66.そして一つに
風の精霊の子であるシィが加わって、ついに4本になった聖樹たち。
今はまだまだ小さいシィの聖樹だけど、魔力を注ぎ続ければ他の聖樹と同じぐらい大きくなり、また聖樹が融合するだろう。
その時にもきっと聖樹の実が生り、それを食べれば誰かがスキルを取得でき、それが呪いを解く鍵になるスキルかもしれない。
……そう考えながら、僕は今日もシィの聖樹に『成長促進』で魔力を注ぐ。
「シゲルさーんっ! ウルさんたちが帰還しました!」
「ありがとうリリー、すぐに行くよー!」
僕は魔力を注ぎ終えると道具屋の方へと踵を返す。
「ん……」
すると、シィが僕の服の袖を摘まんで引き留める。
「どうしたの?」
「アイリスおねえちゃんが話したいことがあるって……」
「アイリスが? そういえば今日はさっきまでうたた寝してたような……」
「パパーっ!」
さっきまで寝ていた子はどこへやら。アイリスは勢いよく僕に抱きついてくる。
「あのね、あのね。ママがね、こんどまりょくをそそぐときは、みんなできてほしいって」
「みんなで……? ディーヴェルさんやタイガさん、ウルさんにイベリスさん……そのみんなってことかな?」
「うん! すっごくよろこんでた!」
土の精霊様が……?
もしかしたら聖樹が融合して何かが起こるのだろうか?
「分かったよ、ありがとう。それじゃ僕はウルさんを待たせてるからいったん帰るね」
「うんっ!」
アイリスたちは手を振って一時の別れを惜しみながら僕を見送ってくれた。
もしかしたら土の精霊様が呪いの解決策を見つけてくださったのだろうか?
何にせよ、次の『成長促進』を使う時が楽しみだ。
僕は上機嫌になりながら、軽い足取りで道具屋へと引き返すのだった。
**********
「……ということで、他の国の召喚者で聖女はいないようです」
「分かりました、ありがとうございます、ウルさん」
「いえ、有力な手掛かりを掴めず申し訳ありません」
「いないというのが分かっただけでも進展はあります。次はダンジョンに注力すればいいわけですし」
そう、聖女がいないと分かったのならダンジョンのレアドロップを狙えばいい。
ウルさんたちに先行してもらってダンジョンを地図化すれば、効率よく探索もできるしね。
「それにしても便利ですね、ランスさんのスキルは……一瞬で様々な町を行き来できますし、行商に使えばひと財産築けそうです」
「確かに……僕の道具を他の国に卸したりもできそうですしね」
「シゲル様が望むならご協力致しますが……」
「うーん……でも、今この道具屋だけでも充分暮らせてるし、今のところはいいかな」
「分かりました」
他の国で生活している道具屋の利益を奪うことになってしまうし、やるなら高ランクの種を取引して地元の道具屋の人の利益を上げる形になるのがいいのかな。
……でも、今はやるべきことがあるし、呪いの情報集めに注力しよう。
「ところでウルさん。今度予定を空けて欲しい日があるのですが……」
「分かりました、シゲルさんのお願いであれば何なりと」
「それでは、今度タイガさんたちがダンジョンから帰ってきた時に……」
僕は先ほどアイリスに言われたように、全員が集まる日を決める。
タイガさんたちはまた3日後に戻ってくる予定なので、その日にすればスムーズに対応できるだろう。
「……ということでいかがでしょうか?」
「分かりました、それではよろしくお願いします」
「ありがとうございます」
よし、あとはタイガさんたちが帰ってくるのを待つだけかな……?
イベリスさんとフォウさんはタイガさんと一緒だし、ルピナスとトレニアはいつも手伝いにきてくれているし……。
こうして、着々と準備は進んでいく。
**********
「……ということで、みんなで来たけど……」
タイガさんのパーティー、イベリスさんのパーティー、ウルさん、フォウさん、ルピナス、トレニア、リリー、ガーベラさん、ツバキさん、ディーヴェルさんとランスさん……ここまで集まるのは初めてかも。
「それじゃ……シィの聖樹にお願い……」
「うん……それじゃあ……」
僕はシィルの聖樹に手をかざすと、自分の魔力全てを注ぎ込んだ。
「うわっ!?」
すると、今まで見た事もないような強い光が辺りを包み、ホワイトアウトしていった……。
「……お、収まったかな……? ……うわぁ……」
僕が光が収まったタイミングを見計らい、恐る恐る目を開ける。
すると目の前には……スカイツリーよりも大きいであろう大樹が鎮座していた。
更に、この丘の上を全て埋め尽くしてしまうぐらい、あちらこちらに根が張られている。
まるで一瞬にしてジャングルに迷い込んでしまったような感覚だ。
「こ、これはいったい……!?」
驚きの声が次々に上がっていく。
そして、ディーヴェルさんも信じられないような光景を見たような表情をしている。
……ディーヴェルさんのこんな表情は珍しいかも。
「ま、まさか……まさかこれは……!?」
ディーヴェルさんが何かを言いかけた瞬間、融合した聖樹の周りに4つの光、そして中央に一際輝く虹色の光が顕現する。
その虹色の光が人の形を作り、こちらに向けて語り掛ける。
『シゲル……ありがとうございます。世界樹を解き放ってくれて……』
「世界樹……?」
「や、やはり……これは世界樹……伝説の存在かと思っていたが……」
『そうです、魔王の子、ディーヴェルよ……ここに再び世界樹が顕現したのです』
「伝説では、『不老長寿の実』が実を付けるとお聞きしたことがありますが……」
不老長寿の実!?
さすが伝説の樹だけあって効果も一線を画している……。
『それは正解ですが、誤りでもあります』
「そ、それはどういう……?」
『世界樹の実は……「世界樹の主が望む効果」をもたらすのです』
その言葉と同時に、みんなの視線が僕に集まる。
……え? 僕が世界樹の主……? アイリスたちではなくて……?
『……そうです、世界樹の主は世界樹を育て上げた者……シゲルなのです』
「僕が……?」
『そして、一度決めた効果は二度と変えることはできません。……ですから、後悔のないようにするために、皆を呼ぶように言づけたのです。……遥か昔、それが原因で戦争が起きましたから……』
世界樹の精霊様はぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
前回、世界樹を育て上げた人間は『不老不死の実』を望んだが、不死は世界の理に背くため、『不老長寿の実』となったこと。
世界樹の実は、効果が強ければ強いほど、実が生る間隔が空いてしまうこと……例えば、『不老長寿の実』であれば1年に1回のみで、『成長促進』も意味を成さないらしい。
このせいで、『不老長寿の実』を求める多くの人間が争いを起こし、それはやがて大陸全土を巻き込み、結果、世界樹も喪失してしまうほどの戦火となってしまったこと。
だから、今回は世界樹を育て上げるのに関わった全員を呼び寄せたのだ。
「なんじゃ、そんなことか」
「ツバキさん……そんなことって?」
「儂はシゲルを信用しておる。先人と同じ轍は踏まないとな。じゃから、儂はシゲルに従おう」
ツバキさんの言葉に、周りの皆が頷く。
「で、でも……みんなそれぞれ欲しい効果があるのでは……?」
「自分もラスもシゲルに助けられた。シゲルがいなかったら今ここに立ってはいなかっただろう」
タイガさんの言葉に他の冒険者の人たちが頷く。
ウルさんはパーティーが解散の危機がなくなり、フォウさんも自分も強みを発見でき……イベリスさんは……なんか完全肯定してくれてるんだけどいいのかなあ……。
ルピナスとトレニアも僕がいなければスキルすら分からなかったと言い、リリーとガーベラさんも僕の薬草がなければもしかしたら死んでいたかもしれないと言う。
ディーヴェルさんとランスさんも、僕には返しきれない恩があると言い切った。
……ここまで言われたら、覚悟を決めるしかない。
「……分かりました、僕の望む世界樹の実は決まりました」
『それではシゲル……私の手を取りなさい』
僕は言われた通りに、差し出された世界樹の精霊様の手をそっと握る。
『シゲル……あなたの望むものを思い描きなさい……』
「僕の……僕の望む世界樹の実の効果は――――」




