1.真夏の冷戦
しょっぱなから身内ネタで読む人を振り払っていきます。ご注意ください
私立七海学園
そこは、年齢・性別・人種・宗教・その他が問答無用な天下無敵の学園。
幼・小・中・高・大学、そして院までの終始一貫教育に加え、敷地内における学生街・デートスポット・観光名所・ミステリーゾーン・下町裏町といったすべてをフルスペック完全装備。
その余りの大きさの為に誰もその外側を知らないという別世界。
美しき学園長・リーブラは絶対の権限を持ち、強大な発言力を有しているのだが、彼女はその日常を趣味のハープ演奏に費やしていたので、学園運営はもっぱら高等部理事長のロークエンスを筆頭とする数人によってつつがなく行われていた。
しかし、生徒達にはそんな事はどうでもよくて、彼らはその日常を有意義に過ごしていた・・・。
「今日も・・・暑いな・・・」
「ああ・・・」
「そうですか? わたくしはちっとも・・・」
「うるせーこの反則野郎!! 何だってテメーだけのうのうとしてやがるっ!」
「それは秘密です♪」
「熱血するなよギル、余計に暑くなる・・・」
下敷きでパタパタと扇ぎながら、鳶色の髪をしたその青年は言った。
「ちくしょー!! ・・・なぁベネティア、カラオケに変形できるんだからさぁ、この際クーラーにも変形してくれよう・・・」
「何も泣かなくても・・・」
季節は夏。ここは地獄の一丁目、もとい「七界学園」高等部学生寮の中の特別な一室。 通称『懲罰房』との異名をとるその部屋は、夏暑くて冬涼しい。およそ、何か恨みでも買わなければ入る事など無いであろう一室であった。
だがそこは、彼ら三人に割り振られた、ちゃんとした『彼らの部屋』であった。
その原因としては、ベネティアはイカサマ博打が見つかって、ギルティスは不純同性交遊がバレて、そしてロファの場合は『脱室王』、またの名を『エスケープ・キング』の通り名が示すように立て続けのサボリのせいで、この部屋に強制的に押し込まれたのであった・・・生徒会長の権限によって。
「くそーネオの野郎、今に見てろぉ、次の生徒会選挙で俺が生徒会長になったら、今度はあいつをここに押し込んでやるっ!」
「ギル・・・、気持ちはわかるけどおいらだってギルに一票入れる位だったら他の誰かに投票するよ・・・」
「あ、てめぇ、この裏切り者ぉ~!」
「く、くるし・・・」
サウナさながらのその部屋で、ロファはギルティスにヘッドロックをかけられた。
熱血すると状況が見えなくなる男、それがギルティスであった。
ピンポンパンポ~ン!
その時、突然、この部屋に備え付けられたスピーカーが鳴った。
時刻は午前十時。外出許可の合図である。
「うおー待ってましたぁ! さぁて今行くぜ俺。気合いを入れて扉を開けるぅ!!」
真っ先に扉に飛びついたギルティスは、扉を開けると一目散に飛び出していった。
今日は彼の恋人であるユウリィとデートの約束だった。
「元気だよなぁギルの奴・・・。さてと、おいらも出るけどベネティアは?」
「わたくしも、この本を読んだら出ますよ。鍵はちゃんと掛けていきますからどうぞお先に・・・」
「そうかい? それじゃあ・・・」
ロファは先程からベネティアが読んでいた本のタイトルが気になっていたのだが、本にはカバーが掛かっていてわからなかった。
ロファが部屋を出てから少しして、パタンと本を閉じたベネティアはといえば、
「ふぅ・・・。やっぱり民明書某館はいいですねぇ」
かなり怪しい出版社の本に一人打ち震えていた・・・。
今の時期は、俗に言う『夏休み』である。
だから外には、それこそ『テメェら他にする事はねぇのか暑苦しい!』と言ったようなアベックがそこら中にたむろしていた。
「いい映画でしたねカイ?」
「そうかぁ? 俺はそれほど・・・」
「夢の中では寝ないで見てるんですね、カイは」
「まぁな・・・って、おいユエリー!?」
「こうして会うのも久しぶりですね、シャロム」
「あ、ああ。そうだなルヴィナ」
「そう言えば、この間は教会でお遊戯会がありましてね・・・」
「う、うん・・・」
「みんなが賛美歌を歌ったのですが、とっても上手だったんですよ・・・」
「あ、あのさルヴィナ。今日は一体どこに・・・」
「今日は幼等部のお茶会に誘われているんです。ほら、この間お話しした子供達が・・・」
「そ、そうか、ははは・・・(はぁ、今日も二人っきりになれないのか・・・)」
「どうかしましたか?」
「い、いや別に、何も・・・ハハハハハ」
「? そうですか?」
「なぁに怒ってんだよぉシンディ!」
「フン! 何さっ!! ちょっとカワイイ女の子だからってすぐデレーとしちゃてさっ!」
「知らねぇよ。あの娘も言ってただろ、『大会を見てファンになりました』ってさ。あんなの、ただのミーハーだよ!」
「あらそぉお? でも誰かさんはまんざらでもなかったようだけど?」
「だぁかぁら、違うって言ってんだろぉ、この扁平胸!」
「失礼ねっ! 私はまだ育ち盛りなのよ! どっかの誰かさんと違って成長が止まってる訳じゃあないのよ!!」
「て、てめぇ、身長の事は言うなよ!」
「お互い様でしょ! 何よ、リュウなんて・・・知らない!!」
「あ、おい、ちょっと待てったら、おーい!」
「・・・はぁ・・・」
『道化師』ともあだ名されるロファは、今はその顔に笑みを浮かべず、ただただ真夏と恋人達の熱気に晒されながら、喫茶『豪快』に向かって歩いていた。
普段から御用達の『サブアラウン』は、マスターであるクラトの謎の不在(一説によると、裏でヤバイ仕事をしているという)により休業中だった。
(ちくしょう、幸せ浸りやがって! おいらだって、おいらだってなぁ! ・・・ちっくしょお~!)
ロファはその時、自分の周りの『女っ気』に思いを馳せ、今手を出せば犯罪者になってしまうような少女しかいない事を思い出し、ひどく悲しくなった・・・。
(わ~ん、小学生みたいな女の子でもいいからつきあっても犯罪にならないような彼女が欲しいよぉ~!!)
そんなロファの視界の中に、掲示板に張られた一枚の張り紙が入ってきた。
『彼女がいなくて時間を持て余している君へ』
こんなムカつく始まり方をするのは、彼が知る限り生徒会しかなかった。
本来なら無視して通り過ぎるのだが、今回だけは違った。
『水中サバイバル大会 ルール無用!』
確かに、夏場でプールは最高だ。だが彼の目線はもっと下を向いていた。
『優勝賞品』と書かれたそこには、『2年B組 フォルさんの大切なア・レ♪』と書いてあった。
『うおおお~!!』
いつの間に集まっていたのか、掲示板の前には若き野獣どもが群をなして集まっていた。
「高等部の華、学園のヒロインであるフォルちゃんの大切なあ、『アレ』だとぉ~!?」
「も、燃えるぅ~!」
「一体何かなぁ? も、もしかしてフォルちゃんのファ、ファースト・・・!」
「くぅ~! 生きてて良かったぁ♪」
「さぁ、そうと決まれば早速準備だ! 優勝はオレのもんだぁ!」
「なにぃ!? テメェ、ふざけてんじゃねぇ! お前が相手じゃあフォルちゃんが汚れる!」
「何だとぉ!?」
「フッ、無知な人達には到底無理でしょうね。さて、私は帰って用意をするとしましょうか・・・」
「あ、テメェ抜け駆けかぁ!? ちくしょう、俺もだぁ~!」
そして後にはただ一人、ロファだけが残っていた。
「・・・フォルちゃんかぁ・・・」
密かな憧れが、彼の胸を焦がす。
1年の時から同じクラスだったロファは、当然ながらフォルの事を知っていたし、仲も良かった。
きっかけは入学当時、クラスの自己紹介の時にやった水芸だった。
その後で、ロファが一人で床を雑巾掛けしていると、彼女がロファの所にやって来て、
「あなたの手品、すごいのね。ねぇ、他にも何かできる?」
と話しかけてきたのだった。
そして二人は仲良く雑巾掛けをしながら、楽しくおしゃべりを続けたのであった。
あの時から、ロファは密かにフォルの事が好きだった。
「水中サバイバルかぁ・・・」
彼のハートは、今、熱く激しく燃えていた。
そして大会当日が訪れた。
参加者はそれぞれ海パン一丁でプールサイドに勢揃いしていた。
この日の為に用意された仮設ステージ席では、うら若い乙女達が黄色い声を飛ばしていた。
前評判の割に人数が二十数名と少ないのは、事前における参加(決意)者による闇討ち、裏工作、裏取引の賜であった。
そうして残った精鋭のみが今、ここに集結しているのであった!
「・・・何でお前がここにいるんだシャロム? ルヴィナはどうしたんだ?」
「そう言うお前こそ、ユエリーが睨んでいるぜカイ」
「お前ら二人とも彼女持ちなんだから欠場しろよ・・・」
「リュウだってシンディがいるだろう? また焼き餅を焼かせるつもりか?」
「何でそこでシンディが出て来るんだよぉ! 大体ギルにはユウがいるだろ。フォルちゃんは女の子なんだからお前帰れよっ!!」
「ハッハッハ。まぁいいじゃないですか・・・」
「・・・おいら、ベネティアも出るとは思わなかった・・・」
「わたくしは面白そうなものに目がなくって・・・」
「邪魔だベネティア! 俺は今回の大会に誇りがかかっているんだからなっ!」
「どうせ例の噂の事でしょう? いい加減諦めたらどうだいディクスレイ?」
「いいや、ランバート。俺は決して諦めないぞ! 今度こそ俺はノーマルなんだと認めさせてやるっ!」
「良かったですねロファ。あなたはまだ『少女趣味』扱いですから気が楽で・・・」
「さらっとプレッシャーかけんなよベネティア!」
選手がそうこうしている内に、生徒会長ネオの挨拶が始まった。
「・・・というわけで、最後までプールに残った一人が優勝です。気絶・悶絶・死亡及びプールより出た場合はすべて失格です。反則としては目突き・金的攻撃・その他、後の学校生活に障りとなるようなもの、それ以外ならすべてOKです。反則は即刻退場の後に退学となります。それでは最後に今大会のヒロイン役を引き受けて下さったフォルさんより一言・・・」
ネオの後ろからおずおずと現れたブレザー姿の美少女は、よく通る声でこう言った。
「ケガをしないようにがんばって下さいね♪」
そして戦いのゴングが今、鳴り響く!
プールはまさしく戦場と化した。
シャロムが試合用の矢で相手を打ち抜いたかと思えば、刃を落とした大剣を振り回して相手を叩きのめすディクスレイ、魂走術で相手を吹っ飛ばすカイに、水の中でも鮮やかな体術を見せるリュウなど、みんなそれぞれに白熱していた。
ギルティスは、弟分のセレトとタッグを組んで相手を次々に縛り上げていく。
だが、他の生徒達も皆、ただの生徒ではなかった・・・。
多くの生徒が機を窺っては反撃し、それによる脱落者も少なくはなかった。
「クックック。無様ですねぇ・・・」
生徒会特別席に座りながら、ネオはほくそ笑んでいた。
「会長の思惑通りですね」
副会長がネオにそう言って笑う。
ネオが今回の計画を立てた理由は二つあった。
一つ目は、モテない男達が夏のエネルギーを持て余して犯罪を起こさぬように、ここで体力を根こそぎ奪ってしまおうというもの。
水の中で、一日中動けばとても疲労する。また、休憩無しで水の中に浸かっていれば、いくら夏とはいえ体調もおかしくなろうというもの。よってこの後、まともな夏休みを送れるハズも無し。
二つ目はこの、浅ましい程に醜い彼らを見れば、あんな低俗な者達よりも、もっと身近に素敵な人(もちろんネオの事)がいる事に気がつくだろう、というものであった。
彼からすれば一石二鳥、いやいや、こうして夏休みの一日を有意義なものにしてくれるのだから一石三鳥の計略であった。
大会も午後になってくるとグンと人数が減ってきた。
カイは体調を崩して医務室のテントでオルニカ先生の手当を受けているし、シャロムは矢が尽きた所を襲われてKO、ギルティスはセレトを救おうとして逆に捕まり、縛り上げられた。
残る主立った生徒は、目立つ限りに置いてはディクスレイ、リュウ、ロファ、ベネティアの四人に他数名の生徒であった。
午前中、逃げ回っていたロファやベネティアとは違い、ディクスレイやリュウといった格闘家は、さすがに疲れの色が見え始めていた。
(ようし、そろそろ頃合いかな・・・)
ロファは一人、目立たぬようにプールの端へと移動する。そして・・・
「ひっさーつ、水芸ダイナマイトヴァージョン、『スプラッシュ・マウンテン』!」
ロファは一声そう叫ぶと、すぐさま手すりに掴まった。
すると、ロファの手前5メートルライン上で突如大爆発が起こり、水しぶきが高く高く舞い上がった。
その結果、プール内では巨大な津波が起こり、殆どの生徒がそれに飲み込まれた。
ロファは波が静まるまでの間、必死に手すりに掴まって流されないようにしていた。
水面が静まる頃には打ち上げられた者、溺れた者、怪我をした者達が続出し、その全ての生徒が失格となった。
「どぉんなもんだい! これで優勝はおいらのもの・・・って、あれ!? な、なんだか急に体が・・・痺れ・・・」
わずかに振り向いたその先には、注射器を手にした『薬師』のランバートが立っていた。
「ふふ、ごめんよロファ。今ほど自分が目立たないという事をありがたいと思ったことはないよ・・・」
「そ、そんな・・・」
力無く呟くとロファは、今では半分程にまで水の減ったプールに沈んでいった。
「やった、やったぞぉ! 僕の作戦勝ちだぁ!! ・・・今のロファの一撃にはさすがにびっくりしたけど、こうなってみるとむしろ都合が良かったな。ありがとうロファ、感謝してるよ君には。これで僕が最後の一人・・・」
「いいえ、残念ながら・・・」
その声に驚いたランバートが慌てて振り向くと、そこには悠然とたたずむベネティアが立っていた。
「ば、ばかな! 一体どうして・・・!?」
「わたくしの場合、水に浮かばないんですよ。呼吸の方も問題ないですし・・・」
そう言いながら、一歩ずつランバートに近づいていくベネティア。
「ま、まだだぁ! ならこのしびれ薬で・・・」
プスッ。チュー。
「ど、どうかな?」
「すいません、効かないようです・・・」
結局、ベネティアはいつものポーカーフェイスを崩さぬままに勝利したのであった。
「・・・以上により、第一回水中サバイバル大会の優勝者はベネティアといたします。おめでとうベネティア・・・」
「ありがとうございます生徒会長♪」
あからさまに不服そうなネオと、愛想の良いベネティア。
互いの立場と内心の葛藤を見事に表していた。
「そ、それではフォルさんから優勝賞品の贈呈をお願い致します!」
軽く舌打ちをした後にネオが下がると、それと代わって今度はフォルが表彰台に上った。
「おめでとうベネティア!」
「ありがとうフォル♪」
ネオの時とはうって代わり、二人とも心からの笑顔を浮かべていた。
その様子を脱落者達は悔しそうに見ていた。
「それで、賞品の事なんだけど・・・」
モジモジとするフォルの姿に男達は次に来る瞬間を予想し、大いにわめき、うめく。
「かまいませんよ、わたくしは。どうぞフォルがそのまま大切にして下さい・・・」
『えっ!?』
会場が一瞬にして静まる。
「わたくしはただ、楽しみたかっただけですから。そしてもう、十分に楽しみましたから・・・。だからフォル、あなたの宝物は、そのままあなたが大切に持っていていいんですよ・・・」
「・・・ベネティア・・・」
フォルは後ろ手に持っていた可愛らしい熊のぬいぐるみを前に出して、それをギュウ、と抱きしめた。
「ありがとうベネティア! 私、この『クマのプーさん』が、子供の頃からずうっと大事にしてきた大切な宝物だったから・・・。本当に、本当にありがとう!!」
その瞬間、会場の生徒全員がズッコケた。
「プーさんも、わたくしよりフォルの方がいいと言っていますよ」
そう言ってベネティアがそっと微笑む。
するとフォルはそっとベネティアに近づいて、ちょっと背伸びをしてからベネティアの頬にキスをした。
『ノォォォォォ!!』
今度こそ、ネオも含めて、男子全員が再起不能となった・・・。
こうしてこの年の夏は、恋の出会いを奪われた少女達による『やけっぱち犯罪』が多数発生する結果となったという。
そんな中でただ一人、ベネティアだけは、うんうん唸る二人組を懲罰房で看病しつつ、甘い幸せに浸っていたのであった・・・。
このシリーズは次で打ち止めです




