主人様」
「「行ってらっしゃいませ」」
私が深々と頭を下げると、隣に並んでいたユーディとイーアもそろって頭を下げる。
毎朝の恒例、お見送り隊の大事な任務です。
「ああ……」
あれから、アデル様が出勤する際、
私にするスキンシップがエスカレートしました。
お見送りの際、お辞儀をする私の髪を撫でてくるのは以前もありましたが、
私が思わず彼を意識してしまって、頬が火照り、
ぎゅっと目をつぶっていると……。
「ユリアを一人残して行くのが辛い……」
そう言ってぎゅっと抱きしめられたり、両手を包み込まれたり、
額に「行ってきます」のキスまでされるようになりました。
そして、じ~……っと、温かい目で見つめられるんです。
……というか、愛でられている?
「……」
「~~っ、ええと、あの……っ」
これって、どう考えても普通のご主人様とメイドがやる事じゃない。
(ひ……ひいいっ! だ、誰か助けて~っ!! 羞恥心がっ! 心臓が……うあああっ!?)
戸惑って当然の事が起きているので、
毎日が翻弄されまくりなのですよ。
ど、どうしたらこの現状をやんわりと回避できますか!?
教えてローディナッ! 今は居ないかっ!!
(このままじゃ、私の心臓が持たない……っ。
いつも心臓をわしづかみのような事をして来るんですけど、
このお兄さん。本当にどうしてくれよう?)
知識と経験の乏しい私でも何となく分かる。
何かもうこれ……既に恋人同士のやり取りの気が。
私、何か知らないうちに、OKサインでも出してしまったのでしょうか?
龍の習性は謎が多いので、何処かでやってしまった可能性は大ですよね?
「ユリア……」
……人が悩んでいる間に、上機嫌で頬ずりしてくるアデル様。
って!? 耳元で囁かないで!
どうしてこうも、求愛時期の龍は積極的なんだ。
もう少し私に猶予とか、猶予とか、猶予とか、
与えて欲しいものですよ。はい。
(~~っ!! こ、このままじゃ、身が持たないんですけどっ!?)
心の中で絶叫する私の横で、ユーディ達が歓声を上げて喜んでいた。
おお~い、喜んでないで助けて下さいませんかね~?
「きゃああっ! これぞ愛ですね。素敵過ぎます!
お屋敷の中で芽生え、少しずつ育む愛! これぞロマンス!」
「はあ……ご主人様、積極的ですね。ごちそうさまです」
ユーディとイーア達が見守る中で、アデル様はこういう事を堂々とやるものだから、
事態は余計に深刻に進んでいる気がします。
というか、職場恋愛禁止は一体何処へ行ったんでしょうか?
ユーディ達はそんな私達を見て、「ごちそうさまです!」と、
恍惚気味に言ってくるし……。
ああ、彼女達は別世界の人となりました。
あ、あの、別に見せびらかしている訳でもなくて、
更に、二人っきりの時にして欲しいとかでもなくてですね?
そう、色々と待って欲しいな~……と……思う訳で……はい。
「はあ……っ、今日も良いものを見せて頂きました。
で、では、後は若いお二人で……行きましょうか、イーアさん!
私達がお邪魔してはいけませんよね!」
「そ、そうですね! 直ぐに退散しますから、どうぞごゆっくりっ!
おじ様達には、私達が上手い事ごまかしておきますね?」
「周囲の反対にめげずに貫く愛! 禁断のメイドと主人のリアルロマンス!!
はあ……素敵です。最高です。障害のある恋って萌えますね!」
「――って、違っ! 待って!? 私を置いて行かないで下さい~っ!!」
どうやらユーディとイーアは、私とアデル様がおじ様達の目を盗んで、
密かにお付き合いをしているのだと誤解したらしく……。
アリバイ工作はお任せ下さいと、目を輝かしてその場を後にした。
手に手を取ってスキップしていく二人……それを止める事は出来ず……。
その背中に向けて、必死にわたわたと私が手を伸ばそうとするも、
私はアデル様に拘束されて身動きが……うああっ! 逃げられない~っ!!
待って~私も、私も一緒に連れて行って~っ!! 置いてかないで~!
「ユリア……」
「……っ!? ア、アデル……様、あの……です……ね?」
私が余所見をしていた間に、
潤んだ瞳のアデル様の顔がぐぐっと急接近していました。
(わ、わあああっ!?)
慌てて私は彼の胸に手を添え、ぐっと力を込めて離れます。
危ない危ない。気を抜いたらキスされる所でしたよ。
こんな事が毎日の日課になりつつある現在、
本当にどうしてくれようかと困惑中です。龍の求愛行動は容赦ない!
取り合えず今日も、「お仕事がんばって下さいませ」と営業スマイルで、
無理やり引き離して出勤してもらおう、そうしないとキリが無いので。
「そうか……ユリアがそう言うのなら行って来る。
では、帰ったら夕食は何時も通り一緒に食べよう」
「は、はい……」
アデル様は名残惜しそうな顔をしていましたが、
私の頬を指先で撫でた後、静かに出勤して行きました。
本日のお見送りミッション。なんとか無事に終了です。
「はー―……危ない危ない。昏倒する所でした」
どくどくと早くなった鼓動を落ち着ける為に深呼吸。
そして私は思わず閉められたドアに向かって、手を合わせて心の中で謝りました。
(色々と……色々と複雑ですね。中身は別人だからなあ……罪悪感が半端ないです。
ごめんなさいご主人様。今は偽者が代理を務めているんです。
でも、私の素性を話す訳にもいきませんし……本当にどうしたものか)
また1つ、私はアデル様に申し訳無い事をしてしまっている。
今でも不在の少女のフリをして過ごしている私は、
ある意味、彼から愛する人を奪っているようなものではないだろうか?
「……」
私はこの世界に来て、アデル様の元で暮らし始めた時に決めた事がある。
彼が幸せになるお手伝いをしようと、そして彼に好きな人が現れたら、
全力でお手伝いしようと……その相手がユリアだと言うのならば、
私は何とかして彼女を、アデル様に返してあげなければいけない。
(この体が借り物だと分かっているのに、このままじゃ勘違いしてしまうよ。
私の事が好きだって……そんな事、そんな事ある訳が無いのに……。
長い事ユリアとして過ごして来たから、錯覚してしまうのかな?)
ユリアと結理亜。名前の響きが一緒の私達。
だから、どうしても意識してしまう……錯覚してしまう。
これは自分に向けられている気持ちだと、勘違いしてしまいそうになる。
せめて、名前が違っていたら、こうも悩まなくて良かったのかもしれない。
響きが一緒だからこそ、縁があってこの役を頂けた私ですけれども、
今は何だか……この名前を呼ばれる事が……。
(……とても切ないなあ)
実際に呼ばれているのは彼女の方なんだものね。意味が全然違うんだ。
せめて私の名前が違っていたのなら、錯覚せずに済んだだろうに……。
ユリアと呼ばれる度に、私が呼ばれているような感覚になってしまう。
私に向けられていると感じてしまうのだ。
(それがとても切なくて悲しくて、もどかしい……でも、どうにも出来ないんだよね)
ここへ来るまでは感じなかった。様々な感情に葛藤する私。
気持ちは未だに迷走中なので、解決策は思いつきません。
恋をすると人は変わるといいますが……確かに変わりましたが、
挙動不審になっただけのように感じるのは、私だけでしょうか?
(誰ですか? 恋をすると綺麗になるとか言った人は!
綺麗になる所か、夜に余り寝付けなくなってしまって、
目の下にクマが出来たりするんですが!)
――だって、夜はすぐ傍らに好きな人が眠っているんですよ?
(眠れない……よね。流石にこう、毎日ともなれば……。
意識しまくりですよ。もう……っ)
アデル様の距離無しな行動は相変わらずですし、
どちらかと言うと、以前よりも縮まってしまった気がする。
お屋敷に居る時は、始終私の傍に居るような状況です。
だからと言って、眠る時にアデル様を部屋の外に追い出して、
この寒い中、徹夜の護衛をさせる訳にもいきません。
大事な騎士団長というお役目が、出来なくなりますから。
居候の身として私が出来るのは、部屋に入れて暖炉の前に寝て貰う事だけだ。
これまでの事が龍の本能からやっている行動なのだとしたら、
アデル様に言葉で言っても、駄目な気もしますし……。
(ローディナに心配されたから、どうしたものかと思って、
最近寝不足だと相談したんだけど、何やら誤解を与えてしまった様ですし……)
事情を聞いてきたローディナが、私の言った言葉に顔を赤らめて、
『そ、そそそれはアデルバード様が原因?』と聞かれたので、
まあ、原因は確かにアデル様なので、素直に頷いたんです。
私が彼を意識していた事を、ローディナは気づいていましたからね。
もう下手な演技で隠し通す事は出来ないかな……と思ったんです。
女性はそういうのに鋭いですし。
そうしたらローディナが、なぜか、ぐっと握りこぶしを作って……。
『そ、そうね! 一つ屋根の下だし、
アデルバード様もその……ど、独身の男性ですものね!?
そ、そそそそそういう気分になる事もあるわ……よね?』
『気分……?』
『ああ、でも知らなかったわ、まさか其処まで込み入った話になっていて、
ユリアとアデルバード様が既にそんな関係になっていただなんて!?
それじゃあユリアも心配よね。未婚でそんな事になっているんだもの。
アデルバード様がどういうお考えなのか、これは是非聞いてみないとっ!』
……と、訳が分からない納得をされてしまいました。
いや、私は『アデル様が気になる』という意味で話したつもりなのですが?
深い意味は無いのですよ?
『ロ、ローディナ? あのですね?』
『だ、大丈夫、大丈夫よユリア。落ち着いて!』
「い、いえ、私よりローディナの方が落ち着いた方が……体が震えていますよ?』
『わ、私、頑張るから任せて! あなたの力になるから!
アデルバード様にはきちんとこの件での責任を取って貰いましょうね?
ああ、でもどうしましょう。リーディナにも相談してもいい?』
ローディナが顔を真っ赤にして、わたわたと酷く動揺しているので、
これ以上の会話を続ける訳には行かなくなって、話題を変える事にしました。
よく考えてみたら、これ以上アデル様との話を続けると、
一緒に眠っている事も話さなきゃいけない訳で……。
流石の私も、ローディナが誤解するだろうなとは思います。
傍から見たら未婚の男女が……と思うだろうし。
いえ、この様子だと、既に思われているのかもしれませんが。
(私も未だに混乱しているし……。
まさか、アデル様がユリアを好きになるなんて思わなかったんだよね。
家族としてならともかく、伴侶の対象としてなんて。
だから、其方の方でもショックが大きいなあ)
一応、ユリアは隠しキャラのヒロインだ。ゲーム中でも扱いは末端。
幾ら好意があっても、優先順位でメインキャラや主人公が最優先される。
……と言うのが、こういうキャラクターの攻略物では定番となっていますし。
そんな中で、隠しキャラの役割の私が多少何かをやらかしても、
まあ大抵の事は大丈夫だろうな~と、思っていたんですよ。ええ。
だから、好き勝手絶頂に、ヘイヘーイとメイドライフを満喫していた訳で……。
もしかして、調子に乗りすぎてしまって、肝心の所で選択肢を誤り、
少し自粛しなければいけなかったのかも?
(ユリアは最初から対象外と考えていたので、
それに対する対策を、全く考えていませんでしたよ)
何かのきっかけで好意を持たれたのだとしたら、
唯一思いつくのは、アデル様の龍体を初めて見てしまったあの日だろうか?
あれは、アデルバートルートのイベントの1つだったから……。
(でも、ユリアが隠し扱いだから、
メインであるアデル様に変化が起きるとは思って無かった。
それに流石に……アデル様の境遇を知っているから、
彼の存在を拒絶なんて出来なかったし)
となると、これは……。
「水上結理亜」であったがゆえの事なのか……?
(ほんの少し前まで、アデル様の事を龍として見て来たから、
色々と気持ちの整理が……ね)
だから表向き、私はアデル様の気持ちに気付いていないフリを貫いている。
気付いていると相手に気づかれたら、その先の「返事」を絶対に求められるから。
だからどうしても、今は知らない振りをするしかなかった。
平常心、平常心。私は何も知らない気付かない。
そんな振りを「演じる」のは、とても難しいものなのだと実感です。
(声は青柳先輩の筈なのに……今では全く違って聞こえる。
心境の変化って、こんなにも変わるものなんだな……)
頬は火照るし、何だか緊張もするし、上手く目も合わせられなくなった。
せわしなく高まる胸の鼓動。なぜこんなにも変わってしまったのか、
でも余り意識するとアデル様が気にするので、この感覚を抑える為に、
私は色々と悩んで行動に出た訳です。
「――そうだ! 猫になりきれば、あの頃の感覚が戻って来るかも!」
アデル様との生活の変化で、今、私は切実な状況下に置かれている。
このままでは私の自我が強くなりすぎて、“代役”の枠を超えてしまのでは。
本物が戻って来たら、代役は舞台から即降りるのが鉄則である。
役に執着しすぎて、交代が上手く行かないのは困るだろう。
それは十分に分かっていた事なのに、
既に「ユリア」として演じきるのが難しくなりそうな気がする。
(ユリア……本当に何処に居るの?)
今戻って来てくれたのなら、ただの錯覚だとか、
夢で終わらせられるかもしれないのに……。
一つ屋根の下、日に日に芽生えた気持ちは募ってきて、
本当の私を知って欲しいと言う欲求に駆られている。
いけない事なのに、私はいつか帰らなきゃいけない身なのに、
芽生えてしまったこの感情は、私をどんどん以前と違うものに変えて行く気がする。
それがとても怖いと感じた。
――こうなるのが……分かっていたから……。
――この世界で、誰かを好きになってはいけなかったのにな……。
「別れが……辛くなるのに……」
人を好きになると言う事は、色々な感情を芽生えさせるものらしい。
好きな人に必要とされるユリアが羨ましいと感じた一方で、
私は、私に与えられた役割りを自覚する。
これ以上の深入りはしては駄目だ。その為には……。
(気持ちのリセットに励まないと)
子猫姿になる事で、お互い動物同士の間柄となれば、
意識せずに済むかもと考えた。
もしくは飼い主とペット的な感覚になれると思いますね。
いえ、元々人間の私がペットを目指すって、とても危ない思考かもしれませんが、
今は手段を選んでいられないんだよ。プライドとかはこの際すぱっと捨てますよ。
と、言うわけで、レッツ、子猫姿に変身です!
「シフトは自己申告制で調節できますし、急な用事もありませんもんね。
本日の業務はユーディ達にお任せしましょう。
まずはみなさんに書置き、書置きですよね。えーと……?」
”――先立つネコ化をお許し下さい……ユリア”
「……なんか、違う気がするけど……まあいいか」
役者はまず演じる為に、自我の封印が大事ですからね。
初心を思い出して、私は子猫の役を演じようと思いました。
ティアルと一緒に、リファにみいみい甘えて仲良くお昼寝します。
けれど、相手は私がそんな姿になろうと、全然お構いなくなお方でしたよ。
ええ、むしろ、大喜びでした。
※ ※ ※ ※
「み……みい~……?」
昼頃にふと目が覚めたら、アデル様の内ポケットの中に居たのに気付く。
ぺちぺちと肉球の付いた手で、アデル様の胸元を叩いて合図を送ると、
それに気付いたアデル様が、襟元を捲って顔を覗き込んできました。
どうやら、眠っているうちに騎士団に連れて行かれたようです。
「ああ、起きたのかユリア……おはよう?」
「みい」
「巡回ついでに屋敷に寄ったら、ユリアが寝ていたから連れて来たんだ」
……理由になってませんよ? ご主人様。
まるで気分はカンガルーの親子ですよ。
子連れ出勤のメインヒーロー……いいのか、メインヒーロー……。
――なんだか余計に、距離が縮んだ気がするんですがっ!?
「みいい~」
何て事でしょう。コンパクトになった分、持ち運びが簡単に出来てしまうので、
アデル様は、ますます私の傍に居るようになりました。
いえ、これは私が、アデル様の傍にくっ付いていると言う状況ですね。
これは失敗です……いいアイディアだと思ったのですが。
子猫がご主人様に懐く位ならば、傍から見ても違和感ないから、
きっと大丈夫だよね? と思った私が甘かったよ。
「……み?」
あれ? でも、ええと……考えてみると今は私、猫だから……。
す、少しだけアデル様に甘えるとかしても……良いんですかね?
ほら、猫が飼い主に懐くのは変じゃないし!
(にゃんこ、無害! ……じゃなかった。無罪ですよね?)
ちょ、ちょっとだけ、誘惑に負けて抱き付いてみました。
「……み」
うあああ、恥ずかしいけど幸せです~!
「みにゃ~」
「いいな……この姿なら、傍に居ない時の心配をしなくても良い」
アデルが様余りに幸せそうなので、意思がぐらりと傾きそうです。
前から思っていましたが、私、アデル様のこういう笑顔に弱いんですよね。
考えて見れば、最近は気を張り詰めた様子も少なくなって来ているから、
それを考えると、この姿で接するのも良い事なのかな?
そんな事を考えている私に、アデル様は肉球をぷにぷに触って来ました。
(く……っ、メインヒーローにまで弄ばれる日が来ようとはっ!)
子猫の愛くるしい姿は、ある意味テロですね。
そうか、この猫姿に惹かれたのか、龍のお兄さんは!
そう言えば、この方は小動物が大好きでした。こうなる事は必然でしたか。
けれど、私がここで屈しては本物のユリアに面目が立たない。
私は偽者で代役を演じる役割なのだから、線引きは大事だと思う。
(夢に出て来たユリアの最後とか見てしまったから……。
私、あの子に申し訳無いよ……)
夢の中で、ユリアという少女が死の瞬間まで必死に願っていた想い。
思い出す度に、胸がずきりと痛くなる。
あの時の言葉は、まるで私に向けて託されたように感じたのだ。
(大丈夫、分かっている……やるべき事はアデル様の事が最優先だよね?
初心に戻るって大変な事だけど、何とか乗り切らないと)
私達は同じ体を通して、同じ人を好きになってしまった……。
同時に、私は失恋をしてしまったのだ。
彼が好きになったのは別の女性だったのだから。
そして本来、本物のユリアもそうなる運命だった。
彼女は恋敵とも言うべき女主人公とアデル様の恋を知り、失恋する立場だった。
そういう「役割」が彼女には与えられている。つまり、決定事項で例外はありえない。
そんな彼女は、自分の気持ちよりもアデル様の気持ちを優先していた。
自身が消える。その瞬間でさえも……。
だから、状況は違えど立場も似通っていると思えた。
(最後のその瞬間まで、本物のユリアは……ずっとアデル様の幸せだけを願っていた……)
アデル様を想っていた。誰にも譲れない強い想い。
物語では決して語られる事の無かったであろう真実。
彼の幸せをひたすら願い、自分を犠牲にした。それが彼女の「役」だ。
この世界に居る、本来のユリアに義務付けられた姿。
断片的に知っていたユリアの最後。
それが夢を見た事で、明確に感じ取る事が出来たと思う。
私はユリアと言う役に出会えて幸せになれた。
だから、今度はきっとユリアの番……。
あの子が幸せになる番だと思ったのだ。
(あなたは凄いねユリア……好きな人が他の人を想っていて、
こんなに辛いことなのに、あなたは自分との幸せじゃなく、
最後の最後までアデル様の幸せだけを考えていたなんて)
生半可な気持ちでは出来ない事だろう。
そして、それを私も演じなきゃいけない。演じきらないといけない。
だから、私が出来る事があるとするのならば、
ユリアの不在の部分を代わりに穴埋めする事だ。
あの未来に繋がらないように、出来るだけ味方を付けて、沢山の選択肢を残して、
アデル様が一人にならないよう、幸せになれる基盤を作らなければ。
自分の気持ちに蓋をするのは、まだまだ難しいけれど、
彼の為に私がしてあげられるのは、きっとこれだけだ。
(アデル様の心の中に私は居ない。悲しいけれど、それが事実だ)
何時か別れの日が来たとしても、彼は気づきもしないだろう。
この世界にに「結理亜」という娘が居たという事すら、
彼は知らないのだから……。
(アデル様……私はあなたの気持ちに応える資格もないから、
何時か、あの子が戻って来たら……その時は……)
――どうか、同じ事をユリアにしてあげて下さい……。
――きっと、きっと……あの子なら、素直に喜んでくれると思うから。
その時を考えるのは、とても辛いけれど……耐えなければ……。
自分がどうなってしまうかは分からなくて、とても怖いけれど、
アデル様もユリアも、私にとっては掛け替えのない存在だ。
今までの私を支え、導いてくれた。
だから少しでも恩返ししたいし、協力したい。
それだけは私がここで生きたという証になる気がする。
(ユリアは私にとって夢をかなえるチャンスをくれた子だから、
とても大切な役で今でも感謝しているもの。私とは本当に正反対の子だけど、
最後まで、私は私なりのユリアとして頑張って演じきる事にするよ)
あの子に無事に引継ぎが出来るようにしたい。
それだけは、今も昔も変わらないと思った。
※ ※ ※ ※
「ねえユリア……最近元気が無いわ。アデルバード様とまた何かあったの?」
物思いにふける事が多くなった私を心配したのは、
あれから定期的に様子を見に来てくれるようになったローディナだった。
彼女は私に会いに来ると、気にかけているアデル様とのことで、
私が悩んでいると言い当てて来たのだ。
「……やっぱり、ローディナには分かってしまいますね」
「まだ……話しにくい? それとも、私では相談相手にはなれないかしら?」
「ローディナ……そんなこと……そんなことないですよ。
ただ、色々とあって、気持ちの整理が欲しい所なんです」
「……ねえ、ユリア。話したくないのなら、無理に聞こうとはしないわ。
でもあなたが辛い時は、遠慮なく言って頼って欲しいの。
ユリアは私の困っていた時に何時も助けてくれた。
それこそ、命がけで私を助けに来てくれた事、今でも忘れていないわ」
「……」
「私の家族も、リーディナさえも来られなかった場所まで来てくれた。
怖かったのに私の為に必死になってくれた。出会ったばかりの私の為に……。
あの時、ユリアの気持ちがとても嬉しかったの……。
だから、今度は私があなたの力になりたいわ」
愚痴を聞いてあげる事しか、出来ないかもしれないけれど……と、
以前、私が言った言葉で肩をすくめるローディナ。
そんな彼女の言葉を聞いて、私は微笑み返した。
「私こそ、いつもローディナとリーディナに助けて貰ってばかりなのに」
まだまだ私は役者としても未熟で、ポーカーフェイスでやることが出来ないらしい。
「ローディナは……ずっと気付いていたんですよね。私とアデル様の事……」
「ええ、二人ともよくお互いの事をよく見つめていたから……。
リーディナも以前から疑ってはいたようだったけど、
やっぱりデリケートな問題だし、黙って見守ろうと言われたのよ。
でも……ごめんなさい、私は気になってしまって」
「いいえ、いいんです。すみません……ご心配お掛けていたんですよね」
ううん、いいのよとローディナは静かに首を振る。
膝に乗せた私の手の上に、彼女の手がそっと重なる。
ローディナは私が話せるようになるまで、ずっと待っていてくれたのだろう。
「……悩んでいるのは身分のこと? それとも行方が分からないご家族の心配かしら?
反対されるかもしれないから、今は記憶がないことが不安なの?」
どう話したら良いのだろう? 話せるものならば話してしまいたい。
でもまさか、彼が別の人を想っているから……とは流石に言えなかった。
大好きな友人でも、言えない事はあるのだ。
「なんて言ったら良いのか……」
私は素直に、アデル様の事が好きだと言う事は彼女に伝えた。
でも、どうしても気持ちを伝えられない事情がある事、
その為に今、気持ちの整理をする時間が欲しいのだと話した。
(ああ……そうか……)
私はその時、演じていた台本の中にあったある台詞を思い出した。
そしてそれを言葉にした。
「アデル様は、私の事を大事にしてくれますが、
妹や娘のように見ているので、それ以上を望むのは贅沢すぎます」
私はこの台詞を当時、
諦めと言う意味で解釈して演じていたけれど、
こうして似た立場になる事で、別の意味だったのではと思った。
この台詞は、戒めの意味として使われたのではないだろうか?
アデル様を困らせない為に……。
(ユリアの立場なら、彼女が強くアデル様を望んで彼に想いを伝えていたら、
アデル様も応えてくれたんじゃないかな?
こんなに近くに居て、こんなに大事にされていたのだから……)
それを彼女が選ぼうとしなかったのは、何か意味があるのではと思う。
ユリアが、アデル様の性格を分かっていたからではないか?
無理に応えてくれるのを分かっていたから、それをしなかった。
同じ言葉でも、解釈次第で、その台詞の表現は変わっていく。
きっと彼女自身も、そのつもりだったのかもしれない。
――あくまで、アデル様は私を娘や妹として見ている。
(――そうだ。そう思うようにしよう……)
本来のユリアとしての、あるべき立場として……今は戻らなきゃ。
「でも……いつものユリアに対するアデルバード様を見ていたら、
ユリアの心配する事は、無いんじゃないかしら?
きっと、ユリアの不安も含めて、愛して下さっているんだと思うの。
身分は確かに難しい問題だけれど、気持ちの上では自由じゃない?」
気持ちだけは自由。その言葉が私の胸に強く響いた。
「……っ」
溢れてくる涙を拭いながら、私はぎゅっと耐える。
そう、想う事だけは自由かもしれない。だけど、ずっと一緒には居られない。
居てはいけないんだ。それがとても悲しくて辛い。
誰にも知られずに消えて行くのが悲しかった。
好きな人にさえ、それを気付いても貰えないから……。
心の片隅にさえ、記憶の片隅にさえ、
「結理亜」という少女の記憶は無いのだから。
そう、最初から居ないのだ。この世界にもアデル様の心にも。
「でも……それでも……」
私は……それをやり遂げないといけないのだろう。
何時訪れるかも分からない、私だけが悲しい別れを覚悟してでも……。
「ユリア……?」
このもどかしさをローディナにも話せなかった。
私はいつか消えてしまう予定なんて、言える訳無い。
隠していても、私はやっぱりアデル様の事が好きで……。
(好き……だから……アデル様には幸せになって欲しいんだ。
償いという意味だけじゃなくて……幸せにしてあげたい)
彼に残してあげられるものが何一つないのならば、
私はせめて、彼が幸せになれるお手伝いだけを考えて頑張りたい。
好きな人には笑っていて欲しいから、私に出来る最大限の努力で、
いつか笑ってユリアと交代出来るように。その日まで……。
それが、代役である私に許された。唯一の方法だと思った。




