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54・役割と戸惑いの狭間

 



 実に困った事になりました……。

予想もしなかったこの事態に私は頭を悩ませている。

ユリアの役を追及し、与えられた役割を自覚していたのに、

まさか私自身が、ユリアと同じ感情を抱く事になるなんて思いもしませんでした……。



(でも、これは起こるべくして起こったのかも)



 私がこの地で、ユリアとして生きるのならば、

どのみち、この恋は最初から仕組まれていた事だったのかも。

彼女は、主人に恋した少女として存在していたのだから、

私は同調して本物の気持ちになってしまったのかもしれません。



(役に引きずられちゃいけなかったのになあ……。

 その上、私が知らない事まで起きているし)



 アデル様は私を求愛する相手に選んでいた。主人公じゃなくて私の方を。

正確にはユリア・ハーシェスと言う、保護した女の子を。

相手、違うよ? ……と思わず言いたくなる。


 それは私の知る物語とは全くといって違う物語に進んでいる。

少なくともユリアは片想いのままで終わるはずだった。そうだ。そのはずだ。



「なのに……どういう事なんだろう? ……これは」



 好きな人に好きになって貰えるのは、奇跡のようなものですが、

流石にこの状況は喜ぶ事は出来ないというか……。

そもそも、私はユリアの姿をした偽者なんですよ。


 つまり、正確には今のアデル様は私ではなく、ユリアの方を好きだという事だ。

だから、切なかったり、申し訳なかったりと複雑な気持ちだったりします。


 でも、こちらが自分の気持ちを自覚して戸惑っている中、

アデル様は実に積極的にアプローチをしてきて……。



「本当に……どうしたものかなあ?」



 今朝も目を覚ませば、部屋の一角に置かれた紫の薔薇の山。

そう、花束と言うよりも山だ。積み上げられてすごい事になってる。


 一瞬、寝ぼけているのか思ったが、どうやら現実らしい。


 先日、アデル様が体調を崩してからというもの、

彼の花を贈る求愛行動がエスカレートしていた。

ラミスさんいわく、弱りかけた生き物と同じく本能に忠実になるらしい。



『弱りかけた時の龍の雄の求愛反応はそれぞれだけど、

 そのどれもが自分の種を残そうと必死になるんだよ。

 凶暴になって雌を手に入れようと、執拗に追い掛け回すのも居るし、

 雌を無理やり束縛して、周りに誰も近づけないのも居るんだ』


 ……と、ラミスさんが言ってましたよね?


 ――……で、アデル様の場合は「溺愛発作」というタイプらしい。

衝動のままに気に入った雌に甲斐甲斐しくお世話をしてあげたり、

贈り物をしたりする……他と比べると危険性の低い求愛行動だそうな。


 ただしそれは雌に対してのみで、

その分、一旦暴走すると他は手に負えなくなるらしいので、注意が必要との事。


(……で、現在は体調が回復しても、その状態が続いていると言う事は、

 アデル様の方も自分の気持ちを自覚しているようですね)


 前はお土産と言う形だったから、

私も気軽に受け取ったりしていたけれど……。



「流石に……こう毎日は……」

 

 彼の花を贈るという行為が、求愛行動の一種だと分かった今、

どう反応して良いのやら分からなくなってきました。



(ユリアの性格と立場上、アデル様を拒否するというのは無いだろうし、

 だからって私だけで決めて、のちのち彼女ユリアに迷惑を掛けても……ね。

 で、でも、このままというのも……あ、そもそも私の立場はどうなるの?

 本物の彼女が戻って来られなかったら、自動的に私が?) 



 ぶるぶると顔を左右に振る。考えたらますます困惑する。

今は凄く彼女ユリアに、スライディング土下座をしたくなります。

彼女の気持ちを誰よりも分かっている自分だからこそ、

私がそんな事をしてはいけないというか……。


 彼女を差し置いて、何をやっているんでしょうか、私……。



「うう……彼の幸せを確かに望んではいましたが、

 こんな展開は想定外でした。それも相手は私って……どういう事ですか?」



 アデル様があんな行動に出なければ、私も錯覚だよね~? と、

芽生えた自分の気持ちにふたをする事が出来たと思う。

でも、命がけの求愛をされてしまうと、意識してしまうじゃないですか……。


 ――アデル様とキスも……しちゃったし……。


「~~っ!!」


 思い出すと一気に顔が火照って熱くなる。そう、そうなのだ。

なんと、私はあのアデル様とキスをしてしまった!! 

思わず頭を抱えて転がりまくり、叫びたくなる。


 恥ずかしいしフェイントだったので、

気持ちの整理が色々と追い付かないのです。



(いつもリファやティアルと接してきたから、

 アデル様も同じような扱いで考えるようにしていたけど……。

 求愛行為だったのなら、意味合いは違うんだよね)



 あにまるモードでじゃれている時とは違う、

印象も受け取り方が違うのは、やはり人型をしている事で、

完全に私は彼を、一人の異性として意識してしまったせいだろう。


 そして最近……私は気付いてしまった。この瞳が紫になった原因を。

アデル様にキスされたあの日に、私は全てを知ってしまったんだ。



※ ※ ※ ※



『――……み゛っ!? ユ、ユリア、エンエンナノ~ッ!』



 ……アデル様にキスされた後、ベッドで眠っていたティアルが丁度目を覚ました。

すると私が泣いていた姿を見て驚き、もらい泣きで一緒に泣いてしまったので、

慌てて私はアデル様から一旦離れて、ティアルを抱き上げた。

その時、ふと壁にあった鏡に映る自分の顔を見て……違和感に気付いたのだ。



『え……なにこれ……?』


 私の瞳は更に色味を増して、紫色が濃くなっていた。

朝は何てこと無かったのに……そう思った時に思い出したのは、

つい先程アデル様に触れられた事だった。


 私は思わず唇に指先で触れた。

考えられる原因はそれしかない。

 


(アデル様が私を心配していたのは、これだったんだ……。

 龍に詳しい人が見たら、私が関係者だと思うかもしれないものね)


 ……と言う事は、私が保護された時にも同じ事をされていたのだろう。

男性経験の無い私は、キスされただけでも衝撃的だったのに、

既に初めてのキスを、知らないうちにされていたという事に気づき、

私は頭を抱えて部屋の隅にうずくまる。


 なんて勿体な……いやいや、フェイント過ぎるよ!


(どうしよう! 私だけじゃなくて、ご本人の不在をよそに奪われてしまったよ!?

 あ、でもユリアも保護された後は瞳の色が同じだったから……)


 ユリアも本筋では既にキスされていたって事だよね。これ。


『クウン?』


『みい、ユリア、アタマイタイ?』


 ティアルの小さな前足が、私の頭をぽんぽんとなでてくれる。

大丈夫、大丈夫だよ。痛くは無いけど恥ずかしいだけなんだ。


 どちらも私の了承など無いわけで……いえ、聞かれても困りますが、

……で、でも、これは、抗議するべきですよね? ね?

私は嫁入り前の娘なんですから! しかも、今は借りものの体だ!



『~~駄目だ。恥ずかしくて言えない!!』


『み?』



 私の考えが正しいのならば、先日のキスは二度目……となる。

いえ、唇以外とかにやっている可能性があるのは、ちらほらありましたけれど、

カウントするに値するのか……は、悩む所です。

あ、寝ている時にされた感じがあるから、三度目になるのかも?


(それとも……も……もっとされていたり?)



 ――アデル様なら……ありそう……。

 


『紫の瞳になっていたのって……原因はこれだったのね……』



 設定資料集にすら、これは書かれていない事だから分からなかった。

保護された時は人命救助のつもりだったのだろう。

龍の体は、それ自体が貴重な治癒の道具になる。

あのアデル様が知らない訳が無い。


(でも……二回目のは……や、やっぱり求愛の意味なんだよね?)


※ ※ ※ ※



 私が真相を知ったあの日から、アデル様に花を沢山贈られるようになった。

これ程の薔薇を毎回何処で仕入れているのか……。

いや、それよりもこの薔薇……本当にどうしよう?

数は減らしてくれたようだけれど、やっぱり量が多い。


 薔薇風呂と薔薇ジャムとかは既にやっているし、

ポプリや砂糖漬けも既に作っている。ローズティーもありがたく頂いております。

最早、薔薇尽くしのフルコース状態なんですが。

そろそろ、薔薇の海でひゃっほーいと泳ぐ事が出来そうだよ。



「リーディナなら、ローズオイルとか、

 フローラルウォーターが作れそうだな。今度頼んでみようかな?」



 後は、お酒に浸けてローズチンキを作り、化粧水を作るとかだろうなあ……。



「アデル様と同じ色……かあ」


 まるでアデル様の瞳をほうふつとさせる、紫の薔薇はとても綺麗だけど。


「……」


 それを見つめて、静かにアデル様の気持ちをそっと抱きしめた。


 あれから……少しずつアデル様と私の関係は変わりつつある。

私もアデル様の事が好きだと自覚してしまった為、変に彼の事を意識してしまい、

視線が合うだけで頬が火照り、鼓動が早くなる。


 一つ屋根の下で暮らしているから、彼と過ごす時間も多い、

肌や髪のお手入れを、以前よりも意識して時間を掛けてしまうのだ。



(なんだか、少しでも良く見せたいとか思ってしまうんだよね。

 これが恋した娘の心境の変化って奴なのですね……)



 彼が龍だからと対応していたはずなのに、

今は一人の異性として意識してしまっている。


 そして、アデル様は……この通りだ。

本物のユリアだったら、これは嬉しい展開ではないだろうか?

ゲーム本編では「決して辿ることが出来なかった未来ルート」なんだから。


 けれど私は……この気持ちを抑えようと必死です。

私自身が彼に好意を示すのは、なんとなく違う気がしますから。



(……ごめんね? ユリア……。

 私まであの人の事を好きになっちゃって……こんなはずじゃなかったのに。

 本当なら、貴方がここに居るべきなのにね……)


 アデル様の笑顔を受け止めるのも、その気持ちに応えるのも。


 彼女の居場所をと思っていたのに、これでは私が奪っているようだ。


 未だに何処に居るのかも分からないユリアを思い、心の中で謝罪する。

彼女の恋心を、演じてきた私は誰よりも知っているからこそ、

こんな感情に気付いてはいけなかったのに。



(ごめんね……でも止められなかったんだ。この気持ちに……)



 芽生えた気持ちは、一過性のものかもしれないけれど……。

アデル様を好きだという気持ちを、無かった事にはもう出来なかった。



(元の世界に戻ったら……この感情はきっと無くなってしまうかもしれないけれど……)



 ――アデル様を好きだったという記憶は……残っていて欲しいな。



 未だに何時か元の世界にと考えている私は、

彼と結ばれようとは思ってはいない。思ってはいけない。

ここはユリアと言う少女の居場所であって、私の本当の居場所じゃないから。

だから、彼の想いに偽者の私は応える事が出来ない。応えてはいけないと思う。

その資格は本当の「ユリア」だけが持つのだからと。


(大丈夫、私は自分の“役割”を理解している。

 私の役目は、ユリアの帰って来るまでの間、無事に留守を預かる事、

 アデル様の幸せを考えて、今までのように過ごすだけだよね)


 

 ……しかし、なんという不毛な恋に目覚めてしまったのだろう?

気づかない方が苦しまなくて済んだのに。

いつか、これが良い思い出に変わる日が来るのだろうか?


 アデル様を好きだったという事を。



(――きっとこれは……私とユリアが願った未来なんだ……)



 ユリアとアデル様の幸せを願うのならば、

彼らが結ばれる未来が一番の解決策だろう。

彼女なら、アデル様をどんな時でも決して裏切らず、愛し支えてくれると思うから。


 その願いが今、ここで叶おうとしているのか。

本物のユリアが居ないという、この状況下の中で……。



(何処に居るの? ユリア……アデル様は貴方の事が好きなんだよ?

 今、どうしているの? 何があったの? ……私、これからどうしたらいいの?)



 居た堪れなくなる。彼女に今すぐにでもこの体を返してあげたいのに。


 私がそれでどうなるかは分からないけれど……とても怖いけれど、でも……。

彼女の大切な思い出と居場所を、私が奪っている気持ちになってしまった。

アデル様への思いと共に、私は本物のユリアに対する罪悪感が芽生えた。



(今、凄く話したいな……あの子に、ユリアに……)



 こんなに辛い気持ちを抱えながら、貴方は一人で頑張っていたんだね。


 頑張って、他の人との恋を取り持ってあげていたんだね……。



(私も、貴方のように頑張らなきゃいけないのに、胸が痛いよ……)



 好きなのに、アデル様の為に身を引く事を選んだユリア。

私は彼女として生活していく事で、ユリアの役を完全につかめた。

役者ならばそれはとても喜ばしい事なのだろう。

けれど私はその感覚に翻弄ほんろうされているままだ。


 こうなってしまったのは、主人公とアデル様が遭遇出来ていないせいだろう。

この地でアデル様の最愛の存在となるのが主人公の役割だった。


 考えてみたら、無限に近い可能性とルートの中で、

主人公が他の皆と出会わなかった場合の話なんて誰も知らないし、

攻略するキャラクターが恋の対象に選ばれなかった場合、

あぶれた人達のその後の様子も分からなかった。


 もしかしたらこの世界は、そんな未来が待っている世界なのかな。


(これまでは、アデル様が主人公に出会えないと

 アデル様が幸せになれないんじゃないかと思っていたけど……)


 ……出会えない以上は仕方ない。

これ以上進展しないように、出来るだけ返事は引き伸ばして、

気付かない振りをして、本物のユリアの帰りをひたすら待つしかない。



「平常心、平常心です」


 そう私は心に固くちか……誓おうとしていたんだけども、

相手のお兄さんは、私よりも遙かに上手でございましたよ。




※  ※  ※  ※



「~~あのっ! アデル様」


「ああ、なんだ? ユリア」


「その、一体……何をしていらっしゃるのでしょうか?」



 何時ものように一日の業務を終えてから、

仕事の疲れを癒そうと入浴の支度を始めた私ですが、

なぜかアデル様が、夕食の後からずっと私の部屋の前に張り付いているのです。

手には愛用の大剣を持って……ですよ?


 なぜ、こんな所でそんな物が必要なのか分かりません。

まるで、これから侵入者が来ると言わんばかりな戦闘態勢なのですが?



「ああ、俺はユリアの護衛だ」


「……えと、つかぬ事をお伺いますが、私を何から守って下さるのですか?」



 さりげなく私が問いかけてみると、

アデル様は素晴らしいほどの爽やかな笑顔で、私にこう言ってきたのです。



「……勿論、ユリアに近づく全ての雄から」



――完全に無差別じゃないかっ!!



 ラミスさんの言う意味が分かって来ましたよ。龍の求愛は命がけ!

それも攻撃対象は私ではなく、周りの恋敵になりそうな異性全体ときた。

私は心の中でおじサマーズに「全力で逃げてーっ!」と叫びます。

この屋敷では、男性の使用人の方が明らかに多いではないですか!


「……み~?」


 アデル様の問題発言に、そんな事を必死で思った直後、

私の背後から、ちょこんと顔を出してきたのはティアルだった。

お風呂で遊ぶ為の、黄色い鳥の玩具を前足で大事そうにぎゅっと持って、

部屋の前で立ち止まっている私達に、不思議そうな顔をして見上げている。



 あ……そう言えばこの子も……その対象になっていたりするの?



(――うあああっ! まずい! ティアル逃げて~っ!!)


「みい? ドウシタノ? ハヤク、オフロ、プカプカアソボ~?」


「……」


 ぱちりと……アデル様の視線がティアルの姿をとらえる。

さー……っと、私の中で血の気が引く感覚がした。



「ど、どうか、この子だけは……っ!」


「み?」



 私は思わず、ばっとティアルを抱き上げてティアルをかばう。

そんなティアルは、今どんな状況か分かっていないらしく……。



「みいみい、ダッコダッコ、ティアル、ダッコスキ」



 ……と、嬉しそうに、鼻歌を歌って私にすりすりと甘えてくる。


 いや違うんだよティアル! 今はのん気に尻尾を振っている場合じゃないんだ!!

私が慌てている間に、傍に居たリファが私とアデル様の間にさっと割り込む。

リファもこの状況が分かったようで、私達をかばってくれたらしい。



「ガウ! ガウガウ!!」



 珍しくリファが、アデル様にえて威嚇いかくしています。

いや、説得しているのでしょうか? 私は不安な顔でアデル様達を見守りました。

今はリファだけが頼りだ。頑張ってママン!



「いや……ティアルは家族だからその対象ではない。

 屋敷の使用人達も……居なくなっては困るしな。

 それに世話になっている事は俺にも分かる」


「え? そ……そうですか」


「みい?」


「本当は俺も、ユリアと一緒に沐浴もくよくして、

 傍で守ってやりたいのだが……ユリアは許してはくれないのだろう?」



 だから――……と、彼は私の腕の中に居るティアルを抱き上げ、

真剣な顔で、ティアルに顔を近づけて話しかけた。



「ティアル、俺の代わりにユリアを命がけで守れ」


「み?」


「手に余るようだったら、迷わず俺を呼びに来い、いいな?」



 ティアルはそれが、アデル様に頼りにされていると思ったのだろう、

強い龍のアデル様に頼まれた事で、ティアルは子供ながらに目を輝かせていた。

コクコクと何度も頷いている。



「みいみい、ティアル、ツヨイコ、ユリア、マモルノ!」


 マカセテ! と、ティアルはすっかりその気です。


(いえ、命がけになりそうな事態になったら、

 君には真っ先に逃げて欲しいのですが?)



 もしも危険な目にあったら、お姉さんは悲しいですよティアル。


 どうやら、屋敷の人やティアルには危険は及ばないようです。

私は安堵しました。とりあえず屋敷の中は平和だと。


 アデル様は私達の心境を他所に、

浴場までエスコートと言う名の護衛をして下さり、

剣を抱え込んでドアの前に座り込み、警備を始めます。



(どうしよう……何だか大事になっている気がする。

 ……というか、浴場までご主人様に護衛されるメイドって、どんだけですか?)



 部屋の外をアデル様、内側をリファが守り、

ティアルが私と一緒に浴室に入って護衛をすると言う、

何と言うか……あにまるフォーメーションが出来上がっておりました。

こう……居た堪れない感じがするのはなぜでしょう……?



「みいみい、アワアワ、ブクブク」


 でもまあ、ティアルは自分用のおけに入ったお湯に浸かりながら、

ぷかぷかと鳥の玩具おもちゃを浮かべて遊んでいるのですが……。

お風呂が好きなこの子は、みいみい言いながら楽しげに過ごしておりますね。


(ああ……本当にティアルの周りは平和ですねえ……)



 ご主人様を待たせる訳には行かないので、手早く入浴を済ませて着替えると、

アデル様は再び私を部屋までエスコート。その動きに無駄はありません。


 で、私は部屋に着くや、アデル様が濡れた髪をタオルで丁寧に拭いて乾かしてくれ、

ブラシで髪をいて整え、化粧水を顔に労わるようにそっと塗ってくれて、

それが終わると、膝裏と背中に腕を回し、抱き上げベッドまで運んでくれて、

そっと上掛けまで掛けてくれました。


 はい、抵抗不可避でしたよ。私は始終、放心状態でした。



「あ……あの?」


「おやすみ……ユリア……いい夢を……。

 夢路まで付き添ってやれないが、怖い夢を見ぬようにしてやろう……」


 アデル様の手の平が私の頬に触れ、おまじないだと額に口づけられた。


 い、至れり尽くせりな状況です。主従の関係が逆転していますよね。

糖度が駄々漏れ状態の、ドラゴンバーストな攻撃をされています。

く……っ! それにあの破壊力のある笑顔を向けてきました。


(なっ、ななな何なのですか? これはっ!? 

 私は精神攻撃をされているのでしょうか!? な、何かの罰ゲーム?)


 まるで恋人以上のやり取りのような気がします。

恋愛経験の乏しい私には、かなり刺激が……っ!


 しかも、私の頬にさりげな~く、おやすみのキスまでしていますよ!?

リ、リップノイズが今聞こえたし!? それに感触も……っ!!


「~~っ!」


 誰か! 誰か止めて~っ! この人を止めて~っ!!

恥ずかしすぎて逆に眠れなくなります~っ!!


 

(い、い、意識しないようにするのが、完全に無理なんですけど?!)



 彼と距離を保ちつつ、穏便に平和に過ごすつもりが、

相手はぐいぐいと龍のアプローチで押して来ます。

そして私は、ベッドの中でもだえておりました。



「それじゃあ、おやすみ」


「あ、あの、アデル様、お部屋に戻られます……よね?」


 名残惜しげに離れていくアデル様の顔、

ようやく解放されて、ほっとするのもつかの間。

部屋を出て行く彼の背中を見て、少し心配になった事があります。

アデル様のこのご様子だと、夜通し私の部屋を警備する気ではないだろうか?



「いや? 俺はユリアの傍に居て君の眠りを守ろう。

 何かあったら呼んでくれ、リファが傍に居るから大丈夫だとは思うが、

 俺はユリアをこの手で守りたい」



 ……予感的中でした。アデル様は求愛行動により、私を自身よりも優先しています。

主人であり、この国を守る大事な騎士団長様を徹夜させるメイドって……。

これ、幾らなんでも不味いと思います。



(でも……どうしよう。私からお願いをしたとしても、

 本能で動いているのなら、アデル様はきっと部屋の前で徹夜するよね)



 このままじゃ体も壊しますし、仕事にも支障をきたします。



(一緒の部屋で眠れば、アデル様も安心して眠ってくれる気がしますが……。

 ~~でも、流石に一緒のベッドで眠るのは……)



 ユーディ達やおじサマーズ達にこの事を知られたら、

既成事実だとかで、きっと大騒ぎですし……私も恥ずかしい。

悩みに悩んだ末、私はベッドから飛び出すとアデル様の手を取った。



「あ、あのアデル様、私が心配で離れられないんですよね?

 でしたら……あの、龍体になって下さるのなら一緒に寝てもいいですよ?

 同じ部屋なら、アデル様も安心して休息が取れますよね?

 暖炉の火を点けて……毛布もお貸ししますので」


「ユリア?」


「私も子猫の姿になりますから」



 そうだ。お互いに人の姿だから変に意識してしまうのだ。

傍らに居るリファがティアルを包み込み、仲良く眠る体勢なのを見て、

私達もリファ達のように、あにまるな姿ならば、

お互いに意識しないでいいんじゃないかな? と思いました。


 寒い廊下に彼を夜通し立たせる位なら……きっとこっちの方がいい。



「ユリアは……この姿の俺は嫌いか?」


「え?」


「この姿の時の俺と、龍体の俺と、何だかユリアの様子が違う気がする。

 いや、俺の本当の姿を怖がらないでいてくれるのは嬉しいんだ。

 だが……この姿の俺も受け入れて貰いたい」


「アデル様……」


「そうしないと、俺はユリアの傍に居られないだろう?」



 苦悶の表情で私の頬を撫でてくるアデル様を見て、

今まで私が意識しすぎたせいで、彼を傷つけたのかもしれないと思った。


「……っ」


 嫌いな訳じゃない、どちらも私が好きなアデル様に違いない。

だけど、私はまだ色々と葛藤している所もあるので、

出来れば、余り意識しない姿でいてくれた方が凄くありがたいんですが。


 それだけ私の心は今、とてももろくて、揺れ動いているから……。


「ユリア? どうした?」


「あの、私……アデル様の人型が嫌いという訳じゃなくて、

 私は……その、よ、嫁入り前ですし、人間の男性と必要以上に接触しすぎると、

 世間的にも不味いと言いますか……お付き合いした事も無いので」



 説得力が無いですが、そういう事にして頂きたい。

頭では理解していても、心がついていけないなんて言えません。



「で、でも、どちらの姿でも……アデル様はアデル様ですから。

 私は……それを分かっていますから、嫌いな訳ではないんです」



 そう、アデル様はアデル様だ。例えどんな姿をしていても……。


 ただ、動物の姿をしている方が、私も素直になれる気がする。

人の姿でいれば、色々な制約や常識を必要とするように、

世間体とやらも気をつけなければいけない。


 人の姿で、共に眠っていたりするのを見られるのは恥ずかしいし、

余り勝手な行動をして、ユリアに悪い評判を付ける訳には行かないので。



(それにアデル様は以前、女性問題の多い人として騒がれていた方ですし、

 ようやく噂も収まってきた中で、そういう状況を作るのは……ね)



 こういう環境の中ならば、気をつけた方がいいのではないだろうか?

……いえ、今更過ぎるのかも知れませんが、そういう事でお願いします。


 平常心を貫く為には、ある一定の距離感と、

お互いにリラックスして過ごせる状況を作りたいんです。

と言う訳で、あにまるモードを全面的に推奨しますよ。



「……そうか、分かった。嫌われていないのならばいい。

 ユリアがそう望むなら、俺はそれに応えよう」



 アデル様は素直に私のお願いに応じてくれました。

ほっと安堵した私の横で、彼は剣をテーブルに置き、背を向けて服を脱ぎだす。

慌てて私はアデル様と反対の方向を向いて、ぎゅっとまぶたを閉じる。



「……いいぞ、ユリア」



 振り返ると其処には、うろこが青黒く輝く蒼黒龍、アデル様の姿。

こうして見ると、ああ……やっぱり彼は龍人なんだなと思い知らされる。

私とは育って来た環境が何もかも違う……別世界の人なんだと。


 アデル様の体に毛布を掛けると、今度は私がベッドに潜り、中で子猫の姿になった。



「みい」


 もそもそとベッドから顔を出し、ぽてっと落っこちる。

そして、暖炉の前で体を丸めて待つアデル様の傍に、私はちょこちょこと近づき、

彼の足もとにそっと寄り添って、静かにまぶたを閉じた。



(この姿で居る時だけは、周りの目も役割としての自分も、

 気にしなくていい……よね?)



 今の私は猫だから、ただご主人様を好きなだけの存在で居られる。

素直に彼の傍に居る事が出来る。変に遠慮も肩肘も張らなくてもいい。


 アデル様は、私の小さな体を自身の着ていた上着と翼で覆い、

外気の寒さから守ってくれた。


 その何気ない優しさが私は嬉しくて……人知れず私は密かに泣いた。


 

 素直に彼に好きだと伝える事も出来なくて……。

どんなに目を背けようとしても、やっぱり私は彼の事が好きだったから。

彼の好きな人が、私自身じゃないのが切なくて悲しかった。



(ごめんね。ユリア……でも、私は貴方からアデル様を奪おうなんてしないから、

 せめて、せめてこの人を好きでいる事だけは、どうか許して……?)



 この先に待ち受ける未来が、一体どんなものになるのか分からないけれど……。


 いつか元の世界に帰るその日まで、この体をユリアに返すその日まで、

ほんの少しの間でもいいから、彼の傍に居られたらと、

ただ、それだけを願って……私は眠りについた。






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