65.聖樹
「パパー! はやくはやくっ!」
「ちょ、ちょっと待ってよアイリス! まだ片付けが……」
自分がダンジョンに潜ってから一週間。
最下層の魔力反応は聖樹の種で間違いなかったようで、これ以上最下層には何もないだろうということになり、あとはレアドロップやレアモンスターを狙う段階に入っていた。
僕は普段通り道具屋でのんびりとしていたのだが……閉店と同時にアイリスが息を切らせて駆け込んでくる。
どうも早く来て欲しい用事があるようなのだが……?
「シゲルくん、パパならアイリスちゃんのわがままもちゃんと聞いてあげなきゃ……なんて。普段はいい子のアイリスちゃんがここまで慌てるんだから、よっぽど大事な用事なんでしょ? 片付けはわたしたちに任せてついて行ってあげて」
「すみません、それではよろしくお願いします」
「終わったら何があったか教えてちょうだいね」
「分かりました、では行ってきます」
僕はガーベラさんたちにお礼を言うと、アイリスに手をグイグイ引っ張られながら丘の上へと向かう。
おそらくこの前ダンジョンから持ち帰った種のことだと思うんだけど……アイリスの表情が嬉しそうだから、何かいいことがあったのかな?
「シゲル様! お待ちしておりましたわ」
「アイリスのことだから、店の片付けがあるのに強引に引っ張られたんだろ、兄貴?」
「ははは……」
どうやら二人にはお見通しらしい。
普段からここに三人でいるからどんな行動をするか分かるのだろう。
「ほらパパ、あれ!」
「……わぁ……」
アイリスが指さした先にあるのは、小さな聖樹。
そして、その周りにはふよふよと小さな光が浮いている。
「シゲル様、あの子に『成長促進』を使ってくださいませ」
「たぶん、あと一押しでいけると思うんだ」
「うん、やってみる」
僕は小さな聖樹に近寄ると、手をかざして『成長促進』を発動させる。
すると聖樹が少しずつ成長し、小さな光が段々と大きくなり、人の形を作り始める。
その人の形はアイリスよりも少し小さい、人間で言うと8歳ぐらいの背丈になる。
「…………ふぁ……」
その子は小さな欠伸をして、目をゴシゴシ擦りながら僕の方を見つめる。
そして少しずつこちらにふわふわと飛びながら寄ってきて、こちらの目をじーっと見る。
「…………シィ、助かったの……?」
「シィ……って、君の名前?」
「うん。シィはね、風の精霊の子で……シィルって言うの。ずーっと、ずっと、暗い所にいたの……」
暗い所……恐らく、ダンジョン最下層の土の中のことだろう。
あんな所にこんな小さな子がずっと独りぼっちだったのだから、すごく寂しい思いをしたに違いない。
「でも、今はシゲルのおかげで、あったかくて……ぽかぽかしてて……たくさんのお友達のいる所に来ることができたの」
「お友達って……アイリスたちのこと?」
「うん。会うのは今が初めてだけど……ずっとシィのこと、心配してくれてたの」
「なるほど……」
そういえば、僕が聖樹の種を持ち帰ってから、アイリスたちはずっとここにいてくれた。
普段は道具屋やツバキさんの錬金工房に来たり、町に出てお菓子を買ったりしてるのに。
たぶん、シィルのことを心配して傍にいてあげたんだろう……優しい子たちだから。
「そういえば、どうしてシィルはあんな所にいたの?」
「えっとね……」
シィルは起きたばかりでまだ眠いのか、時々眼を擦りながらも、ダンジョンの最下層にいた理由を教えてくれた。
シィルもミズキやアグニと同じように、聖樹本体をモンスターに食べられ、魔力を利用されていたこと。
そのモンスターはシィルの魔力を使ってダンジョンの主となり、君臨していたこと。
そして、そのモンスターの寿命が尽きる際に、他のモンスターに聖樹の種を盗られないように祭壇――おそらく僕たちで言うところのお墓のことだろう――を作り、そこで永遠の眠りについたこと。
……なるほど、だからあのダンジョンの最下層には何もいなかったんだ。
「……シィも、みんなと一緒に……ここにいてもいい?」
「もちろん。ずっと独りでさみしかっただろうし、これからは楽しい事、いっぱいしていこうね」
「……うんっ……!」
僕がシィルの頭を撫でてあげると、嬉しそうな顔をしながらも頬を涙が伝う。
そして次の瞬間、シィルをアイリスが後ろからぎゅっと抱きしめる。
「えへへー、ぼくもシィルちゃんといっしょでうれしいー!」
「またライバルが増えましたが……シゲル様に一番愛されるのはわたくしですわ」
「兄貴も大変だなあ……ま、賑やかになって嬉しいけどな」
「はは……」
こうして、風の精霊の子のシィルが、新しく丘の上に住むことになったのだった。
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「シゲル、この槍はすごいぞ……!」
翌日、ダンジョンから帰ったタイガさんが興奮気味に語る。
前回僕が一緒に潜った時に手に入れた槍を今回の探索で使ったみたいなのだが、どうも上位のモンスターですら一刀両断にしてしまうほどの威力だったとのことだ。
戦力でいえば、素手のディーヴェルさんと互角ぐらいまで上がったらしい。……そんな槍をドロップするなんてすごすぎない?
「もしかすると、次のダンジョン探索は私がいなくても大丈夫かもしれないな」
「いや、ディーヴェルがいなければまだまだ厳しいだろう。それほどまでにレベルが離れている」
「確かに素手で上位モンスターを屠っちゃいますからねえ……ディーヴェルさん、強すぎでしょ……」
僕も一緒に潜ったからよく分かるディーヴェルさんの異常な強さ。
魔王の息子だからの一言で片づけられないぐらい、人間離れした強さを持っている……いや、実際に人間ではないんだけど……。
ともかく、ディーヴェルさんが相応の武器を持てば、町のひとつぐらい余裕で壊滅できるだろう。
それほどまでにレベルが違うのだ。
「ところで、今回は何か有用なドロップはありましたか?」
「いや、もう一本同じ武器が出たぐらいで、新しいものはないな。やはり深層まで潜るのに時間がかかるのがネックだな」
「ランスさんの転移スキルは使えないのですか?」
「うむ、一回試してみたのだが、ダンジョン内では不思議な力が働いていて、無効化されるようなのだ。外から無理矢理中に侵入もできないし、第一階層から最下層まで一気に潜ることもできない」
「確かに、それができれば僕が一緒に潜った時に使ってたはずですもんね」
そうか、ズルはできないような造りになっているのか……。
地図化ができたからあとは時間の問題と思っていたけど、まだまだ時間はかかりそうだ。
「ちなみにあの槍、私の首ですら簡単に刎ねることができるほどの威力だ」
「そんなに……」
……というか、逆に考えると普通の武器では斬ってもダメってことなんだろうか。
やっぱりディーヴェルさんは別格の強さ過ぎるのでは?
「……さておき、まだまだレアドロップ表も埋められてないので、また明日から潜ってくるとしよう」
「あまり根は詰めないでくださいね。ディーヴェルさんが体調を崩したら奥さんが悲しむでしょうし」
「む……確かにそうか。それなら今日は温泉でゆっくりとしよう。あれはいいものでな……ぜひ家に持ち帰って妻にも入らせたいが……ベッドから起き上がれるまでに体調が戻ってきたのでな……」
「それだったら今度ランスさんに頼んで出張しましょうか。……まずはお風呂の枠づくりからになりますが……」
「ああ、そうなったら報酬をまた別に支払わねばな……」
……そんな他愛ない会話をしながら、タイガさんたちは今回の調査結果を表にまとめていったのだった。




