62話(番外編 エミーの援護)
王宮の執務室。リハメル帝国から持ち込まれた派手な装飾が王宮中を埋め尽くす中、この室内だけは以前と変わらぬ、静かで質素なままだった。
その部屋へ、一人の令嬢が足を踏み入れる。
「ライナー様」
椅子から立ち上がったライナーは、一瞬、自分の目が信じられずに固まった。しかし、すぐにその表情が和らぐ。
「エミー! 本当に来てくれたのか」
ライナーは駆け寄り、彼女の手を強く握りしめた。
王としてではない、そこには一人の青年の、心からの安堵と喜びがあった。
「エミー、君をまた、このような場に巻き込みたくはなかった。だが……君の顔を見た途端、私は『王』ではなく、一人のただの男として君に会えたことを嬉しく思ってしまった」
その言葉に、エミーは優しく微笑み、深く頭を下げた。
「ライナー様、一人で戦わせるような真似をして申し訳ありません。ここからは、わたくしも共に戦います。贅沢を見せることが、この国の王族のあるべき姿ではないと。それを教えにまいりましょう」
二人は机を囲み、夜を徹してお互いの知恵を出し合った。
翌朝、メリッサ王女は不機嫌だった。
自慢の薔薇園を造らせ、豪華な楽団を中庭に配置したというのに、ライナーが一度も見に来ないからだ。
そこへ、ライナーとエミーが二人で現れた。
「あら、陛下。その地味な女性はどなたかしら?」
メリッサの嘲笑を、エミーは何事もなかったように受け流し、淑女の礼を取った。
「メリッサ殿下。まずは御礼を申し上げます。これほど素晴らしい財を、我が国の復興のために持ち込んでくださったこと。なんて殿下は慈悲深いお方なのでしょう」
「は? 何を言っているの?」
「これらの品々があれば、民は救われますわ。殿下、貴女の『慈悲』に民はきっと心より感謝するに違いありません。さあ、すぐにこれらを『復興基金』として、台帳に書き込んでしまいましょう!」
エミーが合図を送ると、控えていた書記官たちが次々と宝飾品の価値を書き込んでいく。
「ちょっと! これはわたくしの私物よ!」
「おや、おかしいですね」
ライナーが冷静に口を開く。
「我が国の王族は、民が飢えている時の贅沢は許されない。もしそれが『あなたの私物』だと言うなら、私は王として没収し、罰を与えねばならなくなる。だが、彼女が言うように『国への寄付』だと言うなら、私は殿下を心優しい王女として称えよう」
メリッサは絶句した。自分の宝物が、自分の目の前で『公共の復興資金』という名にすり替えられていく。
「それに、この薔薇園も……」
エミーが庭園を見渡し、庭師に指示を出す。
「バラの根元にジャガイモや麦を植えましょう。この国の土壌には、その方がお似合いですわ。美しくてお腹も膨れる。まさに一挙両得ですわ」
「ジャガイモ? 冗談じゃないわ! わたくしの薔薇の横にそんな泥臭いものなんて!」
「いいえ、殿下。これこそが陛下が望む『民と同じ目線』です。それが理解できぬのなら、残念ながら、殿下のこの国での居場所はありません。追放された前王妃と同じ道を辿るだけですわ」
メリッサの顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まる。
誰も自分を見ない。誰も自分に跪かない。自分が持ち込んだ富は、勝手に『ジャガイモの肥料』や『復興予算』にされ、自分はただの『金づる』として放置される。
「このような侮辱許せませんわ! こんな貧乏臭い国、もうごめんですわ! お父様に言いつけてやるんだから!」
「ええ、ぜひそうしてください」
エミーが用意していた、リハメル皇帝への親書を差し出す。
「殿下の振る舞いが民の反感を買い、帝国への憎しみを募らせている。このままでは同盟の不利益になるゆえ、賢明な皇帝陛下には、殿下をお戻しいただくのが最善かと……そのように認めておきましたわ」
数日後。
山のような贅沢品(一部は没収され、復興資金となった)と共に、メリッサは嵐のように去っていった。
静けさが戻った王宮のテラスで、ライナーとエミーは並んで、遠ざかる馬車を眺めていた。
「……やったな、エミー」
「はい。でも、本当の国造りはこれからですわ、陛下」
ライナーは、隣に並ぶエミーを愛おしげに見つめていた。
誰よりも気高く、凛とした彼女のことを生涯をかけて守るべき唯一の女性だとこの時、心に決めていた。
そして、この先何が起ころうとも、彼女の手は離さないと己に誓った。




