13話 現実のち光明、所により影
「それで? 童顔君。武術の基礎を修めたいと聞いたが?」
ソフィとのガールズトークが一段落し、神木は豪に向き直る。
「はい! このままでは近い将来勝てない相手と出会ってしまう。そんな予感がするんです」
「ほう、予感かね?」
「ええ」
「それで、基礎かね?」
神木の目が怪しく光る。
「お嬢に大体のことは聞いているよ? だが、どうしても信じられんのだよ」
神木が指を鳴らすと、暗い部屋の中に豪のこれまでの戦いの映像が同時上映される。一般には出回っていないソフィとの二回戦目の記録映像もそこにはあった。
「教授、豪のこと知っていたんですね?」
「もちろんだとも、入学前から6席の君に完封するような人物が話題にならないと思うかね」
「これらの映像に映る君の姿は、確かにどれも不格好な試合ばかりだ。しかし君に対して有効打を誰も与えることができない。その事実も信じられないのだが、そんな君が今更基礎を習いたいというのもにわかに信じられない。この学園で君と戦った相手は、それ程に弱かったと言う事だろうか?」
神木の懸念は、他の流派が送り込んだスパイではないかと言う事。
武術の秘伝や奥伝は、得てして基礎の中に潜んでいることがある。基礎であれ技術を流出させてしまうのは、自らの流派への背信行為と言える。
学生とはいえ、全戦無敗の人物がまったくの素人であるというのは不自然であると神木は言っているのだ。
当然の警戒を受けて、豪は意を決したように話しだす。
「最初からすべて話します」
豪は生い立ちからこの学園に来るまで、そして学園で決闘を行い感じたすべてを神木に話した。神木はジッと豪の話に耳を傾ける。もちろん、ソフィに聞いた話と重複する話も多い。それでもただただ、耳を傾けた。
「・・・・・・と言う訳なんです。なので僕は自分のギフトだけでは、この先にいる人たちと戦うことができない。信じているとはいえ、幸運は所詮確立の変動の一部です。確立を上げるためには確かな一撃も必要だと考えました」
「なるほど、君の名乗った流派もブラフの類か。道理で聞いたことが無いと思ったよ」
豪の名乗る『新源流』蹴弓術は、本当の意味では存在しない。新源流は大きく剣術と槍術、体術に分かれる。その中に数多くの分派がある訳なのだが、その中に豪の様に戦う者は誰一人としていない。
豪は自らが師と仰ぐ剣王東雲に憧れて勝手に新源流と名乗っている。戦い方も誰にも教えてもらっていない豪は、自分の技量とギフトを何年も考察し、試行錯誤を行った。
その結果が蹴弓術となっただけであった。
だがそれは、自分と言う源を辿り、新しきに至る。新源流の理念そのものと言えなくもない。
「ふむ、そうであれば私が教えても問題は無いかな」
神木は少し思案すると、早々と答えを出した。豪が望む最上の答えだ。
豪は希望が見えてきたような気がした。
(姿と言動は胡散臭い人だけど、ソフィが腕を保証する人物だ。とことん信じてみよう!)
戦ったことで、強いと感じたソフィがこの人物を腕が立つと言い切った。ならば、その姿よりもソフィの言葉を信じよう。そう思うのだった。
こうして、豪は第二の師匠と呼べる人物と出会うことに成功した。
「じゃあ、指導者として最初の指導を始める。脱げ」
「へ?」
「脱げといってるんだ、早く脱がんか!」
神木の表情は真剣そのものだ。
豪は神木の気迫に押され、服に手を掛ける。そこで視界の端に何かを視認した。
ソフィだ。ソフィの方を向いて豪の手が止まる。
いくら同居しているとはいえ、女性の前で服を脱げるほど豪胆ではない。
ソフィと神木に懇願するような目を向けて、豪は一切動けなくなってしまった。
「どうした!? 早くしないか!」
「神木さん、ソフィが・・・・・・」
「お嬢、男の裸に興味を持つ年頃になったか?」
「そっ!そんな訳無いだろう!!」
「じゃあ、部屋から出て行くんだ。宇院豪! パンツは脱がんでいい!」
ソフィが締め出しを喰らった後、部屋の中からは
「ほう、下半身は良く鍛えているな」
「はぅ!」
「奇妙な声を上げるな!」
「っはい!!」
と、豪の艶めかしい声だけが響いていた。
10分ほど経つと、部屋の扉が開かれる。
「お嬢、もう入ってもいいぞ」
神木の声に反応して、ソフィが再入室すると、豪は部屋の隅で膝を抱えていた。
「教授? あれは・・・・・・一体?」
「ああ、ちょっと説教をな」
「説教?」
神木は組んでいた手をほどき、やれやれと手を挙げる。
「馬鹿の言葉に踊らされて、自分の可能性を摘んだ馬鹿に現実を伝えてやった」
「現実?」
ソフィは皆目見当がつかないと、締まりのない顔をしている。
「東雲の小僧の言葉を鵜吞みにして、ハードワークに次ぐハードワーク。オーバーワークに次ぐオーバーワークで、こやつの成長線がほぼ潰れてしまっている。体格はこれ以上は望めんとな」
成長線、身長が伸びるための骨端にある軟骨を指す言葉だが、適度な運動であれば身長の促進につながるという。
しかし、東雲の示したトレーニングは『大人でも』厳しく感じる量だった。もちろん東雲が子供のころに行っていたもので、東雲自身には大きな影響はなかった。
だが、悲しいかな生物には個体差と言うものが存在する。
ただ言えるのは豪は、東雲ほどファイターとして恵まれた身体ではなかった。ただそれだけだった。
競技者として体格の大きさは、一種の才能と言って良い。
身体が大きいということは、それだけ筋力を蓄えることができるということであるし、何より、格闘技においてリーチが長いということは、それだけで優位に立てるということだ。
それが望めない豪は、大きなハンデを背負っていることになる。
だが、神木の表情は全くといっていいほど、暗くなってはいない。
「いつまでそうしているつもりだ? 宇院豪! 小さければ小さいなりの戦いをすればいい」
豪は、顔を上げ神木の顔を見る。
「古から伝わる言葉なんだがな、兵は神速を貴ぶと言う。宇院豪! お前には重い一撃も華麗な技術も必要はない、ただ誰よりも速くなれ! それが君の生きる道だ」
「誰よりも・・・・・・速く・・・・・・」
こうして、豪の、最小のファイターの挑戦は改めてスタートを切るのであった。
◇ ◇ ◇
豪とソフィを帰したのち、神木はとある人物に通信を入れる。
「何を企んでいる?」
神木は繫がった相手に質問を投げかける。言葉が足らないその問掛けも相手には理解できているようだ。
『もう一度、奇跡をね』
「あの子らを巻き込んだら、私も敵になると思え」
『宣戦布告ですか?』
「今はまだ、最後通牒だ」
『では、交渉は後程』
「何であの映像を寄越してきた?」
『あなたの望みにも合致すると思いまして』
「喰えない奴だ」
『お褒めに預かり光栄です。レディ・妖精の鍛冶師』
神木はその言葉には答えず、苦々しい顔で通信を切断する。
(奇跡・・・・・・だと?)
神木は慣れ親しんだ自室の暗さが、いつもより暗く感じるのだった。
次回投稿は二日後を予定しています。
では、次回更新で。




