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完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   作者: ヴァンドール


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65話(番外編 家族)

 辺境伯領の朝は、今日も穏やかだった。


 柔らかな陽の光が差し込み、屋敷の食卓には、変わらぬ温かな空気が満ちている。


「……静かだな」


 ぽつりと呟いたのは父エリックだった。


 その一言に、母アンジュがくすりと笑う。


「そうですわね」


 かつては、朝から賑やかな声が響いていた食卓。


 だけど今は……。


「エミーがいないだけで、こんなにも違うものなのですね」


 母の言葉に、父は腕を組んだまま黙り込んだ。


 その様子に、僕は思わず苦笑する。


「父上、まだ後悔しているのですか?」


「後悔などしておらん。ただ王都に行かせるべきではなかったとたまに思うだけだ」


「それを後悔と言うのですよ」


 その言葉に周りが、皆微笑む。


「王宮など、何があるかわからん」


「それはそうですが」


「それに……」


 父は言いかけて、言葉を飲み込んだ。


 珍しく、続きが出てこない。


 母がそっとその後を引き取る。


「ただ心配なのですわよね」


「……当然だ」


 その声には、隠しきれない本音が滲んでいた。


 僕は肩をすくめて言う。


「エミーは、もう子供ではありませんよ」


「わかっている」


「それに……あなただって、最終的には賛成なさったでしょう?」


 母が言う。


「それはそうなのだが、心配なものは心配だ」


 父は珍しく、言葉を被せてきた。


 母が優しく微笑む。


「仕方ありませんわ。あの子は今、陛下のお力になるため、国境を接する諸国との今後の和平交渉に向けた相談も兼ねて、王宮に留まっているのですもの」


 その言葉に、父は何も言い返さなかった。

 その瞬間、食卓にわずかな静けさが落ちる。

 だが、それはどこか穏やかなものだった。


 その時だった。


「……あの」


 遠慮がちに声を出したのはシンシアだった。


 三人の視線が、そっと彼女に向く。


「エミー様は、きっと大丈夫です」


 優しく、穏やかな声だった。


「とても強くて、しっかりなさっていますから。それに、とても頼りになる方ですもの」


 その言葉に、母が微笑む。


「ええ、そうね」


 父も同じく同意した。


「……あの子は、私たちの娘だ。だから……」


「はい。だからこそ心配はいらないと思うのです」


 シンシアはそう言って微笑んだ。


 その時ふと、僕は気づく。


 シンシアの手が、ほんのわずかに震えていることに。


「……シンシア?」


「え? あ、いえ……」


 彼女は慌ててまた微笑む。


 しかし、その笑顔の奥にあるものを、僕は知っていた。


 結婚して八年。それでも、まだ、彼女は一人で、その苦悩を抱えている。


 僕が口を開こうとした、その前に。


「シンシア」


 母が、優しく名前を呼んだ。


「あなた、また気にしているのね」


「……」


 図星だったのだろう。シンシアはそっと下を向いた。


「……申し訳なくて。八年も経つのに、まだ……」


 言葉は、最後まで続かなかった。


 父も口を挟んだ。


「そんなこと、考える必要はない」


 言い方は、ぶっきらぼうでも、どこか優しさが感じられた。


「子供は授かりものだ。シンシアが気にすることではない」


 彼女は目を見開く。


 母も続けた。


「そうよ。焦って手に入るものではないの」


「……でも」


「それにね、アンソニーが小さな頃に風邪を引いて高熱を出したことがあるって、前にも言ったことがあるわよね」


 母は少しだけ微笑む。


「だからどちらのせいかなんて、わからないし、知る必要もないのよ。それに今のあなたたちは、誰よりも幸せそうよ。子供がいなくたって幸せな夫婦はいくらでもいるわ」


 その一言に、シンシアが反応した。


「それ以上、何を望むのかしら? それにね、跡取りのことを気にしているのなら心配は要らないわ。私は四人姉妹なの。皆それぞれ孫がたくさんいることだし、だからいざとなれば養子に入ってもらえばいいだけのことよ」


 母は優しく言い聞かせた。すると今度は父が言う。


「シンシア、私はな、アンジュと一緒になる前は結婚そのものをまったく考えてもいなかった。だからいざという時は誰かに養子に入ってもらうつもりだったのだよ」


 父は苦笑いをしながら言った。


 それはシンシアを優しく包み込むような言葉だった。


 そして、しばらくの沈黙のあと。


「……ありがとうございます」


 シンシアは、そっと頭を下げた。


 その表情は、少しだけ軽くなっていた。


 僕は何も言わず、ただ彼女の手を握る。

 それだけでいいような気がした。


 そのとき、扉がノックされた。


「失礼いたします」


 入ってきたのは、執事のランカスターだった。


 すっかり白くなった髪をきちんと撫でつけ、背筋を伸ばしたその姿は、年を重ねてもなお変わらない。


「旦那様、奥様。本日のご予定でございますが、午後から街への視察と教会への寄付が予定されております」


 いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。そして窓の外に目を向けた。


「……本日も、よい朝でございますな」


「そうだな。それよりお前も無理はするな。いい歳なのだからな」


 母はくすりと笑った。


「もっと、言い方があるでしょうに」


 ランカスターは笑みを浮かべて一礼し、下がった。


 彼の存在は欠かせない。まるでこの家の生き字引だ。


 再び、穏やかな空気が戻る。


 父がふと窓の外へ視線を向けた。


「……今頃、どうしているだろうな」


 ぽつりとした呟き。


 誰に向けたものでもない。だけど、皆がわかっている。


 その誰が、エミーであると。


 母が微笑む。


「きっと、陛下と一緒に同じ方向を向いて歩いていますわ」


「……そうだな」


 父は頷いた。


「陛下は、誰よりも苦労を背負った方だからな。本心から幸せになってもらいたいと思っているよ」


 僕は父の横顔を見ながら思う。


(エミーなら大丈夫だ。あいつはいつだって、大切な人たちを幸せにしてきた。それに今度は、自分で選んだ相手だ)


 その上、なんと言ってもあいつには、帰ってくる場所がある。

 

 エミーが去り、今は確かに静かになってしまった食卓。だが、そんな中にも、確かな繋がりは続いている。


 離れていても、変わらないものがある。

 家族とは、無条件で愛し、愛される場所。


 例え今はそれぞれの場所で、違う想いを抱えていたとしても、僕らは皆、同じ空の下で、繋がっている。

 

 そんな思いに浸っていた、そのとき。


「おかわり!」


 母が、エミーの口癖を真似て、いたずらっぽく微笑んだ。


「……あの子なら、今頃そう言って笑っていそうですわね」


 母の言葉を受けて、父の顔から笑みがこぼれた。


「そうだな……」


 今日もまた、それぞれの場所で、新しい一日が始まっていく。

 朝の光に優しく包まれながら。


                   完







お読みいただき、本当にありがとうこさいました。皆様のおかげでなんとか続けることができました。励みになるご感想もありがとうございました。またお会いできるよう頑張ります。



お読みいただき、本当にありがとうこさいました。皆様のおかげでなんとか続けることができました。励みになるご感想もありがとうございました。またお会いできるよう頑張ります。

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