護衛騎士を手放す
「……先──シリル・クロスフォード騎士団長、大聖女となるエリーゼの護衛に?」
いかん。
いやに低い声が出てしまった。
平常心平常心。とりあえず落ち着け、私。
窓から差し込む紗陽に照らされた目の前の厳格な顔をしたおじいちゃんたちが顔を見合わせる。
夕刻、元老院が揃って面会を願い出たと思えば、開口一番口にしたのは「シリル・クロスフォード騎士団長を大聖女という地位に就くことが決まったエリーゼの護衛にすることの嘆願だった。
「ずっと、というわけではありません。ほんのしばらくのことでございます。長い間その身は死して魂を魔王とともに封じられていた聖女エリーゼは、まだ体力が不十分でございます。兄のアレンも、まだ体調が完全に回復しているわけでもない状態。聖女の体力が回復するまでの間だけでも、この国一番の騎士をつけるべきかと」
確かに、魂は消えていなかったとはいえ、数年もの間肉体は死んでいたのだ。
まだ歩く足はおぼつかないし、長い時間たっていることも難しいので、一日の多くの時間を伯爵家の自室で横になって過ごしているエリーゼ。
戦後処理で多くの騎士が出払っている中、大聖女としての仕事中に襲われた場合対処ができない危険だってあるし、先生が護衛だったならばたった一人でも余裕でエリーゼを守りながら敵を倒すだろう。
「人員不足の中たくさんの騎士を動員するより、クロスフォード騎士団長一人の護衛で事足りる方が無駄がない。僭越ながら、陛下はお一人でも十分御強いのですし……」
「それに、聖女エリーゼとクロスフォード騎士団長は、幼馴染で同級生。陛下は知らぬやもしれませんが、お二人は婚約間近とも言われてきた間柄でした。かの方が一緒であれば、聖女エリーゼのお心も休まるかと」
「っ……」
世間的には秘密裏に婚約が決まろうとしていた私と違って、幼馴染であり学生時代は婚約するのではと言われて来たエリーゼの隣の方が正しい先生の位置、か……。
諦めたように小さく息をつくと、私は彼らが持ってきた嘆願書にサラサラと自分の長くなった名前を署名した。
「聖女の体力面もそうですが、10年近く魔王と同化し意識をも失っていたんです。気づいてみれば周りの人も自分の姿もそれだけの時間を重ね、環境や町も少しずつ変わっているという状況は、さぞ不安なことでしょう。知った顔があれば安心かもしれません。しばらくシリル・クロスフォード騎士団長を、エリーゼの護衛に任命します」
私が言うと、元老院のおじいちゃん達は恭しく私に頭を下げた。
さて、あとは──学園の生徒達に稽古をつけに行っている先生にこれを伝えてどうなるか……。
……生きて夕食にありつけるだろうか……。
***
「……で?」
「うぃ」
「これをサインして、元老院のタヌキどもはほくほくとした顔で帰っていった、と?」
「うぃ……おっしゃる通り」
私は今、執務室のカーペットの上に正座をして、時が過ぎるのをただひたすら耐えて待っている。
見上げれば私を無表情で見下ろす先生の超絶美しいご尊顔。
こんな時でなければずっと見ていたいものだけれど、今は無理だ。
極力目を合わせないようにしないと。
目を合わせれば────殺られる……!!
「たしかに、エリーゼに大勢の人員を割く余裕は今の騎士団にはない。戦争の後処理やら街の復興作業で仕方がないとはいえ、他にも一人で護衛が可能な力を持つ者がいたはずだ」
「うぐっ……」
思い浮かぶのは側近で三大公爵家の二人。
「その……レイヴンは魔術師団長として、先生をしながら隙間時間で各所の壊れた防御壁を修復しに回ってくれてますし、レオンティウス様は副騎士団長として色々と指示を出さなきゃだし……」
「私も騎士団長の仕事はまだ残っているし、公爵としての仕事の引継ぎもまだある。それに、グローリアス学園の騎士科の生徒の稽古や神魔術の授業を月一で継続しているが?」
「うぐっ……」
言えない。
エリーゼと婚約の噂が会ったから先生が選ばれただなんて……死んでも言えない……!!
ぐっと口を引き結ぶ私の頭上から小さくため息が漏れた。
「……はぁ……。……君はいいのか?」
「え?」
思わず顔を上げれば、静かに私を見つめるアイスブルーと目が合ってしまった。
眉間に皺を寄せた先生は、どこか切羽詰まっているようにも見える。
「私が傍にいなくても、君は良いのか?」
再び問われたその言葉に、力いっぱい両手を握り締める。
本当は……嫌だ。
エリーゼと一緒にいてほしくなんてない。
二人が婚約間近だと又うわさが流れたりしたらと思うと、胸が痛む。
だけど────。
「…………はい」
「っ……」
私は笑顔を張り付ける。
慣れ切ったその行為は、誰にも見破られることのない最大の防御だ。
「私は強いですから。襲われても返り討ちにできちゃいます。あー……でも、推しの顔が見られなくなるのは寂しいですけどね!!」
いつものようにおどけてみせた私は、未だ無言で私を見つめたままの先生に諭すように続ける。
「だから──……シリル・クロスフォード騎士団長。あなたに、しばらくのエリーゼ付き護衛騎士となることを命じます────」
ぁあああああっ皆様大変長らくお待たせいたしましたぁぁあああっ!!
ちょっと、あのえっと……いろいろありまして、更新して良いかどうかの見極め期に入っておりました……!!
またちびちびと進めさせていただければと思いますので、皆様よろしくお願いいたします!
そして近況報告にも、先日、特別番外編SSを載せさせていただいておりますので、まだの方はぜひご覧くださいまし♪




