70.一件落着……?
ディーヴェルさんの公開処刑から半年。
ようやく客足も落ち着いてきて、普段通りの日常を過ごせるようになってきた。
ただ、いまだにタイガさんの訪れていた聖地という位置づけで、いろいろな噂が流れているらしいけど……。
「とりあえず、召喚者の数も減ってきたみたいだし、狙い通りに事が進んでるかもね」
召喚士たちの多くは投獄や処刑をされたが、その前に召喚された者たちの希望を募り、元の世界に帰るかどうかの選択をしてもらったらしい。
大半は元の世界に帰ったものの、こちらに残る人もそれなりにいたとか。
僕の場合は召喚元の国が滅んだ……正しくは上層部が排除されたのもあり、特にそういう話はなかった。
まあ、僕も帰る気はないんでいいんだけど。
「シゲルさんも、帰りたくはないのですか……?」
「僕? なんだかんだでもうこっちの世界に慣れちゃったし、今の生活が楽しいしで特にそういうのはないかな」
「あたしもお兄ちゃんがいなくなるの寂しいし、残ってくれるなら嬉しいかも」
「……同じく」
リリーと話をしていると、いつの間にかルピナスとトレニアに両腕にくっつかれる。
……なんだか最近スキンシップが多い気がする。
「あーっ! わたしのシゲルさんになにしてるんですか!」
そんな時、お店に入ってきたのはイベリスさん。
誰がわたしのなんですか、誰が。
「ね、シゲルさん、そろそろシゲルさんも成人ですしぃ……お嫁さんにもらってくれますか……?」
「あー……」
そっか、すっかり忘れてたけど僕がこっちに来てからそんなに経ってたっけ。
ガーベラさんのおかげで、成人するまではそういうのは避けてこられたんだけど……。
「――見つけたぞ、俺が召喚した転移者!」
突然の怒号に、みんなが入口の方へと視線を集める。
そこにはボロボロの布切れを纏った人が立っていた。
言葉から察するに、この人は……。
「くくく……たしか召喚時に『成長促進』だからと追放されたやつだな? その癖に実にいい暮らしをしてるじゃあないか……その座を俺に寄越せ! さもなくば……」
「あんた、シゲルさんに何をするか分からないけど……その気なら首を獲らせてもらうわ」
あ、イベリスさんが本気モードになった……冒険者としては本当に優秀だから……この人死んだかもしれない。
「いいのか? 俺に逆らえばお前の想い人がこの世界からいなくなるんだぞ?」
「なっ……!?」
「分かるよな? この意味が……」
「……送還……」
そう、召喚士は召喚した者を元の世界に還すこと……送還ができる。
相手の同意なくとも、だ。
「その通りだ! お前も今の地位を捨てたくないだろう? なら、やることは分かっているよなあ……?」
召喚士が気持ち悪い笑いをこちらに向ける。
絶対的な優位に立っているからこそだろう。
……でも。
「断る」
「は……?」
「僕のせいで皆に迷惑をかけるぐらいなら、元の世界に還された方がマシだ」
このお店は僕がいなくても回っていくぐらいの実力をつけている。
ルピナスの『成長促進』もレベルが上がってるし、ツバキさんに頼めばお店に並んでいるのと同ランクのポーションなどを作るのも楽勝だ。
それならこの召喚士に従うよりは、元の世界に還される方がいい。
「な、舐めやがって……! ならお望み通り還してやるよ! お前の世界になぁ!?」
召喚士の放った送還魔法が僕に直撃する。
いろんな人にお別れが言えなかったのは残念だけど……みんなの日常が守れるなら安いものだ。
僕はそっと目を閉じ、身を任せた。
――バチィッ!!!
そんな事を考えていると、突然雷で空間が引き裂かれたかのような、激しい音が辺りに響き渡る。
ああ、魔法が発動して僕は元の世界に還されたんだな……そう思っていると……。
「な……ば、バカな! なぜだ! なぜ発動しない!? ……うわぁっ!?」
召喚士は突然お店の外から侵入してきた巨大な手に掴まれ、お店の外へと連れ去られる。
慌てて僕たちも外へと駆け出すとそこには……。
『……貴様か? 我の友人に手を出した大馬鹿者は……!!』
「あ、アースドラゴンさん!?」
そこには怒りを露わにしたアースドラゴンさんが、召喚士を鷲掴みにしていた。
「な、なんだコイツは……こんなやつと知り合いだったのか……!?」
『……我の質問に答えろ……貴様を握り潰すなど赤子の手をひねるよりも簡単だぞ……?』
「ひ、ひぃっ!? そ、そうです、私がやりました! 送還魔法であいつを元の世界に還そうと……」
『そうか……なら選ばせてやろう。苦しまず一瞬で死ぬか、四肢をもがれて一生苦しむかをな……!』
普段のアースドラゴンさんからは想像できないような、苛烈な言葉が飛び交ってる……。
いや、むしろこちらがドラゴンとしての本質なのかもしれない。
「……アースドラゴンさん、僕は無事ですし、人間の犯した罪は人間に任せましょう」
『む……?』
この騒ぎを聞きつけた衛兵たちが、いつの間にかアースドラゴンさんを取り囲んでいた。
全員足が竦んでいるものの、町を守ろうとしているのだろう。
『ふむ、シゲルがそこまで言うのならしょうがない。人間よ、後の判断は汝らに委ねよう』
アースドラゴンさんは召喚士を解放……というか投げ捨てると、一瞬で姿を消していずこかへと去っていった。
その後、僕たちは召喚士の起こした事件について、衛兵たちに説明をすることになったのだった。
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……どうやら、あの召喚士は先日の公開処刑の後、「贖罪として召喚者を元の世界に還したい」という名目の元、投獄から解放されていたらしい。
しかし、途中で見張りを撒きこの町にたどり着いて、そこで僕の話を聞いたことで地位を奪い取ろうとしたとのことだ。
今は再び投獄され、今度こそ逃げられないように両脚を二度と使えないようにされたらしい。
……自業自得、かな。
『ふーむ、なるほど。我の加護が送還魔法を阻止した、と』
「ええ、アースドラゴンさんが駆けつけてくれたのも、加護が発動したからですよね?」
『うむ、シゲルの爆裂草を食べられなくなるのは何としても避けたくてな。こやつに頼んだのだ』
アースドラゴンさんの目線を追うと、そこにはランスさんがいた。
「なるほど、転移魔法で僕の所まで運んでもらった、と」
『うむ、その後一瞬で消えたのもそういうことだ』
「おかげで助かりました。アースドラゴンさんも、ランスさんもありがとうございます」
「いえ、自分もシゲル様にディーヴェル様を助けられましたからね。借りは一生かかっても返せないでしょうが……」
『なんにせよ、シゲルが自分の意志でこちらの世界に残ることを決めてくれたのは嬉しいぞ』
「ええ、まだまだやるべきことは残っていますしね」
そう二人と話していると……。
「パパー? こっちにいるのー?」
遠くからアイリスの声が聞こえてくる。
どうやらミズキたちも一緒のようだ。
「向こうの世界に心残りがないと言えば嘘になりますが……こちらの世界に心残りがないと言うのも嘘になりますしね」
『なるほどな。で、シゲルよ。助けたのだから……』
「ええ、魔力のある限り作らせて頂きますよ、爆裂草」
……いい話っぽく会話が終わりそうだったのに、これである。
まあそこがアースドラゴンさんらしいんだけど。
「パパー、それがおわったらあそぼあそぼー!」
「シゲル様も成人と聞きましたし、わたくしとの結婚も間近ですね……ぽっ」
「ミズキだけずるい。シィも」
「こいつらに加えてイベリスもいるんだろー? 兄貴も大変だなあ」
「ははは……」
……今回の召喚士の件で不安材料は完全に消えた。
これからはみんなとの平和な日々が続きますように……。
そう、世界樹の方に向かって祈るのだった。




