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24・龍達の酒盛り



「いやあ、ほんとこうしてお前と飲むのは久しぶりだよな。アデルバード」


「そうだな……」



 龍の酒盛りと称して、仕事帰りに俺、ラミルスは、

友人のアデルバードを久しぶりに飲みに誘った。


普段は仕事が終わると、直行で巣に……いや、家に帰るアデルバードは、

ユリアを保護してからというもの、ますます帰るのが早くなった気がする。

最初、飲みに誘った時も断られた位だ。


 それを俺は「まあまあ、たまには付き合えよ」と言って無理やり連れて来たんだ。

こうでもしないと奴は付き合いが悪くなるからな。


こいつが人間の輪に馴染むには、こういう勤務後の付き合いも大事だぞと説明したら、

奴は渋々俺についてきてくれたから良しとしようか。


 ……家に帰ったら、一途なまでにこいつの帰りを待っているユリアと、

新婚さんごっこ紛いな事を始める事に嫉妬したのもあるが、まあ、それは内緒にしておく。



(いいよな~アデルバードは……気心の知れた女の子が傍にいてれてさ)



 彼女が自分のメイドなのを良い事に、主人として彼女に堂々と接しているらしく、

何時も帰ればユリアの頭をなでたりして仕事の労をねぎらいつつ、

彼女に甲斐甲斐しく、身の回りの世話をして貰うのを楽しみにしているようだ。


 アデルバードには、家族同然のような親近感がユリアに芽生えているのだろうか。


 何時もは人間の女の子に泣いて怯えられる男の傍に、

嬉しそうにお世話をしてくれる子が現れたら、心が動くのは当然だろうな。


 最近じゃユリアが時々、手料理を作って帰りを待っていてくれるそうだ。

それは龍の雄からしたら十分なほどの求愛行為のように思えてしまうだろうな。

だからアデルバードも、手土産を何時も買ってはユリアを喜ばせているらしい。



「ラミルスに聞いておいたお陰で、とても参考になった。

 人間の娘は甘いものや花が好きというのは本当だな。

 ユリアがとても喜んでいた……感謝する」



 何だよそのうらやましさ。俺もそういうシチュエーションを味わいたい。

仕事としてユリアが傍にいるのだとしても、うらやましい事には違いない。


 このまま行くと、手土産だと言って婚約指輪をユリアにめそうな勢いだ。


(いや、前に結婚するかと言う事を言ったんだったな。

 だったら本当にやりかねないぞ、こいつは……)



 龍には自分の所有するものに対して、執着を見せる傾向がある。

そして大抵は二通りの行動をする性質だ。


 一つは、嗜虐心しぎゃくしんから獲物として、

相手をいたぶり傷つける事に喜びを感じるもの。狩りの本能が強い者に起きやすい。


 もう一つは、とにかく宝物のように大事に守り、愛でて大切に傍に置くものだ。


(どうやらアデルバードの場合は後者だろうな。ユリアを大事にしているのが分かる)



 邪魔をしてやりたいと思う所だが、相手がアデルバードである為に容易にできない。


 現在は持っている属性が不安定で、人の姿を取る事で更に能力が落ちているとはいえ、

それでも奴は龍の長とも言うべき種族だ。


 レアクラスの龍と命を掛けた本気の戦いなんて、早々出来たものじゃない。


 だからと言って、俺がアデルバードの屋敷へ気軽に遊びに行けるわけも無い。

幾ら仲が良くても龍のおす同士だ。身内という例外でない限り、

自分の巣に他の龍を招く事はしないだろう。それが龍族では普通の感覚だ。



(俺だって嫌だ……嫌なんだけどさ、今回ばかりは誘って欲しいし、入れて欲しいなあ……)


 そうでもなければ、あの子と接する機会が本当に少ないんだよ。



 『どうせなら、アデルバードの屋敷で飲まないか?』


 なんて、ここへ来る前に冗談まじりで言ってみたりもしたが、

俺がユリアを狙っている事を知っているアデルバードは、『嫌だ』の一点張りで駄目だった。


 お前、何時もはとことん鈍いくせにどうしてそういう事には勘がいいんだよ!!


『……俺も、俺だって”お帰りなさいませ”をしてくれるユリアが見たいよ!

 それで彼女に、お酒のおつまみとか作ってもらったりさ……』



 言った途中で、アデルバードに物凄くにらまれたので断念するけどさ。



(こうなったら、アデルバードに高いのをおごらせてやるからな!!)


 

 龍は酒が好きだ。悪龍退治にも酒が使われているように、かなりの量を飲み干す。

だが俺達の力を高めると同時に、酔っ払うせいですきが出来てしまうので、

諸刃もろはやいばでもあるんだ。


 その為かアデルバードは警戒して、人前では酒を飲む事が滅多に無い。


 寝首をかれるのを恐れているのだろう。

この俺が誘わない限りは、人前では絶対に飲もうとはしない。


 だからまあ、息抜き程度にでもと考えてもらって、

俺はアデルバードの近況をそれとなく聞いてみた。

これでも一応仲間だしな。嫉妬だけじゃなくて、色々と俺も気に掛けているわけよ。


 そして俺は……其処で意外な話を耳にする事になる。



 ※  ※  ※  ※



「――……何だって? ユリアにバレている?!」



 思わず、口から飛び出した自分の言葉に、慌てて口を塞いだ。

誰かに聞かれてやしないかと焦って周りを見るが、気づいた者は居ないようだ。

酒に酔った男の戯言ざれごとと取られたのだろう。



「ああ……本来のあの姿を見て、直ぐに俺だと気付いたようだな。

 てっきり怯えて逃げ出すかと思いきや、具合を心配して近づいて触れてきた。

 最近では、龍体の時も何かと甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

 ああ見えて、ユリアは芯の強い娘だな」


「……どういう事だよそれ……」



 絶句である。


 龍体を見ると大抵の若い娘は怯えて泣き叫び、助けてくれと逃げ惑うものだ。


 その度に騒がれぬように捕らえて記憶を消し、これまでの出来事を忘れて貰う。

そして俺達はそれ以降、その者とは一切関わり合いにならない。

同じ様な事態を繰り返さないようにする為だ。二度手間は誰だってごめんである。


 その為……どんなに心を許した相手でも、別れる辛さを知っているので、

人間が相手ではどうしても線引きをしてしまう事があるのだが、

野生で生きてきたアデルバードなら尚更だろう。


「ユリアは俺を畏怖し刃物を向けたりもしなかった。化け物とも言わなかった。

 泣く……事はさせてしまったが、それは俺の身を案じての事だ。

 労わるように何度も頭をなでてくれた」



 ユリアは俺達二人を知る存在であり、アデルバードの屋敷で暮らしていた為、

その正体を知る機会はそれこそ沢山あったのだろう。

何時バレてもおかしくない状況下に置かれていた筈だ。


 だがもし秘密が知られても、彼女はアデルバードの庇護下に置かれた所有物だ。


 怯えられても、記憶を消して傍に置き続けるだろうとは思っていたのだが、

ユリアに限っては、それが無かったというから驚きだ。

出会った頃と変わりなく接してくれているらしい。そんな子も居るんだな……。



「不思議な事にラミルス……お前の正体も気づいているようだったぞ。

 様子の可笑しかった俺に、ユリアはラミルスを連れて来ると真っ先に言い出したからな」


「ええ~……俺の正体にも気づいていて、態度も変わっていなかったのか?」



 ユリアとは、つい先日も和やかに挨拶あいさつをしたばかりである。

彼女の表情に怯えた様子は一切無かったと思うんだが。

龍である俺達が人の住む街に紛れ込んで住み着いていると知って、

あの子は怖いとは感じないのだろうか?


 下手をしたら、人の姿でいる事を隠れみのにして、

人を食料とする為に、街中に下りて来たと思われても仕方ない。

けれど、周りの者に言い触らそうとしないから不思議だと思った。


「一応聞くけど、あの子が何かの間者という可能性は?」


「ユリアは人に言い触らすような娘じゃない」


「だよなあ。俺もそんな風には見えないし」



 どうやら、アデルバードはかなり彼女に対して信頼しているようである。

こんなに心を許していて大丈夫だろうか……俺はまだ少し心配だった。


(人間嫌いだったお前が、まさか人間の娘を信用する日が来るとはな。

 だけど、もしも裏切られでもしたら傷つくのはお前なんだぞ、アデルバード)



 確かに彼女は騎士団の機密が行きかう所へ出入りするのを許されていて、

真面目で口が固いだろうと思われていた。勿論、俺もそう思ってきたよ。

でもそれは、騎士団長の専属のメイドという肩書きがある為だ。

それが龍だと正体が分かった場合までは想定されていなかった。



「俺の念が強いせいで、人の輪に馴染なじめないでいる事も、

 それに俺が苦労していた事も理解してくれていた。

 俺に気づかれないように解決してくれようと、陰で色々していたが彼女は素人しろうとだ。

 隠れて何かしているのはバレバレだったがな」


「まあ俺達には、人間の目の動きと匂いと気配で大体分かるからな……。

 けど、分かっていて好きにさせていたのか?」


「ああ、害がないのは気配で分かっていたし、必死に隠そうとするのが面白い。

 城のメイドはスパイが紛れている事があるが、ユリアにはああいうのは無理だな。

 余り危険なことをしそうなら止めただろうが……」


「……じゃれているようにしか見えないと」



 まあ確かに、あの子は根っからが素直な性格だ。とても俺達を騙せるとは思えないな。



「そもそもマーキングされた者が、印を付けた者に危害など加えられるわけがない。

 もしも俺にそんな事をすれば、その時点で相手は命を落とすからな」



 アデルバードの放つ念の力が特に強いのは、俺も知っている。

念が強いと、傍に居るだけでその者の魂を傷つけてしまうことがあり、

そしてその念は、場合によっては自身にも跳ね返り、傷つけてしまうからだ。


 だから弱い立場の動物や人間だと、それを本能で感じ取り怯えて逃げ出すのが普通で。


(何より、こいつのは殺された同胞を思うがゆえの思いだからな)


 念そのものを浄化するには、人に対しての許しを覚えるだけの時間が必要。

そしてそれを叶えるには、そう思えるだけの存在と出会い、情が生まれなければ意味がない。


 けれど、状況はそう待っていてくれるわけではなく……。


 気づけば、奴は腫れ物に触るような目で人間に見られる事が多くなって、変に注目を集めていた。

突然、秩序ある人間の世界に放り込まれたのだから仕方ないのかもしれないが。


 アデルバードの正体に気づけたユリアの事だ。

こいつが人間を嫌っていた事も、その理由も気づいているのだろう。



(こいつ……自分じゃ自覚ないだろうが、結構分かりやすい所があるからな。

 気にしていないとか言って、隅で落ち込んでいるし、

 それに気づかない辺り、かなり鈍いのかもしれんな……)



 アデルバードの性格と、龍の性質を考えたとしたならば……。


 その嫌いな「人間」の力を借りる事は、奴のプライドを傷つけるかも知れないと気付いたのだろう。



(だから、アデルバードが自力で問題を解決したと思わせたかったのだろうか)



 龍はプライドが高い生き物だという事は、人間にも知られている。

それが強ければ強いほど……誇りは強くなる。


 誇りが邪魔をして助けを求められないという事だ。

だからこそ絶滅へと追いやられてしまうのだから。

野生の龍として育って来たアデルバードならば、なおさらそれが強い。


(人の輪に入り、生活するのを覚え始めた奴には余計に難しいよな)



 それが時として、自らの首をめる事にもなるのを自覚しているが、

困った時に周りに相談し、助けを求める事が他の龍よりもできない。

それが、より一層の孤立を生んでしまう。


 アデルバードの正体を知ったユリアは、それを真っ先に気付き、危惧きぐしたのでは。


 自ら人に助けを求めると言う事が出来ないという事を……。

だから、ユリアが彼の代わりに行動したのだろう。

それならば、アデルバードのプライドも傷つけない。


 彼女はアデルバードの洗礼を受けた事で、身内同然になった上、

従者となった事で使い魔のような立場だ。影で主人の欠点を補佐していても、おかしくはない話だ。



「万一、俺が話すと正体を自白してしまう可能性もあるからな」


「アデルバードは変なところで馬鹿正直な所があるものな。

 自ら危険な話なんて出来る訳ないし、下手したら一気に国中に正体がバレる。

 ましてやそれが、騎士団長という立場ならなおさらな」



 警戒心の高い龍ならば、そんな危険を選ぶわけにもいかない。

だからこそ、ユリアが間に立って橋渡しをしてくれようとしたのか。


 言葉数が足りずに誤解される奴よりも、気心が知れているユリアが代理として、

間に立ってくれる方が確かに安全ではある。


(もしかして、ユリアの友人のリーディナ達に、それとなく頼んでくれたのかな?)


 外出の際に知り合ったユリアの友人達、ローディナとリーディナ。

彼女達はアイテム生成をする職業を目指して見習いをしているそうだ。

確かにユリアの件でも、色々と心配して協力してくれている彼女達ならば、

詳しく個人の事情を詮索してくる事はないし、力を貸してくれるだろう。

人となりは、俺達も共に冒険していたから信用が出来ると判断したし。


 ユリアが珍しい紫の瞳である事も、黙っていてくれているそうだから……。



「お前達と違って、俺は人間社会ではまだ日が浅い、

 人に馴染むには、まだまだ時間が掛かるだろう。

 だが、人間はせっかちな生き物だからな、馴染めない者をすぐ排除する傾向がある。

 遅かれ早かれ、俺がこのままならこの地をいずれは去らなくてはいけない。

 そう思えば、ユリアの判断は的確だったと言える」



 龍の誇りを傷つけず、かつ、普段どおりの状態で使用して反応を見る。

こういう場合は、意識しないように配慮するのが必要不可欠だ。


「結果を急ぎ、試している本人に事情を話そうものなら、変に身構えさせてしまうし、

 意識する事で普段とは違う数値……結果が出てしまう可能性が高いもんな」



 試すのが「念」であるなら尚更だ。そうなると、正常な結果を知る事は難しい。


 更に言えば、事情を話し効果を期待させた上で失敗したとなると、

アデルバードが密かに、影で落ち込む事も想定しての事だろう。

良く奴の思考回路を理解していると思った。


(やはり傍で世話をしているがゆえの事だろうか……?)



 問題は娘達の反応が大きく上回ってしまった事だったらしいが。

おそらくそれは……こいつがユリアと外出が出来たからだろうとは見て取れる。

感情が高ぶれば、フェロモンも向上してしまうからだ。



(気に入った子に好かれたいってのは、龍にも言える事だもんな。

 自然と何時もよりも気合が入ってしまったんだろう。

 まあ……あいつは無意識でやっているらしいが)



 嫌われるよりも好かれる方がいい……とはアデルバードも理解しているようだ。

人間は極度の恐怖に遭遇すると、精神が壊れてしまうのは経験済みだ。

生きて逃げ出して行くのはまだましな方である。



(きっと、怯えて逃げ出す女の子の異様な光景に驚いたのと、

 その反応に傷ついているアデルバードを見て、何とかしようとしてたんだな)



 この人型となった姿だけで見ていると、

アデルバードは、人間のめすには好まれる姿なのかも知れないが、

ユリアには全く効果が無いように見えるのはどうしてだろうか?

やはり洗礼の影響があるのだろうか?


 まあ、ローディナ達もそういえば奴に目を輝かせたりしないな。

もしかすると、ユリアとは似たもの同士な性質なのかもしれない。


「ユリアは先に断りを入れてから接してくれるし、害がない事は分かっているのだが、

 他の人間の女は、俺の了承などお構いしに触れてくるからな……。

 ろくに言葉も交わしてない相手に、奇声を発して飛び掛ってくるんだ」


「ああ、それは俺も嫌だわ」


 二人でそろって眉間にしわが寄る。


 動物にはおすを取り合い、めすの方が凶暴化するのが居るが、

人間もそうなのかもしれないと、アデルバードは思ったようだ。



「いや……それはないと思う。お前の念が邪魔していないなら、

 龍のおすのフェロモンにでも酔っているんだろう。

 強い魅了効果があるとして、男用の香水の材料にも使われている位だからな。

 ましてやお前は他の龍よりも効果が強い筈だ」


 強いおすかれるのはめすとしてのさがだろう。

念を抑える事に関しては成功と言えるから、一歩前進である。

後はフェロモンを抑えて反応を見るしかない。



 無意識にではあるが、ユリアは伴侶に近い扱いだけに、

試すのなら一緒に行動している時の方が良いだろう。

何かあれば、リファとユリアがフォローしてくれるだろうし。


 ……それとなく、ユリアに相談してみる様に俺はアデルバードに話した。

開発品とやらの改善策になるかも知れない。

アデルバードの評判は騎士団でも死活問題である。


(奴の念のせいで、女の子達に恐れられる騎士団だと同僚が苦労するし、

 フェロモンで女の子達を惑わしたら、同僚の反感を買うだろうしな)


 騎士道には女性に敬虔けいけん的に尽くすという行動理念も含まれる。

それなのに、女性に敬遠される男が騎士団の上に居るのでは、大問題だ。


「ここにも何時まで居られるか、その時にはユリアも一緒に……」


「ま、まてまて、結論を急ぐなよ。何か手立てはあるかも知れないだろ?」



 ここに居られなくなるという心配をするのも無理はない。

アデルバードは、自分に危害を加える可能性がない限りは、放置する性格だが、

娘達の甲高い声で泣き叫ぶ姿は、脅威きょういに思うらしい。


 世間的に見て、男と女……どちらに世論が動きやすいかは分かるだろう。


 ――こいつに悪気がないとは言え、立場は圧倒的に不利だ。


(まあ……それを考えれば、少しは改善しているのか。

 街中で奴に指をさして、泣き叫ぶ娘達が居なくなっただけ楽にはなったな。

 これまでアデルバードの体質を何とかしようなんて人間は居なかったし、

 解決してくれようとしてくれる存在は、俺でもありがたいと思うわ)



 理解者が人の世に存在しただけでも、アデルバードは救われたな。



「でも何で分かったんだ? アデルバードとは違って俺はこの国で生まれ育った。

 幼い頃から普通の人と紛れて暮らして来たんだからな。

 人と長年暮らしてきた龍の匂いなんて、同胞でなければ見分けも付かない筈だ。

 その俺を見破るなんて……よっぽどだぞ?」



 ……と言う事は、他の同胞達も見破っているのかもしれない。


 現在、紅蓮騎士ぐれんきしの団長は俺の父親が引き受けているし、

騎士団には、紅炎龍こうえんりゅうが何人か紛れ込んでいる。


 重要な機関に、獰猛どうもうな龍が居たと知っていても、

彼女が未だに黙っていたのだとすると……。


(あのこは一体何者だ? 何か目的があってこいつに近づいたのか?)


 未だ身元の分からない娘、見つけたのはあの事件現場の傍で見つかるという偶然。

まるで誰かがこうなることを差し向けたかのようだ。


 ユリアの正体に疑問を感じてしまう。だが悪意は感じられない。

これまでのアデルバードの話を聞く所から判断すると、

龍である自分達の事情を全て理解してくれているのではないか?


 ただの優しい娘ならばよいが、もしも俺達に危害を加えるのが目的ならば――……。


 そう俺が思っていると。



「――これは俺の推測でしかないが……ユリアは“魂の目”を持つものかも知れない」


「魂の目か。それは俺も聞いた事がある」


 肉体の目ではなく、魂の状態で相手の内面を見通す事が出来るもの。

その気になれば真の姿を見る事は勿論、相手の思考なども読み解く事が出来る。

大抵は聖職者に多く見られる特殊な神聖能力の一つで、神とも交信が出来るらしい。

そしてたまにだが、一部の民の中にも、この力を開眼する者が居るという。


 ユリアがそれを持っているのだとしたら、まず常人ではない事になる。

そして、アデルバードが教えぬ情報を自然に知っていても可笑しくない。


 本人の意思に関係なく、それらは「見えて」しまう事があるのだ。



「以前、ローディナを襲っていた魔物をお前も覚えているだろう?

 あの時ユリアは、何か天を味方に付けたようだった」


「天って……おい、アデルバード一体何を……」


「これまでずっと、それが何かと考えていたのだが……。

 もしユリアが、魂の目を持つ者だったとしたのなら、

 ユリアにだけは、魔物の急所が見えていたのかも知れない」


「あ……っ?!」



 確かにあの時、唯一魔物の束縛を逃れ攻撃が効いたのは、

戦った経験もない娘の一撃だった。


(戦い慣れした龍の俺達でさえ出来なかったのに)



 どんなに姿を変えていても、彼女にだけは何か見えていたのだとしたら。

俺達の正体を見破る事は容易な筈だ。相手の良い所だけでなく、

悪いところ……弱点でさえも。そして相手の心の中さえも見通すことが出来る。


 ――俺達の不安も何もかも。



(それで……俺達の事が……?)



 全て知っていて黙っていてくれて……人と変わらずに接してくれていた。

それがどんな意味を持つか、本人には分からないだろう。


(あの子は、俺達の痛みを、龍としての苦しみを理解してくれているのか)



 分かるのは、これまでしいたげられてきた龍としての痛み、

獲物として命を常に狙われ、道具のように扱われ、暮らして来た種族の者達だけ。


 人として暮らしていながら、人が龍を物として考える言葉を耳にする度、

俺も何時の日か、狩られる日が来るかも知れないと密かに思っていた。



(ユリアは、その意味でも守ってくれたのか)



 ますます好感を持つ。だが悲しいかな、あの子はもう他の龍の「モノ」だ。

もし本気で欲しいと動くなら、最終的には命を掛けてこいつと戦わなきゃならない。


 まだユリアの気持ちも確かめぬうちに、身勝手な思いで振り回したら可哀想だし、

彼女はこの朴念仁ぼくねんじんで、無愛想な龍をマスターとして慕っている。



(下手に傷つけでもしたら、恨まれるのはきっと俺の方なんだろうなあ……)



 お父さんって言っていたから、こいつへの恋愛感情はまだ無いらしいが、

俺としては目の前に欲しいものをぶら下げられている心境だ。

だが気になった子が、魂の目の持ち主かも知れないと思うと複雑である。



「まてよ……それじゃあ、彼女の家族が見つからない理由は……」


「ああ……もしかしたら、魂の目の為に世間には秘匿されてきた可能性はあるな。

 魂の目を持つ者には“隠し事”は一切通用しなくなる」


「……政治的な利用価値があるという事か」


「遠い他国との戦の際でも、敵の弱点や作戦をその場で見聞き出来るからな。

 政治的交渉、戦況でも何でも……その力を本人の意思を無視して利用される可能性がある。

 娘が危険にさらされる可能性があるのを嫌がって、存在を隠していた。

 それならば、見つからなくてもおかしくない」


「存在を明かせば、教会に取り上げられる可能性もあるからな。神の子として」



 ――それを裏付ける可能性として、ユリアには特異体質が発見時からあったという。



「最初、ユリアには水と風の属性の匂いがあったのを覚えている」



 龍と相性のいい属性の組み合わせである。そして他の生き物ともだ。

全ての生き物は水と密接に関係しているし、水なくしては生きられない。

風は命を遠くへ運んでくれ、命をつないでくれる大切な役割がある。


 その為、このどちらかの属性を持つ者は、

動物や精霊と仲良くなりやすい特性があるんだ。


 それが突如、聞こえてきた不思議な旋律せんりつ

ぎ取ったはずの彼女の属性の匂いは、その音色と共に遮断され、

それ以降何も感じられなくなってしまったそうだ。


(つまり……生きている者にはありえない、無属性体質って事か)


 それには、アデルバードの気を注ぎ込んだ影響かも知れない。

蒼黒龍そうこくりゅうの力は余りにも強く、弱い人間の娘ならば反動も強い。


 だが、アデルバードの現在の属性……。

闇、月、水のいずれさえも受け継いでないのはおかしな話である。



「時々……人間の耳には拾えない音域で、ユリアから音色が聞こえる時がある。

 俺は魂の目を持つ人間は今まで接した事は無かったが、

 何か、関係があるのかもしれないと、そう考えているのだが……」



 まさか、万物を味方に付けている可能性があるとは。


 人の世で分からない事を、彼女は感覚で全てを感じ取り、情報として取り入れる。


 それならば、龍の知識には無い事を彼女が知っていても可笑しくないし、

俺達を見通していたとしても、不思議ではないだろう。

この世の全てを見通す目をしているのだ。


 ならば、このままユリアの存在は秘匿した方がいいのかも知れない。


 アデルバードもそれを考えて今、俺に話したようだ。

万一の事があった場合、アデルバードだけで解決出来なくなる恐れがあるからと。


 少なくとも、神の子としてあがめる可能性がある教会には、

この件は絶対に知られたくないだろう。



「まあ……これは、あくまで俺の考えた仮説だ。正確にはわからない。

 ただ、どちらにせよ。これだけ見つからないとなると、

 ユリアは何らかの理由があって、世間からは秘匿されていた……と考えるべきだろう」


「なかなか難しい話だな」


「ああ、そう思う」


 グラスの中の氷がカランと音を立てて揺れる。

何時もバカップルみたいな事をやっているかと思えば、

結構、真面目にユリアの事を考えているらしい。



「少しは……成長したんだな、お前も」



 思わず、ユリアを保護した直後の頃を思い出す。

そう、それは、俺が彼女と知り合ったばかりの頃の話だ。



 ※  ※  ※  ※



 年頃の娘の扱いに慣れてないこの男は、屋敷の使用人達にも色々お説教されて、

悩みに悩んだ挙句、仕事帰りに本屋に立ち寄って……。



『――若い娘の飼い方の本はあるか?』



 ……と、真面目に店員に聞こうとしたものだから、

偶然、その日に居合わせた俺は、慌ててこいつを店の外に連れ出したんだよな。


『お前っ!? あんな所でな、ななな何て事を言ってるんだよ!?』


『何とは……若い娘の扱い方が分からぬから、その為の本を探してだな。

 使い魔のコーナーを一通り見て回ったのだが、それらしいものがない。

 だから店員に直接聞くのが一番だろう?』


『あああ~っ! 駄目だから、そんな事考えるな!!』


『なぜだ?』



 そうなんだよ。アデルバードはまだ人間としての常識というか、

そう言うものがいまいち分かっていない所がある。

人間の女の子を飼うとは何事だ。犬猫じゃないんだぞ?!


 店の前で俺が説教したのは言うまでも無く、

また、当たり前の事だがそんな本など売っている訳無い!!


 下手をしたら、変な趣味を持っていると不審がられるだろう。

というか、絶対に思われたと思う。ひそひそと小声で話されてたから。



『やだ、何? 今の人……』


『何か変な趣味でもあるんじゃないの?』


『いやあね。真昼間から、それも騎士様じゃないの』


『一緒にいる人もでしょ? 騎士様ってみんなあんな方なのかしら?』



 そして俺も同僚として同じように思われた。


(うわああ~何で俺まで?!)


 とんだとばっちりだ。


『ああ……さっきから白い目でこっち見られているぞアデルバード……。

 絶対、今、危ない男に見られてるんじゃないか?』


『なぜ白い目で見られるんだ? 聞いただけなのに』


『いや、人間の女の子を飼うなんて普通は危ない発想だからな?

 もう口に出して言っては駄目だぞ? こんな風になるから』


『む……そうなのか』



 てっきりあの時はペットコーナーに行くから、リファについて調べるのかと思った。

だが、予想斜め上の方向にぶっ飛んだ思考でいた奴は、

種族の違う者と共に暮らす。イコール、ユリアはペットの部類と考えたらしい。


(そうだよな、人間としての視点で考えるなら、その発想は間違っていない)



 間違ってはいないんだろうが……。

龍としての視点で、同じ様に見ているので、問題が大有りである。


 俺は人間の女の子は飼うんじゃなくて同居するという事を教えてやり、

恋愛などの専門コーナーに連れて行って、人間の娘との接し方が載っている本を取り、

参考書として教えてやったほどである。


 つまり……恋愛指南書だ。


 女の子に接する時の注意事項が細かく書いてあるのは、きっとあれ位しかないだろう。


『そうか……分かった。では良く読んでみよう……助かった。感謝するラミルス』


『お、おう……が、頑張れよ』 


 とまあ、こんな事があったんだ。



※  ※  ※ ※



(――だから、アデルバードがそれを真面目に読んで実行したのは、

 この俺のお陰とも言ってもいいだろう)



 ああ、よく考えてみれば、これまでのユリアの接し方。

冒険の最中にアデルバードが彼女にやっていたことは、

愛読書として読んでいた恋愛指南書を参考にした結果だと思われる。


 あれには女の子と手をつなぐタイミングとか、色々と書いてあったからな。


 先日は、若い娘に入用な物が欲しいと言っていたので、

部下の一人に、女の子達が好む雑貨屋などにも連れて行って貰ったとの事。


 其処でアデルバードはその店で若い娘が好むタオルやら、

石鹸やら化粧品やらを一式買っていたという。騎士団長が真顔で女の子用の雑貨を、

それも大量に買い占める様は、周囲に物凄い衝撃を与えた事だろう。

女っ気もなかったから、変な趣味に目覚めたとか思われたんじゃないかな。


 会計を担当した店員の娘さんは、その後寝込んでしまったそうだ。



『どれがいいのか分からないから、あるだけの品種を買いそろえてみた』


 女の子には好みがあるからと教えられたら、そういう行動に出たそうだ。



(……なんて言うか、俺らって……つくづく良い奴だよな?)


 みんな意外といい奴だから、女の子に無知すぎる騎士団長についつい親身になって、

素直に色々教えてやったらしいが、今思えば、余計なお世話などするものではない。

お陰で現在、アデルバードとユリアの仲は良好である。



(――いっその事、育児書をすすめてやれば良かったかっ!)


 高い高いとかやって、年頃の娘さんであるユリアに幻滅されたらいいんだ。

アデルバードは年頃の娘でさえも「子供」と認識しているだけに尚更……。


(お父さんだと慕っているユリアだから、こいつは、親としての教育をした方がいい気がする)


 気になる女の子を同じ様に思っている無愛想な友を世話しているなんて、

俺はなんていい奴なんだろう。今夜は高いものをおごって貰ってもいいはずだ。

そして、べろんべろんになったお前の情けない姿をユリアに見せてやる。


(駄目な親父ぶりをユリアに見せ付ければ、まず恋は生まれないのではないか?)


 そんな事も考えた。


「……お前、それ何杯目だよ」


「数えていないので分からないが? 久しぶりに飲んだがここで出す酒はやはり美味いな」


「……俺、もう酔ってきたんだが……」



 それなのに……なぜだろう。アデルバードの顔に変化は見られない。

これ……「龍殺し」とも言われるほど強い酒なんだぞ?

むしろ、さっきからアデルバードの顔色が、どんどん良くなっている気がする。


 酒に含まれる魔力を全て取り込んでいるのか? なんて酒豪ぶりだ。



「この位の量なら酔うことはないな……水のようだし」


「まあでも、これだけ酒飲んでたら酒臭くてユリアには嫌がられるだろうけどな!

 ははは、なあ……アデルバー……おい?」



 そう言って、俺がからかい混じりに隣を見れば、

さっきとは打って変わって、顔を青ざめるアデルバードの姿がある。



「――……っ!」



 小刻みに震えて、持っていたグラスは手から滑り落ち、

テーブルにコロコロと転がって、グラスの中身は盛大にこぼれてしまった。

それでもアデルバードの顔は硬直したまま動かない。



「……きら……われる?」


「お、おいおい!? 大丈夫か? やっぱり酔ったか?」


「――帰る」


「は……?」


「ユリアが嫌がるのなら、もう酒なんて飲まん。

 知らなかった……人間の娘はそんなに酒の匂いが嫌いなのか……。

 そうか……俺がユリアに他の雄の匂いが付くのを嫌がるようなのと同じか」


「いやいやいや……別に其処まで嫌ったりは……。

 龍みたいに死闘を掛けて闘うほどに嫌ったりはしないとは思うぞ?

 まあ……酒臭いのを女の子が好むとは言えないけどな」


「帰る!」



 懐から紙幣を取り出すと、テーブルに叩きつけて席を立つ。

俺は慌ててアデルバードに抱きついて「待て待て待て」と言うが、

奴は俺をずるずると引きずりながら「帰る」を連呼して前に進んでいた。


(って、なんつー怪力だよ! 静止できねーぞっ!!

 酔っていても、この俺を引きずって行くとは……っ!?)


「ユリアに嫌われる、ユリアに嫌われる、ユリアに嫌われる……」



 結局、俺は凄い勢いでアデルバードが帰って行くのを止められなかった。

奴がドラゴンアイズまで使って、俺を束縛して足止めして来たからだ。

手に持った恋愛指南書をかばんに詰め込んで、店を出て行くアデルバードの姿……。


 それを固まりながら見送る俺。


「ど……どっちがご主人様だか分からないじゃないか」



 あの蒼黒龍を翻弄ほんろうしているのが、一人の若い娘だというから驚きだ。



 その日、アデルバードは帰宅直後、何時もユリアにしていたスキンシップを一切止め、

真っ先に沐浴もくよくをする為に風呂場へ直行、酒の匂いが取れるまで出て来なかったとか。


 ユリアがアデルバードの様子が変なので心配して俺に相談しにきたんだが、

流石にその理由を話す訳にもいくまい。


 以来、俺がどんなに誘っても、酒を一切飲まなくなった奴がいた…… 。






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