60話(番外編 押しかけた隣国の王女)
自国に戻った使節団。
大陸の東に君臨する黄金の国、リハメル帝国。
その宮殿は、黄金の輝きを放っていた。
「陛下、ご報告にございます」
玉座の前で頭を下げているのは、隣国の新王ライナーの元から戻ったばかりの使節団の面々である。
彼らが持ち帰った内容は帝国が提案した婚姻の承諾ではなかった。
「新王は、こう申しました。『我が国は、王族といえど贅を尽くさず、民と同じ目線で国を支えてゆく』と。そして……」
使者は冷や汗を拭いながら、言葉を続けた。
「婚姻という形に頼らずとも、互いの信頼と利益によって結ばれる『対等な同盟』こそが、真に長く続く道であると、そのように。側室制度の廃止と王宮の簡素化を宣言し、メリッサ王女殿下をお迎えしても、到底贅沢はさせられないという趣旨の回答にございました」
玉座に座るリハメル国王の眉が、ピクリと動いた。
帝国にとって、『婚姻は支配するための道具』それを『対等な信頼』という言葉ですり替え、その上、『王女に贅沢をさせられない』と拒絶に近い通告をしてきたのだ。
「ふん。若造め。帝国の申し出を断り、我らを敵に回して国を守れると思っているのか」
不機嫌そうに鼻を鳴らす国王の傍らで、一人の女性が嘲笑いながら耳を傾けていた。
リハメル帝国の第一王女、メリッサ。
大陸でその美しさを知らぬ者はいないと言われる、誇り高き大輪の薔薇として知られるお方だ。
「面白いことをおっしゃる王ですこと。わたくしを拒む理由が『贅沢をさせられないから』? 笑わせてくださるわ」
メリッサは立ち上がり、意味ありげに微笑んだ。
「わたくしが、この美貌で新王の心を動かせないとでも? 質素倹約などという野暮な考え、わたくしがこの目で見つめて差し上げれば、すぐにでも消えてなくなりますわ」
彼女は、自分の美貌をもってすれば男の心なんて簡単に変えられるものと信じていた。
ライナーという男も、決して例外では、ない、そう確信していた。
「お父様。わたくし、その国へ乗り込みますわ。あちらに用意がないのなら、わたくしの自室にある贅沢品をすべて持ち込みます。庭園がないのなら、わたくしの手で薔薇園を作らせましょう」
メリッサは、まるで新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせた。
「従者も、シェフも、楽団も。わたくしが必要なものはすべて連れて行きます。あちらの民に、本当の『王族の威光』というものを教えて差し上げなくては」
国王は、我が儘に振る舞う娘を見つめ、不敵な笑みを浮かべた。
「よかろう、メリッサ。好きにするがいい」
国王は心の中で密かにを企んでいた。
あちらの王が断るというのなら、力ずくで入り込むまでだ。
王女が膨大な贅沢品と従者を連れて乗り込めば、それはもはや『嫁入り』という名の、事実上の『占領』に等しかった
「この際だから、存分にやるがいい。お前がその国で贅を尽くし、リハメルの色に染め上げるのだ」
「承知いたしましたわ。新王がわたくしの足元に跪く日を、楽しみにしていてくださいませ、お父様」
リハメル帝国の傲慢な野心。
ライナーが求めた『信頼』で築こうとした絆は、帝国の金の力で押し潰されようとしていた。
ーーーー
その日は、朝から不審な空気が流れていた。
国境を越え、王都へと続く一本道。そこを埋め尽くしていたのは、ライナーたちが目指す『質素』とは真逆の目を疑うほどの豪華な列だった。
先頭を行くのは、磨き上げられた、黄金の馬車。
リハメル帝国の紋章が、黄金に輝いている。
その後ろには、百人を越える近衛兵、色とりどりの衣装を纏った専属の楽団、さらには料理人、家具職人、庭師までもが、延々と続く荷馬車の列と共に列を成していた。
「こちらの返答を無視して、帝国が早馬一本で無理やり入国を告げてきたと思えば……これが、あちらの国王が仰った『お預けしたい』という規模なのか?」
城壁の上からその光景を見下ろしていた重臣の一人が、驚きの声を零した。
それはもはや婚礼の儀ではなく、華やかな『占領軍』の姿そのものだった。
やがて、王宮の正門が開かれる。
馬車から降り立ったのは、真紅のドレスを纏ったメリッサ王女だった。
「あら……。聞いてはいたけれど、思っていた以上に、殺風景な国ですこと」
メリッサは、露骨に顔を歪めた。
出迎えたライナーと宰相の前に進み出ると、彼女は優雅に、しかし相手を値踏みするような鋭い視線でライナーを見つめた。
「お初にお目にかかりますわ、ライナー陛下。わたくしがリハメル帝国第一王女、メリッサです」
(まあ、出立ちはずいぶんと地味だけど、お顔の方はわたくしの好みだわ)
「……歓迎しよう、メリッサ殿下。だが、この人数は何事だ。我が国は婚姻ではなく、あくまで対等な信頼関係をと申し上げたはずだが」
ライナーの言葉を、メリッサは笑い声で遮った。
「堅苦しいご挨拶は抜きにいたしましょう。陛下が『贅沢はさせられない』と仰るから、わたくし、自分で全て持ち込みましたの。この国の王宮はあまりに殺風景と伺いましたから、まずは庭園を全て掘り返して、わたくしのために薔薇園を作らせますわ」
彼女が目で合図を送った。すると後ろに控えていた従者たちが一斉に動き出した。
ライナーの許可を、得ることもなく、大きな積み荷が次々と運び込まれていく。最高級の絨毯、宝石が散りばめられた調度品。
「陛下、これは……!」
宰相が絶句した。
運び込まれたのは、この国の数年分の国家予算に匹敵するであろう、膨大な量の金銀財宝と贅沢品だった。
「陛下が民と同じ目線でとおっしゃるなら、わたくしが教えて差し上げますわ。王族がどれほど眩しく、手の届かぬ存在であるべきかを。わたくしの美しさと、この富の輝きに、いつまで貴方がその『理想』とやらを保っていられるかしら?」
メリッサの瞳には、この若き王をひれ伏させようとする、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。
「まずはわたくしの部屋へ案内してくださるかしら?」
彼女はそう言うと、許可を待つこともなく、まるで自分の城であるかのように王宮を闊歩し出した。
周囲の者たちは、そのあまりの傍若無人さに、ただ呆気にとられて見つめることしかできなかった。




