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『人間定規』

主人公、坐間冥加のセリフの終わりに句点がついているのは人造人間ゆえの発話の不自然さを表現している意図的なものです。訂正の必要はございません。

「すこし、仕事を手伝ってくれないか。そうしたらメイくんに協力しよう。君レベルの性能なら知ってるかな…………例の六機。あの情報とか知りたいんじゃないかな」


 卜部うらべかげは俺を見透かしたようににやりと笑った。


「…………わかった。」


 俺はもうどう取り繕っても無駄と判断して、素直に答えた。


 そこには刹那の逡巡しゅんじゅんもなかった。


「契約成立だ。お礼にまず一つ教えてあげよう」


 一拍開けてもったいぶる。そして、ゆっくりと口を開いた。


「奴らに植え付けられた本能、それは“人間への憎悪”なんだよ、実際に接触した同業者から聞いたんだ。君にもわかるんじゃないかな、そういう本能からの嫌悪とか憎悪は」


 頭で反復する。

 俺にもある、人造人間レプリカントへの憎悪。


 それを持っているのだとしたら…………。


 俺と同じようにそれを殺すことでしか発散出来ないのだとしたら……。


 俺は彼らに衝動をぶつけられるだろうか。

 似た衝動をもつ彼ら彼女らに。 


 ──逡巡する。その中にふとあってはいけないものを見る。


同情。


 狩る側として絶対にしてはいけない、それを。


「仕事は明日、人造人間レプリカントの討伐。午後七時、十九時と言ってもいいね。まあ、それで君の母校、私立 才奇さいき学園の校門前で落ち合おう。いいね?」


 それは問いではなく確認だった。


 俺はそれを首肯した。


「野郎二人が何こそこそ話してるのよ。わたしを襲う算段でも立ててるのかしら。ああもう、不潔不潔」


 帰ってきた梶上かじかみ礼佳れいかがぽむんと俺の隣に座る。


 彼女はパーソナルスペースが狭いらしい。

 割と近い。

 彼女独自の芳香、藤の香り。それが鼻腔を満たす。


「梶上……近くないか?。」


「ん? ああ、坐間くんはこういうの苦手?」


 彼女は小声で言うとさらに距離を詰めてきた。

 

 卜部には座り直しているようにしか見えない、見事な手際だった。


「あらら、それはあらぬ誤解だ。僕はよくチャラいとか思われがちだけど、そういったことはしないよ。紳士なんでね。それに……メイくんは……メイくんだしね」


「卜部さんは知らないかもしれないけど、坐間くんは案外むっつりなの。初対面の女子の脚を凝視したのよ。タイツ越しの何がいいのか、度し難いけど」


 人間のふりがちゃんとできていることへのフィードバックだった。


 卜部には見破られたが、梶上相手にはまだ誤魔化せているのだろう。


「僕はこの辺でお暇させてもらうよ。あとは若いお二人にってやつさ。お金は置いていくからね。あ、領収書を取っといてくれないか、メイくん。じゃ」


 卜部は明らかに多い万札を置いて出ていった。


 ふらふらと歩いていく、あの感じだと何処かにハシゴしていきそうな気もするが。



 俺たちはしばらくしてから解散した。


 彼女は去り際にこんなことを言っていた。


「送ってあげようだなんて紳士ぶらなくていいから。……わたし、行くところがあるの」


 俺は彼女から言葉を引き出す術を持っていなかった。

 

 詮索は逡巡となってしまうだろう、察して去った。


 翌朝、学校に着くと梶上はまだ来ていなかった。


 結構真面目そうに見えて、朝が弱いみたいなギャップがあるのか。


 ギャップと矛盾の違いってなんなんだ。発酵と腐敗みたいなものか?


 ──逡巡してしまったが、そんなことを思っていた。


「たしか……坐間くんだっけ?あの子と仲良くしない方がいいよ。あの子、男の子前じゃどうだか知らないけど、外見ほど可愛くないからね。人を文字通りダメにするタイプ。骨抜きとかじゃなくて、廃人になる的な意味ね。これ、忠告だから」


 利発そうな女子がそう言った。俺は彼女の名前を知らない。


 だがなんとなく、クラスの一軍……みたいなものだと解釈した。


 俺がなんで返すべきか、インストールされた語彙の海を駆け巡っていると噂をすれば影、彼女が教室に入ってきた。


 他でもなく、梶上礼佳が。


「おはよう、坐間くん」


「あ、ああ……おはよう。」


 俺は彼女を直視できなかった。


 どう接したらいいかわからなかった。

 

 少なくとも俺に内蔵された対人コミュニケーション法では対応できない状況ではなかった。


 梶上礼佳は頬に大きなガーゼが貼られていたからだ。


 明らかにそれは肌荒れがどうとかではなかった。


 ──ビンタの跡か、殴られた跡。


「ふふ、坐間くん口をぱくぱくさせちゃって。これはね……気にしないで。ちょっとお見舞いに行った時に転んだだけだから」


 明らかな嘘だった。

 

 自分も似たような嘘をよく吐くが、吐かれた側はこんな気分になるとは初めて知った。


「……嘘、吐いてるだろ。」


 逡巡の後に口走った。

 抑えきれなかった。


「吐いてないと言えば嘘ね。でもね、お見舞いに行ったのは本当。あの後行ったのよ」


「梶上様からのアドバイス。同情はね、ムダ。全部わたしのせいだから」


 彼女はそういうと、黙って授業の準備をした。


 俺もそれを真似した。


 あれから俺は梶上とほとんど話すことなく帰った。


 彼女と話そうとするとどうしても逡巡してしまう。


 ──逡巡とはやはり無駄である。


 そんな結論がついて回って……話せない。


 俺は缶を蹴飛ばした。


 カンッ!


 缶は暗闇の中で何かにぶつかった音がした。


「いてて、何するんだいメイくん。酷いじゃないか」


 街灯に照らされて、イヤリングが鈍く光った。


 卜部がいた。時刻は午後七時きっかり。


 今からは仕事の時間だ。


「メイくん、どうしたんだい浮かない顔して。人形みたいな顔してるぜ?」


「…………色々あるんですよ、高校生には。」


「そうかい。ちなみに言わせてもらうと僕はあんまりなかったけどね。せいぜいフラれた時とテスト前くらいだったかな」


 淡白に言った。


「さて、油を売るのもここまで。さっさと狩ろう。何せ未成年は二十二時までしか働けないからね。長引かせるのは得策じゃない」


 そういうと卜部は任務の説明を、いつもの長ゼリで言った。


 俺が勝手に要約すると、廃工場に住み着いている殺人 人造人間レプリカントを処分してこいとの任務らしい。


「メイくんみたいな高いレベルのPRISMには悪いんだけど、僕のPSIは全然強くなくってね。レベル2なんだよ。それにPSI特性は“距離”。物と物の距離を正確に把握することができる特性らしい」


 卜部は「いわば、人間定規ってわけさ」と付言した。



 俺は廃工場に一人でやってきた。


 中に入ると、一人の男がそこに寝転んでいる──ターゲットだ。


 きぃーんきぃーんと頭の中でこだまする。

 

 不快不快不快……俺は抜け出したかった。


「気持ち悪い……。」


肌に触れる空気が、より鮮明になった。


──“同族殺し”、その胎動。


「……んだぁ? ガキか。早く帰ってママのミルクでも飲んでな」


 起き上がってターゲットは言った。


「俺はお前を狩りに来た」


 一気に駆け出す。

 床を割って、そいつに飛び掛かる。


 五、四、三、二、一………。


 単位はメートル、拳と頭の正確な距離。身体に巡る卜部のPSIがそう告げる。

 

 それは縮まって……零になる。


 バキッ!


 俺の拳がヤツの頬にモロに入る。ボクシングで言えば、右ストレート。音を立てて吹き飛ぶ。


 頭に軸が刺さったように宙で回り、地面に叩きつけられる。


「どうやら冗談じゃあなかったようだな!狩人ハンターァ!」


 男は立ち上がって言う。。

 これで死なないのだから、プランはBに移行する必要がある。俺は卜部に連絡した。


 そんな俺のことなど露知らず、男は名乗る。 


「私は介護用 人造人間レプリカント海牛うみうしうねる!」


 どこか悲痛な叫びだった。

 プログラムされたままの自己紹介。


 植え付けられた本能、それに逆らった結果が殺人なのだろう。


 本能に逆らい、打ち勝ってしまった人造人間レプリカント、それを俺たちは狩っているのだ。


「このガキィ、殺してやるからな!」


 そんな陳腐なセリフを吐き、ポケットからコンバットナイフを取り出した。

 おそらく折りたたみ式だろう。


 俺は卜部に言われた通りに窓の近くにまで誘導する必要があった。


 海牛は雄叫びをあげて、こちらに走ってくる。


 三、二、一、零……


 俺の脇腹に鉄の塊がぐちゃりと入ってくる。


 血が垂れる。ナノマシンで染められた青い血が、ポタポタと血溜まりをつくる。


 我ながら、青い血を見ていると心の底から寒気がする。


 鳥肌が立ったのを感じた。


 窓から月の光が血溜まりに反射して、光る。


 俺は海牛を離さなかった。

 ぎゅっと掴んだ。


「何しやがる!」


 彼は言うが、俺はそれを聞かなかった。


 すぐに俺が言う言葉は彼に届かなくなってしまうから。


 パンッ!


 遠くから聞こえる銃声だった。


 弾丸はこちらに向かってくる。


 距離はすぐに縮まる。


 耳が音を拾う頃には、海牛の頭は弾け飛んでいた。


 ──卜部影、正体は狙撃手スナイパーなのだ。

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