26・ご主人様の休日
早朝、何時もの時間に目が覚めて、俺は窓の外を静かに眺めた。
(ああ……そう言えば、今日は騎士団の仕事が非番だったな)
自然の中で、仲間や家族と自由気ままに暮らしていた生活から、
人間の規律と秩序に準した行動に従い、めまぐるしい日々の生活へと変えてから、5年。
時計を使って目を覚ます必要なく、何時もの時間になると目が覚められるようになった。
それは少しずつでも、この生活に慣れて来たとでもいうのだろうか……?
「今日は空気が澄んでいるな……大気の中に龍が紛れ込んでいるのか」
時折、龍の子供達が大気の中に紛れ込んで遊んでいる事がある。
その時はとても空気が澄み、新鮮な森や山の空気を街中へと運んでくれた。
そして時に、乾いた大地に潤す雨を降らせてくれる事もある。
龍は自然の中に生まれ、自然の力を宿してこの世に生きているのだ。
だからこそ、龍は生き物の中で尊ばれる。それをしないのは人間だけだ……。
精霊と同様に、高い魔力のある者にしか彼らの姿は見えずにいるが、
同胞の龍であるのならば、その気配を感じる事が出来た。
「そうだな……久しぶりの休暇だ。たまには龍体で渓谷へ行くのも、いいかも知れない」
龍が暮らせる所は秘境、余り人が立ち入らない所を選ぶ、
其処はかつて住んでいた故郷にとても良く似ていて……とても落ち着ける場所だ。
まだ朝日が昇ったばかりの時間は、使用人でさえも眠っている。
俺は着替えを済ませると、ユリアの部屋へ向かう。
「リファ、起きろ。出かけるぞ」
俺とリファは元々自然の中で生きてきた。
人の中で暮らす事が大変なのはどちらも同じ。
ここは自分達には窮屈に感じて、故郷で駆け回った日々を恋しく思う時がある。
だからこうして時折余裕のできた日には、遠出をして気分転換をするのだ。
「……クウン」
リファは俺の呼びかけに直ぐに応えた。
器用にドアの鍵を開けて、眠たげな目をして顔を覗かせる。
「トュルティア渓谷へ向かう。お前も来い」
「……」
声を掛ければ、いつものように喜んで直ぐに頷くかと思えば、
リファはしきりに部屋の中で眠る娘を見て、何やら考えている。
「ああ……そうか、ユリアがいたな」
そう言えば……保護してからこれまで、
リファがユリアから離れる事は一度も無かった。
置いて行くのを戸惑っている為、直ぐに応じられないようである。
リファにとって、ユリアは自分の子供も同然のようで、
子供から離れる事はリファにとってありえない事なのだろう。
俺はリファがこうなった原因を思い出していた。
※ ※ ※ ※
……かつてリファは、子供の傍を離れた為に子を失った過去がある。
巣に子供達だけを残し、餌を探しに行っていた時の事だ。
『――……っ!』
『あーあ、こんな小さいのをやってもたいした稼ぎにはならないんじゃないか?』
『馬鹿だな。毛皮を売るって手があるじゃねえかよ。
天白狼なんて、裏取引じゃかなりの値になるって話だぞ』
『うわっ、まじかよ。俺達ラッキー?』
餌を咥えて帰ってきたリファが見たのは、
自分達の巣があった大樹の前にいる二人の人間の姿。
彼らは経験値稼ぎにリファ達を狩りに巣穴へ訪れ、
巣の中で母の帰りを待っていた幼い子供達を手にかけていた。
『グルルル……ウオオオオンッ!?』
『うわっ?! おい、親が来たぞ』
『やりい! コイツもやっちまおうぜ!』
何時ものリファならば、造作も無い相手だっただろう、
だが運が悪すぎた。当時のリファは子を産んだ直後で弱っていたらしい。
怒り狂い暴れたリファだったが、子供の仇すら取れずに倒される寸前となり、
その悲鳴を聞きつけ、駆けつけたのが騎士の姿をした俺と部下達だった。
『ここは保護区域だ! お前達、自分が何をしたのか分かっているのか!?』
其処には全身傷だらけのまま横たわるリファが居た。
リファは数少なくなった天白狼、神の使いとされる珍しい種族だ。
幻狼の中で、稀に生まれてくるという白銀の獣。
かつては天界に住んでいて、天の蔵を守っていた門番だったとも言われていた。
その種族に危害を加える事は、天に仇なしたも同じ事。
『おい、まずいぞ……あれ、王国が直轄する騎士団じゃねえか?」
『うわっ!? やべえ逃げろ!!』
『待て!!』
直ぐに俺は乱獲しようとした冒険者達を追いかけて捕らえた。
彼らは教会に運ばれ、大罪を犯した罰として極刑が待っているだろう。
俺は仇は取れたと倒れているリファに話し、
子供の亡骸を土に返してやった。
『クウン~……』
『縁があるのならば、いつかまたお前に会いに来るだろう』
部下達が冒険者達を連行するのを静かに見送った後、
俺は残された瀕死状態のリファにもう一度向き合い、
自身の手の甲を剣先で傷つけて、己の血をリファに差し出した。
『もしも生きたいのなら……この血を舐めるといい。
傷が癒え、俺の力を少し使えるようになる』
『……キュイイ……』
『人間の作った治癒の薬など、お前は死んでも嫌だろう?』
このまま、子供を追いかけて息絶えるのも選択肢の一つである。
だからリファは悩んでいた。生き延びても子を失ってしまった今、
もう何も生きる希望が無い事に……だから、俺はもう一つ選択肢をやった。
『……もし行く宛てが無いのならば、この俺と共に来るか?
俺も人の身にあらず、人により仲間と家族を失ったものだ。
お前の抱く悲しみや憎しみ……俺にも理解が出来る。
人の世に紛れて暮らす事になるが、少なくとも役目は見つかるだろう』
『……クウン……』
人でない俺の匂いに気づき、俺ならばと主従の契約を交わしたリファ。
俺達は、人という存在に大事な家族を奪われた同じ境遇の持ち主だった。
※ ※ ※ ※
(リファ……やはり……ユリアを失った子として見ていたか)
あんな過去があるだけに、リファは今、ユリアと離れる事が出来ないようだ。
親とはぐれてしまったユリアを、自分の子と重ねてしまい見捨てられなかったのだろう。
主人は俺だが、リファは守るべき者が出来たお陰で最近は機嫌がいい。
彼女の存在で、過去に傷ついた悲しみを癒していると感じられた。
身を守る術も無い弱い娘を、リファは自分の子と重ねて見ている。
ユリアを見つけてからというもの、本物の子供のように見守る役目を得たのだ。
「クウン~クウン~」
「……」
一方、俺もユリアの存在を失念していた。
確かに護衛であるリファを、ユリアの傍から離すのは心配である。
彼女がここへ来るまでは、リファは常に俺と行動を共にしていたが、
現在は、ユリアの傍に居るのが当たり前の状況になっていただけに。
(……ユリアは俺の獲物だ。離れている間に、誰かに危害を加えられるわけにはいかない)
暫し考えて、ユリアも連れて行く事にした。
「そう……だな。ユリアならば……一緒でも大丈夫だろう」
既にユリアは、俺の正体を知る人間の一人である。
今更、彼女の目の前で龍体を晒そうとも、怯える事はないだろう。
「……リファ、玄関で待っていろ。ユリアも連れて行く」
俺はそう言うと、ユリアの部屋に足を踏み入れた。
若い娘の部屋に不用意に入るなと、使用人達に言われていたが、
ユリアは既に俺の所有物だ。何をしようと本来は主人である俺の自由。
「……ふむ、どれにするか」
部屋に備え付けのクローゼットを開けて、適当に服を選ぶと、
ベッドで眠っているユリアを着替えさせた。
そして彼女を抱き上げて、部屋を後にする。
鏡は泉を代わりに使えばいいし、クシを持って行けば身支度は大丈夫だろう。
流石にユリアの髪を結ってやる事は出来ないので、これは諦めるしかない。
その後、玄関で待っていたリファに乗り、風を切って空を飛ぶ。
街中周辺では人目に付く事から、俺は龍体になる事は出来ない。
そうなれば、リファにあの場所まで連れて行って貰うしかなかった。
全く、人間の生活は不便な事が多くて困る。
※ ※ ※ ※
「――ああ……やはり自然の中が一番落ち着くな」
――数時間後、リファの足と風の魔法のお陰で現地へは直ぐに着いた。
トュルティア渓谷、俺のお気に入りの場所のひとつだ。
「クウン~クウン、キュウイイ」
暫くぶりに訪れた事で、リファも幸せそうに辺りを歩いている。
すぐさまユリアの為にリファは風を操り、木々から白い花びらを集めた。
そうして花の寝床が作られると、俺は其処へ眠っている彼女を静かに横たわらせる。
「……ん」
相変わらず、すやすやと気持ち良さそうに眠っているのを見て、
俺も口元がほころんだ。そっと彼女の頬に掛かった髪を、手で払いのけてやる。
「まさか……人間の娘をこんな所まで連れて来る日が来ようとはな」
人としての生活は目まぐるしく変わっていくが、これ程とは思わなかった。
今も昔も変わらないと信じていたのに、今では変化のある日々に戸惑っている。
ユリアが来てからというもの、屋敷の中も活気付き変わっていっていき、
そして相容れない筈の人の輪に、自分が入っている事にも気づいた。
ユリアが誰にでも人懐こい性格の為か、俺の知らぬ所で人脈を広げているらしい。
その為、主人である俺は、『あの子はどうしてますかね?』
と、街中で見知らぬ者達に声を掛けられるようになり、
なぜかそのまま、世間話までされるようになってきたのだ。
そして……街の老人達と茶飲み友達なるものが出来た。
彼女から俺の話を聞いていたとの事で、親近感が湧いたとの事、
勧められるままに茶や菓子を出されて、たびたびご馳走になる仲になった。
「……いつも思うが、ユリアはどうやって知り合うのか不思議だな」
近頃は、人間の娘達と冒険に行く程にまでなっている。
人間は少しでも秀でたものが居ると、排除するか妬む者が居て、
少しでも人と違う者が居ると、仲間とは認めない特徴がある。
その為に……この5年という月日を生きてきて、
人の暮らしに馴染めず苦労していたのに、不思議なものだ。
今では、気づけばユリア絡みで人の輪に紛れ込んでいる自分が居る。
自然そのものの化身である自分には、まだ不慣れな点が多いが、
近頃では、人の悪意も余り気にならなくなっていた。
きっとユリアが傍に居る影響だろうと、最近になって気づく。
(俺も少しは生長していると言う事だろうか?)
内に潜む悪意に耐え切れず龍体に戻ってしまったあの日、
ユリアは俺の体に纏わりつく、禍々(まがまが)しい負の力を無へと変えていた。
人在らざる存在の無属性という者が居たのにも驚いたが、
まさか、その者にこんな効果があるとは思わなかった。
服を脱ぎ、龍体へと姿を戻し、ユリアの傍らに寝そべる。
辺りを天然の結界石で覆い隠したこの場所は、人の目には知られていない秘境。
例えユリアに教えたとしても、彼女は言い触らしたりはしないだろう。
だからこそ連れて来る事を俺は選んだ。
「……リファ、ユリアが起きた時の為に何か食べ物を。
ここなら今の時期、星ぶどうの実が採れるだろう」
「(分かりました。では、暫しの間、この子をお願いします)」
出かける前にリファは、ユリアの頬にすり寄り、
寝顔を眺めてから、木々の合間に消えた。
「……いい天気だ」
傍には大きな泉があり、小さい滝が出来ている。
俺は尾の先を泉の淵から浸し、その感触を味わう。
冷たくて疲れた体を癒してくれる。水の中では魚達が優雅に泳いでいた。
ここは湧き水が集まり、近隣の山々を潤してくれる。
大切な水源のうちの一つだ。だからこそ俺はこの場所を選んだ。
人間が誤ってここを汚す事がないように……。
人の手に荒らされていないだけに、この地は精霊も良く集まって来るようで、
俺の傍で眠っている人間のユリアに興味があるのか、
近づいてきて不思議そうに顔を覗き込む者も居る。
「キー、キー?」
「ユリアだ。俺のものだから悪戯をするなよ?」
そう言ったら、花の蜜を彼女の口元に運んでくれるものさえ居た。
「この娘が気になるのか?」
ユリアが眠っている間、その身から時折流れる不思議な音色を聞きつけて、
精霊達は、嬉しそうにその音楽に合わせて踊りだしていた。
この世界では聞きなれない旋律を奏でる、その音色……。
人間の耳では決して分からない音域だろう。
「不思議な音色だ……天上の神の祝福でもあるのだろうか……?
リファも本来は天の種族だから、相性がいいな」
そう言えば、彼女の影響だろうか……。
何時もは俺の存在に、恐れをなして直ぐに逃げ出す小鳥達が、
今では俺の体の上に止まって歌を歌っているのである。
そして他の小動物達も、徐々に俺の周りに集まってくるではないか。
(今までは精霊か同族しか寄って来なかったが……)
気にはならないが、初めての事で驚いたほどだ。
だが悪い気はしない……だから放っておこう。
「やはり自然の中はいい、全ての元素の気が体に満ちていく。
心が穏やかになっていく気がする」
人の世で穢された部分が、少しずつ和らいで行くのを感じて、
リファが戻るまで、俺はうとうとと眠りに付いた。
※ ※ ※ ※
「――……もうっ、アデル様、女の子の部屋に勝手に入ったら駄目なんですよ!
それにそれにっ! 本人に無断で連れ出したらそれは拉致です!
絶対に絶対にやっては駄目なんですからね?!」
目が覚めて、ユリアは直ぐにそんな風に言って俺を叱った。
そうなのか? だが一応君は俺のものだし、今回は例外だろう。
一人で置いて行く事など出来なかったのだから、どうか理解して貰いたい。
「もうお菓子を作ってあげませんよ?」
「それは困る。甘いものを滅多に口に出来ないのに、それは困る。
俺では製菓子店など出入りしたら、営業妨害だと怒られる事が多いんだ」
「クウン~?」
「ん、ありがとうね。リファ」
ユリアは、リファが持って来てくれた果実を泉の水でよく洗い、
木の葉を皿代わりに使って、果実を口に運ぶ。
その姿を俺はじっと見守っていた。
「それに……女の子が寝ているうちに、魔法で着替えさせるのも駄目ですよ?
お人形さんじゃないんですから、本人に無断でやってはいけません」
「……す、すまない」
……相変わらずだが、言っていいのだろうか?
この俺が目の前で「龍体」になっているのに、ここまで無反応とは……。
(いや、怯えられて泣かれるよりは、ましなのだが)
それどころか、俺の体を背もたれにして、くつろいでいるではないか。
くつろぎまくって、最早、当然とばかりに過ごしているのだ。
順応性のありすぎる娘だと、つくづく思うのは俺だけだろうか?
でも怒っている姿を見て、慌てた俺は尾の先で花を摘み、ユリアの髪に飾った。
若い娘には贈り物がいい……ラミルスが教えてくれた情報であるが、
自分の所有するものに花を飾るのは、悪くないと思えた。
「き、機嫌を直してくれないか? ユリア」
本人に無断で着替えさせたのは、俺が魔法でやったのだと思われているらしいが、
……本当の事を告げれば、ユリアがかなり怒る気がしたので黙っておこう。
ユリアが怒ると動揺してしまう。それに衝撃を受けた。
(何という事だ。誇り高き蒼黒龍であるこの俺が、
人間の小娘を相手に、動揺する事があるなどと……!!)
――俺の気高い誇りは何処へ行った!?
所有物でしかない筈の娘に、翻弄されているなどと。
こんな事、ラミルスには絶対に知られたくない事である。
「駄目です。今回ばかりは、私も物凄~く怒っていますからね!?
ん~……でも、条件次第では許して差し上げてもよろしいですよ?」
なんだろうそれは? まさか尾を切って寄越せとか言うのだろうか?
よくギルドなどで、龍の肉を食べたがる奴が居る事を俺は思い出す。
トカゲみたいに俺の尾は生えて来ないのだが、君がそう望むのならば仕方がない。
だが、逆鱗や龍星石を寄越せと言うのは困る……。
あれは第二、第三の心臓と言っても過言じゃない。
差し出すのならば、鱗か牙か尾か……覚悟するしかないのか。
俺が死なない程度に持っていけばいいか……そう諦めていたのだが。
「この俺に何を望む気だ?」
「背中! 龍の背中に乗って、なで繰りまわさせてくれたら許します!」
目を輝かせて言ってきた条件は、想像の斜め上を行った。
斜め上の言葉すぎて、俺は思わず地面に顔がめり込んでしまう。
「あ、あれ? アデル様?」
「~~……っ」
俺は目が点になりながらも、地面から顔を出し、
ユリアの要求に戸惑いながらも静かに頷く……そ、そんな事でいいのか?
ラミルスが女と言う生き物は、高価な価値を持つ物に心が動くと聞いたが?
あいつは俺に嘘を教えたのか? 宝石を求めたりもしないとは。
この俺自身が、高価な品になるという事を、この娘は理解していないのか?
ユリアは「では早速」と楽しげに俺の体によじ登り始め、
下からリファが、ユリアの体を支えて登るのを手伝っていた。
俺はぽかんと口をあけたまま、硬直した状態で動けなかった。
下手に動けば、ユリアを振り落としてしまうから。
「ほ、本当にこんな事が詫びになるのか?」
「ええ、ふふふっ、生のドラゴンの背に乗るなんて、凄く貴重な体験ですからね!
わあ、鱗も不思議な感触~日の光に当たると青紫に見えます。
暑くなって来たら涼しくて良いかもしれませんね」
背中に乗ったユリアは俺の体をなでた後、ぎゅーっと抱きついたまま離れない。
くすぐったいが、じっと我慢だ……ユリアに泣かれないだけ、遥かにましである。
「~~っ!!」
だが、なぜだろう……俺はまだ何か焦っているのか?
だらだらと先程から顔から汗が吹き出ているではないか。
バクバクと緊張するのはなぜなんだ?
(柔らかい……)
今までに無い経験ばかりで、俺の思考は完全に停止した。
どうやら、ご機嫌でいる所を見るに、彼女の機嫌は直ったようだ。
いやむしろ……「最初から怒っていなかった」のではないかとも思える。
人間に自らこの体を触れさせるのを許すなど……今までに無い経験である。
それどころか、危害を加える以外で、龍体の自分に近づきたがる者も初めてだ。
以前の俺ならば……。
(この俺の体の上に乗りたいなどと、人間の小娘のくせに、
俺よりも優位に立ちたいとでも言つもりか!?)
……と、 龍のプライドを穢されたと思い、牙を剥いて直ぐに排除したのだろうが。
(まあ、ユリアならば別にいいか……)
そう思ってしまう自分が居る。
どう見ても害は無い娘だし、取りあえず好きにさせる事にした。
「ユリア……?」
「……お日様もぽかぽかで気持ち良いですねえ。
このまま日向ぼっこしながら眠るのもいいなあ……たまには……。
まったり休息日和です……良い所ですねここは」
「そうか……」
「それに……アデル様が野生に帰らないように、お傍で見ていないといけませんから……」
なんだそれは? 野生に帰る事の何処が悪いのだろうか?
確かに自然の中に居ると、龍の本能が呼び覚まされる自分が居るが、
これでも、人としての生活を捨てる気にはなっていないぞ?
「アデル様が人の暮らしが辛くて馴染めないのは、私も心配ですから……」
ユリアは抱きついたまま……またも眠ってしまった。
お腹がいっぱいになれば、眠くなるのは生き物の摂理でもある。
(寝る子は育つ……人間の言葉で確かあったな)
だがしかし、ユリアはいったい幾つなのだろうか?
これ以上育つ必要があるのか?
(まだ人間の習性や生態には分からぬ事が多い、
もしかすると、ユリアはまだ子供なのかもしれない。
発育が良い子供も、中には居るというからな)
やはりラミルスに以前、薦められたように、育児書も見ておくべきなのか?
俺の体は、知らず知らずのうちに良い揺りかごになっていたようだった。
時折、体を揺らしてユリアをあやす……彼女を落とさぬように、ゆらゆら、ゆらゆらと。
(まあ、ユリアはもう身内も同然だ。養育が必要ならば俺が育てよう)
そんな事すら、その時の俺は考えていた。
(しかし……ユリアは何か力を使っているようには見えないが。
この辺に微量に発生している瘴気も、浄化されているようだ)
本人は何もしていないようだが……無属性ゆえだろうか?
特質すべき魔力や能力を持ち合わせなくても、この世界に貢献しているのかもしれない。
人の中でも、きっとユリアは生命力が弱い方なのだろう。
戦闘能力も低く、魔法なんて全く使えない。
野生の中なら真っ先に同胞に見捨てられ、死ぬ運命だ。
(もしやその為に、生き延びる能力が備わったのかもしれないな)
今はアイテムで能力を底上げしているらしいが、
ユリアはこの世界の者にしては優しすぎる。
本当ならば、俺のような者には平気で危害を加えられる者でないと、
人の世では生き難いだろう。だから心配してしまう。
(俺が、俺達が守ってやらなくてはな……)
世界の牙から、人間達の悪意から。
戦闘には向いていないし、いつも泣きそうな顔で耐えている。
ならば止めろと余り言えないのは、ユリアが立ち止まる事を良しとしていないからだ。
出来ないのならば、少しでも出来るようになる。
それでも駄目ならば、代わりに何かできることを身につける。
彼女はそうして、前に前に進もうとしていた。
一体何が、彼女をそう駆り立てるのか俺には分からない。
だが、見た目に反して芯の強い娘である事は分かる。
(無属性……生きた者とは認められない存在。死者同然の扱いだ。
だが、どう見てもユリアはこうして生きている。
稀な存在は、身勝手な人の悪意に排除される傾向があるから、
ユリアが俺のように、人間に傷つけられるような事がなければいいが……)
俺はユリアの未来を案じつつ、傍で見守っているリファと共に、
暫しの休息を静かに過ごした。
……リファ、ユリアに子守唄を歌いたい気持ちは分かるが、
お前は音痴だから止めろ。ユリアが起きるだろう。
※ ※ ※ ※
「――……はあ!? ユリアを龍のねぐらに連れて行っただと!?」
「ああ……彼女一人には出来ないので連れて行った。
元々ユリアは俺の所有物だしな。問題はないだろう」
「大有りだわ! たわけ!! ……お前、龍のねぐらに雌……いや、
女の子を連れて行くって事はだな。ユリアを龍の伴侶にするって、
公言したも同然の意味だぞお前!! 人間の生活に毒されてボケたのか!?」
そう言えばそうであったな……。
連れて行く事ばかり考えていたから、すっかり忘れていた。
(ふむ、しかしユリアが俺の伴侶か……)
人間の娘ではあるが、俺の洗礼を受けたお陰か龍の気に良く馴染むので気にならない。
住処を整え、自分の世話を嫌がらずにしてくれるのは好ましく思っていたし。
……それに、俺の為に甘い菓子を作ってくれるのはユリアだけだ。
「……」
暫し考えて……別に問題ないと思えた。
むしろ、伴侶になれば良い事だらけではないか? ……結果。
「別にユリアなら、伴侶になっても俺は構わないが……?」
「俺が構うわ!! ……って、いやいや、ユリアの意思ってもんがあるだろ?
こっちの身勝手な意思だけで嫁に出来るわけじゃないんだよ。
人間の女の子は、段階踏んで行くのが基本だ基本!」
「……ユリアに以前、俺の嫁になるかと聞いたら、笑っていたぞ?」
「相手にされてねえんだよ!! それは!!
つーか、言ったのかよお前!? ユリアに求愛行動をっ!?
そ、そういや、前にそんな事をお前が言っていたって同僚が……。
お、俺なんて、まだあの子と手をつないだ事もないのにっ!」
次の日、世間話ついでに充実した休暇内容を同胞のラミルスに話してやった。
自然はいいぞ? お前もたまには龍体で静かな時間を過ごしたらどうだと。
すると奴は、顔を真っ赤にして突然怒り出したのである。
全く……紅炎龍は血気盛んで困ったものだ。
そう言うと「お前はマイペース過ぎるんだよ!」と怒鳴られた。
龍のねぐらには、リファも一緒に連れて行っている。
だが俺は、リファを伴侶にする気はないし、俺の使い魔だ。
それと同じ感覚のつもりで、ユリアを連れて行ったのだが……。
「そうだな万一、人間の言うところの”責任問題”が発生したら、
ユリアを俺の番にしてもいい」
彼女は傍に居ても不快にならないし、むしろ傍に居ると心地よいから。
「ユリアの体質も俺に合っている」
彼女の存在が、周りの澱んだ気を無に消してくれるお陰で、
ここ最近では、屋敷の中の生活も過ごしやすくなっていた。
騎士団の出入りを許すようにしたのも、それが大きく関係している。
最初に保護した時は、あの娘の扱いにとても困っていたものだったが、
こうして考えると、良い事ばかりに思えた。
良い”拾い者”をしたと思う。
「お前……ほんっとーに自覚ねえのな。
其処まで行動していて、なぜ気づかないんだよ」
「何がだ?」
「ふっ……この俺が教えてやるわけが無いだろう。
いいよ。お前はそのまま気づかずに生きろ。つか、絶対に気が付くなよ!
だけど、ユリアだけじゃなく女の子の扱いをもう少し勉強しろ!!
強引な事は一切駄目だぞ! お前が思うより女の子はデリケートなんだからな!?」
「分かっている。だからこそ「女の子向けの育児書」を読むつもりだ。
女は生まれながらに女だと言う話も聞くし、さして問題ではないだろう」
そんな事を言ったら、ラミルスから盛大なとび蹴りを食らう事になった。
少しむかついたので、その後、
俺がラミルスと、ほんの少しだけ死闘を繰り広げたのは言うまでもなく。
騎士団長、副団長がそろって何をしていると、後で始末書を書かされた。
なぜ闘うだけで始末書なんだ。龍としては当たり前の本能なのに。
本当に人間の暮らしは理解できない事が多いと、俺はそう思った。




