48.新規顧客
先日、商人ギルドのギルドマスターに渡した魔力草の種。
それは一気にフリーデン内に広まり、魔力草を扱う道具屋が増えた。
もちろん、『成長促進』で育てるのに全ての魔力を使うため、増えたといっても1つのお店に1、2個置いてあるかないかぐらいではあるのだが。
それでも訴求力はかなり高く、これを目当てにフリーデンに移住する人も後を絶たない。
冒険者だけでなく、自分でも魔力草を育てて儲けたいという『成長促進』持ちの人も出稼ぎにくるぐらいだ。
ちなみに僕の店には孤児院の子たちが提供してくれているものや、ツバキさんの『鑑定』のおかげでスキルが判明した人たちが優先的に提供してくれていて、それなりの数が集まっている。
……それでも、すぐに売り切れちゃうんだけどね……。
「こんにちはー! シゲルさんはいらっしゃいますか?」
「あ、いらっしゃいませ……って、イベリスさんでしたか。いつものニンジンですか?」
「いえ、今回はちょっと違う用事でして……ほら、入ってきて」
イベリスさんが後ろの人に促すと、イベリスさんの陰からひょっこりと顔を出す。
その人には猫の耳がついており、どうやら獣人の人のようだ。
「は、はじめまして……」
「この子、最近フリーデンに来た子で、幼馴染の子なんですよ」
ちょっと人見知りなのか、ずっと後ろからこちらを窺っている。
最近ここに来たという事は、もしかして冒険者なんだろうか?
「その人も同じ冒険者なんですか?」
「はい、この子は……フォウって言うんですけど……身が軽くて盗賊をやってるんです。盗賊って括りですけど、主に鍵開け、罠の発見なんかのサポート役ですね」
確かに戦うには向いてない性格ではあるけど、非戦闘要員なら警戒心が強い方が向いてるのかも。
猫なら耳もいいだろうし、敵の足音で接近に気付いたりもできるだろう。
「なるほど、警戒心が強いなら盗賊という職業に向いてそうですね」
「あと、それだけじゃないんですよ」
「……?」
「この子、すーっごく運がいいんです」
「運が?」
そういえば、RPGとかでは名称はさまざまだけど、幸運というステータスがある。
多少命中率が上がったり回避率が上がったり、クリティカルを喰らいづらかったり……色々なことに効果を及ぼすステータスだ。
僕も幸運の実を食べて、幸運というステータスの強さは身をもって実感したしね……。
「例えば、うっかり罠にかかっても不発だったり、モンスターにナイフを投擲したら弱点に当たったり……凄く幸運なんです。ステータスの幸運が普通の人のざっと4倍ぐらいあるそうなんですよ」
「4倍も……」
「だからなのか、フォウがいるとモンスターが落とす宝箱の中身も、レアなものが出やすいとかでして……」
「!」
なるほど、宝箱の中身にも影響するんだ幸運のステータスは。
だったら……と思ったけど、まずは用事を先に済ませないと。
「ところで、用事というのは?」
「はい、それはこっちのフォウから……」
「え、えっと……その、またたびが欲しいんです……」
「またたび……」
というと、猫の好きなあのまたたび……だよね。こっちの世界にもある上に、猫の獣人にも効果があるんだ。
「分かりました、今度育ててみましょう」
「あ、ありがとうございます……! それで、その、お礼なんですが……」
「それでしたら、僕の実験に付きあって頂けませんか?」
「実験……ですか?」
「はい、それはですね……」
僕はフォウさんに、お礼としてダンジョンの低階層に同行して欲しい、という希望を出した。
「ず、ずるいよフォウ! シゲルさんと二人きりだなんて! 私も行く!」
「えっ? えっ?」
「イベリスさん……別に二人だけで行くわけではないですよ……」
「じゃあ私も! 私も行きますっ!」
「戦闘要員も必要だからありがたいですが……パーティーの方は大丈夫ですか?」
「もちろんです! 力ずくでも『はい』って言ってもらいます! ……っていうのは冗談で、割とそういうことには寛容なんです、うちのパーティー」
力ずくという単語が聞こえてきて不穏な感じはしたものの、どうやら大丈夫なようだ。
でも、タダで協力してもらうわけにもいかないし、Bランクのポーションをパーティー4人に2個ずつ渡すという報酬を出しておこうかな。
「あ、シゲルさん。ありがたいんですけど、そういう報酬を出す場合は冒険者ギルドを通した方がいいですよ。あの人たちそういうことにうるさいですし」
「それに、依頼にした方がイベリスさんの評価も上がりますし、確かにそっちの方がよさそうですね」
「ちなみに、ダンジョンは最大4人まで入れますよ」
「4人? 制限があるんです?」
「はい、なぜかダンジョンは4人より多く入ろうとすると、5人目以降は先に入った4人とは別の場所に飛ばされるんです。同じ構造のダンジョンなんですけど、場所が違う……みたいな」
なるほど……冒険者のパーティーが4人なのはそういうことなんだ。
バランスのいいパーティーにするか、それとも尖ったパーティーにするか……これがゲームなら凄く構成に悩むんだろうな。
「分かりました、それなら『鑑定』が使えるリリーに同行してもらえるか頼んでみます」
「それでは準備ができたら冒険者ギルドに依頼を出してください。そうすれば私たちに指名依頼として連絡が来ますので!」
「では、その時が来たらお願いします、イベリスさん、フォウさん」
「は、はいっ……こちらこそ、よろしくお願いします」
「ええ、それではまずはまたたびを作ってから、ですね」
「! よ、よろしくお願いします……っ……」
フォウさんは何度も何度も僕に頭を下げる。
……もうちょっと自分に自信を持ってもいいと思うんだけどなあ。
さて、まずはまたたびを育てよう!
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「ふわぁぁぁぁぁ……すごいです……!」
「どうです? 満足いただけたでしょうか?」
「はい……!」
後日、僕がフォウさんに納品したのはBランクのまたたび。
もちろん、竜の泉で育てて即Bランクにしたものだ。
「ところで、そのまたたびは何に使うんですか?」
「え、えっと……お酒にすると美味しくてですね……えへへ……」
「お酒……」
「そうよシゲルくん。猫の獣人はみーんなまたたび酒が好きなの」
「へぇ、そうなんですね」
本当に前の世界の猫みたいな人たちなんだな……。
それにしても、こんなおとなしい人がお酒好きなんだなあ。
「わたし、盗賊ということもあって、ダンジョンでは常に緊張しちゃってて……それで、家に帰ったらまたたび酒でストレスを発散させてるんです」
「なるほど……確かに常に命の危険に晒されてるから、お酒を頼りたくもなりそうですね」
「はい……シゲルさんのおかげですごくリラックスできそうです……本当にありがとうございましたっ!」
「どういたしまして。それじゃ、今度冒険者ギルドに依頼を出しにいきますね」
「はい、絶対に恩返しさせていただきます……! それでは、ありがとうございました……!」
後日、フォウさんから聞いた話によると、またたび酒がおいしすぎて天にも昇る気分だったという。
なんか、ヤバいものとか入ってないよね? 大丈夫だよね?
……そんな思いを抱えながらも、今度ダンジョンで実験ができるということに心躍らせるのだった。




