1.仮面を被ったピエロの恋 part.3
後編です
ステージの終了後、ロファ達がアルレッキーノに会いに行くというのでマルカ達も同行させてもらう事にした。
会った時にロファが言っていた知り合いというのが実はアルレッキーノなんだという。
「嬉しいなぁ~! 本物のアルレッキーノさんに会えるなんて・・・・夢みたい!!」
「どんな人なんだろう・・・怖い人じゃないといいけど。ね、マルカ?」「・・・・・」
すっかり盛り上がっているテトとフォルをよそに、マルカだけは一人沈黙を守っていた。
「どうしたのマルカ?」
「さっきから変だよ?」
「・・・・・」
フォルもテトも先程から様子がおかしいこの友人の事を気にしていて何かと声を掛けてるのだが一向に返事は帰らなかった。
結局そのまま何となく気まずい雰囲気になってしまったのでその後は誰も口を開こうとはしなかった。
そして、目的の部屋の前までやって来た。
「ここが彼の控え室よ」
ロファは扉を開けると今までの空気を払拭するかのような大声で中にいる人物に声を掛けた。
「お疲れさま、アルレッキーノ!!」
「・・・ロファ坊ちゃん! 来てくれたんです・・・か・・・」
後ろを振り返って答えたアルレッキーノの声が終わりの方では小さくなっていった。
その目はある一点を凝視していた。
「こんにちは、ペドロ」
「・・・マルカお嬢様・・・」
マルカのその一言にフォルやテトだけではなくジーンまでもが驚いた。だがセリカの顔には特別感情らしきものが浮かぶ事はなかった。
そして驚かなかったもう一人、ロファはというと何も言わずに黙って二人を見守っていた。
マルカの強い視線に呑まれ、観念したかのようにアルレッキーノは自ら仮面をはずした。代わりにそこに現れたのは確かにクライシーズ家の使用人であるペドロの姿であった。
「ペドロさん!」
「ホンモノだ・・・」
呆気にとられている二人に対し、ペドロは優しく微笑みながら声を掛ける。
「こんにちは・・・確かテトさんとフォルさん、でしたね。今日は見に来て下さってどうもありがとう・・・」
そんな三人のやりとりを無視するかのようにマルカがペドロに尋ねた。
「どういう事なのかしらペドロ?」
言葉は穏やかだが目線がそれを裏切っていた。マルカはペドロをきつく睨み据える。
「何故あなたがここにいるのか? そしてどうして私に黙っていたのか?答えなさいペドロ・・・」
その口調は普段彼女が嫌っている命令口調である事に、マルカは気づいていなかった。
ペドロは黙っていた。主の命令であるにもかかわらず、ペドロは口を開く事ができなかった。
いつもなら彼女が何も言わなくても自ら説明を始めるペドロが岩のように堅く口を閉ざし続けている事にマルカはペドロが自分の知らない人間になってしまったように思えて悲しくなり、ますます語気を強くした。
「答えなさいペドロ!!」
「マルカ、落ち着いて!!」
「そうだよ。何か事情があるのかもしれないじゃないか!!」
フォルとテトがそう言ってマルカの気を静めようとしたが、それは逆にマルカの気を逆立てる結果となった。
「ならその事情を話してよ! どうして私に黙っていたの? 手品もできないフリをしてたの? ・・・私のことが嫌いになったんだったらはっきりとそう言ってよ!!」
叫ぶようにしてそう言いきると興奮を抑える事ができなくなったのか、マルカは両手で顔を覆って泣き崩れてしまった。その細い肩はいつになく小刻みに揺れていた。
「お嬢様・・・」
目の前で泣きじゃくるマルカを慰めることも出来ず、手をこまねいていたペドロは仕方なく呟くような声でぽつりと言った。
「・・・私は『アルルカン』になりたかった。『ピエロ』のままではこの思いは叶わないから・・・。『コロンバン』と結ばれるのはいつだって『アルルカン』なのだから。だから私は・・・」
「・・・どういう意味?」
泣くのをやめて顔を上げたマルカがその意味を尋ねるが、ペドロは辛そうに顔を背けるだけだった。
代わりにその意味を説明したのは黙って二人の成り行きを見守っていたロファであった。
「ペドロが言ってるのは即興喜劇の役柄の事よ。引っ込み思案な下働きの『ピエロ』と何事にも積極的な使用人『アルルカン』。その二人の同僚にして想い人でもある女給の『コロンバン』。『ピエロ』も『アルルカン』も『コロンバン』も代表的な道化師ではあるんだけど、劇の中では『コロンバン』と結ばれるのは決まって『アルルカン』で『ピエロ』はいつも恋に破れる立場にあるのよ」
「そうだったのか・・・」
「道化師にも色々あるのね・・・」
ジーンとセリカは初めて聞いたその説明に素直に感心していた。
「でもそれがどうしたって言うの? 何故それでペドロがピエロと同じだなんて言うのよ? そんなの関係ないじゃない!!」
そう言って再びペドロを責めようとするマルカを制して、ロファは話を続けた。
「いいえ。ペドロは正直に答えているわよマルカ。そう、呼び方を変えればその事がすぐにわかるわ・・・」
「呼び方?」
興味を持ったジーンがロファに先を促す。
「ええ。道化師の呼び名っていうのは幾つかあってね、例えば『コロンバン』は別名『コロンビーヌ』、『アルルカン』は別名『アルレッキーノ』・・・」
「『アルレッキーノ』って・・・」
「ペドロさんの手品師としての名前・・・」
テトとフォルが言うまでもなく、この場にいる全員がそのことに気が付いていた。
「そう。そして肝心の『ピエロ』の別名はね・・・『ペドロリーノ』って言うのよ」
『!!』
その一言に全員が息をのんだ。何故ペドロが自らを『ピエロ』呼ばわりしていたのかも・・・。
「ペドロが私の父と母、つまり『二代目 ロファ・サーフェ』と『虹の舞姫』ユニス・アストーリアの元に弟子入りを志願したのは・・・もう10年近く前になるそうよ・・・」
「10年・・・」
(そういう事は私の家に来てそんなに経ってない頃に、あの二大手品師の元へ弟子入りしたって事?)
大陸一とも言われる道化師パトックと、同じく大陸一の女手品師と評判のユニス・アストーリアが実は15歳差の年の差カップルである事は余り知られていない。
その理由は夫婦それぞれの名があまりに有名すぎるのと、15歳もの年の差がある事が二人をつなげにくい原因となっている。
それ故に二人は俗に『二大手品師』と賞されることが多い。
「ペドロは父に言ったらしいわ。『好きな娘のために世界一の手品師になりたい!!』って。確かにペドロにはその才能があった。それに見合った大きな目標と願いを叶えたいという強い想いもあった。だから父も母も彼を弟子として迎え入れたの。その時に父が即興喜劇の話をしてペドロにこう言ったらしいわ。
『世界一の手品師になりなさい。好きな女の子だけじゃなく世界中に笑顔を振りまける、魔法使いのような手品師『アルレッキーノ』に!!』
その日からペドロは『アルレッキーノ』になる為に一生懸命努力したわ。・・・でも時が経つにつれて父が言ったその励ましが逆にペドロの心を縛り付ける結果になってしまったみたいね・・・」
そう言ってロファはいつもの眠たげな眼をそのままにペドロの目を見つめた。
その時ペドロはロファに対して初めて恐怖を覚えた。
ロファのその、父親譲りの空色の瞳が今日はまるで澄んだ湖のように感じられる。
(吸い込まれる・・・。心がすべて見透かされているようだ・・・)
『ピエロ』の自分では所詮『コロンバン』とは一緒にはなれないと卑屈になっている自分の心を・・・
実はロファのその瞳こそ偉大な両親ですら持っていない彼だけの才能『メンタルフォース(相手の意識をコントロールする高等テクニック)』の片鱗なのだが今はまだ当人にその自覚はない。
しかしその効果は確実にペドロに作用していた。ペドロの重い口が徐々に開き始める。
「・・・この10年間のお嬢様の成長は私にとって代え難い喜びであると同時に大きな不安でもありました・・・」
マルカは黙ってペドロの言葉を聞いていた。
「お嬢様は日を重ねるごとに健やかで美しく、かつ聡明になっていかれました。私も初めはその事をとても嬉しく思いましたがお嬢様が年頃になるに連れて段々と不安が心にもたげてきたのです。『もしもこの先、
自分よりももっとお嬢様にふさわしい男性が現れたらどうするのか?』
そして『もしも世界一の手品師になれなかったら私はどうするのか?』と・・・」
「!! そんなこと・・・」
「無いとは言えません。お嬢様はまだ16歳。これから多くの出会いがありますし、私にしてもまだまだ世界一にはほど遠い腕前です。これから先もっと優れた人物が出てこないとは限らない。・・・少なくとも私の目の前にその内の一人が存在します・・・」
そう言ってペドロが向けた視線の先は・・・かつて自分が弟子入りを許された年と同い年の少女、もとい少年がいた。
「黙っていた事はお詫びします。最初の内はその・・・カッコワルイと思ったからなのですが段々と言い出しにくくなりまして・・・。でもその内にこのまま忘れたフリをした方がいいと思うようになりました」
「どうして?」
ペドロは言いにくそうにしていたがしかしはっきりと言った。
「もしもお嬢様が誰か、他の男性を好きになった時にお嬢様の隣で私が約束を果たそうとしていたら・・・お優しいマルカ様の心を苦しめる事になる。それに・・・」
「それに、なに?」
「それに忘れたフリをしている方がいざという時に私としても身を引きやすいですから・・・」
「いい加減にしなさいよ!!」
と、そこまで大人しく聞いていたマルカがそこで勢いよく立ち上がってペドロを睨んだ。
「・・・話はわかったわ。約束を覚えていた事は嬉しかったし、それを守ろうとしてくれていた事もよくわかった。確かに約束は大切だしそれを守る事も大切だわ。でもそれに縛られて結婚するのだとしたら、私はあなたを許さない!! 『約束を果たす』という義務感だけで私と結婚するんだったら私の気持ちが可哀想だもの!! 私と結婚したいのなら私のことを好きになってよ!!」
「お嬢様、私はそんなつもりは・・・」
「おんなじよ!! ・・・私は別に約束を果たしてくれなくたって良かった。ただ、私のことを好きでいてくれるだけで良かったのに!!」
マルカの怒りの形相はしかし見る見る崩れて、代わりに深い悲しみが表に現れる。そしてそれ以上、マルカが何かを言うことはなかった。
「行こうみんな。後は二人の問題だ・・・」
ジーンがそう言って一同を促しつつ部屋から出ると、後にはペドロとマルカの二人だけが残った。
他に誰もいなくなるとペドロは何も言わずに黙ってマルカの体を抱きしめた。それは二人にとって初めての抱擁だった。
初めて体全体でお互いの体温を感じたペドロもマルカも緊張から思わず体が固くなる。
そしてそのままじっと動かない二人・・・。
沈黙を破ったのはペドロの方だった。
「・・・すいませんでした」
謝りながらもペドロはマルカを離そうとはしない。
「結局、私は自分が傷つく事を恐れていただけなんです。それをいかにも『お嬢様のために』等と美化した所で言い訳にもなりません。その事に・・・やっと気が付きました」
「私こそごめんなさい。やり方は間違っていたとはいえ、あなたは確かに私のことを想ってくれていて、約束の事だって忘れてるどころかきちんと果たそうとあんなに素敵な手品ができるまでに努力し続けてくれてたのに・・・。それを私はあなたの事を信じようとせずにひどく責めて、傷つけて・・・。他の誰が信じなくても私だけはあなたの事を信じなくちゃいけなかったのに・・・」
「もういいんですよ、もう。・・・ところで昨日の旦那様の話ですが・・・やはりお受けしようかと思うのですが・・・許してくださいますか?」
その言葉に驚いたマルカが顔を上げると、そこにあったのはどこか晴れ晴れとした感じのするペドロの笑顔であった。
「嫌だと言っても受けさせるわよ、ペドロ。約束は大事だもの。・・・その、今回は私も悪かった事だし、条件だけは外してあげるから。だから、約束・・・守ってよね?」
『世界一の手品師になって』
「いいえ、それは外さないでくださいお嬢様。今ではあの条件は私にとって大切な夢であり、ただ一つの希望を叶えるための大切な足がかりなのですから・・・」
「あなたの希望って?」
「それは・・・」
『君をお嫁さんにする事』
そうとは口にする事なく、二人はそっと唇を重ねるのであった。
あれから10年が経っていた。
道はまだ果てしなく長く、そして険しい。
それでも歩いていけると今なら信じる事ができる。
すぐ側に一番大切な人がいてくれるのだから・・・。
1作目終了です。次回2作目に入ります




