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39・龍の贈り物



「――ラミルス……折り入って相談があるのだが」



 そう言って、ある日、アデルバードが昼食時間にやって来た。

奴の腕には大きなバスケットがある。誰から貰ったかなど、俺にはすぐに分かった。

何時もユリアが此処へ来る時に、同じバスケットを持って来るからだ。



 あの中には、ユリアからの差し入れのサンドイッチという代物が入っており、

忙しい最中でも片手でつまめるようにと、用意してくれた物……らしい。


 そう、あのユリアが、アデルバードの為だけに料理をしているのだ!


 それを知った俺は勿論の事、女の子の手料理に飢えている同僚の野郎どもは、

そろってたけびを上げた。


 なぜ、こいつばかりがモテるんだと、怒りすら沸くんだが?



(う、羨ましい奴め……)



 ちらっと中を見れば、奴の好物である「から揚げ」と言う肉料理に、

サラダ、フルーツ、飲み物、手を汚した時の為にと、お手拭きまで用意されている。


 ちなみに、サンドイッチの具材は毎回変えてあるらしい。

前は照り焼きチキンというものだった。その前は白魚を油でカリッと衣をつけて揚げたもの。

シャキシャキの新鮮な生野菜に挟まって、タルタルソースなる卵からできたソースがついたものを、

奴が美味そうに食べていたのを、俺達は何時も、傍でごくりと唾を飲み込みながら見ている。



「今日も美味そうだな」


「ああ、お陰で食いっぱぐれなくて済む」



 先日は惣菜そうざいパンと言うものを作っていたな。

生地と一緒に、おかずも乗せて焼き上げるものだそうだ。


 その時は、具沢山の野菜スープを水筒に入れて持って来て、

アデルバードが食べる時に、スープ皿に盛りつけて差し出していた。


 昼食になる少し前に、届けてくれた物は温かくて、

ほこほこと、まだ湯気が出ている出来たてを直ぐに届けているらしい。

肌寒い日には、温かいものを出来るだけ冷まさないようにと、

ユリアが大事に抱えて、騎士団の宿舎前をぱたぱたと急いで運ぶ姿を見かけた。


 そして今日もユリアは、出来たてのほかほかの昼食を届けに来ていて、

アデルバードとこんな会話をしていたのを、俺は横目で見たんだ。



『アデル様、お肉だけじゃなくてお野菜もきちんと召し上がって下さいね?

 肉ばかりだと体に悪いですから、バランスよくお願いします。

 ボリュームが出るように、おかずを沢山詰めておきましたので』



 こういう時、女の子が傍に居ると何かといいよな……心配りがさ。

さり気なく、アデルバードの好みの物を良く作ってくれているし。


(もしも、そう……もしもだが、俺の方が彼女を見つけるのが先だったのなら、

 その立場になっていたのは、アデルバードじゃなくて俺だったかもしれないのに)


 ユリアと一つ屋根の下か……なんていい響きだろう。

俺の事をご主人様と言って、甲斐甲斐しくお世話をしてくれたりなんかして……。


 俺は脳内でその状況を思い浮かべて見た。



 ※  ※  ※  ※



「――……ラミス様、御髪おぐしが……お直しいたしますね?」


 とか……、


「お帰りなさいませ、ラミス様、今夜はラミス様の好物を沢山作りましたよ。

 初めて作ったものもあるので、お口に合えば良いのですが……」


 と、ほんのり恥ずかしげに笑うユリアとか……、


「ラミス様、沐浴もくよくの準備が整いました。

 お召し物は用意してありますので、どうぞご利用下さい」


 とか……、


「お休みなさいませ、ラミス様。

 よく眠れるように香をたいておきました」


 とか、毎日世話をしてくれるんだろうなあ……。



※  ※  ※  ※



「~~っ!」



 ……想像しただけで、俺は脳内パラダイスだぞ、おいっ!!

も、もう、この俺がご主人様でも良くないか? 良いよな!?


 こいつよりも、人間の女の子の扱いには慣れている方だと思うし、

きっときっと、アデルバードよりも彼女を大事にすると思うのに……。


 ユリアは現在料理の研究もしているそうで、、

時々、料理を失敗する事もあるらしいが、俺は快く許せるよ。

俺の為に料理を頑張ってくれる気持ちだけでも、幸せ満載だからさ。


 彼女がアデルバードに保護されてからというもの、

この国の食材を、まるで初めて知ったかのような様子で手に取り、

いろいろな料理に挑戦したりしているそうだ。


 彼女のそんな努力する様子は、見ていて目覚ましいものがあるし、

女の子がエプロンを着けて作ってくれる光景は、俺は嬉しい。凄い嬉しい。


(まるで新婚みたいだもんな)


 やはり、最初の時の第一印象って、その後を左右するよなあ……。



(こんな事なら、俺も無理言ってでも付いていけば良かった……)



 あの時の俺の行動が悔やまれる。俺が先に発見していたら良かったのに、

俺は当時、さる事情と別件の仕事で、アデルバードの部隊には同行していなかった。

女の子を拾ったのを知らされたのは、奴が連れ帰った後だったからな。

しかもそのせいで、奴がマーキングするのをみすみす許す事態になるとは……。


 ユリアは身寄りも分からず、居場所も無い状態だった。

そんな時に手を差し伸べてくれたアデルバードに、

親愛の情を持つのは当然の話で……。



「アデル様のお役に立てるのが、とても嬉しいです」



 そう言って幸せそうに笑う彼女の姿に、

俺が先に彼女を見つけて保護していたら、

きっと同じことを言ってくれたんじゃないかなと、

ついつい思ってしまうんだよな。


 だって「龍」だって分かった上でのあの台詞せりふだろ?

普通の女の子じゃ、そんな言葉なかなか言ってくれねえよ。


 見つけられること自体が奇跡に近いんだ。それも秘密を守ってくれているし。



 俺らは所詮しょせん、人間から見れば駆逐くちくされるべき害獣だ。


 人間にとっては食材や道具、家畜レベルの意識しかない訳で……。

幼い頃から人間と紛れて暮らして来た俺も、その危機感は持ち合わせている。

だからこそ、正体を分かっている上で普通に接してくれる存在は、

とても貴重な存在だ。


 ご主人様、ご主人様と慕って世話してくれたり、

頭をなでなで~と、なでてくれたりとか、

何かこう……こそばゆくなりそうな事を二人がやっている姿を見ていると、

心底、俺の嫉妬の炎がメラメラとわく……強いおすに挑んでこそが真の龍だろう。


 けれど、それでユリアに嫌われたくないのもまた事実。


(アデルバードを傷つけでもしたら、ユリアは泣くんだろうしなあ……。

 あれだけ懐いているんだし、彼女を賭けて争ったら、嫌われるだけだよな)



 ――で、そんな奴が、この俺に相談ごととは……。



 だが、この俺様はとっても心が広く、優しい都会育ちの紅炎龍こうえんりゅうなので、



「その、ユリアの手製の昼食を少し分けてくれるなら、相談に乗ってやるぞ!」


 そう言うと、普段なら絶対にくれないあのアデルバードが、

逡巡しゅんじゅんしたのち、渋々と小さな串に刺さった肉……から揚げをくれた。



「少しだ……それ以上は無理だ。

 ユリアが俺の為に作ってくれたものだから、大事に食べたい」



 龍が自分の食べ物を分け与えるのは本来、身内や配下、

そして互いの血を交換し親友となったものだけだ。


 それ以外は……戦いに負けるなどして、相手に無理やり奪われる時のみ、

だから奴の野生慣れしたプライドを考えれば、これが最大限の譲歩なのだろう。

でもまあ、力でねじ伏せて言う事を聞かせなくなっただけ、まだましである。


(それを考えれば、アデルバードも随分と成長したのだろうな)



 少しずつではあるが、人間社会での常識を学ぶ気になったのはいい事だ。

今までは「戦闘」に関する知識以外は、「必要ない」と言って無関心だった奴も、

人間での暮らしの豊かさなどに、魅了されたのかな。


 差し出された「から揚げ」は口の中で肉汁がじゅわっと広がって、本当に美味かった。

冷めた状態でも美味しく感じるように、そしてアデルバードが体を動かす職業の為か、

少しだけ濃い目の味付けにされている所が、また嬉しい。



「で? 相談って何だよ」


「先ほど、若い騎士達がこの本を見ていてな?」



 広げたのは、王都で若い男達に人気の雑誌である。

流行の髪型や服装、女の子との付き合い方、人気のデートスポットなど、

男が知りたい情報をいち早く載せる事でも人気の秘密である。


(それをなぜ、こいつが持って……ああ、勝手に奪って来たんだな?)


 開かれたページには、女の子に贈ると喜ばれる物がつらつらと書いてあった。


 まあプレゼントリストとでも言えば分かるだろう。

お花だったり、お菓子だったりするものから、

少し懐に余裕がある者は、専門店で女の子に服や帽子を仕立ててあげたり、

手に入れた鉱石などを加工してアクセサリーをプレゼント、なんてものも含まれていた。


 ……なんか、別荘とか書かれているのは、高給取りも見ているのだろうか?

そうでないと、いきなり屋敷をぽーんとあげるのなんて事は出来ないぞ?



「専門店で売っている物はさすがに無理だが、

 菓子や花は最近、花売りや出店でなんとか手に入れられて贈っている……。

 服はユリアに以前断られてしまったから、あげるとしたら生地位だ。

 で、今度は装飾品をあげようと思ってな?」


「ほうほう……やっぱりユリア絡みか、分かりやすいなあ、お前。

 殴っていいか? 何か無性にむかつく」



 ――俺なんか……まだ花も菓子もあげた事も無いけどな!! 


(っていうか、出会いすらほとんど無いからな!)


 あげるタイミングを計った事もあったが、

会えるチャンスといえば、冒険中か騎士団本部の中でのみだ。


(みんなが居るから、二人きりになれるチャンスなどもないし、

 目の前のこいつが邪魔するし、個人的にお茶やデートに誘うのも出来ないもんなあ)


 

 騎士団の中では、「ユリア応援団」なるものが出来たせいで……。

無理やり「紳士協定」を組む事になった。


 つまり、「ユリアちゃん抜け駆け禁止法」だ。


 彼女を怖がらせたり、驚かせたりしないようようにと、

大きな声で接すること禁止、腕をつかむなどの乱暴なこと一切禁止、

背後に回ったり、隣に急に並んだり、進行を妨げる事も禁止、無理強い禁止。


 プレゼントをして彼女を恐縮させない為にも、これも禁止、触れるの禁止、

彼女に話しかけて貰えるまで、勝手に話しかけてはいけない……などなど、

仲良くなる為に必要な事が未然に禁止させられていた。


 ちなみに、「ローディナ応援団」や、

「リーディナ様応援団」とかもある。禁止法も勿論あるんだ。


 ……なぜ、リーディナだけ、“様”付きなのかは分からないが、

彼女の性格に心酔した男達は、そう彼女を呼んでいるらしい。

騎士団の中でも圧倒的人気を誇るローディナは、マドンナ的存在となっている。


(あの二人も凄く可愛いもんなあ……)


 ちなみにユリアは人懐っこい性格のせいか、

彼女の頭をなでるのも禁止されている。

……アデルバードなんて主人だから、なで繰り放題だけどな。


(俺だってなでたいよ、ったく)



 ……で、だ。その為に俺らの行動は、逐一周りに監視させられている。


(ユリアのお陰で女の子と知り合う機会が増えた。

 だから、ここで彼女達に少しでも嫌な思いをさせたら、

 騎士達の嫁さん探しはかなり難しくなるだろうな)



 彼女達が嫌な思いをしない為に、身だしなみにも気を配り、

来ると思われる時間帯前には、全員、一旦体を洗いに我先にと浴場へ向かう。

そして、訓練の時に着ていた制服は、全て洗濯後のものに交換され、

彼女達が歩く場所が汚れていないか、分担をして掃除までしていた。


 ユリアは、そんな俺達の様子を偶然見てしまった。

何時もの予定よりも早く来た為に、事情を知ってしまったのだ。


 そして、その時にこんな事を言ってくれた。


「あの、其処まで気を使って頂かなくても……訓練とお仕事でお疲れでしょう?

 みなさん、国や民を守って下さる、尊いお仕事をされているんですから」



 ……と、私気にしませんよ? なんてニコニコして言ったものだから、

俺の親父や親戚、同胞の龍までもとりこにし、ファンを増やした。

なんていい子なんだろう。


「お、俺、今まで女の子にそんなことを言われて、気遣われたこと無い!!」


「女の子に初めていたわりの言葉を貰えた!!」


「俺達の時代が来たのか?!」



 仲間だけでなく、騎士団のむさ苦しい男達が、

その言葉に感動でむせび泣いた話は、

きっと騎士団で語り継がれる逸話いつわになるだろう。


 少なくとも彼女は「私と仕事どっちが大事なの」と言って、

相手を困らせないタイプであることは明白だ。



「ラミルス!! いいか!?

 紅炎龍こうえんりゅうの誇りと血にかけて、俺の息子として、

 あの女の子を絶対に嫁にしろ! アデルバードに負けるな!!

 早くアデルバードを倒して、根性で仕留めて来い!! 

 骨は拾ってやるからな!」



 ……なんて、現在の紅蓮騎士団ぐれんきしだんの団長、

つまり、俺の親父はそう言ってのける。


 仕留めるなんて、龍のめすが相手ならば、

気性激しい事もあって、力ずくで言う事を聞かせるかもしれないけどさ、

彼女は人間の、それもか弱い女の子だぞ。


 守ってやらねばいけない程に柔らかい肌、

牙や爪を立てようものなら、傷つける所じゃない、

あっけなく死んでしまう可能性だってある。


 そんな事をしようものなら、確実に俺は嫌われる上に、

人として大問題だよ親父……。


 ――それになんだよ最後、俺、それじゃあ死んでるだろ!?



(アデルバードを倒すなんて、相当の覚悟と実力がないと無理だ)



 紅炎龍こうえんりゅうが総出で奴に戦いを挑んでも、

一瞬にしてけりが付く筈だ。そしてそれはもう経験済みだったりする。


 ましてやそれが、ユリアの身体に関わっているのならば尚更だろう。

奴は本気で俺を倒しにかかるに違いない。


 めすは強いおすが所有するものだとなれば、

龍の長である蒼黒龍そうこくりゅうアデルバードが、彼女を連れ歩くのは当然の権利。


 しかもマーキングした上に、自分に触れる事まで許し、

大事にしているのだから、その執着は本物ではないか。


(ただし……まだペットとしての扱い……なのだろうが……)


 どうやらユリアの事を、犬猫がじゃれ付いている感覚で奴はいるようだ。

確かにそれだと、怒ったりは普通しないよな……。



 そんな訳で、ユリアに一番近い男はアデルバード、

そして俺は冒険で付き合っている事もあってか、

二番目に仲がいい男とされている。


 お分かりだろうか? つまりアデルバードは主人と後見人と言う防壁があるが、

俺にはそれが無い……一番やりづらい立ち位置だったりするんだな、これが!


 しかし、装飾品を贈りたいという奴の言葉に、

俺は不穏な空気を感じ取った。女の子に装飾品と言うと……。


「!?」


 ま、まさか、ユリアの細く白い指にめるアレを求めているのか?

其処まで奴は、彼女との将来を真剣に考えているのだろうか!?


 いつの間に口説きやがったんだよ、この野郎!

今夜は自棄酒決定じゃないか? 俺……。



「まさか、もう指輪を買おうなんて……?」


「いや、首輪だ」


「ああ、なんだリファにか……確かに首輪を着けていた方が安心かもな。

 あれだけ図体が大きいと、冒険者に間違って切り掛かられるかもしれない。

 国では保護対象だが、流れ者の冒険者だと知らないのも居るだろうからな」


「――いや? ユリアにだが?」



 俺は瞬時に、アデルバードの頭に拳骨げんこつを叩き込んだ。


「女の子に首輪を着ける発想をするなんて、お前は変態かっ!?」


 確かに冒険者のファッションで、そう言う服装に合わせて身に着けるのはあるが、

どう考えても、ユリアはそんな物を着けて喜ぶタイプじゃないっ!!

というか、お前、絶対にユリアをペット感覚で考えているだろう?!



「つ……何をする……」


「それはこっちの台詞せりふだ! 女の子相手になんて事をしようと考えているんだよ!!」


「人間の娘に装飾品を贈るのは、良くある話なのだろう?

 だから最初、ペットショップに行ったのだが人間用は売ってなかった。

 その代わりに、それが売っている専門の店を教えて貰ったのだが……。

 何というか、トゲトゲが付いていたり、重い鎖が付いていたりでな?

 ユリアの柔らかい肌が傷つきそうだから、断念したんだ」


「あ、ああそうかよ」


「色も余り良くなかったな。デザインのセンスと言うのは俺はあまり分からないが、

 ローディナいわく、ユリアはもっとレースやリボンと言うひらひらの装飾部品が、

 沢山付いた物を身につけるべきと前に言っていたんだが、売ってないんだ」


「それ、洋服の事だろうよ。首輪じゃねえよ。

 ローディナはなんか、ユリアやリーディナを着飾るのが好きそうだからな」



 やっぱりペット感覚か……がっくりと俺は目の前のテーブルに突っ伏した。

どうやら、鎖を着けて連れ歩く趣味は流石の奴でも無かったようである。

そんな事を彼女にしたら、流石に温厚な俺でも戦いを挑むぞ?


 その会話をした店員には、後で俺から口止めしておこう。


 ユリアが必死になって、アデルバードの印象を良くしようと、

影で日々奔走ほんそうしているのに、

当のご主人様が、おかしな事をしていたら意味が無いじゃないか!



(やっぱり、この俺があの子のご主人様になってあげていたら……)


 ……と、俺は目頭を押さえた。



「俺が欲しいのは……そう、あれだ。

 主人の名前や連絡先が書かれているネームプレート付きの首輪。

 それか、焼印で文字が示されているのでもいいな……。

 首輪はユリアに合いそうな、うす桃色か、紫色か、水色の物が欲しい、

 注文すれば、作ってくれそうな所を知らないか?」


「知るかよっ!! つーか、ペット用の首輪じゃねえかよ、それっ!!

 人間の女の子に首輪は駄目だっ! ユリアがもらったら困るだろ!?」


「……なぜだ? 人間でも迷子カードを身につけると聞いたが……。

 首輪はなぜ良くないのだ? 俺が主人で後見人なんだぞ?」



 どうやらアデルバードは、ペット=小さな女の子の両方の考えでいるらしい。

かつて育児書をすすめた弊害へいがいが、

まさかここで起きようとは思いもしなかった。


 つまり、誰がどう見ても、これは俺の責任でもある。


 この朴念仁ぼくねんじんに、余計な知識を教えようものなら、

変な曲解をして実行に起こしかねないな。肝に銘じておこう。



「そりゃ、言葉もろくに話せない小さな子にやるものだろ!

 だったら、お前……自分の屋敷の使用人全てに首輪でも着けるのか?」



 俺の指摘に、アデルバードは真剣にその状況を思い浮かべたらしい。

しばらくすると、奴の顔は何とも言えない顔つきになって首を振っている。



「……ユリアはともかく、他の奴は余り似合わんな。

 それに興味も無い。俺が今、用があるのは所有物のユリアだ。

 だが、屋敷の主人として、俺は全員に買い与えてやるべきなのか?」



 首輪は主人が違う種族に与える、親愛の証だと勘違いしたのだろう、

そう言えば、近頃ではペットに服を着せたり、遊びに連れて行ったり、

おしゃれなアクセサリーを着けてあげたりとか、するらしいからな。


(……こいつは、まだまだ人間の女の子との接し方を学ぶ必要があるわ)



 奴がユリアに嫌われるのは願ったり叶ったりだが、

それ以前の行為が、かなり問題がある。

流石に放って置けないわな。あの子を泣かせるのはよくない。



「いや、首輪はファッションで着ける事もあるが、

 そう言うのは、いかつい冒険者とか賞金稼ぎの野郎ぐらいだろうし、

 人間同士で……主人がメイドにやるのは隷属れいぞくの証でもある」


「……そうなのか?」


「ユリアは確かに今、お前の獲物ものだろうし、

 それを強制する権利がお前にあるかもしれないが、

 そんな事をしたら……確実にユリアを傷つけて嫌われるぞ?」


「……っ!?」


「嫌われて、口を利いてくれなくなっても、俺は一向に構わないが、

 それでもいいならやれば? その時は俺が彼女を引き取って、

 ユリアのご主人様になるし、親父達も彼女を気に入ってるから、

 俺らの家にユリアが来るのは大喜びだろうしな~?」



 嫌われるという、ユリアに関する最大のタブー用語を使った俺は、

横で凍りついたように、ショックを受けているアデルバードを見つめた。


 もそもそ食べていたサンドイッチが、

奴の手からポロリと落ちる。慌ててオレがキャッチしてやった。


「くそう、これも美味そうだな、それも一切れ俺にくれよ」


「……」


 重大なアドバイスを貰ったと思ったのだろう、

奴は呆然としたまま、サンドイッチを一つくれた。


 俺は取り返されないうちに、それをありがたく頂く。


「よし、じゃあいただき……!?」


 ――……うおおっ! なんだよ、このパンのふわふわ食感!?


 ユリアの作るパンは、今まで食べた事がない位にとても柔らかい物だった。

ローザンレイツでは持ち運びも兼ねて、保存が長く効くように水分が少なく、

シンプルな味で固い食感のパンが主流だが、これはとても柔らかくて甘い。

 

 パン生地自体にバターがたっぷり練りこんであり、

濃厚なミルクの香りがして、卵がスライスされて挟まれていた。


(バターって、パンに入れるとこんなに美味くなるのか)



 卵も初めての食感だ。聞けば卵を殻のままでると出来るらしい。

フライパンで焼く単純な物しか知らない俺は、食べたものが未知の食べ物に思えた。


(……俺の屋敷のコックは、こんなの作ってくれた事無いぞ!?)



 そして表面をかりっと焼いた、肉汁たっぷりの厚切りハムと、

シャキシャキの葉物野菜が挟まれていて……薄切りのチーズはとろとろ。

食べた事のない衝撃に、俺の心はまさに震えた。


 龍の胃袋を一瞬にして射落とすとは……ユリアはただものじゃないぞ。



「美味いな……これ。俺の知っているパンの味と違う……」



 思わず夢中で口の中に頬張る。こんなパンがこの世にあるとは……っ!!

衝撃を覚えた俺は、じっとアデルバードの手元のランチを見る。


 ローディナの事件の際や、冒険の最中にユリアのパンは食べた事がある。

だが、簡易に作るのではなく、時間を掛けて作ったこのパンは更に美味い。


 ごくり……こんな物を奴は何時も作って貰っているのか、

それも「やつだけ」の為に!!



「ああ……ユリアは食べ物に関して、並々ならぬ執着があるようでな?

 果物の皮とハチミツで発酵させ、酵母というのを作りおきしているらしく、

 納得の味が出るまで頑張っていた。それで……その……」


「ん? ああ、嫌われるって話か?

 人間が違う種族を手元で飼うという名目で、愛玩用に首輪を与える事はあるが、

 人間同士でそれをやるのは、本当にまれだ」


まれ……」


「変な趣味かその手のファッション……。

 で、どう考えてもお前が考えているのは、ペットに対する発想で、

 それをユリアが受け入れてくれるとは、俺は思えないがな」


「嫌われる……ユリアに嫌われる……そうか……。

 ならば止める……俺のだと誰にでも分かるように印が欲しかったのだが。

 俺の匂いが付いているだけでは、人間のおすには、牽制けんせいされないようだからな。

 ……ユリアは一度記憶を失っている。また同じ事が起きて、

 直ぐに見つけてやれるようにしたかったのだが」



 そう言えば、ユリアがお使いに来る度にこいつは抱きついて、

匂いをり付けてたな。あれ、ただ単にじゃれていただけじゃなかったのか。

確かに、ユリアは記憶を失っているから、今後、記憶の混乱により、

屋敷に帰って来られなくなるという可能性もあるだろう。


 ただでさえ、身よりも分からないんだ。

再びそんな状況になったら、怯えさせてしまうだろうな。



「ユリアに……嫌われる……」



 ずーんと沈んだアデルバードは、静かにランチを食べる。

ショックで食欲がないと言えば、俺が喜んで代わりに食べてやるんだが、

奴もそう馬鹿じゃない。意地でも食べる気だろう。


 俺は美味そうな匂いが漂ってくる、奴の獲物から目を背けると、

自分の持っていたパンに食らいつき……顔をしかめた。


(あんまり美味くない……)


 先程のパンと違い、黒くて固くて甘みも少なくてバターの香りもしない。

それでも満足して食べていたのに、今は物足りなく感じる。

つくづく奴は幸せなのだなと実感した。


 だが俺はまだいい……冒険先で話せるし、彼女の手料理も食べられる。

他の男達に比べれば、遥かにいい待遇だと思う。だから今は我慢だ。


 奴が一番恐れる事を教えてやる俺は、所詮いい人止まりの存在だろうな。

それでも、ユリアが妙な事をされないよう、こいつを教育する必要がある。

まだ人間社会で言えば人間生活5歳児の獣、ライバルに協力するのはアレだが、

ユリアの為だと思えば仕方ない。


 しかし、その後……俺は予想だにしない事態を実感する。



※  ※  ※  ※




「――……は? アデルバードに首輪?」


「はい、アデル様が首輪を連呼していたので、

 もしかして、首輪が欲しいのかなと思いまして。

 でも、その……ドラゴン用の首輪ってあるのでしょうか?

 鈴とか付いていたら、確かにご用がある時に便利ですけど……」



 何という事だ。二人は似たもの同士か!?

ユリアはユリアで、アデルバードに首輪を着ける事を考えていたらしい。


 アデルバードが、お菓子やお花をくれる求愛行動を彼女は……。



「警戒心が何よりも強い野生の龍さんが、

 大嫌いな対象の筈の人間に、こんなにもなついてくれて!

 全幅の信頼を寄せて、甘えてくれる程になったんですよ!?

 獲物を持って来てくれるほど、信頼してくれるようになったんです!!

 私! 感動でむせび泣きそうで……っ」


「あ、ああ……」


「龍体のお姿でそれをやって頂けたら、もっと……いえ、贅沢ぜいたくですね。

 こ、ここは私もお礼に、何かして差しあげたらどうかと考えたのですが!」



 と、解釈した。そうだよな……龍の俺から見ると、ただの求愛行動だが、

奴の正体を知る人間の女の子から見たら、そう考えても仕方ないと思う。


 なつかない犬猫が心を許すと、

玩具とか、狩って来たネズミとか、飼い主に持ってくるからな。


 ましてやあいつは野生の龍……動物のカテゴリーに当てはめると、

ユリアの見解は間違ってないんじゃないかと思う。

ただ……ペット的な感覚だよな。それって……。


 獰猛どうもうな野生の獣が人に懐くって、確かに余り無い事だ。

それだけに、ユリアはとても感動しているらしい。

下手をしたら、ユリアが奴の非常食な扱いになるからな。


 どうやら互いにペット感覚で考えているらしい。



(アデルバード……お前の気持ちは凄く空回りしているぞ?)


 我がライバルながら、哀れすぎて……思わず二度目の目頭を押さえる。


 彼女は、鈴の付いた首輪を着ける龍体アデルバードの姿を想像して……。


「可愛いのを選ぶべきか、格好良いのを選ぶべきか、

 もしも身に着けるとしても、装着するのが大変そうなのですが、

 同属のラミスさんは、どういうのがいいと思いますか?」


 ……と、同じ龍仲間の俺に相談して来た。


「あ――って?!」


「?」



 何気なく交わされた話だが、やっぱりユリアは俺の正体も知っていたらしい。

しかも、疑いもなく話してくるので、俺も思わず聞き逃す所であった。

俺達の正体を知っている上で、仲間の俺に相談に来たなんて。


 彼女の中では、俺や奴の正体など気にしないレベルなのか?


 怯えて欲しいとは思わないが、

こう何も反応が無いと、少し空しく感じてしまう自分がいる。


 奴がペットになる光景は、きっと見物みものだとは思うが、

……ユリアがくれたならと、素直に身に着けそうな気がするだけに、

俺は全力で止めて置いたのは言うまでもない。



「じゃあ、尻尾に鈴付きのリボンってどうでしょうか?

 尻尾の先なら私も結んで差しあげられそうですし、可愛いと思うのですが……。

 ほら、ご用がある時に、ちりんちりんって鳴らして貰って……」


「あ、ああ……奴にリボン……リボンか……」



 あのプライド高く、冷酷、残忍極まりない蒼黒龍そうこくりゅうを相手に、

リボンを着けたいと考える勇者が居るとは思わなかった。


 しかも、可愛いと言ってのける彼女の感覚は大丈夫だろうか?


(そ、蒼黒龍に可愛さを求めるって……)



 奴は龍の中でも、一番強暴だと言ってもおかしくない龍の長だぞ?

下手をしたら、プライドを傷つけられたと怒り狂って、

喉元に食らいつくかもしれない相手だ。


 万一、奴を怒らせでもしたらユリアの命は無い。

俺なら何とか多少は抵抗できるが、ユリアはどう見たって無力だろう。

少しでも怒らせる可能性がある事をやらせるのは、ちょっとなあ……。



「あ、あのさ、それは……止めて置いたほ――……」


「あっ! それじゃあ、こうしてはいられませんよね! 

 早速、生地屋さんに行って、似合いそうな色を探さないと!!

 ラミスさん、お話を聞いて下さってありがとうございました! 

 それではまた、ごきげんよう~っ!」


「あっ!? ユリア――ッ!?」



 にこ~っと笑ったユリアは、俺が止める事もできずに走り去る。

俺は追いかけようにも、周りが凄いにらみ付けて来るので出来なかった。

追いかければ即、俺は袋叩きの刑だろう。


 そして……ユリアは本当にそれを実行したらしい。

彼女は恐れと言うものを知らないのか、それとも知っている上でやっているのか?


 龍の尾に巻き付けるリボンが無いからと、

彼女が布を縫い合わせて作った、お手製の青いリボンに鈴を着けて……。


 事後報告のように、アデルバードは出勤して来た俺に話しに来た。



「ユリアが、俺の尾に手作りのリボンを結んでくれたんだ」と……。


 意外にも、奴はそれをいたく気に入ったらしい。

蒼黒龍そうこくりゅうの趣味は、本当に分からん……。



「お前ら……ほんっとーに付き合ったりしていないんだよな?」


「何がだ?」



 これだけやっているのに、こいつは何処まで鈍いのか……。

俺は強敵アデルバードの余裕の顔に、思わず殴りつけたくなった。


 身に着ける物を互いにやり取りするのは、龍の世界でもある。

そして、身内以外でやるならば、それは将来を誓い合った恋人や、

婚姻関係を結ぶ伴侶という事だ。


 危うく俺がアデルバードを止めた事が、龍の婚姻を未然に防いでいた。

末恐ろしい奴だ。まさか無自覚でユリアを誘導していたとはな。

同じ物を互いにやり取りしていたのだとしたら、

それは人の世で言う指輪の交換に等しい。


 ユリアは知らず知らずのうちに、龍の花嫁になっていただろう。


 俺、グッジョブ! 心の中でそう呟いた俺だった……が。


(……いや、まてよ? 確か前にハンカチの交換を奴は……)


 気が付いて、さああ……と血の気が引いた。

あれ、もしかしなくても、既にやっていないか? こいつは。


「どうした?」


「いや、あのな……えっと、うん、なんでもない」


 こいつが天然なのは幸いしたのかもしれない。

俺はこの件は胸にしまっておこうと考えた。


 勿論その後、俺が「女の子には好みがあるから」と、

奴がリボンをユリアに贈るのを全力で止めさせたのは、言うまでも無い。







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