表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/119

55・王太子ライオルディ


「……紅蓮騎士団、副団長ラミルス、参上いたしました」


 その日、俺はライオルディ殿下に呼ばれ、

指定された地図を手に、一軒の古びた民家を訪れた。

其処は、数ある殿下の隠れ家の一つとして用意された場所だ。


 ドアを開ければ、直ぐに部屋の中が見える簡素な家に足を踏み入れる。

その中で一人、椅子に腰掛けて待ち構えていた殿下の姿を確認し、

さっと扉を閉めた後、深く臣下の礼を取った。



「――よく来てくれたな、ラミルス君。待っていたよ」


「はっ……」



 このローザンレイツの城下には、地下水脈が流れている。

その使われていない閉鎖された水路を改装し、

城下街の各所に繋がる地下通路を作り、

城から隠れ家まで、直通で行けるようになっているらしい。


殿下はその道を通り、先にこの家で俺がやってくるのを待っていた。



「殿下……まさか、またお一人で? 供の者は……」


「私一人で来た。なに、これでも自分の身は守れるからな、大丈夫だ」



 外観から見ても、この民家は石造りの質素なもので、

近所の住民には空き家として通っているのだろう。

定期的に掃除されてはいるものの、どう見ても王族の持ち物には見えない。


 だから、ここは密談に使われるには最適な場所だろう。

石で出来ているから頑丈だし、周囲に音もれにくい。



「……誰にも気付かれなかったか?」


「はい、気配も感じませんでしたので」



 こうして殿下と秘密裏に会うようになったのは、

騎士団の仕事とは別に、定期的にある報告を命じられたからだった。

報告内容は、蒼黒龍そうこくりゅうアデルバードの身辺に関する動向。

実は俺があいつと友人となったのは、これがきっかけだったと言ってもいい。


 かつては野生の龍として生きていたアデルバードだが、

保護された頃は特に人間への恨みが根深く、手負いの獣同然だった。

事情を知る者からすれば、危険因子を自らの懐へ入れるようなものである。


 そんな者をこの国に招き入れたとあれば、当然それなりの責任を負う事になるのだが、

ライオルディ殿下はそれを承知で、あいつをこの国の民の一人として迎え入れていた。



『今はアデルバードのみとなった蒼黒龍そうこくりゅうは、

 その色や魔力から、異端者達に魔術の素体としても乱獲されてきた。

 だからこそ、教会からは異端の色をまとう生き物は迫害されている。

 ここでもしも彼が問題を起こせば、私もただでは済まなくなるだろう』



 ……と、俺の正体を知る殿下は、今後の龍族の行く末を考えて、

周りには内緒で世話を頼んできたのだった。

同じ種ではないものの、同じ龍族という事からも相談しやすいだろうとの事で。


 下手をすれば、当然この国の国民に被害が及ぶ。

王太子が国に災いをもたらす存在を引き入れたとあっては、国の威信にも関わる為、

アデルバードはローザンレイツでの生活の保障と戸籍を与える代わりに、

騎士団に所属させる事で監視下に置き、お守り役となる者を密かに付ける事になった。


 ――それがこの俺……紅炎龍ラミルスだった。



 同じ龍族出身である事という事で、俺は奴の世話と監視を任されていた。

プライドの高いアデルバードに知られたら、絶対に怒るに違いない。

だから俺は身の保身の為にも、絶対にこの件を言うつもりはなかった。

ああ、そうだ。大事な報告をしなくてはな。



「――アデルバードが求愛期に入りました」


「そうか……相手は……やはりユリア君か?」


「はい……とても残念な事に」



 そうなんだよ。ついにあの朴念仁ぼくねんじんも、

自分の気持ちに気付いたらしい。

 

 以前から、ユリアを気に掛けている素振りは何度も見せていたが、

この数日の間に、俺の知らない所で何やら大きな進展があったらしいのだ。

ユリアがあいつの事で頬を染めたから、俺は全てを悟ったよ。


(以前聞いた時には無かった反応だった……それがあると言う事は……)



 つまり、二人は両想いになったという事なんだろう。



(残念だけど、俺の出る幕はもう無くなったんだな……。

 確かに、あいつもユリアも幸せになって欲しいとは思っていたけどさ、

 なんかこう……いろいろと複雑というか……)



 遅かれ早かれ、こうなるかもしれないとは前から気付いてはいたけれど、

それでもやっぱり俺のショックは大きいんだ。まだ心の傷がうずいてるよ。



(芽生えかけた気持ちを切り替えるのは、まだ少し時間が掛かるなあ)



 本気になって自滅する前で良かったとは思うけれど、

またあんな優しい子に巡り会えるとは思えないんだ。

龍と人間の恋愛は、かなりハードでデリケートな問題だからさ。



(そうだよな~……何時もあの子は、あいつの事ばかり考えていたし、

 誰よりも傍でユリアを支えたのがアデルバードなんだから。

 そうなって当然だよな……)



 俺はその事で、先日から自棄酒三昧である。

既に俺の入りこめそうなすきはないだろう。


 勿論、同胞にもこの件は報告済みだ。そうしないと、求愛期に入り、

気が荒くなっている奴の餌食えじきに遭うだろうから。


 あのアデルバードが本気でユリアに求愛を始めたのなら、

今後、彼女への接し方一つで、俺達はあいつに報復される可能性が高くなる。

何も知らないで奴の牙にやられたら可哀相だから、注意喚起をしてはおいたが。


 すると、案の定、彼女を慕っていた「ユリア応援団」が、

皆でそろってなげいていたな……。



『ユリアちゃんに騎士団長が求愛をっ!? ついに、ついにその時が』


『うあああっ! やっぱりそうなのかよ!!

 一つ屋根の下だもんな! ロマンスありありだよな! 意識しても当然だよな!?』


『俺達の希望の1つが……っ!! ユリアちゃ~んっ!!』



 ユリアを気に掛けていた同胞達は大泣きした。

そうだよな……俺だって薄々と勘付いてはいたが、かなり衝撃を受けたよ。

奴が本気を出したのならば、俺達には勝ち目なんて無いんだと。



 ――まあ、最初から勝ち目なんて無かったけれどな……。



 ユリアの事が気になっていた俺達だけれど、

都会育ちな俺達は、多かれ少なかれ幼い頃から、

人間の女の子に恐れられる経験をしている。


 だから自然と行動に制限が掛けられてしまって、後一歩が踏み出せなかった。

けれど、野生育ちのアデルバードにはその制限など無い。

そんな恐れをほとんど知らない龍だからだ。


 以前は自覚無くユリアにかまっていたようだったが、

本気でれたと気付いたら、ますます積極的にアプローチを始めていた。


(……こういう時、あいつの度胸と行動力がうらやましくなる)



 あいつが目に掛けていた事で、怖気おじけづいていた俺達も悪いが、

圧倒的に勝ち目が無い状況だった。これは時間の問題だったのだろう。


 本当に本当に悔しい。奴は本当にユリアを幸せに出来るのか心配だ。




「はは、君もそう言えばユリア君を気に入っていたな。

 だが、アデルバードが狙っているのなら諦めた方がいい……確実に死ぬぞ?」



 普段、皆の前でおちゃらけた素振りを見せている者とは思えない言葉。

一瞬にして殿下の瞳は、冷ややかなものへと変わった。


 そんな事は言われなくても、自分自身が誰より分かってる。分かっているよ! 

それでもやっぱりショックなんだよ。密かに気にかけていた子だったし、

俺達の存在を知っていても、俺達に笑いかけてくれた女の子なんだ。



(なんであいつだったんだろう? なぜ俺じゃなかったんだろう?

 表面上は、なんて事無いように装っているけれどさ、やっぱり悔しいんだよ)



 だからこそ、早々に俺の気持ちに気付いた殿下は俺に言った。


 “ユリア君に近づきすぎて、あまり本気になるなよ”と……。


 でも、それは無理があったんだ。



 あの子は龍族と人間との仲を取り持つ存在で、俺達龍族の希望だった。

もしもあの子が、ユリアが龍族の誰かを選んでくれたのなら、

俺達は、人間の女の子と恋をする事が許されるかもしれないと、そんな夢を見たんだ。


 そして、あわよくばユリアの相手に選ばれたら……そう願うのは仕方の無い事だ。

これまで、あんな風に接してくれた子は現れなかったのだから。


 龍の秘密を知っている上で、自分を選んでくれるならば……。

きっと、誰もが自身の犠牲を省みずに、彼女を守る為に闘うだろう。

それだけ、人間の女の子との恋はもろく、壊れやすいから……。



「こういう時、アデルバードをうらやましく思います。

 あいつは人間の、世俗のあかに染まっていない、自分の気持ちに素直だ。

 だから欲しいと思った存在に、こうも直ぐに行動に起こせる」



 それは時に危険だが最強だと俺は思う。


 俺達のような都会育ちの龍は、

見た目に反して臆病おくびょうな生き物に育っていた。

人間に飼いならされ、牙を研ぎ澄ます事もほとんど無かった。

本気で野生の龍とやりあえば、確実に死ぬだろう。


 

 ――ましてや、その相手が古代種レジェンドクラス蒼黒龍そうこくりゅうならば。



 だからこそ、蒼黒龍そうこくりゅうの敵にはなるなと、

殿下はわざわざ俺に言ったのだ。


 俺だけじゃない、これは騎士団に所属する同胞達全てに向けられた言葉だ。



「アデルバードをこの国に留めて置くには、くさびとなる娘が必要だ。

 守るべき娘が出来れば、彼もそう簡単にこの国から離れられなくなる。

 居場所も見出せるだろう。ユリア君がそうなってくれるのなら私も嬉しい」


「……ですが、それでは……ユリアは、あの子はまるで、

 ローザンレイツの平穏を維持する為の、人柱も同然じゃないですか」



 ただでさえ龍は狙われる存在だ。

だからこそ俺達は、その運命に巻き込むのが怖くて、

あと一歩が踏み出せずにいた。


 錬金術師は勿論、不死の妙薬として求める者もいるからだ。


 その龍の関係者……眷属けんぞくともなれば、

危険に巻き込まれる可能性はさらに高くなり、

龍をおびき寄せる為のおとりとして使われる可能性もあった。

もしくは、人質にして隷属させるという事も。


 龍の花嫁となり、伴侶となるのならば尚更だ。


 それでも、目の前の殿下は望んだ。



『――蒼黒龍アデルバードをつなぎとめられる娘を、この国で見つける』



 それが、ライオルディ殿下の最終的な目的だった。

相手となる娘は、危険に巻き込まれる可能性はあるが、

殿下の庇護下の対象となり、アデルバードも娘を命がけでも守るだろう。


 けれど問題は勿論ある。その娘の意志一つで、この国に危険が及ぶ可能性がある。

娘のどんな願いも、伴侶となる龍はなんとしても叶えようとするからだ。

選ばれた者が悪意ある娘ならば、この国に破滅を呼び込んでしまうかもしれない。


 そして、彼女に危害を加える者が居れば、龍は暴走し、その報復をする。

本気で暴走した奴を止められる者はこの国には居ない。

居るとしたら、花嫁になる者位だろう。


 その為、花嫁候補の選定は細心の注意が必要だった。



「そうだな。それは私も否定は出来ない……。

 だが、彼を保護し、この地に留めなければ蒼黒龍そうこくりゅうはいずれ滅びるだろう。

 今はもう……蒼黒龍そうこくりゅうは彼以外に存在しないんだ。

 私は滅びてしまう前に、どうしてもアデルバードを助けたかった」



 龍族の魔力は、この世界の自然と密接に関係している。

だから、龍族が絶滅すれば何らかの影響が出るらしい。

それが龍の中で最強と言われた種族、蒼黒龍そうこくりゅうとなれば、

甚大な被害が出るだろうと。



「だから……殿下はユリアに近づいたのですか?」


「人に聞くだけでは正確な情報はつかめないだろう?

 実際に本人に会って確かめるのが一番だよ。私は多くの人間を見てきたからね。

 アデルバードの傍に置く娘は、特に気をつけなければいけない。

 特に……彼が少しでも気に掛けている娘ならば尚更だ」



 本当ならば、あいつとユリアの監視に殿下まで出てくる必要は無かったはずだ。

俺はユリアと知り合う事が自然と出来ていたのだから……。


 けれど、殿下はアデルバードの不穏な噂を聞き、

その目でユリアの事を確かめようとしたらしい。


 彼女を保護する名目で呼びよせ、

必要ならばそのままアデルバードから引き離すつもりだった。


 それをしなかったという事は、

殿下の目にも、ユリアは放っておいても大丈夫だと判断されたのだろう。

きっと彼女の無邪気さに、殿下も毒気を抜かれたのかもしれないな。



「だが……ユリア君の様子を見れば、彼も大丈夫そうだ。

 彼女がアデルバードを選んでくれたらいいのだがな……。

 種族違いもあるので、流石に難しい問題だが」


「……俺は別に……あの子が幸せになってくれるなら、もうそれでいいと思います」



 人間の価値観と龍の価値観は、本質的にかみ合わない事もある。

ユリアがもしも、アデルバードの想いが辛くて逃げ出したいのならば、

俺は彼女を別の土地に逃がしてやるつもりだ。


 龍仲間は、他の国にも散らばっている。

事情を話せば味方になってくれる者も居るだろう。


 俺は芽生えそうだった恋心をしまいこむ代わりに、彼女の幸せを願う事にした。

この先、彼女がどんな選択肢を選ぶにしろ、俺はあの子の味方になる。

誰がとがめても、それだけは絶対に変えたりなんてしない。



(それにしても……殿下は、なぜこんなにも俺達を、龍族を守ろうとするんだ?)



 ライオルディ殿下からは、強い信念というものが伺える。

殿下だけでない、陛下もこの事を知っているのならば、王族ぐるみの考えなのだろう。

こんなに危険性を含む龍族を自国に招き入れてまで、したい事とは何だろうか?



「殿下は……なぜ民に俺達の存在を隠してまで、

 龍族を自国でかばおうとなさるのですか?」



 王子が龍をかくまっている事が民に知られたら、

大事おおごとになる事は分かり切っている。


 その立場が危うくなるかもしれないのに、彼はその信念を曲げない。

それはなぜだ? 何か深い理由があるとしか思えなかった。



「君達との共存……だけでは満足できないか?」


「それだけではないでしょう? ティアルのような無害な存在ならともかく、

 俺達は龍人だ。その気になれば牙を剥いて、危害を加える可能性もあるのに、

 何か深い理由でも無ければ、ここまでの事をしようとは思わないでしょう」



 そう、危険をはらんでいる以上、快く受け入れられる訳がない。

王家は俺達龍族の恩人ではあるが、俺達を今後裏切る可能性もある。

だからこの地に住む同胞達は、付かず離れずの関係を貫いていた。



「……ふむ、そうだな……君には話しておいてもいいか」



 そう言ってテーブルを指でこつこつと鳴らし、しばし沈黙した殿下は、

おもむろに、いつも手にめている白い手袋に手を添えた。

どんな時でも、「身に着けているのは紳士としてのマナーだから」と、

決して人前では外される事は無かったそれが、目の前ではずされる。


 そしてあらわになった手の甲を、俺の方へと向けて見せた。



 殿下が見せたその手には――。


 俺が予想も出来ないものがあった。



「なっ……?!」


「これが理由だよ。ラミルス……いや、きっかけと言ってもいいかな?

 私は……“俺”は、この手が理由で君達の保護に尽力していたんだ」



 殿下が見せた両手の甲には……龍の鱗があった。

色は白銀のうろこ、それは……つまり――……。



「そう――俺達王族は、白き龍の末裔まつえいだ。

 今は絶滅したと言われている……今や幻となった白龍の」


「で、殿下が……っ!? お、俺達の同胞!? 

 そんな……だって気配も匂いも、人間そのものなのに……っ!?」



 この国に生きる仲間は勿論、あの五感に優れた野生育ちのアデルバードでさえも、

殿下の正体には気付いていなかったぞ!?


 俺達は人型を取っていても、同胞ならば互いの存在を感知できていた。

それなのに……ライオルディ殿下の龍の血に気付く事は出来なかったのだ。


(やっぱり、匂いは人間そのものだし、気配も人間のものでしかない……っ)


 その殿下が俺達と同胞だったなんて、思いもしなかったんだ。

見せられたうろこは手の甲に三枚ずつ白い鱗が付いており、

白銀色に輝いている。


 どう見てもそれは本物にしか見えなくて……。

殿下の言っている事は真実だと……それだけは分かった。



「白龍の生き残りが、この世に存在していたなんて知りませんでした」



 数ある龍族の中で、唯一絶滅してしまったと言われている種族がある。

それが白龍……今では幻とまで言われ、信仰の対象となっている龍族だ。

その生き残りが王族として生きていたとは……驚くばかりである。



「気づけないのも無理はない、俺は人間の方に近いからね。

 龍体に姿を変える事も出来ず、完全な人の姿も保てない中途半端な存在だが、

 生まれ持った龍が持つという、龍星石りゅうせいせき逆鱗げきりんもない。

 あるのは一部引き継がれたわずかな白龍の力と、この手に宿る怪力だけ、

 長い年月を掛けて人間の血に混ざり、薄まっていった結果だ」


「こ、この事を……アデルバードは……?」


「勿論、知る訳が無いな。俺は人間としてこの国で生きているから。

 それに人間の友として接し、彼を支える事が必要だと思ったんだ。

 何時かは、この事を話さなければいけないのかもしれないが……。

 出来ればこのままの関係でいたいと思っているんだ」


「……人間不信なあいつの……人間に対する印象を変えたかったんですね?」


 殿下は静かに頷く。酷い人間ばかりでないという事を、

アデルバードに知って欲しいと思ったのだろう。


「このうろこを持つ者のみが、王位継承の資格を持つ、そういう事さ。

 そして俺以外の兄弟は、このうろこを持って生まれなかった。

 リハエルは、その事を気に病んでいたようだがな……」



 そう言えば弟のリハエル殿下は、やけに白い生き物が大好きだったな。


 リファに目を輝かせて拝んで、どつかれていたのを何度か見た事がある。

自分の兄が白い龍の名残が残っているから、あれ程に兄を崇拝すうはいしていたのか。

……そして自分が同じ姿になれなかった事に、酷く落ち込んだに違いない。



「遠い昔の話だ……。俺達の祖先は人間の迫害を受けていた。

 今とは逆転した考えでな。自然の色に溶け込めない白い生き物は、

 弱者の代表として異端とされていた。特に他の龍よりも力の弱い白龍はな。

 仲間は次々と殺され、祖先の龍は逃げ延びたこの国の姫に助けられたんだ」



 殿下が俺に話したのは、この国で実際に起きたという昔話だった。



「他の国の人間達は誰もが白龍に危害を加えようとしたが、姫だけは違った。

 かくまって傷を手当し、食事を与え、温かい住処を与えてくれた」



 最初、傷ついた祖先は力も殆ど無く、何も出来なかったらしい。

人の言葉を話す事も、人の姿になる事も。ただ姫の傍に居る事しか。

だから、少しずつ時間を掛けて覚えた。唯一味方になってくれた姫の為に……。



“――救われた命だ。人間の姫よ、この血にかけてこの国を守ろう……。”


 それが……この地で命を救われた白龍が誓った誓約だそうだ。



「そう……か、龍の血をかけた誓約は、絶対にたがえられない」


「ああ、そして龍は受けた恩を忘れない。

 だから姫の唯一の……人間に味方する龍となった」


「……と言う事は、この国に保護された初めての龍が、殿下の祖先だと?」


「そうだ……やがてこの国に、戦火の火の手が上がった。

 父と兄、親戚を次々と流行り病や戦で亡くしたこの国は、

 たった一人の姫しか居なくなってしまい、敗戦国となろうとしていた。

 人の争いに巻きこみたくないと、姫は祖先を国から逃がそうとしたが、

 祖先はそれを拒んだ。命を落とすのならば、姫の為にと決めていたんだ」



 祖先は既にその時、姫を伴侶として求愛していたらしい。

自分が居なくなれば、どんな扱いを姫が受けるのか人の身でなくとも分かった。

姫を他のおすが触れる事を良しと思わなかった。傷つけられる事が許せなかった。


 姫のお陰で傷は癒えた。力も戻ってきている。


 だから……人間達の争いに、龍の誇りを捨てて関わる道を選んだという……。



「人のことわりに龍が干渉する。それは当時の龍からしても禁忌の行為だっただろう」



 白龍は光……特に治癒能力に優れていた種族である。

その力で、傷ついた騎士達を次々と癒していった。


 精霊と自然は姫を思うそんな白龍の強い想いに応え、味方してくれた。

地面は裂け、雷を次々と落とし、姫に近づこうとする敵を退けていったそうだ。

どんなに傷つけても倒しても、立ち上がってくるローザンレイツの騎士達を見て、

攻め入ろうとした敵国は次々に脅威を感じ、恐れて逃げ出した。


 その時彼らが見たものは、生き残りの姫の傍に立つ、

一匹の神々しく堂々と構えた白龍の姿……。



 ローザンレイツに現れた白龍を見た者達は、それが龍の力によるものだと気付き、

白龍を味方に付けた姫に危害を加えようとする者は、

それ以降、誰一人居なくなったと言う……。


「……そしてこの国に平和がもたらされた」


 以来、白き生き物は聖なる神の使いとして、国のシンボルとなり、

今日こんにちに至るまで、あがめられるようになったのだとか。



(……伝承や伝説は実際に聞いてみると、真相はやっぱり違うものなんだな……やっぱり)



 きっとそれ以後は、教会側が勝手に話を都合よく脚色していったのだろう。



「……その後、姫と祖先は夫婦となり、俺達の代へと続いている。

 だが、代を重ねていった事で龍の血は薄まり、今はこの手だけが名残だ。

 そして、祖先が血の誓約をローザンレイツの姫に立てた為、

 その血を引き継ぐ子孫の俺達は、この誓いを守る使命がある」


「使命……」


「龍の守りで姫の愛したこの国を守護する事。

 だから、このうろこを持つ者が、必ず王位を継ぐ事になった」



 だからか……殿下が種の共存を望み、龍族に最初から好意的だったのは……。

迫害された経験のある同胞ならば、今の立場を利用して行動するだろう。

しかしまさか、この国の王子が白龍の末裔まつえいだったとは。


 あれ……? と言う事は……。



「つまり殿下は……人間の娘と龍との間に生まれた子供の子孫……!?」


「ああ……そうなるな。更に俺達の祖先を辿たどれば、

 黄金龍という始祖へとつながる。つまり……。

 俺と君、そしてアデルバードは遠い親戚関係という訳だ」


「……黄金龍」


 確かに、六色の龍の始祖は、黄金の龍だったという話を聞いた事がある。

つまり、始祖を同じくする俺達は、遠い親戚である事に間違いは無いのだろう。



(そう言えば、以前アデルバードが言っていたな。

 亡き親友と殿下の顔がとても良く似ているって……似ているはずだよ。

 始祖が同じならば、先祖返りで似ているのが生まれたとしてもおかしくない。

 ……まさかそんな事があったとは)



 俺は、俺達は今の今まで、人間の女の子と龍族が、

結ばれたと言う前例は無いのだと思ってきた。

それがまさか、既に叶えていたものが居たとは!!


 俺達龍族の希望が、既にこの地で叶っていたなんて……っ!



「待て、何を落ち込んでいる? ラミルス?」


「は、はは……長い事悩んでいた俺達って何なんだ……」



 既にそれをなしえた龍が居たのだったら、悩む必要など無かったのに。



「何だか分からないが……まあいい。

 そんな訳でだ。ローザンレイツはおおやけには出来ないが、龍の王国でもある。

 この血も薄まってはいるが、祖先の誓いは俺の中に流れているから、

 代々俺の一族はこの国を守ってきたんだ」


「それじゃあ、アデルバードをこの国に誘ったのは、

 ローザンレイツを守る為でもあったのですか?」


「ああ、今や白龍の印を継ぐ者は、私と父の二人だけ、弟達は授からなかった。

 能力も人とさほど変わらぬ魔力と、この手に宿る怪力位のものだろう。

 もしかすれば、俺の代で終わるかもしれないな」



 もう一つ分かった事は、リハエル殿下が開眼したという「魂の目」の能力だ。


 あれは、白龍の血を引く子供達に限定される能力らしい。

降嫁するなりして、一族の血を引く者達が各地末端へと広がっていき、

その中から、能力に目覚める者が現れているとの事。


 そして、白龍の血脈を受け継ぐ者達は、かつて立てられた血の誓約により、

魂の目の力の行使を制限されているらしい。


 だから、各地に散らばった魂の目を持つ者は決して、

ローザンレイツの不利になるような国政などの内情を、

他国にらす事は出来ないそうだ。


 王や王位継承者が相手となるならば尚更、その力は使えないらしい。



「では、もしや殿下は……いずれは白龍の加護が及ばなくなる日が来る……と?」


「ああ、だから龍族の長という蒼黒龍そうこくりゅうならば、任せるには適任だろう?

 何より、古代種とも言われる蒼黒龍の血は他の龍よりも格段に力が強い。

 黄金龍がその力の殆どを蒼黒龍そうこくりゅうに与え、長として指名した位だからな。

 俺の一族のように、弱体化はしない可能性が高いと思うんだ」


「……もしかしたら殿下達のようには、ならないかもしれないと?」


「ああ、そうだ……それに俺達は、人間の血の中に逃げ込んで助かった。

 純血種として後世には残せないが、絶滅だけは免れる事が出来る。

 彼には、それを知って貰いたかった」



 友として共存したいというのは、あながち嘘ではないらしい。

同じ絶滅に追いやられそうになった経験のある、龍族の末裔まつえいだからこそ、

かつての祖先を思い出して、同じ境遇の中に居るあいつを助けたかったのだろう。

人の中に生きる術を見出す事を教えるには、彼ほど適任な者はいないと思う。


 だが、正体を隠したいという意向があるのなら、

アデルバードにはその真意は正確に伝わらないだろうが……。



「ユリア君の存在は、だから希望なのだよ。

 人としてこの地で生きる“私”や同胞達の……ね。

 アデルバードの憎しみのかせを外せるのは、

 この国の女性でなければいけない。彼女なら適任だろう」


「俺は、てっきり殿下はユリアをお手つきする気なのかと……」



 俺が頭を抱えていると、殿下は笑い声を上げた。



「まさか、友の大事な娘に手を出そうなんて、

 そんな気は最初から更々無かったさ」


「……ですが」


「どんな娘か直接会って確かめたかっただけだ。少しでも悪意のある娘なら、

 アデルバードの傍に置く価値も無いと思っていたがな。けれど違った。

 ユリア君はアデルバードだけじゃない、私の心も救ってくれそうだ」


「救う? 殿下、何を……」


「……私は、祖先と姫の婚姻が間違いでなかったと信じたい。

 一度見たかったんだ。祖先と姫のような関係を結べる者達を。

 その再来を……そうなれれば、私のような人としても龍としても不完全な人間が、

 この世に生まれて来た意味も見出せる」


 

 左手の甲にあるうろこを、右手で撫でながら、殿下は寂しげに話す。

確かに殿下は中途半端な存在だろう。

完全な人としての姿も持てず、龍の姿にもなれない。



(ああ……そういえば殿下は……)



 人から見ればうろこを持つ者など、異形のたぐいとしか思われない。


 殿下の実の母である王妃、クレメンテ様は生まれた直後の殿下の姿を見て、

発狂し、その存在を拒絶したと聞いた事がある。



(こんな裏事情があるのならば……無理も無いか)


 事情を知らぬ人間から見れば、両手の鱗は醜く化け物と思われたのだろう。

色々と対策はしたものの、結局王妃はライオルディ殿下を愛する事が出来ず、

一度も我が子を抱かずに、殿下は王妃の目の届かぬ場所へと追いやられて、

隠されるように育てられたらしい。


 子供への愛情は、次いで生まれた弟のリハエル殿下や弟君達に注がれたという。

ルディ殿下はそれを遠くで見ている事しか出来なかった。

弟達はうろこを持たずに生まれてきた為に、その境遇が生まれてしまったのだと。


 ……その後、王妃は病で亡くなったそうだが、彼女は知らないままだったはずだ。

自分の夫もまた、自らが拒絶したうろこを持つ者だった事など……。



「私は実の母にさえ存在を否定された身だ。

 そして父上も、私と同じ運命を辿たどってきたそうだよ。

 きっと代々の王もそうだったのだろう……だから自分の妻には正体を隠した。

 だから私達は、本当の愛情を誰かに求める事は諦めている」


「……殿下」

 

「それでも先祖の愛した姫のような娘が、この世に本当に居るのか知りたいんだ」


「……」


「確かに……私も君達のように、龍族であっても否定されず、

 この全てをさらけ出せる娘が、私の傍に居てくれたらとは思う事もあるが、

 ユリア君を私のものにしようとまでは望まないよ。

 彼女はもう……おさが求めた娘だからね」


「殿下……」


「今はただ見せて欲しいんだ。

 龍と人が心を通い合わせる事が出来るというのを」



 完全に人の形を取れない殿下は、

その手にあるうろこの存在を憎んだ事もあるはずだ。

うろこさえなければ、辛い境遇を生きなくても済んだのなのだから……。

素性を明かした上で、受け入れられる事が少ない事を殿下も知っている。



「……殿下はもう少し、自分をさらけ出してもいいと思います。

 それに今の殿下を知ったら、ユリア達も印象が変わるのではないですか?」



 普段はふざけ過ぎだからな……俺も人の事は言えないが。



「いや、そうはいかないよ。道化を演じるのは他にも理由があるからね。

 王家に仇なす者を見定めるには、これが一番良い方法なんだ。

 相手が勝手に侮って隙ができるからね。

 だから、他の者には今後も黙っていてくれ」


「かしこまりました」



 殿下の事情は大体分かったが……なぜだろう?

まだ殿下は俺に隠している事がある気がするのは……。



(気の……せいか……?)



 しかし、これで……白龍、紅炎龍、蒼黒龍が彼女の味方に付いた訳だ。


 ――ユリア……。



 君がどんな選択肢を選ぶかは分からない。けれど……。

どんな形であれ、幸せになって欲しいと俺は今でも願っている。

それはきっと、彼女と知り合った龍族の総意とも言えるだろう。 


 全ては、あいつの……アデルバードの行動次第だ。

何事も無ければ良いと祈りながら、俺はその場を後にした。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=613025749&s

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ